学園の中での死闘は、学園の外からでも見ることが出来たが、影たちに発見される危険性を伴うため、わざわざそれを見るために家の外に出る者は居なかった。
反面、既に登校、或いは不運にも学園に泊まってしまっていた生徒たちは、校舎の中から直接それを目撃する。逃げ場も無いため、当然の如くその高度な戦いを目撃できた彼らは、ある意味幸運だったかも知れない。

さらに言えば、ロストたちが湧き出した旧校舎から、1・2年校舎がかなり離れていたのも幸いだった。
学園の外では無く、内側の襲撃を命令されたロストたちは、先ずは一番近い3年校舎を襲撃し、ハルクとの交戦に入ったから、1・2年校舎はロストの侵攻は受けずに済んでいたわけだ。
だから、グラウンドで起きている異常な戦いを見て、1・2年生たちはこの学園の異常を知り、各々知りうる限りの者達にこの異常を連絡する余裕があったのもまた、僥倖。
よって、被害拡大は様々な角度から、未然に防がれていた事になる。

偶然とは言え、連携は完璧。被害者は最小限。ロストも、何者かに破壊されていき、徐々にその数を減らし始めている。

そして、最も悦ぶべきは。或いは誇るべきは。
学園の生徒も、そうではない市民も。誰一人、犠牲にはなっていないと言う事だった。




―――デンリュウは、まだ自宅に居た。
しかし、それはこの異常を見過ごしていると言う事ではない。
デンリュウは、自宅に居ながら、ロストを確固撃破し、被害を最小限に食い止めていたのだ。
特に数の多かった学園周辺を中心に、無力な市民を襲おうとして町の方へ向かうロストを、根こそぎ。


「……数が多いですねぇ……キリが無いです。まるで書類みたいに……。アブソルちゃん、美味しいカレーを頼みますよ」


『シューティングスター』。
デンリュウの誇る、『遠隔攻撃スキル』。
町全域を微弱な電流で帯電させ、それによってロストや人間の位置を補足。
特に被害を出しそうなロストを優先して、落雷によって抹殺する。
豪雨のスキルを逆手に取った荒業だった。

居間のソファに座りながら、目を閉じて全神経を研ぎ澄ますから、携帯電話がどれだけ鳴っても聞こえない。故に、誰がデンリュウ校長に電話を掛けても、留守番電話サービスに繋がるだけだ。


でも、デンリュウは最初の一件のみ、電話を取った。
その電話で、『異常』を確信し、この行動を取るに至ったのだ。

電話の主はフリード。結局、会話は出来なかったけれど、だからこそ緊急事態であることは即座に伝わったから結果オーライとも言える。

フリードがその電話を掛けたからデンリュウが迅速に動き、ロストの被害は、ここまで食い止められていた。もはやMVP級の活躍だ。彼が居なかったら、……きっと違った結末になっていたに違いない。


「どうか、無事で居てくださいよ……じゃないと、賞状だって渡せませんからね……フリード先生」








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迷宮学園録

第四十六話
『ロスト/限界』

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異界の王と支配者の戦いは、特撮怪獣モノの映画でよく見る光景に似ていた。
圧倒的な力を持つ怪獣に、軍隊が有りっ丈のミサイルや機関砲で挑むが、凄まじい爆音こそ響かせつつも、煙の中から現れるそれはまるで無傷なのだ。そんな光景に、よく似ていた。

どちらが怪獣なのかは、今更述べるまでも無い。
ホウオウはゼレスのあらゆる攻撃をゼロにして、圧倒的優位に立ちながら攻撃を続けていた。


「効かぬ、効かぬぞッ! その程度か魔王よッ!」
「……図に乗るなよ……」


ゼレスの右手に、赤と黄の波導が凝集される。炎雷の複合波導『ジュリエット』。
左手には、青と黒の波導が凝集される。それは水闇の複合波導『オフィーリア』。

今まではそれぞれを別に扱っていたものを、さらに合わせる。
その瞬間、空間飽和が生じる。4種の『波導』を無理矢理複合させたことで生じた爆発的エネルギーに耐えかねた空間が、悲鳴を上げる。金切り声の様な。しかしゼレスは空間さえ屈服させ、その二重複合波導を完成させる。

属性の複合の威力計算式は実に単純な乗算。
2種類で2倍。4種なら4倍だ。相性によってさらに補正は掛かるが、大まかに見てその計算で正しい。
それは何故か? 10kgの石を4つ持ってきたら、40kgになるからだ。それと同じ認識でいい。


「水炎闇雷の二重複合波導『ファーストフィリオ』ッ!」


まさに、混沌と言う言葉が相応しい。
混ざっているはずなのに、渦を巻いて完全には混ざりきらない4つの輝きを込めたエネルギー波が、ホウオウ目掛けて射出される。

ただでさえ気力の数十倍を誇る『波導』の、4倍。
ホウオウの体感では、2倍までは己の限界の6割程度の力で無効化出来ていた。
だから、4倍に掛かる魔力は、……単純計算で12割。限界を、超える。無効化できない。

実際は、それを無効化するだけの魔力は身体の中に有り余っている。
魔力の量だけで言えば、無限とも言えるほど身体の中に眠らせて在る。
しかし、ホウオウと言う一人の魔術師が『瞬間的に放出させる事の出来る魔力の限界値』を、二重複合波導・ファーストフィリオは僅かに上回っていた。

この20%が僅かと言えるのかは、かなり重大な問題だ。
何故なら、この20%だけでホウオウの身体が消し飛ばされかねない程の威力が、ファーストフィリオに込められていたのだから。


「……嬉しいぞ」
「……?」
「……くくくくくっ、こんなに嬉しい事は無いと言っている……ッ!」


だからこそ。

ホウオウは、心の底から、この現実を迎えたことを悦んだ。


「いよいよ私にも、限界を超えるチャンスが巡ってきたッ! 無効化してやるぞその波導ぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!」

「………」


ゼレスは、声には出さないが、ホウオウを哀れんだ。
出来るはずが無い。二重複合波導はもはや世界の駒を超えた領域の力。
いくらホウオウが異界の支配者とて、それを無効化するには、スペックが足りない。足りるはずが無い。

―――無理だ。出来るはずが無い。

ゼレスはホウオウの可能性を見限る。この一撃で勝負が決まると確信する。






しかし、決まらない。
……決まるはずが、無い。








……くどいが、もう一度基本を振り返ろう。
『魔術』も『スキル』も、その威力を決定するのは『意志の力』。
属性や気力、波導も確かに大きく絡んでくる。しかし、先ずはスキルを―――魔法を発動すると言う意思を無くして、そもそもそれらの奇跡を扱う事は不可能なのだ。

何よりも強い意思。
その一点に於いては間違いなく最強と呼べる異界の支配者、ホウオウ。

……時に人間さえも、それを体感する事は出来る。

『限界突破』。それを可能にする唯一無二の力もまた、『意思』なれば。ホウオウが、ゼレスの予測を上回るのは、ある意味必然の結果。


「―――な……」


一瞬。
本当にごく一瞬。
刹那の時間。

ホウオウは、己の限界を、21%上回る。
僅か1%。それも、瞬きよりも短い時間の間。

その、僅かなタイミングが、ゼレスの二重複合波導が到達するタイミングと符号し、それを、打ち消した。
たった1%が、勝負を決した。
勝者は、支配者ホウオウ。



本来ならば上回るはずの無い1%は、カウンターとしてゼレスに叩き込まれた。

無効化されることさえ予測しなかった彼には、まさかカウンターが飛んでくることなど予想できなかった事だろう。
ホウオウでさえ、それは全く想定外の事態だった。
本来ならば、ジャストの力をぶつけて相殺するのに。限界を突破したために己の魔力の制御を失い、結果的にカウンターと言う形に収まったから良かったものの、暴発でもしようものなら、自身が途轍もないダメージを負うのは必然であったから。


1%のカウンターは、凄まじい光と轟音を伴い、偶然にも真っ直ぐゼレスに向かって放出された。
ホウオウが相殺するエネルギーが、正確に正面から衝突していたと言う証明だろう。ゼレスに向かって真っ直ぐ放出されたのも、ある意味では必然であったのかも知れない。

速度は音速を超える。ゼレスがそれを視認した瞬間には、既に直撃を食らっていたくらいの速度だ。
よく、SFモノで光線による攻撃を回避するシーンがあるが、あれは間違い。『光線』は回避不能である。それが『見えた』と言う事は、『もう当たっている』のだから。

この至近距離での音速は、まさにそれだった。
ゼレスは、それを避ける事が出来ない。
それを視認して、電気信号が脳を経由する頃には、もう直撃している。
いくら魔王でも。避けられないものは、避けられなかった。

それでも魔王が圧倒的に強いと言われるのは、並の使い手の攻撃では傷一つ付けられない強靭な防御力をも兼ね備えているからであろうが、この高次元の戦いに於ける1%のダメージは、あまりに大きかった。
魔王ゼレスは思い知る。
自分が今まで、どれほどの威力を持った攻撃を平然と繰り出していたのか。
幸いだったのは、その魔王故の強靭な防御力が、彼の身体を留めさせた事。
人間だったならば、肉塊が僅かに残る程度で、とても原型なんか留めなかっただろうに。

だが、グラウンドに膝をつくのは、ゼレスだけではなかった。
ホウオウもまた、限界を超えてしまったが故に、その反動を受けて、砂利の上に両手をつく。


「ぉ、ぉぉぉ……ッ…、うぐおォッ…!」


ホウオウの全身を駆ける激痛は、ゼレスが受けたダメージにも匹敵する。
今の攻防で、身体の何箇所かが確実に破壊されたと、ホウオウは理解すると同時に、やはり本来の身体とは耐久力が違うのだと言う事を再認識せざるを得なかった。


「………」


無言で立ち上がるゼレス。
頭から血を流しながらも、無表情で。
効いていないはずはない。しかし、その無表情は、ホウオウの戦い方と同じ効果を齎す。
如何なる攻撃を加えても、ゼレスは倒れない。そんなイメージを、植え付ける。


「ふ、ふふははははは……。流石は魔王か。……己の傷をも、まるで気に留めぬとは」
「言い残す事は、それだけか」
「世迷言を。……私は滅びんよ」


ゼレスが如何なのかは解らないが、ホウオウの場合、身体の損傷など然したる問題では無かった。
最強魔術を使えば、そんなものは後でいくらでも修復が効くからだ。
痛みも、かつての世界を支配した時に散々味わったから、今更我慢できないものでもない。

ホウオウもまた立ち上がり、再びお互い、睨み合った。
仕切り直しだが、それでも勝者はホウオウだと断言できる。
何故なら、ゼレスは既に、己の最強の技を打ち破られているから。

対するホウオウは、まだまだ魔力の残量が無限の如く在る。ホウオウほどの才能があれば、先の攻防で、121%までの力の制御は身体で理解した事だろう。だから、ゼレスはもう、どんな技を使ってもホウオウにダメージを与える事は出来ない。
或いは、二重複合波導を超えるスキルでも発動しない限りは。
でも、それは今度こそ不可能。ゼレスに、そこまでの力は無い。


ホウオウは伊達に『最強魔術』を語っているわけではない。
仮にも魔術の発達した世界を支配した超一流の魔術師なのだ。
魔術の基礎エネルギーとなる魔力は、たかが魔王程度とは比べ物にならない程、身体の中に蓄えられている。その気になれば、『波導』の上を行く『魔導』だって余裕で扱えるくらいに。






通常の攻撃スキル・防御スキルの上を行く概念として、一部の強力な力を持つ者たちはある数式による喩えを用いる。

あらゆる力を無効化する、『×0(かけるゼロ)』――通称ゼロの力。
対象の力を相殺する、『−X(マイナスエックス)』――通称は無し。

この二つと合わせて三竦みの関係を成立させるもう一つの力が在るのだが、それは追々説明するとして。


ホウオウが『−X』の力を使う以上、あくまで通常の攻撃スキルしか持たないゼレスは、それを上回る暴力で突破しない限り勝ち目など無いわけで。
つまり、そんな暴力を行使することが不可能ならば、ゼレスの勝利は、無い。

―――だから、今度はホウオウが勝利を確信する。
いや、その言い方は語弊がある。正確には、ホウオウは最初から己の勝利を疑っていなかった。
―――今こそ、この勝負が決する時だと理解したのだ。


「感謝するぞ魔王ゼレス! お前のお陰で、私はさらに強くなれたのだからなァッ!」
「………」


ゼレスには、リシャーダのような客観的な思考が備わっていた。
だから、次で勝負が決する事を、理解した。
しかしリシャーダと違うのは、それでも己の敵に対し、絶対に屈しないこと。
勝てなくても、もう一度。複合波導を両手に構え、それを合わせて『ファーストフィリオ』を紡ぐ。

万に一つくらいの確率で、今度はホウオウが『−X』をしくじり、自爆する可能性に賭けて。



「……俺も、感謝するぞホウオウ」



その言葉は支配者ホウオウでは無く、『研究者ホウオウ』に向けられる。



「お前のお陰で、俺は再びフィノンと巡り逢えたのだから」



デンリュウは言っていた。
あの異世界から怪物を召喚する研究を完成させたのはデンリュウ自身だが、しかし共に研究を進めていたホウオウの奇抜な発想があったからこそ、その完成を見ることが出来たのだと。
だから、ゼレスが本当に感謝すべきなのは、デンリュウだけではなく、ホウオウも。



「大した男だ。魔王に礼まで言わせるとはな」



自嘲気味に、ゼレスは呟いた。
だが、その瞬間、ホウオウの表情が、歪む。
この世のどんな感情で喩えたら良いのか解らないくらい、……強いて言えば、よほど酷い苦虫を噛み潰したのか。


「……きっ、さま……ッ!! あがぁぁあああぁぁぁぁああああああああッッ!!」


次の攻撃の挙動に移っていたホウオウが、突然頭を抱えて絶叫する。
ゼレスも、思わず波導を消して攻撃準備を中断する。

頭を抱えているように見えた。
でも、違った。それは、見間違いで無ければ、彼の右手が、彼自身の頭を、握り潰そうとしていたのだ。
或いは、目玉でも抉り出そうとしていたのだろうか? 左手によって阻止されていたから、一体何がしたかったのかは結局解らない。

でも、一つ言えることは。



「……っはぁ…、まだ、『居た』のか……ッ、くそッ……腐ってもやはり『私』か……ッ、……はぁッ……ッ……こ、この……、死に損ないが……ッ!!」



ホウオウ―――研究者ホウオウは、まだ『居る』。



「この……今更抗うなよ駄作がァッ!!」



ホウオウは自らの右腕を、『最強魔術』によって『封印』する。
彼の右腕は色彩を失い、ピクリとも動かなくなった。
今の、奇妙な出来事に、ゼレスは状況の打開策を見出す。

研究者ホウオウの意識を復活させ、支配者ホウオウの意識を逆に消し去ると言う手段を。

しかし、圧倒的な意思の力を持つホウオウを、同じホウオウとは言え一介の研究者に過ぎないホウオウが消せるというだろうか?
普通に考えても、それは明らかに不可能に近かった。
しかし、それに賭ける以外、この世界にホウオウを倒せるほどの実力者は、皆無。



「ふ……邪魔が入ったが、再開しようか。と言っても、次で終わりだがな……」

「……………」



かつて見たサナの力があれば、このホウオウの意識など一瞬で掻き消す事が出来るのに、不運なことにサナは敵側の人間であるから、その力には期待出来ない。

……だからこそ、サナは最後の世界にこの駒で勝負を仕掛けてきたのだろう。
用が済んだら、後は好きなように始末が出来たから……。




1年校舎1階の、グラウンドが見える廊下の窓際に隠れていた女生徒―――フライアとフィノンには、ゼレスが危機的状況にある事以外、何も解らなかった。
フライアは、ゼレスなど知らない。ロールバックの所為で覚えていない。だから、ゼレスがホウオウと戦っているのを見て、漠然と敵ではない事を理解は出来ても、やはりまだ迂闊に彼を信用しかねていた。
フィノンも、ゼレスのことは殆ど知らなかった。ゼレスがあまり深い事情を語らなかったことに原因があると言えばそれまでだが、それはゼレスがこの戦いにフィノンを巻き込むのを良しとしなかったからである故、仕方が無い。
―――でも、フィノンはそれとなく気付いていた。ゼレスがどれほど自分を大切に想ってくれていたのか、ちゃんと解っていた。
だから、彼が追い詰められた時、自然と彼女の足は、グラウンドに向かう。窓を開け放ち、校舎を囲む花壇を踏み荒らしてでも、ゼレスの許に駆けつけようとする。喩え、何も出来なくても。

ゼレスの元居た世界でのフィノンが、そうしたように。





「勝ち目ねーなぁ、カッコつけて出て行くにしてもギャラリーが足りねぇ。さてどうすっか……」

「う、うわぁぁああっ!?」


窓から飛び出したフィノンを、子猫のように摘み上げる程の背丈の男が、窓の死角に立っていた。
一体何時からそこに居たのだろうかと思うくらい、その男は完璧なタイミングでフィノンを捕まえる。

フィノンは初対面だったが、フライアにはその男に見覚えがあった。
……見覚えどころか、割と高頻度で出会っている。何故なら、彼は今そこで眠っているアディスの、兄だからだ。


「あ、アークさん!」
「お兄ちゃんと呼んでくれてもいいぞ」
「何でこんなところに居るんですかっ! 何時からいたんですか!」
「いきなりスルーとは相変わらずだな。何時からも何も、今来た」


ズカズカと、フィノンを摘んだまま窓から校舎の中に飛び込み、フィノンを投げ捨てるアーク。
フィノンがアークに殴りかかりに行こうとするが、間一髪のところでフライアが取り抑えた。


「はなせフライアっ! そいつを殴らせろーっ!」
「落ち着いてっ、口の中に手を突っ込まれたくなかったら落ち着いてぇーっ!」
「おう。五月蝿い女は俺のゴッドフィンガーで暫く舌が回せないようにしてやるぜ」


言いながら、『物凄い指の動き』を披露するアーク。
それを見た瞬間、かつて口の中に手を突っ込まれたフライアの顔が青褪める。

喩えるなら、それは口の中に大量のミミズの類をぶち込まれる感覚に近い。
数年前、それを喰らったフライアは、あまりの不快感に本気で泣いた。
尤も、そんな事をされるほどのイタズラを(アディスに誘われたとは言え)やってしまったフライアにも少なからず責任があったのだが。
因みにアディスはその時、殆ど呼吸する人形のような状態になっていて、妹のティニに木の枝で突っつかれていた。アーク曰く、『世界のイモムシ料理のフルコースを堪能させてやった』との事。


「お願いだから、アレの犠牲者は私だけでいいから…っ!」
「うえええ!? な、何で泣くの!? わ、解った、解った落ち着く! 落ち着くからぁっ!」


泣きながら懇願するフライアに、とうとうフィノンは折れ、事無きを得た。
アークの居た方向から『なんだ、3年前からさらに進化した俺の『テク』は結局出番なしか』と言う呟きが聞こえてきた時、フライアは心の底から新たな犠牲者が生まれずに済んだ事を安堵した。



「―――で、アークさん。何しに来たんですか」
「殺伐とした状況に申し訳程度のギャグパートを齎すのが俺の使命だ」
「捨てちまえそんな使命」
「やれやれ、義兄に冷たいなフライアは」


額に手を当てて、はぁ…と溜息をつくフライアと、そんなのお構い無しに肩を竦めてやれやれ…と溜息をつくアーク。
その間フィノンが感じていたのは、あのフライアをここまで攻撃的にさせるアークの挑発の上手さに対する、ある種尊敬の念であったと言う。


「ま、あの魔王にはもうちょい粘ってもらわんとな。そろそろこっちの頼もしい援軍も来てくれるし」
「頼もしい援軍……ですか」


窓から、グラウンドで戦う者達に見つからぬよう、こっそりと戦いの様子を伺う。
ホウオウは自らの右腕を封印したが、やはりそれが枷となって、防御に回ったゼレスを、未だに倒しあぐねていた。
それを見て満足げな表情を浮かべたアークは、時計を見る。7時を少し過ぎていた。


アークは、ホウオウの持つ『−X』の力を知っていた。
だから、ホウオウの限界を超える威力の攻撃を叩き込まなければ勝てないことも解っていた。

その限界値は、今のゼレスとアーク自身の最大火力を足して、ギリギリ。下手を打てば、ホウオウがさらに限界を突破して、余計に手が付けられなくなる可能性がある。だから、ホウオウの限界を圧倒的に突き放して突破しなければ、確実な勝利は得られないのだ。
そのために、あと一人。強大な力を持つ協力者が要る。
デンリュウは町を守るために動けない。フルコキリムは死なないだけだから、特別威力の高いスキルを使えるわけではない。
そこで目を付けたのは、アーティが呼ぶであろう予定の古代兵器ラプラス。
心を読めるという忌むべき能力に感謝して、アークはそれに期待を掛けた。

そしてその期待は裏切られる事無く、敢えてアーティを助けに行かなかった事で無事に古代兵器は召喚され、彼らは学園を目指して移動を開始している。


「よし、そろそろ加勢に行く。お前ら死にたくなかったら動くなよ。一歩でも動いたら爆発する仕掛けをこの床に施したからな」
「え? はあっ!? ちょっ!」
「あのホウオウとか言うアホに殺されるくらいなら俺が殺してやると言う親心だ、深読みするな。じゃ! そう言う事で!」
「お、おおおおいっ!? ねぇちょっとマジですか本気ですか!?」


慌てて呼び止めようとするが、アークは既に颯爽とグラウンド飛び込んでいて、そこで戦うゼレスとホウオウに、『だ、誰だお前はー!』などと指を指されていた。

何処まで本気で何処まで冗談なのか解らないアークの一言に、フライアたちが一歩たりとも動けるはずが無かったのは言うまでも無い……。










続く 
  
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