前回の冒頭にちょっとだけ触れただけなので忘れられていると思うが、驚きポイントその1があったのだから当然驚きポイントその2もある。
いや、寧ろコレが最大級のサプライズ(悪い意味で)だったな……。

俺がこの世界でやるべき史上目的は、例のボロボロマントの女を助け出す事だ。
……呼び名が無いとモノローグが面倒くさいな。さて置き、そいつを助けるのがこのゲームのクリア条件ってヤツなのだ。だから、俺は今回の挑戦の時、時間が1年以上も巻き戻されている事に驚きつつも、先ずはあの女を捜して方々走り回ったのだ。
……しかし校長室に行っても何処に行っても、俺が助けるべきあの女の姿が無かった。
力を使い過ぎて何処かで休んでるのかと思ったが、俺はこの1年、結局アイツを見つけることは出来なかったのだ。

このままバッドエンドかと思って、全てに絶望しかけたが―――それでも俺は一筋の光明に賭けて、この1年をゲームクリアのための下準備に費やした。勝つためには短すぎる1年と言う時間が、とても長い戦いに感じられたのがあまりに矛盾していて、自嘲しながら。


「お前の苦労話など興味は無い。寧ろ私の苦労話を聞けぇっ! 貴様はどれだけ待たせれば気が済むのだッ!」
「いや、1年も巻き戻したのはお前だろうが」
「お前がアホをするからロールバックの制御が利かなかったんだ! だから全部お前の所為だ!」


まぁ、そんな回想をしつつ、例のボロボロマントは今まさに隣に居るんだけどな。
始業式の後に校長室に行ったら、今まで現れる気配も無かったのに突然居たんだ。
心配させやがって。


「あーもう悪かった。俺が悪ぅござんしたよ」
「千回ごめんなさいと言ったら特別に許してやる!」
「千回ごめんなさい」
「誰が頓智を使えと言ったッ!!」
「しーましェーン!」


これ以上ふざけると可哀想なのでコレくらいにしておく。
一体この1年間何があったのか知らんけど、こいつにしては珍しくホントに泣きそうだったからな。


「『私』のこの世界での『役割』が『この状態』に固定されてしまったからな。この世界のシナリオ上で『私』が『この状態』になるまで、私はこの世界の内側で出番を待ち続ける以外に出来ることが無かったのだ」
「そうだったのか。でも1年もあったんだから力は随分回復したんじゃないのか?」
「馬鹿を言え。あんな場所に1年も居て回復なんか出来るか。発狂しないように精神をすり減らしながら耐えているので限界だ」


当然、その答えは解っていた。
『回復したんじゃないのか?』なんて一応聞いては見たものの、全く回復できていなかったのだろう事は、女の疲れ切った表情から容易に推測出来ていたのだから。
俺にはこいつの疲れを癒してやる事は出来ないし、この1年の日陰での頑張りを褒めてやるために頭を撫でてやる事も出来ないが、一刻も早くXを倒す事なら努力できる。


「……今度は失くすなよ」


女は新しい栞を俺に手渡した。
そういえば、この栞だけは触れるんだよな。試しに栞を持つ女の手に触れようとしてみたが、案の定空振りに終わってしまった。
ん? そういえば前の挑戦の時、最後の瞬間は触れたような気が……。


「あの実態化は殆ど皮膚だけだ。中身は適当だった。『盾』に使えれば何でも良かったのだ」
「な、生々しい事を言うな!」








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迷宮学園録

第十四話
『卑怯者』

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この1年、俺はこの学園に伝わる七不思議みたいなものも調べていた。
大半は下らないものだ。一年校舎ですすり泣く声とかな。犯人はフリードだろう、間違いなく。
あと、夜中に家庭科室からカレーの匂いがしてくるとか言うのも。もう犯人を名指しする必要も無さそうだ。
あと、男子更衣室は誰かに見られている気がする、ってのもあったなぁ。
監視カメラが付いているのは、生徒には知らされていないようだった。
オイ、デンリュウ校長。アンタは何を思ってあのカメラを付けてるんだ。

この中でXや学園に棲む『魔物』に関係してそうなものは一つ。


『旧校舎の中に入ると、呪われる』


生徒の間で実しやかに囁かれている噂だ。
実際に入った者が居ないのだから真実は闇の中だが。
そもそも旧校舎って、何年か前まで3年校舎だったんだよな?
それなのに入っちゃいけないなんて、その時点でちょっと矛盾してる気がするが、しかし。


「こうもあっさりと来れると、前回のアレは一体何だったんだって思いたくなるな」


4月7日に、午前中に1年生の入学式と、2・3年は午後から始業式。
4月8日は日曜日で休日。1年生はその後、4月9日から10までスキルやら何やらについてや、学年の親交を深めるために研修旅行に出掛ける。俺が最初にこの世界に来たのは、それらが済んでさらに翌週の4月16日辺りだったか。
4月9日は、土曜日に始業式やら何やらをやった関係で2・3年は代休になる予定。

おっと、深く考えなくてもいい。要は、今日は4月8日の日曜日で、学園は閉鎖されているにも関わらず、俺はこっそりと忍び込んで旧校舎前に立っているって事だ。

昇降口は厳重にガムテープで目張りされ、前に来た時は感じなかったが―――まるで、『入るな』と校舎が拒絶してくるような威圧感が漂っていた。
露出している両腕の辺りからゾワゾワと鳥肌が昇ってきた。
この奥に、一体何があるのか―――その答え次第では、俺の戦いは大きな転機を迎えることになるのだろう。

一歩踏み出して、ガムテープに手を掛けた。
そして、人差し指の爪を引っ掛け、古びたガムテープを破くように―――


「……?」


剥がれ、ない。
ガムテープは、接着面に接着剤でも塗られているかのようにピッタリと張り付き、どんなに力を込めても剥がれるどころか破けもしなかった。

諦めず、他のガムテープに手を伸ばそうとした、その瞬間。


―――バチィッ!!


「うおうっ!!」


俺の右足に、電撃が直撃した。
その衝撃に俺は軽々と吹き飛び、昇降口の封印されたドアに顔面から激突する。
あ、頭と足が同時に痛い! 制服の右足が一発でボロボロになってるし!


「ぐふぅ……ち、チクショウ、誰だ!!」


振り返るが、誰も居ない。
その時、ポケットの携帯電話が鳴り始めた。
バイブのリズムから、メールでは無く電話である事を理解し、慌ててポケットから引っ張り出すが―――また、『異常』に襲われる。


「圏……外……ッ!」


確かに携帯電話は、着信を伝える振動を繰り返しているのに―――普段の待ち受け画面のまま何の変化も映し出さず、アンテナは―――圏外!
手の出しようが無く、この異常事態に手を拱いていると、開いていた携帯の画面が勝手に動き始めた。
メニュー……メール……新規作成……本文入力……ッ! 誰だッ! 誰かが俺の携帯を遠隔操作して、勝手にメールを打ち始める! 俺は気味が悪くてそれを阻止せんとするが、この携帯電話は俺の操作を全て無視して、何者かのメッセージを画面に映し出した。






“こうちょうしつにもどれ”







「…………一体、何だってンだよ、こりゃあ……」



俺は、ボロボロマントの女にタチの悪いイタズラで呼び出されたのかと思いながら、旧校舎前を後にしたのだった。






…………





校長室に戻る―――戻るも何も、今日初めて行くのだがそれはさて置き。
俺を待ち構えていたのは、俺の想像するボロボロマントの女では無く、可憐な金髪の女性―――デンリュウ校長だった。デンリュウは、風に揺れる木々を窓から眺めていた。
その隣に、置物のように直立不動で構えるアブソルの姿があった。


「ゼンカ君。ダメですよ、旧校舎に入っては」
「……アンタの仕業だったのか、あのアレは……」
「アレ?」
「電撃だよ、一体何処から撃ったんだ?」


俺の問いには、代わりにアブソルが答えた。
答えたというか、それは何だか胡散臭い宣伝に近い。


「デンリュウ様の誇る最強の遠距離攻撃『シューティングスター』だ。通常の遠距離攻撃とは別格の射程距離は最早『遠隔攻撃』と呼ぶに相応しい超範囲で、校長室から旧校舎まで届く圧倒的な性能。さらに、それでいながら威力が全く衰えず命中精度も群を抜く高さを持ち、まさに学園最強の名を恣(ほしいまま)にしているのだ! 良かったなゼンカ。並の使い手がこのスキルを使ったら、恐らく足元を狙った心算がウッカリ直撃していたかも知れないからな」
「オイ、足に直撃したんだが如何いうことだそりゃ」
「………気のせいじゃないのか?」
「気のせいなワケあるかぁッ!! 俺のズボンを見ろ! ボロボロじゃねーか!」
「……………」


アブソルが俺から視線を外し、ジト目でデンリュウ校長を見ると、彼女はちょっと困ったような笑みを俺に向けて、


「……ごめんなさいね?」


と、謝りやがった。
流石に校長室から目標も見ずに旧校舎に居る俺の足元を狙うのは無理だったらしい。
だったらやるなよ! 普通に携帯電話だけで良かったじゃねーか!
あと携帯電話もそうだ、ありゃ一体何のイタズラだ全く!


「『圏外』のことか? あれはデンリュウ様だけが使える特殊電磁波だ。電子機器に電気で介入して外部から操作する力を持っている。この力さえあれば、電気信号で動く全ての機械はパスワードなど無視して強制的に支配することが出来るのだ! どうだ愚民。お前にもデンリュウ様の凄さが判るだろう!」
「愚民とか言うな」
「じゃあ凡」
「ぼん! 人ですら無ぇッ!?」


つーか、なんてすげぇスキルだよ。
現代社会に於いて、この人は間違いなく最強な気がした。
よく考えたら、人間も電気信号で動いてるんだよな、反射とかは触れた瞬間に蛋白質だか何かが動いてその電位差が云々……。あと脳のネットワークも電気か何かじゃなかったっけ?


「そうですねぇ。練習台になってくれる方がいらっしゃれば、人間だって支配できるかも知れませんよ。くすくす」
「ほう。で、その練習台にされた人間はどうなるんだ?」
「脳に与える電気信号の強弱でどう言う反応をするのかを事細かに実験するので、良くて植物。悪くて―――死んじゃいますね」
「よし判った、一生練習すんな」


練習すれば出来るかも知れないが、練習のためには人間一人が犠牲にならなければならないのだ。
そんなスキル、修得させるワケにはいかない。


「一人じゃ足りませんよ。150人くらいは欲しいです!」
「そこでエバるな!」
「学年一つを丸々使えば完成しますね、このスキル」
「そんなスキルのために学年が一つ消滅するのかっ! 悪魔だお前は!」
「くすくす、冗談ですよ。私は生徒には絶対に手出しはしませんから」


にっこりと笑って見せるデンリュウ校長。
しかし、俺にはその笑顔が―――不安だった。
何故なら、手を出さないからこそ、デンリュウ校長は―――


「デンリュウ。約束しろ」
「何をです?」


不意に真剣な目つきになった俺が何を言わんとしているのか、デンリュウ校長も薄々感づいているのだろう。ちょっと困ったような表情を俺に返す。
余談だが1年過ごす間に、俺はデンリュウ校長を呼び捨てにするようになっていた。人間、どう変わるのか全く想像付かないな。


「たとえ普段生徒に手を出さないんだとしても―――自分の身を守るときくらいは、しっかりしてくれよ」


デンリュウ校長は暫くジッと考え込んだが、またいつもの笑みを浮かべて言った。


「生徒に心配されるようでは、私もまだまだですねぇ。そこまで言うなら、善処しますよ」


善処する。
それは、最低でも自分の身を守るために、逃げる事くらいは全力でやってくれると言う事だろう。
これで、俺は盾を失わずに済むのだろうか? いや、今度は、俺も『現場』に立ち会う。
俺と一緒なら、絶対に守れる。守り切れる。


「ま、何だかんだでデンリュウは微温いからな。いざって時は俺が守ってやるさ」
「あらあら、それはプロポーズなのかしら? くすくすくす」
「………」


言ってから物凄く恥ずかしい事を口走った事に気付く俺。
ここで赤面して否定するとデンリュウ校長は間違いなく付け上がるので、仕方ない。あまり得意では無いが、ここは押しに出てみるか。


「そうだと言ったら?」


デンリュウ校長の手を取って、射抜かんばかりの視線を送ってみる。
デンリュウ校長はあらあらと困ったような笑いを浮かべていたが、次の瞬間俺は自分の不用意な行動を死ぬほど後悔した。

―――死を運ぶ風が、校長室の中を駆け抜けた。
その風上に恐る恐る目をやると、……あぁ、居た、そこに居た……!

この学園に潜む魔物が、そんなところに居やがった……ッ!!

早く逃げないと、殺される! 早く、足よ、動け、動け……ッ!!
あぁ、ダメだダメだ、動かない、足が動かない!

―――殺される!


「アブソルちゃん、オイタはダメですよ?」
「……すみません。少々取り乱しました」


あ、あぁ。何だ……あ、アブソルだったのか……。
俺にはてっきり、この学園に潜む魔物がそこに立っていたかのように見えたぜ……。
やめよう、もうやめよう、デンリュウ校長に手を出すのは。
次やったら、きっと俺は殺される。『取り乱す』=『教室一個を強大な殺意で埋め尽くす』と言う明らかにおかしい方程式を持つ男に、きっと八つ裂きにされる。


「そ、それにしたって……」


無理矢理話題を変えようと、俺は此処に来た(まぁ来る予定は無かったのだが)本題へと話を戻す。


「何だって旧校舎に入ったらダメなんだ?」
「古くなってて危ないからですよ。床とか抜けちゃって、変なトコに引っ掛かったら危ないでしょう?」
「確かに。俺のエクスカリバーに傷が付いたら大変だが……」
「だから誰も入らないように厳重にロックして在るんです。くすくす」
「そうだったのか……オイ、ツッコめよ」
「私は下ネタにはツッコみたくありませんよ」


その微妙に困った笑顔が好きです。
あまりやるとアブソルに怒られるのでこの辺にしとくとして、もう一度話を本題に戻すが―――今度は、本題の核心へと話を移す。


「嘘だろ?」
「嘘? 何がですか?」
「旧校舎に入っちゃいけない理由は」
「古くなっていて危ないからです」
「違う」
「違いません」
「この学園に棲む魔物が」



「魔物なんか居ないッッ!!!」



空気が、一瞬で変わった。
窓の外で吹いていた風が、恐怖に慄いたのか、急にシンとする。
デンリュウ校長が怒鳴るなんて、この1年で初めて見た。

いや、大声程度ならたまにあったが、今のは、本気だった。
本気で、『否定』したのだ。『魔物』など居ないと。
それは、何故? 考えるより、問う方が速かった。


「……居るんだな? 魔物は……」
「い、居ません、知りません。私は、何も―――……うぅ……ッ」
「デンリュウ様っ!」


デンリュウ校長は、まるで激しい頭痛に襲われているかのように右手を頭に添え、ふらふらとした足取りで、校長用の机の上に左手を突いた。
倒れそうになるのを、アブソルが飛び込んで支える。
デンリュウ校長が、『異常』に襲われている。

間違いない。
『魔物』は『居る』。


「ゼンカ。こっちから呼んでおいて悪いが、席を外してくれ」
「……判った」


突然体調を崩すデンリュウを支え、アブソルが俺を真剣な目で見つめながら言った。
確かにこれ以上はヤバそうだったので、俺はこの場をさっさと撤退する事にする。
外へ出ようと扉に手を掛けた時、アブソルが付け加えた。


「それと、旧校舎には行かないでくれ。頼む」

「…………」



その懇願に、俺は返事をしなかった。









…………









「アブソルちゃん、私は、……私は……最低です、どうして、こんな事を……」


デンリュウが泣いていた。
アブソルは、その隣でデンリュウの頭を優しく撫でる。


「貴女は悪くありません。何も、悪い事など……」
「うぅう……、ゼンカ君、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……うぁぁぁあああ……っ!」


1年を過ごした。




再び、悪夢の4月が幕を開けようとしていた―――








続く
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