「だーかーら! 俺はやってねーっつーの!!」
「だーかーら! 被害者が証言してんだっつーの!!」
「嘘だッ!!」
「嘘じゃねーよッ!!」

警察署の取調室。
まさかリアルにこんなトコに来るとは思わなかった。
俺を取り調べるこの新人臭のするヤツはしつこく食い下がり、俺はと言うと出されたカツ丼はしっかり食いながらも容疑を全て否認し続けた。

「絶対何かの間違いだ! フェルエルがそう言ったのだって、どうせ俺に嘘の自白させて適当に片付けるための嘘なんだろ!? フェルエルを此処に呼べー!」
「あーもう何だよお前! ここまで清々しく容疑を認めないヤツ初めてだよ!」
「おうとも! 俺は何時でも初めての道を突き進む男だぜ!」
「しかも漏れなくウゼーよ! ホント何なんだよコイツ!!」

ヒステリックに叫ぶ新人。
やがて、その叫びを聞きつけてか偶然なのか、取調室に今度は熟練臭のするおっさんデカが入ってきた。
あ、そっちのヤツは覚えてるぞ。確かバクフーンだな、学園で俺を無理矢理拉致ったヤツだ。

「ピジョット。お前は少し冷静さを学べ」
「そうだぞ、お前ちょっと五月蝿いぞ」
「うるせー何で犯人にそんな事言われなきゃいけねーんだ!」
「ピジョット! いい加減にしないか!」
「ぐぅ……す、すんません……」

流石に大人気なさすぎて、バクフーンにマジで怒られてシュンとする新人。
俺はその神経を逆撫でするように笑いながら言う。

「わはは、バーカバーカ」
「殺す!! こいつだけは殺さなきゃダメだ!!」
「オイオイ、恫喝も立派な犯罪だぞ」
「ピジョット……お前、少し頭冷やして来い。1ヶ月くらい」
「禁固っ?! サーセン!! それだけは勘弁を!!」

俺がここに来てからもう3日が経っていた。
えーっと、捕まったのが12日で、3日だから今日は15日だな。
レクをやる月曜日は23日だっけ。あと8日も無いじゃないか、くそったれ。
いい加減此処から出ないといけないってのに、律儀にも俺の右腕に手錠を掛けて牢屋に引っ掛けてくれてるから動けやしない。栞も携帯電話も没収されてるから、マジにお手上げ状態だ。
動ける時と言えば、取調べの間とかトイレの時くらいだってんだから、脱獄なんて夢のまた夢って感じ。
意外と厳重なんだな、警察って。たまーに脱獄囚の話とか聞くけど、それってマジすげーよ。とか不謹慎な感心をしてしまうのはさて置き。
バクフーンは、ピジョットを一旦部屋から出すと、真剣な表情を俺に向けた。
ただし、その目には、俺を捕まえたあの時のような敵意は微塵も無かった。
その理由は、『まだ』俺には解らない。
ただ、バクフーンは言う。

「フェルエルを攫ったのは、確かにお前だ、ゼンカ」
「そーかいそーかい、だが俺は認めないぞ。絶対認めない」
「……だろうな。お前は先ず、そいつを『認めなければならない』」
「………?」

言っている意味が、よく解らなかった。
この時の俺には、その言葉が単純に俺の自供を促すためだけのものにしか思えなかった。






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迷宮学園録

第二十三話
『敗北した勝者、勝利した敗者』

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それは、4日目の朝だった。
俺の居る牢獄には、昨日から紙と鉛筆がある。それは、手錠で繋がれていても左腕を伸ばせば届くところにあり、使いたければ何時でも使うことを許されていたものの、全く意味不明のものであった。バクフーンが置いたらしい。口では言えないことを、紙で書いて伝えろと言うメッセージだろうかと俺はいぶかしんだ。
だが、まさか。紙と鉛筆が置かれた次の朝、全く身に覚えの無いメッセージが、紙に書かれていようとは。
俺は最初、バクフーンか他の刑事が、俺の自白を誘うために精神的に攻撃してきているのかと思ったが、そのメッセージの内容をよく読み取ると、それは……『俺』にしか知り得ない情報を隠した、暗号である事がわかった。


 本の道、第二巻、後戻りは可能


最初に意味不明な暗号を記して、このメッセージが俺の使命に関わるナニカであることを教えた何者かが、この刑務所の中の何処かに居る。俺はそう確信した。
その正体はボロ子かと思ったが、そもそもボロ子ならばもっと別の方法でメッセージを残してくるはずだ。それにあいつはデンリュウ校長の存在する、或いは存在していた空間の周辺でしか実態化出来ない。
まさかデンリュウ校長も刑務所に居るのか? いやありえない。
警察は失踪者リストにデンリュウ校長を数えていた。もし既に拘束しているのなら、あのリストに矛盾が生じる。
だからこそ、そのメッセージを残した何者かに、俺は一つの心当たりを感じ取った。


俺じゃないクロキゼンカが学園を徘徊し、そして事件を引っ掻き回している。
それは確かな真実。俺自身が行っていないはずの行動を行った何者かは、確かに存在している。

その日、俺はメモ帳の適当なページ(刑事に発見されないために)を切り取り、メッセージを書いてポケットに入れた。


 お前は、誰だ


見ているんだろう? お前は、俺の行動を逐一見ているはずだ。
だから、俺がメッセージを書いてポケットに入れたメモの内容だって、すぐに看破出来るはずだ。
俺は挑発するように、硬いベッドの上に横になった。幸い、まだ起きたばかりで眠気があったから、俺は直ぐに夢の世界へと誘われる。


 俺はクロキゼンカ
 全てを炎で包み、黒き樹木を生み出す者

 初めて会話が成り立ったな?
 今日は、記念すべき日だ


俺が目を覚ましたのは、僅かに5分後のことだった。
しかし、その5分の間に、再びメッセージメモが俺の枕元に置かれていた。
その内容は、今までずっと、俺に存在をアピールしていたんだと言う事を主張するような印象さえ感じさせた。
名前はクロキゼンカ。カタカナでクロキゼンカ。しかし、当て字をするならば、その名の由来は紛れも無くこの俺、黒木全火を髣髴とさせる。


 お前の目的は何だ?


俺は弾かれたように新たなメッセージを残し、再びベッドの上で目を閉じる。
こんな時に限って、なかなか寝付けない。
いや、目を閉じてさえ居ればいいのか?
暫く狸寝入りをしていたが、今度は10分近く経ってもメッセージは残されなかった。


 お前は、俺が眠らないと行動を起こさないのか?


新たなメッセージを書き加え、ポケットに捻じ込むと、今度は外から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
バクフーンの声だった。また、無意味な取調べの時間のようだ。くそ、もう少しだったのに。
……いや、焦る事も無いか。今、俺はヤツと『会話をする方法』を知ったのだ。





時間は流れ、再び夜が来た。
俺は、夜中に何度も寝ては起きてを繰り返し、クロキゼンカと筆談をした。


 俺の目的は、今、強いて言えば学園を滅ぼす事
 しかしこの状態ではそれも叶わない
 お前が意識を閉ざしている間しか、俺は動けない
 俺はお前に上書きされた存在
 お前の操り手によって、不運な犠牲者に選ばれし存在

 破壊と欲望を司る神、クロキゼンカ
 お前が前に訪れたあの神社は、俺を祀る社


それからもずっと、俺とクロキゼンカの筆談は続いた。
バクフーンは、最初からこのためだけにメモ帳を残した。その事実も、クロキゼンカとの筆談の中で俺は教えられた。バクフーンとクロキゼンカは裏で繋がりがあったのだ。

俺は今まで、本当に狭い世界しか見ていなかったと言うのを、思い知った。或いは、その逆。俺は、周囲で巻き起こる事件を調べるために、本当に意識すべきところに、まるで目を向けていなかったのだ。
思えば、コイツは最初から俺の中に居た。
最初の世界で、俺の窮地を救ったあの力の発端が、そう。

……なんて、救われないんだ。と、思った。
ボロ子がゲームに勝つためだけに呼ばれた俺は、まだマシだ。
俺自身が、その事に既に納得と了承をしているから。
しかし、コイツは―――クロキゼンカは違う。何の前相談も無く、コイツはボロ子によって俺と言う存在に上書きされ、あわや消滅の末路を辿りそうになっていたのだ。
ボロ子の力が完全では無かったのと、クロキゼンカが曲りにも神だったのが幸いし、こうして俺の精神の片隅で息衝いているが、その代わり俺が眠っている時しか、何の行動をする事も出来ないのだ。

俺に気付いてもらうために。俺が眠っている間に、コイツは、やれる事を全てやった。
それだけじゃなく、俺がこのゲームに勝つために、一つの舞台を用意してくれたのだ。
フルフルはクロキゼンカと知り合いで、いつの話かは解らないが、コイツは俺が眠っている間に、彼女に事のあらましや、今後の作戦を伝えていた。彼女はそれに同意し、俺が時間を巻き戻せるのを知っていて、捨て身の作戦に乗ってくれた。


 俺の計画で、23日に学園が全壊する
 当然、生徒は全滅するだろう
 生き残るのはお前とフルフル、そして病院に居るフェルエルだけだ

 フルフルの操り手であるノアと言う女から又聞きした話だが
 Xの勝利条件は『全ての挑戦者を破壊する事』
 若しくは『挑戦者以外の学園の生徒を殲滅する事』らしい
 しかし、お前が刑務所の中に居る限り、
 Xは前者の勝利条件を達成できない
 だから、23日のレクリエーションの日
 Xは、必ずフェルエルの前に現れる
 そして、フェルエルを殺し、勝利を手にするだろう

 病院にはフルフルが張っている
 フェルエルの病室に入ったヤツの名を俺たちに教えてくれる
 お前は、それを確認して時間を巻き戻し、
 次の挑戦で確実な勝利を手にするんだ

 あまり時間は無い
 フルフルは名前を俺たちに教えたら、即座にXとの交戦に入る
 フェルエルが殺された時点で、俺たちの負けだからだ
 だから、お前はXの名を確認したら、
 その場で栞を破き、世界を巻き戻せ

 フルフルとの連絡手段と栞は、俺のほうからバクフーンに伝えておく
 当日には、お前の手元に携帯電話と栞が返ってくるだろう


数日を跨ぐ長い長い筆談を要約すると、つまりこのような相談だった。
バクフーンとクロキゼンカの繋がりはイマイチ解らないが、しかし随分な信頼関係がある間柄だったらしい事はすぐに推測できた。そうでなければ、易々とメモ帳を置いたりはしないはずだから。

クロキゼンカの立てた作戦は、完璧だと思う。
出来ることならば誰も犠牲にしたくは無かったけれど、既にリシャーダが犠牲になってしまっていて、今更奇麗事だって言ってられない。こうなったら、クロキゼンカの立てた作戦に乗ってやるしかない。
だから、今の俺に出来る事は、23日を、ただ待つことだけだった。

この時一つだけ俺が知り得なかったのは、学園が全壊する方法だった。訊ねてもクロキゼンカは答えてくれなかったため、俺は結局何も知らないまま作戦に乗ったことになる。
俺や、破壊神であるクロキゼンカは手を出せないこの状況で、一体誰が学園を破壊すると言うのか?
ハルクが、想像以上の作戦を展開してくるのか。
それとも、それに抵抗するフィノンが、凄まじい力を発揮するのか。
或いは、他の誰かが……。



22日の夜中、俺の疑問に、今まで返答を渋っていたクロキゼンカが漸く答えた。





 学園を滅ぼすのはデンリュウ





そして、今日までで一番長い夜が、明ける―――






……………






フルフルは、フェルエルの病室に侵入し、Xが来るのを待っていた。
仮にも神である。誰にも目撃されずに此処まで来るのは、決して難しい事ではなかった。
意思を持たぬ壁なら、容易に抜けられようと言うものだ。難しいのは、人間の持つ精神の壁。それさえ突破できれば、最初からXなど簡単に見つけられるのに。
フルフルはそんな事を思いながら、フェルエルのベッドの下に身を潜めていた。
その部屋は早朝だけあって外からの雑音もあまり入らず、静寂に包まれていた。
眠っているフェルエルの、不定期な呼吸音が僅かに聞こえるばかりである。

時刻は早朝5時半。
レクは9時からだから、あと3時間は猶予がある。
しかし、これは猶予と取るべきではなく、辛うじて間に合ったと捉えるべきかも知れない。
Xにとって、フェルエルを最初から殺しておくことと、最後に殺すことの順番に、何の意味も無かったのだから。
フルフルが到着した時、まだXが来ていなかったのとフェルエルが穏かな寝息を立てていたのは、僥倖だった。




一方、生徒会室。
既に、生徒会メンバーや、数名の風紀委員、それに3年で最強の実力を誇る生徒たち、四天王の面々が揃っていた。
ただし、『四天王』であるのに、そこに居たのは3人だけであったが。、


「皆、今日の作戦に同意してくれた事を、感謝する。必ず、この悪夢を終わらせよう」


ハルクは、厳かに言った。
誰も言葉を発しなかったが、強い決意を込めた視線をハルクに送って、返答の代わりとした。
ハルクは、それに他の3年生は知らない。
今日のレクに、2年生が飛び入り参加してくる事を。
サナとキュウコンの計らいで、今日の合同レクリエーションは学園全体を巻き込んだお祭になっていたのだが、実はその事実を、3年も1年も、知らされていないのだ。
直前まで伏せておき、当日に驚かせようと言うドッキリ企画が、ハルクの作戦を根底から揺るがしていようとは。この時はまだ、誰一人として、それに気付く余地など無かったのであった。




時計の針はさらに回り、時刻は8時半。
1年生は、グラウンドにぞろぞろと集まり始めていた。
授業ではなくただのお遊びと言う事で、誰一人として嫌な顔はしていなかった。
そんな中、グラウンドの片隅で待機していたバクフーンとピジョットが、徐に立ち上がる。

「さーて、それじゃ、腹括れよピジョット」
「ういっす、何があっても俺はついて行きますよ」

1年のうち数名が最初に、近付いてくる男たちに気付いて道を開ける。
それに連鎖するように、徐々に1年生たちがその男たちを避け、囲むような形になっていた。
1年生に囲まれた中を歩くバクフーンとピジョットは、真っ直ぐその少女の許へ向かっていた。
フィノンは、彼らが自分に用があるのだと直ぐに察して、他の生徒が道を譲る中、ただ一人、その場に立ち尽くしていた。

「フィノンさんですね。少し、お話があるので―――客間にでも同行してもらえませんか?」
「………はい、解りました」

フィノンは少し考えてから同意し、踵を返して歩き出した男たちの後を追って、1年校舎へと戻っていった。
残されたクラスメートたちは、暫く騒然としていたが、しかしそれを、特に疑問には思わなかった。
フィノンの姉が、何者かに殺されているのだ。
それについての事情聴取は、何だかんだで今日までも数回行われていた。
だから、別に今日と言う日にまた事情聴取があっても、他の面々は「またか」と思うだけで済んだのである。

この瞬間、ハルクの計画は、崩れ去った。
レクの会場に、2年生が飛び込んでくる程度なら、まだ何とかなったかも知れないだろう。
だが、もしもそこに対象となるフィノンが居なかったらどうなると言うのか。
答えは簡単だ。そもそも、作戦が実行できない。
しかし、それすらも3年は気付かない。
ただ、レクが始まる9時と言う時間を、心を研ぎ澄まし、待つばかりであった。






……………







ゼンカが刑務所で、携帯電話と栞を片手に緊張の一瞬を過ごしていたのは、9時を過ぎた頃だった。
もう、レクは始まっているだろう。そして、クロキゼンカの作戦通り、今日まで身を潜めていたデンリュウ校長が、学園を全て滅ぼしているに違いない。
たとえ俺が時間を巻き戻せるからと言っても。
栞を持たない連中は、記憶を引き継いで巻き戻る事は出来ない。
だから、その決断に同意してくれたデンリュウ校長の覚悟を無駄にしないためにも、この作戦は、絶対に失敗が許されなかった。

その時、突然外が慌しくなった。
看守が叫ぶようにして情報伝達を行っている。
その会話の断片だけを聞く限り、学園がついに、本気になったデンリュウ校長の力で、崩壊を迎えているとのことだ。
さすが、と言うべきだろうか。デンリュウ校長が俺の盾であると言う理屈は、確かにと納得するに十分だった。たった一人で学園を潰すなんて、いくら強力なスキルの使い手でも、普通は有り得ない。

……あぁ、そういえばデンリュウ校長は、クロキゼンカから破壊の力を契約で借りていたんだっけ。
それならば、意外と簡単なのかも知れないな。



―――ピリリリリリ、ピリリリリリ……



携帯電話が鳴った。
俺は即座に、左手で持っていた電話を開き、通話ボタンを押す。


「もしもし……」



『……ゲホッ、ゲホ……ぐ……』



「……フルフル……?」




フルフルの咳き込む声。背筋に戦慄がゾワゾワと駆け抜ける。
ただの咳じゃない―――その咳は、尋常じゃない……!
そして、その咳の合間に聞こえてきたのは、確かに俺の知る人物の名前だった……!
だが、どうしてもその名前が信じられなくて、俺は―――心の甘さを捨て切れなくて、栞を破くタイミングを、またしても―――逃す。

しかし、俺はまたしても、僥倖に救われた。
咳き込むフルフルを押しのけ、受話器越しに聞こえてきた声は、明らかに俺の知る―――その人だったのだから。そして、その人は、まだフェルエルを殺す心算が、無いらしい。


『ゼンカ君。大した作戦だったわね、まさか、見付かっちゃうなんて思わなかった』


信じたくなかった。
信じられなかった。


「あ、あぁぁぁあああああ……!!! 何で……何でだ、あぁっぁぁああああああああッッ!!」


それは、俺がこの学園で、一番まともだと信じて疑わなかった教師。
そいつは何時だって生徒の事を一番に考えてくれていた、最高の……!!


『不死鳥フルコキリムを仕向けるなんて、一体どんな魔法を使ったのかしら。でも、私の前では殺せない壁も無意味なのだけれどね。聞きたい? 今、彼女がどんな風になってるのか』

「……ざけんな、ふざけんなぁ……ッ!! どうしてアンタがXなんだっ! 信じてたのに……アンタだけは違うって、思っていたのに……ッ!!!」


感情をそのまま垂れ流すように、俺は一気にまくし立てる。
しかし、電話の相手はなかなか答えない。
俺は、とうとう、その名を叫んだ。


「答えろッ!! サナぁぁぁああッ!!!」
















電話の向こうで、サナは暫く、無言を貫いた。
フェルエルを殺せば、それで全て終わるのに。
どうして殺さないのか、俺には……サナが、本当は心のどこかで迷っているんじゃないかと思いたくて仕方なかった。でも、その本当の理由は、サナの口からハッキリと告げられた。


『あなたの作戦は不完全だった。本当なら、この電話があなたを呼び出す前に、私がフェルエルさんを殺して終わりにしていた』

「何で、そうしないんだ……」

『あなたが今、栞を破かない理由に似てる。初めて、お互いに倒すべき相手だと言う認識の下に会話が出来てるのに、水を差したくないでしょう?』

「それだけか? 本当にそれだけなのか……ッ!?」

『デンリュウに感謝しなさい。不完全なこの作戦を完全なものにしてくれたデンリュウ校長に』

「………?」


Xの勝利条件は、生徒全員の皆殺し。
フェルエルが生徒の最後の一人なら、サナはこの場で勝利を得られる。
でも、サナが勝利を得られないのは、つまりフェルエルが最後の一人では無いから……?


『私にはね、このゲームに勝つために、あなたにとってのロールバック同様、特別な力が備わっているの』

「…………それは、何だ」

『私には、学園で殺すべき敵が何人残ってるのか、目を閉じればそこに見ることが出来るのよ。そして今、私の瞼の裏には、「どちらの勝利条件」に於いても、「あと二人」と見えている。やるじゃない、不死鳥を参加者の一人にする事で片方の勝利条件を潰し、さらに此処まで複雑なトラップを仕込んでくるなんて』

「二人……? 誰か、他に生徒が生き残ってるのか……?」


行方不明者を脳裏に思い描く。そして、俺は思わず「あ!」と叫んだ。
他に、生徒で行方不明になってるヤツが居るじゃないか!!
俺が関わる失踪事件は、クロキゼンカによればフェルエルとデンリュウ(+アブソル)だけだ。
だとしたら、他の失踪事件は俺以外の誰かが仕組んだものに他ならない。
つまり、サンダーが失踪したのは、俺の―――厳密にはクロキゼンカの作戦の不備を、誰かが補ってくれたと言う事だ……!
その誰かが、恐らくデンリュウ校長で、つまりサンダーはまだ何処かで生きていると言う事! だからサナは、ここで勝利を得ることが出来ず、俺と電話をするという余裕が生まれたのだ!


『この場で私の勝利は無くなったし、あなたはXの正体を突き止めた。この勝負は私の負けね、おめでとうゼンカ君……』

「サナ、先生……」

『先生なんて呼ばないで。私は、最初から教師の心算で此処に来たんじゃないの。早く栞を破きなさい、不死鳥の子、あまり長く苦しめるのは可哀想よ?』


携帯電話の受話器が、フルフルが居るであろう場所に近付けられたらしい。
フルフルの呻き声が微かに聞こえてきた。不死鳥で、死ぬ事が出来ないからこそ、今、どんなことになっているのか。サナは、一体どんな酷いことをしたのか。

俺は、絶対に忘れない。
サナは、倒さなければならない『X』なのだ。





Xの正体を知った。

これは大きな収穫で、俺は負けこそしたものの、この勝負、ほぼ勝利で間違いなかったはずなのに。



『次の世界。記憶を引き継ぐあなたは、最初から私を狙えば済む……ふふ、短い間だったけど、ゼンカ君に負けたなら、踏ん切りも付く、かな……。さぁ、栞を。……破きなさい』



「くそったれ……くそったれがあぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!」






栞を破く手があまりにも重過ぎて、悔しさと惨めさと絶望と敗北感を掻き消すように叫ばないと、俺はどうしてもその手を動かす事が、出来なかった。









2ndTry、結果報告。


生き残り挑戦者数、2名。
生き残り生徒数、2名。

学園全体の犠牲者数、千人以上。
上記生徒、計4名以外の全生徒及び、事件当時病院に居た一人を除く教員全員が死亡。
デンリュウ、アブソルは事件後に自害、現場に駆けつけた救急隊員の懸命の応急処置が施されたが間も無く死亡。

バクフーン、ピジョット両名死亡、二階級特進。





挑戦者、ゼンカはXの正体を掴み、栞を破いて世界から出た。









続く 
  
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