スキルの取得方法には、大きく分けて2種類の方法がある。
検定試験やスキル専門店などで『スキルブック』を手に入れること。
或いは、自分自身のスキルを極める事で、上位スキルとして昇華させること。

ごく稀に突発的な『閃き』によってスキルを修得することがあるが、これは家系や属性など、複雑な条件を満たして初めて発生する現象なので、この項では割愛する。
しかし、『閃き』によってしか得られないスキルもあると言う事は、覚えておくといい。


――学校の帰り道に書店で教科書を立ち読みしていた俺は、
こうしてスキルの取得方法について知る事となったのだった。
因みに、教科書系統は学生証を提示すれば一冊だけタダで買えるのだが、
考えてみたら学生証すらまだ貰ってない俺は、今日のところは諦めるしか無さそうである。

折角フィノンを付き合わせてしまったのに収穫無しとはな。


「大丈夫だよ、私の家はこっち方面だから」
「そうなのか」
「そうなのです。んじゃ、また明日ね!」


手を振って、すっかり暗くなった道を駆けていくフィノンを見送る。
此処は男としては送るべきだったのかも知れないが、それで万が一俺がリシャーダに『転校』させられてしまったらシャレにならないので、今回は渋々見送るだけと言う形になってしまった。

今度、リシャーダ本人と直接話そう。
リシャーダの噂が誤解だと解らない限り、
俺も不安でフィノンと一緒には居られなかった。

――何より、その所為でフィノン自身が周囲を避けているのが、つらい。
……そんな悲しい事を放置しておくわけにはいかないだろう。
この世界に来て、やっとまともな目標が見付かった気がする。


「よっしゃ、いっちょやってやるか!」


パシンと頬を叩いて気合を入れた俺は、
そこで漸く自分の境遇を思い出して血の気が引いた。


「……俺、家ねーんだ」










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迷宮学園録

第三話
『夜の学校で』

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学校で寝泊りするのも自由、とかデンリュウ校長が言ってたのを思い出した俺は、元来た道を引き返して夜の(と言ってもまだ夕刻5時頃であるが)学校へと赴くのだった。
学校はまだ殆どの教室の電気がついており、近寄っただけで周囲が一気に明るくなるのを感じた。

校門を潜ってすぐの校舎前広場では、練習を終えたらしい吹奏楽部がゾロゾロと楽器を引っさげて校内へ帰っていく光景が見れたし、広場を抜けた先にある大グラウンド(今日、授業と言う名目でスキルを駆使したドッジボールをやったグラウンドだ)では、運動部が練習終わりのランニングをしているところであった。
俺が元居た世界と、何も変わりはしない。
普段の俺だったら、そんなものに何の感慨も得ないワケだが、しかし今の俺には、この当たり前の光景がとても嬉しく、そして切なく思えたのだった。


「部活、か」


まだ今年度は始まって一週間と経っていないらしい。
1年生の部活動は来週から解禁されるようで、校舎の中では、各部ともども新入生を迎えるための準備で忙しそうにしていた。
俺はそれらの作業を横目に校長室へ行こうと思ったのだが、ちょっと魔が差したんだろう。
―――新入生募集の看板を製作している部活動を見物しようと思い、ついでに校舎探検も兼ねて、俺は暫く歩き回ってみる事にしたのだ。
これが、いけなかったんだろうなぁ……素直に校長室に行けばよかったなぁ。
今となっては、叶わぬ望みである。


「キミキミ。ちょっといいかい?」

「ん? 俺か?」


適当に散策していると、後ろから女生徒に呼び止められた。
俺はどうやら、背後から何かされる星の下に生まれているらしい。
嫌だそんな星。今すぐ超新星爆発して消えてしまえ。

振り返ると、そこには深緑色の長髪を靡かせた、
何と言うか……『戦士』と呼んでも差し支え無さそうな女性が立っていた。
女生徒かと思ったが、教員と見てもアリだな。
だが、制服を着ているから、やはり生徒か。

指定リボンの色がうちのクラスの女子のそれとは違うから、
2年か3年のどちらかだろう―――つまり、先輩だ。

ここって1年校舎だよな、何でこんなところに上級生が居るんだ?


「細かい事はいいから、何も言わずにコレにサインをしてくれないか?」


女生徒はそう言うと、徐にポケットから何かの用紙とペンを取り出した。
用紙には何だか読む気が失せる長文が書かれており、迂闊にサインするな!と脳内が警鐘を鳴らすこと請け合いの怪しさが満ち満ちていた。


「……急いでますので」
「頼む! 少しでいいから話を聞いてくれっ!!」


――ズガスッ!


「ぐふぉう!!」


さっさと立ち去ろうとして背を向けた俺に、逃がすまいとした先輩の強烈な体当たりが叩き込まれた。
そのまま転倒した俺は、完全にマウントポジションを取られ、……一応、喧嘩の心得はあるから逃げようと思えば逃げられそうな気がするのだが、女に手を上げるのは流石に拙いので、完璧に逃げ場を失ってしまう。
あぁ、状況が状況で無ければこれ以上無い幸せな体位なのだが。…じゃなくて。

ホント、俺って後ろから攻撃されるの好きだよな。
いや、皮肉な意味で。実際は好きじゃないからな。


「実は私の所属するピカレスク・マッチ部が廃部の危機にあるのだ……だから、是非ともキミのような逞しい者の協力が要る! キミのような!」


キミのような、と連呼しているが、多分この手のヤツは俺以外の男に対しても同じ事をのたまっているのだろう。
所謂、悪徳セールスの勧誘。
あの用紙にサインをしたら最後、俺は見事ピカレスク・マッチ部の部員として活躍せねばならないわけだ。
……ピカレスク・マッチ部って何だよ!


「あぁ、それはだな。このようなトゲのついた鉄球グローブを装着して……」

「もういい解った! 降りる! 俺は降りる! つーかお前が俺から降りろ!」


皆まで訊かずとも、この女が部活用のゴツいバッグから取り出したグローブと呼んでいいのかどうか解らないトゲ付き鉄球を見た時点で、俺の意思は決定した。
と言うか、それはグローブじゃなくてどちらかと言えば鎖をつけて振り回すタイプの武器だと思うんだ。

あと、早く降りてくれないと俺のエクスカリバーも色々とヤバい。


「頼む! この通りだ! もしも入部してくれたら、キミには洩れなく副将の座をあげよう!」
「要らねぇよ! 誰がやるかそんな命ギリギリのスポーツ! お前もいい加減目を覚ませ!」
「私は本気だ! 本気なんだ!」
「本気で殺し合いがしたいのか! 頼むから俺と関わらないで!」


一進一退の攻防を繰り広げた挙句、埒が明かないことを悟った俺は隙を突いて先輩を跳ね飛ばし、校舎の中を全力疾走で逃げ出した―――逃げ出そうとした。


「待て―――待ってくれ……無理矢理誘って悪かった……だが、せめて話だけでも聞いてくれ……」


俺は、ここで振り返ってしまった事を、一生後悔する。
先輩は―――その目に涙をいっぱい溜めて、俺の方を見ていた。

止まら、ざるを―――……得ない……!
ここで、逃げたら、良心の呵責で、
俺は―――木端微塵に砕け散って死ぬ……!
いや、死なないし木端微塵にもならないけど。


「………」


ムーンウォークで所定の位置に戻ると、ドカッとその場に胡坐をかいて座り、俺は真っ直ぐ先輩の目を見て言った。
もし、僅かでもいい。俺に過去に戻れる力があるのなら、俺は真っ先のこの時胡坐をかいている阿呆を、あのド恐ろしいグローブで力一杯ブン殴ってやる事だろう。


「話、聞くだけだからな」







…………







その場で話を聞く心算だったのだが、済し崩し的にピカレスクマッチ部とボクシング部のための専用体育館へと案内されてしまった俺は、サンドバッグ相手に見事なパンチを繰り出すフェルエルを見学しながら、ピカレスクマッチ部に纏わる事の顛末を聞いた。

む……制服姿でシャドーボクシング。これは新ジャンルかも知れない。
なんて心のどこかでうっかり新たな萌えを発見してしまった事はさて置き。

この先輩―――フェルエルと言うらしい、2年生だ。
前回の大会で元々少数精鋭だった部員を全て失ってしまったピカレスクマッチ部に残されたのは、当時1年生だったマネージャー、フェルエルただ一人であった。
フェルエルは前部長の最期の遺言を聞き、たった一人で部活動を立て直そうと徹底的に修行を積んで、微妙に人間としての限界を突破し、今に至る。


「シッ!!」


―――パァンッ!!


………あれ、音が、遅れて聞こえてくるよ。
フェルエルの拳は既に、音を置き去りにする次元に到達していた。ネテロ会長ですかこの人。
しかし俺の動体視力ではそこに観音様を見ることが出来なかったので、真偽の程は定かではない。

ともあれ、元マネージャーは現主将となり、ピカレスクマッチ部再建のために日々奮闘しているのだ。奮闘、は文字通りの意味でもある。

まぁ、ブラウザの前の皆さんも色々と聞きたい事はあると思う。
前回大会での惨劇とかだろう。予め明言しておくぞ。
『失った』と言うのと『最期の遺言』と言うのは、『文字通り』の意味だ。

ピカレスクマッチは、あのトゲ付き鉄球グローブで行うボクシングである。
そのため、大会の都度死傷者が出ること請け合いなスポーツなのであるが、毎年優勝を飾っていたうちの学校が前回の大会でまさかの敗北を喫し、チーム全員死亡と言う末路を辿ってしまったのだ。
……この学校での惨劇は、リシャーダ関連でもう腹ン中がパンパンだったのに。

フェルエルはその時優勝を攫った相手チームにリベンジをするため、日々訓練を絶やさない鋼鉄の精神力を持っていた。いやもう、鋼鉄っつーか金剛(ダイヤモンド)っつーか。


「しかしこのままじゃ大会にすら出れない。あと2人でいいんだ、3人居ればチームが組める。頼む、私が先鋒で相手チームを全員抹殺するから、数合わせだと思って入ってくれ!」


会話の内容が、冷静に考えたら物凄く恐ろしいのだけれど、人間は何だかんだでかなり逞しい出来をしているらしい、慣れてしまうと既にその恐ろしい部分には目が行かなくなっていた。

このフェルエルを先鋒にすれば、確かに負ける気がしないのだが。
しかし、もっとこう―――フェルエルには、健全で安全な運動部に異動して欲しいと思うのは安直だろうか。



「シッ!」


―――パァンッ!!


……安直でした。
こんな化物を健全で安全な運動部に入れたところで、そこが新たな惨劇の舞台になるに違いない。
音が遅れて聞こえてくるようなパンチを放つ化物はリングに立ってはいけないというルールを、ボクシング協会は早急に立案すべきだ。


「ゼンカ。頼む。私を信じろ。私は負けない、誰にだって負けやしない―――だから」


フェルエルはサンドバッグを叩くのを止めると、俺の方に拳を突き出して言った。


「先輩の仇を、取らせてくれ」


その、愚直なまでに真っ直ぐな双眸を見ていると、もう俺は駄目であった。
拒もうとか、そんな事はもう微塵も思い浮かばない。
例の話も聞いてしまったし、これは是非とも仇を取らせてやりたいではないか。

暫しの沈黙。サンドバッグを吊るす鎖だけが、ギシギシと音を立てていた。
やがて、観念したように俺は答える。


「………数合わせに、入るだけだからな」
「十分だ。この恩は必ず返す。そうだな―――何でも言ってくれ。何でもしよう」
「そうか? じゃあ昼飯を奢ってくれ、俺はワケあって一銭も金が無いんだ」


何でもすると言われても今の俺にとって最重要問題はそれであった故、何の迷いも無くそう言ってやると、フェルエルは、俺のあまりに欲の無い要求に、思わず目を丸くしていた。
そんな表情も出来るのか。ちくしょう、ちょっと好きになってもいいですか。


「ぷ……あははははは、あっはっはっははははっ!! 何だ、何だそれは。ゼンカ、お前は女に何でもしようとまで言わせておいて、昼飯を奢れか! くっくっく、あっはっはっはっはっ!」


途端に、フェルエルは今までのキャラ付けを全部ぶっ壊すような明るさで爆笑した。
腹を抱えて転げまわらんばかりの笑いっぷりに、思わず俺は恥ずかしくなって赤面する。


「なっ、何が可笑しいーー! 貴様は昼食を抜く事の恐ろしさを知らないからそんな事が言えるのだ! 見てろ、ちゃんと喰う物喰った時の俺のエクスカリバーは(以下放送禁止)」

「わ、解った解った、た、頼むからこれ以上笑わせないでくれ……さ、流石に、死んでしまう……」


ぜーはーと腹筋を押さえながらサンドバッグに掴まって何とか立っている状態のフェルエル。
くそう、そんなに面白かったか。今の俺が食欲>性欲なのがそんなに面白かったのか。

結局俺は例の用紙にサインをし、見事ピカレスクマッチ部の部員となったのであった。
あぁ、もう後には退けないぞ。何で入学初日に背水の陣なんだよ俺。

専用体育館を後にし、少し冷静になってから盛大に溜息をついた俺の肩に、何かが乗っかった。
微妙に重みのある、本のような感触のそれは―――


「私は武者修行の時に色々なところで賞金を掻っ攫っていてな。こう見えて―――自分で言うのもなんだが、結構な金持ちなのだ。部員の一人や二人分の3年間の昼食代を全て建て替えたとしても、恐らくは問題にはならないだろうな」


俺の肩には、白い帯のついた札束が乗っていた。
解るか? 白い帯の意味が。
……ミリオンって事だよ。


「それくらいあれば今月は余裕だろう。それじゃ、試合当日だけでもいい。よろしく頼むぞ」

「……任せろ。金さえ貰えれば仕事はきっちりとこなす」


突然の100万円を前に、俺はなぜかエージェントになっていた。
今月どころか、今年いっぱいの食費は大丈夫そうです。

人間、大金を目の前にすると、トンでもない行動に出るよな。
その良い例を地で行った阿呆が一匹居るんだが、誰か過去に戻れるヤツが居たら、その阿呆を思い切りブン殴って目を覚まさせてやってもらえないだろうか。マジで頼む。






………







後日談――と言うか、まだ日付は変わっていないから、今回のオチ代わりの余話なのだが。
夜の8時、校長室に一人の男が訪れた。まぁ、俺だ。



「デンリュウ先生、5万円手に入ったので、例のビデオを売ってください」



その一言に、デンリュウ校長は暫し呆然としていた。
当然だろう、目の前に立っている男は、ほんの数時間前までは一文無しのはずだったのだから。
それが、今こうして5万円を突きつけてきている。
その事実に、流石のデンリュウ校長も驚きを隠せないようだった。

しかし、直ぐに冷静さを取り戻すと、デンリュウ校長は徐に校長専用の巨大な机の中から、一枚のDVDを取り出して、俺に手渡した。代わりに俺は、5万円を渡す。
取引を終えると、デンリュウ校長はいつもの笑みを浮かべながら、しかし半ば呆れたように言った。


「まさか、本当に買いに来るなんて思いませんでしたよ」
「俺も、まさか本当に買えるなんて思いませんでした」


あの時は冗談だと思っていただけに、まさか本当にDVDが出てきたときは俺のほうが驚いた。

その後お互い、くすくす、ふふふ、と笑い合ってから、俺は一礼して校長室を後にすると、夢の詰まったDVDに万が一の事が無いように、厳重に鞄の底に隠しておいた箱に入れた。
この鞄も、先刻の100万円で買ったものだ。
購買部が夜の10時まで営業してくれていたお陰で、俺はすっかり学生らしい姿になっていた。
これも、フェルエルのお陰だぜ、フェルエル万歳!


「デンリュウ様。今の少年は…」
「アブソルちゃん。今夜は久々にカレーでも食べに行きますか? 思いもよらぬ収入がありましたので」
「………はい。例の店、予約を入れておきましょう」


カレーなら何時も食ってるだろ、とは口が滑っても言わない、真面目な付き人アブソルなのであった。



俺は学内に在るコンピュータルームの個室を借りると、早速DVDをセットした。(コンピュータルームは深夜0時まで空いていたので助かった。出来るだけ閉館ギリギリのタイミングで行くと、難なく個室を借りる事に成功した。)
パソコンは挿入されたディスクに対し、適当と思われるプログラムを実行してその中身を開く。
あまり機械の操作は得意では無かったが、適当にクリックしただけで再生が始まったのは僥倖であった。
俺は、食入るようにモニターを見つめる。
ワクワク度数、もはや限界突破。何だか、本当に心臓が飛び出しそうだぜ。

パソコン画面に映し出されたのは、更衣室の映像。
まだ誰も来ていないらしいが、時刻はちょうど昼間、午後の授業が始まる少し前を指していた。
まどろっこしいので早送りをすると、何者かが更衣室の中に入ってきたので、そこで通常再生に戻す。
くそ、画質が悪いな、誰だこれは―――ん?





そこには、AAコンビとか、まぁうちのクラスのヤローどもが映っていた。





デンリュウ校長のセリフを、よぉ〜〜〜く思い出してみる。





『更衣室の監視カメラの映像が欲しかったら、5万円で売りますよ。くすくす』





別に、女子更衣室、とは一言も言ってなかったか。





「……デンリュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!」




生まれて初めて。


俺は、本気で泣いた―――









続く
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