倒すべき敵は見付かった。 さぁ、始めよう。最後の戦いを。 ************************** 迷宮学園録 第二十四話 『解/3年とXの因縁』 ************************** それは1stTryに時系列を遡る。 舞台は、3年校舎。1年、2年から見れば、聖域と呼んでもいい場所。 張り詰めた空気はこの学園で2年の歳月を過ごした者だけが存在を許されているかのよう、しかしその年季とは別に、今年の3年は何処かピリピリした空気に包まれていた。 1年の(主にゼンカによる)喧騒の遥か外で3年は、とある問題に直面していた。 この学校では、3年生に限り教員からの束縛を一切受けず、各々自由にスキルを磨く事が許される。 授業も自習のみなので、故に真面目に登校する者としない者がハッキリと二分されていたが、しかしそのどちらも、スキルの修練には貪欲なモノがあった。 彼らはこの最後の1年間を使って己とスキルを磨き、持ちうる最高の技術で卒業試験に臨み、この学園を去っていくのだ。 「うむ。今日も異常なし!」 基本的に3年校舎に教員は立ち入らない。 だから、3年生は自治活動によって平穏を維持している。それを統括するのが、『風紀委員』と『生徒会』と言う、お約束の2大組織。 腕を組んで校内を徘徊する男の名はディアルガ。 『時』を操るという反則に近い強大なスキル技能で、3年校舎の風紀を守る『戦う風紀委員長』だ。 そして、その隣を歩くのが、パルキアと言う名の男。 彼は『空間』を操るという、これまた反則スレスレのスキルを持ち、生徒会副会長の座についている。 教師の居ないこの校舎の中では、風紀委員と生徒会と言う2大勢力が結束して安全を守るのが慣わしであり、今年の3年もそこは例外ではなく、しっかりとこのシステムを機能させていた。 ディアルガが歩けば、廊下をたむろするどんな不良さえも道を譲って頭を下げる。 単純な生徒としての格が、既に引っ繰り返らない絶対なものとなっているのだ。 2年の歳月をこの学園でスキルの修行に費やし、才能や努力、諸々のファクターによって着実に開いた実力差は、3年になった時点で不変のモノに変わる。 ディアルガとパルキアの才能と努力が、純粋に3年の中でトップクラスだった――ただそれだけのことなので、決して彼らを傲慢だと言い切ることは誰にも出来ない。 「それにしても、まだ『X(エックス)』の足取りは掴めないのか?」 「その様子だと風紀委員も収穫が無いようだな」 X(エックス)。 彼らは今、そう名乗ったある人物を探して奔走している。 3年生はそのXによって、冗談では済まされないところまで追い詰められていたからだ。 「あぁー、サッパリだ。ったくやってらんねーぜ……あ、そういや一つだけ」 「何だ?」 「Xが出た場所を調べたんだがな、大そうな電気エネルギーが溜まってたらしい」 「……電気エネルギーだと?」 パルキアの表情が一瞬陰る。 「あぁ。だからってイコールXが電気属性って決め付ける材料にはならないがな。一応、スキルは属性に関係なく使うだけなら使えるんだ」 「……それもそうだが」 言葉の上では納得しつつも、パルキアは思い当たったある事実に、不安を覚えていた。 彼は生徒会副会長で、この3年の殆どの生徒の顔と名前を暗記しているほど生真面目な男だ。 そして、それぞれがどんな属性で、どのスキルを使うのか。それすらも、この学年を纏め上げるために全て調べつくしてある。 それだけの事を当然の如くやってみせる―――彼は、生徒会副会長の座に、就くべくして就いた男なのだ。 彼が思い当たったのは、今の3年には、電気属性が『居ない』ことだった。 電気技を使えるものは何人か居る。3年レベルとして、かなり強力なスキルを使える者も居る。 それでも、電気の属性を持つものは、3年全員合わせて200余名、珍しい事に、その中には一人も居ないのだ。 そうなると、もしもXが電気属性であった場合、それは3年以外の何者かに限定される。 例えばこの学園で強力な電気属性と言えば、2年生四天王が一人サンダー、或いは校長であるデンリュウが最有力候補に挙がる。 1年生には悪いが、Xほどの実力者が1年生である事はあまり考えられない。 一応、可能性は0ではないから、先日生徒会が総力を挙げて1年のデータを揃えたところだ。まだ資料としてはグダグダな状態なので、それは見回りが終わった後にでも整理しておくしかない。 尤も―――わざわざ電気エネルギーを残して去ったことが、犯人を電気タイプだと思い込ませようとするXの作戦であるとも言い切れないから、暫くは内密に調査を続けるしかない。 今はまだ、誰がXであるのか解らない。迂闊に3年以外の者に協力を要請する事は出来なかった。 ―――Xについての雑談をしながら、ディアルガとパルキアは生徒会室の豪勢な扉を開いた。 その先にはまるで校長室を想起させるような豪華な部屋が広がり、生徒会の存在が如何なるものかを無言に、しかして雄弁に語っていた。 そして、扉の真正面、一番奥――窓から、1年校舎と2年校舎とグラウンドと中庭が見渡せる位置に設置された生徒会長用の机の向こうに、その男は扉に背を向けて立っていた。 男の名はハルク。1年で、ゼンカと同じクラスのフライアの兄であり、この学園の中では新人教員にも匹敵する、紛れも無く最高レベルの実力の保持者だ。 「会長、見回り終了いたしました」 「ついでに遊びに来てやったぜ、ハルク」 「ご苦労だったな。そこに1年全員の資料をまとめておいた。必要があれば目を通しておけ」 ハルクは、背を向けたまま、口調だけで机の上に置かれた資料の山を指差した。 パルキアは、思わず我が目と耳を疑う。 なぜなら机の上には、ほんの数分前までは整理が必要であるほど無作為に積まれていただけの1年全員の顔と名前と属性や使用スキル、備考などが書かれた資料が、綺麗にファイリングされて置かれていたからだ。 「……これを、お一人で……?」 「あぁ。少し時間があったからな」 しれっと言ってのけるが、ハルクには他にも大量の仕事があったはずだ。 少なくとも、見回りに行くと言って生徒会室を後にした、今から数えて30分ほど前までは、ハルクはこの丁寧に磨かれた机の上で、高さが数十センチにも達する資料の山を片付けていたはずである。 少し時間があったら、平然と山積みの資料を片付けてしまうのか、と。パルキアは、優秀な自分が生徒会長の座に座れなかった理由を全身全霊で理解した。 ふと他生徒会員用のテーブル(もとい雑多な物置と化したスペース)を見ると、生徒会公式のサインがなされたプリントと、資料の説明不足など諸々不適切だと判断し得る理由によってサインを貰えなかったプリントの2種類に綺麗に分けられていた。 30分の見回りの間にあの膨大な量の資料に目を通し、矛盾や不足があるプリントだけを綺麗に弾き、許可に値するプリントにはサインをする、と言う作業をも、ハルクはやってのけていたらしい。 その作業すらも時間を余らせ、予め集められていた1年生の資料を、解りやすい形にまとめていたと言うのだから、もはや脱帽せざるを得ないと同時に、だからこそこの男が生徒会長に任命されたのだろうと確信するしかなかった。 ハルクは、確かに実力もある。 しかしながら、3年生全体でスキルの実力が高いベスト10を選抜したら、高確率で最下位争いをするレベルに留まるだろう。 今年の3年生四天王がズバ抜けた怪物揃いと言うのもあるが、それ以上にハルクの戦闘能力は、歴代生徒会長の中では決して高い方では無い。 最高レベルなのは間違いないが、最高レベルと言うカテゴリの中では、下のほうだと言わざるを得ない。 にも関わらずこうして学年をまとめる最高責任者を務めているのは、この情報処理能力の高さにあるだろう。 他の誰だって、今ハルクがやってのけた事をやらせたら、5分と持たずにこの部屋から逃亡するに違いない。 尤も、ルックスと言う一面から、学年を問わず殆どの女生徒の圧倒的な支持を得ているというのも、多少は加味すべき要点であるような気もするが。 パルキアだって、2〜3年の情報は全て頭に叩き込んだ。それは総計して2日ほどの徹夜の作業になったと、彼は記憶している。 それなのに目の前で背を向けているこの男は、1年だけの情報量とは言え、それを数分で片付けたのだ。 今年度がスタートしてまだ3日目だったが、この時点でハルクが、歴代最高クラスの生徒会長である事は容易に推測される。故にパルキアはハルクに対して、生徒としてどころか、生物種としての格が違うような錯覚すら覚えたのだった。 「……なんか、凹むな」 「そうだな……」 ディアルガも、それに静かに同意した。 …………… また時を遡る事数日前の、3学年始業式の場にて。 3年生は教員の束縛を受けないので、自主的に始業式を行うのが通例であり、この年もまたそれは例外ではなかったのだが、事件は、そこで起きた。 生徒会長ハルクの挨拶を終え、その後に吹奏楽部による校歌演奏とか、ちょっとした遊び心で軽音楽部によるバンドとか、見間違えたらこれから文化祭でも始まるのか、みたいなテンションで執り行われた始業式も、恙無く終わるものだと誰もが信じて疑わなかった矢先のこと。 不意に、3年全員が入ってもやや余裕のある広さの集会教室の、全照明が、落ちる。 一部の女生徒は例によって悲鳴を上げ、また他の生徒も一体何事だとガヤガヤ騒ぎ立てた。 ハルク他生徒会員たちも突然の事態に困惑していたが、暗闇の中で何かあっては拙いと判断し、マイクを取って全生徒に落ち着くように命令する。 その瞬間だった。 誰かが、「アレはなんだ!」と叫んだのを皮切りに、全生徒が一斉に、集会教室の高い天井を見上げた。 空中に、何かが、居た。 全員がそう認識した瞬間、スポットライトがその場所を明るく照らす。 しかし、ハルクは照明係など用意していないはずだった。だから、誰がアレを照らしたのかはハルクにはわからないが、今は、それどころではない。 「あれは誰だッ!! 誰の仕業だッ!!」 「わ、わかりません! こんなの私たちは何も……」 生徒会の役員たちも、困惑した様子でこの異常事態に飲み込まれつつあった。 ハルクは、せめて自分だけでも冷静でなければと思い、宙に浮くあの仮面とマントをつけた何者かを睨みつけていた。そして、思考を巡らせる。3年全員、否、1・2年も、教員も含めて、あの仮面とマントの何者かの体格に合致する者を検索する。 だが、多すぎる! この場で捕える以外に、正体を掴む手立てが無いッ!! ―――だが、あんな事をするヤツが思い当たらないわけではない。 全学年を含めて、否、歴代の卒業生まで含めた上で、この学年の四天王はどいつもコイツも奇人―――いや、異常者ばかりだ(悪いヤツではないのだが…)。 例えばこんなサプライズ、ナイトメア辺りなんかが好みそうな演出ではある。 「ナイトメア! 何処に居るッ!!」 「残念だけど、アレは僕ら四天王も関って無いよ」 「っ!? な、なんだと……?」 四天王は何時の間にか、揃って舞台裏に集まっていた。ナイトメアも当然、そこに居る。 彼らも、この異常事態をただ事ではないと察し、一応四天王―――学年最高レベルの実力者として、ここに集結したのだ。 彼らの実力の高さは、この数メートル先も見えない暗闇の中で、あっという間にこの場所に集まれたところから推測してもらうとして、ハルクは再び天井を見上げる。 と、漸く何者かが口を開いたようだった。 肉声ではない。合成音声を録音してきたようだ。 それを何処からか持ってきたマイクに近づけ、3年全員に向けて発信する。 「ようこそお集まり下さいました。私はこの学園を裏で支配するモノ、通称『X(エックス)』」 「エックスだと? 誰の悪ふざけだ、ありゃあ」 「おい、今日来てないヤツの悪戯じゃあねーのか!?」 生徒たちは、まだ心のどこかで犯人はすぐ見付かるだろうと思っていた。 また、これが単なるイタズラで終わるものだと信じて疑わなかった。 心境は、飛行機をジャックされた時の、最後尾に座っていた客の気分だろう。 まだ、状況が飲み込めず、うっかりすれば野次馬根性で前に出て行ってしまいそうな、そんな気分だった。 しかし、ハルクや生徒会員、四天王たちは、この異常な事態の事の大きさを直感する。 ハルクは、集会教室に一クラスごとに入場した段階で、3年全員の顔と名前、出席を確認していた。 それは副会長のパルキアも同様で、故にこの集会教室には3年全員が集まっている事は間違いなかった。 だから、もしもあのXと名乗る何者かに、仮面の下に確かな『存在』が在るとしたら、それは、3年以外の何者かである可能性が、高いと言うこと。 無論、あの仮面がスキルによる幻影で、3年の誰かの悪戯の可能性も捨て切れないからこそ、この事件はより謎に満ちていくのだが。 「本校も今年で15年目を数える事が出来ました。そこで、記念すべき不吉の象徴、第13期生であるあなた方を、特別に私のゲームへ招待してさしあげようと思い、私はここへ赴いた次第であります」 その一言が混乱を招くと、誰よりも早く気付いたハルクがマイクを握り締めて真っ暗闇の壇上に立ち、生徒全員の心の内を代弁する。 「貴様が何者で、何のためにこんな事をしているのかは解らないが―――我々3年をあまり舐めない事だ。貴様はこの教室の中で、完全に包囲されている」 刹那、ハルクに向けて別のスポットライトが当てられた。 それは、今宙に浮いている仮面の何者かの意図なのだろう。 ヤツは触れずして照明を操っているのか、それとも他に協力者が居るのか。 それは、この場で捕まえて白状させれば良いだけの事…ッ! 生徒会役員は既に、この集会教室の出入り口を封鎖し、さらに照明管理室へと向かっていた。 すぐにお前の下らないお遊びを終わりにしてやる―――ハルクの心に炎が灯る。 しかし、この状況。 宙に浮く何かと、壇上に上がったばかりのハルクを照らすスポットライトが、今度は逆に生徒の疑心を生徒会へと向けることとなった。 これは、生徒会が仕組んだドッキリなのでは?と、一部の生徒が思い始めてしまったのだ。 ハルクにとって、その疑心は非常に拙いものであった。 何とかせねばと思索を巡らせるが、どうやらこの悪戯の首謀者であるXも、これをドッキリだと思われるのは本意とするところではないらしい。 「先ず第一に。これはドッキリなどでは無い事を証明しなければならないようですね……」 ちょうどその時、生徒会員の一人が、鍵の掛けられていた照明管理室のドアをスキルでブチ破り、突入する。中に居るであろう、このドッキリの共犯者を探すためだ。 しかし、中に人影は無い。……では、一体誰が照明を操作していたのか? ―――次の瞬間、生徒全員に戦慄が走った。 ズドォォオオォオォォオオオオオンッッ!! 「う、うわあああーーーーーッ!!」 「きゃあああーーーーーっ!!」 爆音が響く。 ハルクは我が目を疑った。 照明管理室は、この集会場の舞台脇の2階に設置されていて、その部屋の窓ガラスは全生徒からも見えていたのだが、突然そのガラスが爆音と共に吹き飛び、破片がパラパラと降り注いだ。 炎が上がり、黒煙が立ち込める。 誰もが今の出来事で、これがドッキリではない事を理解する。 演出でここまでするか? いや、しない! あのハルクが、こんな事を許すはずが無いッ! 「ぐぅッ!!」 降ってきたのは、ガラス片だけではなかった。 「ヨハネッ!!」 不運にも照明管理室に突入していたヨハネと言う生徒会役員が爆発に巻き込まれ、2階の窓から転落したのだ。 ハルクは慌てて抱き起こすが、既に意識は無く、全身に酷い火傷を負って苦痛の表情を浮かべていた。 「第二に」 Xは、事も無げに続ける。 「あなた方は私を包囲しているようだけれど、それは先方の勘違いであります。正確には、あなた方全員、私によってこの集会教室に囚われている。これが正しい」 その一言に、生徒会員が慌ててドアを開けようと試みるが―――開かない。 どのドアも窓も、鍵を開錠したにも関わらず、外側から杭で打たれているかのようにガッチリと固定され、開ける事が叶わなくなっていた。 「くそッ!! 貴様ァ……ッ!!」 「さぁ、ゲームを始めましょう。なに、単純なルールです。あなた方は1ヶ月以内にこの学園に潜む『私』―――『X』を見つけ出し、『抹殺』すれば良い。そうすればあなた方はゲームの勝者となり、無事にこの学園を巣立っていけるでしょう。ただし1ヶ月先、もしもXを殺すことが出来なかったのなら、その時は――――」 不意に、言葉の節々に、吐き気を催す悪意を込めて、Xは言う。 「キミたち全員、この学園でスキルの研究に必要な『マナ』の材料になってもらう」 「どう言う事だ……!」 「端的に言うのなら、皆殺しと言う解釈をしていただければよろしいかと」 「……ッッ!!」 ケタケタと嘲り笑うように、Xを名乗る何者かはゲームのルールを説明する。 そして、それで用は済んだと言わんばかりに、ゲームの開始を告げる。 「それでは、あなた方の生き残りを賭けたゲームを始めましょう。健闘を、祈りますよ」 スポットライトが消え、教室が再び闇に包まれた。 このまま明るくした時には、もうXを名乗る何者かは、そこには居ないだろう―――誰もが、薄々ながらそれを感じ取る。そして、後には退けない状況になっていると言う事も。 ―――生徒ですらそこまで考え至れたのに、奇人四天王がその斜め上を行けぬ道理が何処に在るというのか。 照明の修復など待たず、四天王が一人、ミリエが集会教室を明るく照らし出した。 発光のスキル『フラッシュ』は、集会場の闇を切り裂き、Xに逃げる時間を与えない。 「ここまでコケにされちゃあ黙ってらんないでしょ! 兄さん!」 「おうッ!!」 ミリエが被っていた特徴的な魔女帽子を脱ぐと、その帽子の中から不思議な威圧感を持つ『竜』が飛び出した。 あれは『ティリオ』。ミリエの使い魔でありながら、何故か『兄』を名乗る者。生徒の中では、知らない者など誰一人としていないだろう―――『魔女・ミリエ』の『魔術スキル』の一つ。 竜―――ティリオは真っ直ぐにXに向かって飛ぶ。その背中にミリエが飛び乗り、Xを捕まえようと空中戦を挑む。 「1ヶ月以内にアンタを倒せばいいんでしょ―――ここで倒して終わりにしてあげる!」 ミリエとティリオの姿が、霧に包まれた。 その霧の中から、金色に輝くミリエの双眸がXを貫く。 「勿論、これくらいは私の想定の範囲内。そして、ゲームのルール上、何の問題も無い」 Xはそう言うと、応戦の構えを取る。 だが、その所作は、魔女・ミリエを前にしてはあまりに―――ノロマだと嘲るに十分なほど遅い! ミリエが居たと思われる場所から、突然炎の塊が飛び出してXを襲う。 Xはその火球を難なく弾き返すが―――炎は絶え間なく次々と飛び出してくる。 この霧の向こうで何かしているのかと、Xが迅速に判断するがそれすらも遅い。 霧は既にXを包み込んでおり、炎の塊は四方八方、360度あらゆる方向からXを襲った。 それでもXは超人的な反射神経で全ての炎を弾いていたが、徐々にミリエが押し始める。 「ふふふ……なるほど。13年目、偶然とは言え、今年の四天王は紛れも無く歴代最強か」 「余裕を見せられるのも今のうちだよ」 霧の中から、骨で出来た剣が飛び出してきた。 炎ではないから、弾いて消す事が出来ない。 Xは寸での処で身を引き、その一閃を回避した。 もしも炎だと思って手で弾こうとしていたなら、今頃下の客席に一本の腕が落下していた事だろう。 そうならなかった事を思えば、Xの反応速度の高さは人間を超えていた。 霧が晴れる。 晴れると、そこは集会場の天井付近では無く、全くの別世界であった。 「異空間スキル……たった2年間で、これほどのスキルを使えるようになるとはね」 Xは一変した周囲の情景を観察しながら言った。 紫色の空、灰色の雲、荒廃した大地。 Xを囲むのは、当人に歴代最強と称されし3年生四天王のミリエ、ジラーチ、エイディ、ナイトメアの4人。 「ここならいくら暴れても問題ない。行くよ」 ジラーチがそう言うと同時に、ナイトメアとエイディが地を蹴ってXに飛び掛った。 エイディは武器召喚スキル『骨肉の魔剣』を使い、その手に骨の剣を呼んだ状態で。 ナイトメアもまた武器召喚スキル『ロンギヌス』を使い、その手に槍を呼んで。 これらの武器は存在しているだけで強大な力の奔流を生み出し、恐らく1年生レベルなら真正面から向かい合った状態では立つことすら叶わないだろう―――だが、このXと言う存在は、微動だにしない。 それどころか、仮面の下で低く薄ら笑ってさえいた。 「小さい小さい……武器が強大すぎる故に、君達の小ささが浮き彫りのようだ……ふふふ」 ―――ナイトメアより疾くXに迫っていたエイディが、『恐怖』を感じ取った。 これ以上近づいたらやられる―――得体の知れない『予感』が、ゾワリと背筋を撫で上げる。 その一瞬の動揺が生んだ隙は、エイディの骨の剣を弾き飛ばした。Xが右手を振り上げたその動作が、骨の剣を弾き飛ばしたと言うのか? エイディは刹那的に考えたが、しかし今のXとの距離を思うと、それは謎に満ちたスキルによる攻撃と考えた方が早かった。 しかし、そう思った次の瞬間には、エイディの眼前からXの姿が消えていた。 Xは一瞬のうちに弾いた剣の前に先回りし、空中でその骨の剣を拾い、そのままナイトメア目掛けて投擲したのだ。それは瞬きにも満たぬ一瞬の所業、先ほどまでのノロマなXは何処へ消え失せたと言うのか―――全員に戦慄が走る! 「なっ!」 ナイトメアは、突然のXの高速移動に一瞬固まり、その骨の剣を槍で受け止めるので精一杯だった。 Xは―――全く本気では無かった。 これほどのスピードがあったなら、最初の段階で4人全員殺されていてもおかしくなかった…! 「この空間を作っているのは君か」 「……ッ!!」 一瞬でナイトメアとエイディと言う最強クラスの剣士二人を抜き去り、Xはジラーチの前に立っていた。 そして、見たことも無いスキルが、ジラーチではなくこの空間そのものを襲う。 「いただきます」 Xが言うと同時に、空間が『見えない口』によってバクバクと食べられ、食べられてしまったところから元の集会教室が覗き始めた。 空間スキルをこんな型破りな方法で破るなんて、いくら3年とは言え授業などでは習っていない。 Xの繰り出す未知の攻撃に、四天王に動揺と戦慄が走る。 Xの強さは尋常ではない、ここで戦ったら―――負ける! それを悟り、四天王は攻撃の手を止めた。 敗北宣言―――四天王は、Xに勝てない事を知り、この場は引き下がる事を選択する。 否、ただ一人だけ負けを認めぬ者が居た。 学園の魔性、ミリエだ。 「……この私を前に、大した余裕ではないか、駒の分際で……!」 「やめろミリエ! 今の僕らじゃ勝てない……ッ!!」 「五月蝿い黙っていろ! アイツはこの場で消してやるッ!」 他の者達は、ミリエの強気の真意を知らない。 単に、此処で負けるのが嫌で、激昂しているようにしか見えない。 だから、止める。四天王で唯一冷静なキャラを持ち合わせているジラーチが、ミリエの前に立ってこれ以上の戦闘は危険だと諭す。しかし。ミリエはそれを聞かない。 その間に、Xはまた言い忘れていた事があると言わんばかりに、喋りだした。 「そうそう、このゲームには私の決めた『ルール』が存在しています。『Xへの挑戦権は各自1回ずつ』。ただしその1回の挑戦権で、一度に何人でも私に挑む事を許可しましょう、その代わり、挑戦に失敗した時、挑戦権を行使した者はその場でマナの材料になってもらいます」 「な、何……?」 Xが、真っ直ぐ四天王の方―――ミリエを見ていた。 今の交戦が1度の挑戦だったと言うのなら、先陣を切ったミリエが挑戦権を行使したと取られて間違いない。ジラーチが振り返った瞬間、Xは軽々とジラーチを弾き飛ばし、ミリエの眼前に迫る。 ミリエがその瞬間的な動作を見切って呪文の詠唱を開始したのと、Xがマントの下で何かを動かし始めたのは同時。 「一人目の材料は、キミだ」 「我、望む―――我が道を阻む敵の抹殺を!」 ミリエの使ったスキルは、この世界の歴史に干渉する超界スキル。 『Xなどと言う存在は、最初からこの世界に居なかった』 そういう命令を、世界の歴史に刻みつけて抹殺せんとする単なる暴挙だ。 しかし、その暴挙は不発に終わる。 この世界の歴史の流れが、ミリエが思っていた以上に強固に固められたものだったのだ。 ミリエの申請した命令は、世界の歴史に書き込まれようとしたが、直前で棄却され、それこそ無かった事にされてしまった。 ―――この世界に於いて、Xとは自力で倒さねばならぬ存在。 ―――それを外部的な力を用いて抹消する事は許さない。 それが、世界の意思であった。 己の意思を世界に突き返されたミリエは、それ故動きを止める。 『今は』、自分自身も単なる世界の駒に過ぎぬ体で、世界に干渉しようとしたのだ。 その計り知れない反動が激痛となってミリエを襲い、故に動きが止まる。 『ゲーム盤の上でルールを決め、その上で戦う限り相手に必ずルールを強いる力』 ミリエは、Xの力をそう認識した。 Xは自分と同じ超界者―――世界を、その外側から認識出来る者で、そして自分はまんまとゲーム盤に上がってしまったのだ。超界者がルールを取り決めて行使する力の大きさは強大で、創造主クラスの力を持たない限りそれを無理矢理破壊する事は出来ない。 そしてXの場合、その制約が極端に強大な力を発揮するのだ……! 同じ能力を使う超界者を、ミリエは知っていた。 その者の名前も、確か―――!!! 「お、おまえ、は……超界者、エックス……!」 「超界者ミリエ。これはキミと私のゲームでもある。キミに、私が倒せるかな?」 Xのマントの下から、巨大な化物の腕が伸び、ミリエを―――切り裂いた。 集会教室に、生徒たちの悲鳴が轟く。切り裂かれたミリエは、ジラーチが空中に作っていた足場から転落し、客席に激突する直前にティリオによって救出された。 怪物の腕は確実にミリエを突き抜けていたはずなのに、何処にも外傷が無い。 ミリエは意識を失ったまま、ティリオの腕に引っ掛かった状態で―――呼吸すら止めていた。 「その方の魂はマナの材料として確かに預りました。期日内に私を倒す事が出来れば、これは返却しましょう。それでは、ふふふ。改めて健闘を祈りますよ。ふふふ、ははははははは……」 Xは不気味に笑いながら、空中でその姿を―――消した。 これが、学園を舞台とするゲームの発端。 Xは見事に3年全員を振り切り、そしてゲーム盤に乗せたのだ。 そして、学園は惨劇の道へと、自ら歩を進めていく事となる……。 ミリエの用意した駒が、それを阻止せぬ限りは。 続く |
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