ピピピ、ピピピ、ピピピ。

目覚まし時計が最大音量で鳴り響いていた。
しかし、その近くで眠る俺は布団の中に潜り込んでいた為、なかなかそれを止めようとしない。
やがて、俺とは違う誰かの腕が、その時計を止めて、さらに俺を包んでいた布団を引っぺがした。


「早く起きないと遅刻するぞ」

「んー……いっけね……くそ、ベストに起きれる時間を、計算していたはずだったのに……ふわぁぁぁ……」


4月7日。退屈な春休みを終え、今日からまた学園生活が新たな始まりを迎える日。
新年度の本当の始まりと位置づけていい今日と言う日に最初に見たのは、緑色の長い髪を後でまとめた凛々しい女性の笑顔だった。
うむ、最高の一日になりそうだと判断するには十分だな、と、まだ眠い目を擦りながら、俺はベッドから降りた。
昨日の夜に準備しておいた椅子に掛けっぱなしのシャツに袖を通し、それから制服のズボンを穿く。
何故か上から着るのは俺の癖の様なモノで、特に意味の無い毎朝の日常だ。

そう、日常。


「ほら、パン焼けてるぞ。さっさと喰え」
「おう、サンクス。それとお早うフェルエル」
「あぁ、お早う。……頭、凄い事になってるぞ。昨日乾かさずに寝たな?」
「わはは、なぁに濡らせば直る。直らなかったら、それはそれだ」


フェルエルと談笑しながら、1階のリビングへと降りる俺。
そして1階に到着すると同時に、ちょうど玄関まで新聞を取りに行っていたらしいフェルエルの母親と合流した。


「こら、フェルエル。いい加減そんな軍人みたいな口調をやめなさいと言ってるでしょう」
「う……」


母親はフェルエルのその口調を気にしているようだった。
俺は別にアリだと思うんだけどな、なんて心の内では思っても、居候の身分なのでそこは軽く笑ってやるだけだ。
一方でフェルエルはその一言に弱いらしく、ぅぅぅと呻きながら口ごもるのだった。
それがまた可愛いんだ。その瞬間だけフェルエルが女に見えるからな。

普段は男友達の関係なだけに、新鮮な感じも拭えない。



……1年、経っていた。
フェルエルの家に厄介になり始めてから、もう。

再びこの世界に挑んでから、長い長い1年だった。
いよいよ、今日から新学期―――2年生として、1年生に模範を示さないとな。

やっと、あいつらも入学してくるようだし。
本当に待ちくたびれたんだぜ、なぁ、フィノン。







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迷宮学園録

第十三話
『頼もしき仲間』

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さて、優しい俺はここでブラウザの前の皆様に状況を説明してやろう。
前回、運の要素にも救われた感は否めないが何とか再びこの世界への挑戦権を獲得した俺は、またこの世界の不思議な学校の生徒として、真実を暴く戦いに身を投じたのだ。
しかし、そこで俺を待っていたのは、予想外の光景だった。


驚きポイントその1、フェルエルが1年生だった。
……と言うかそういう次元の問題じゃなかった。
1年校舎の何処を歩いても、見慣れたヤツなんて一人も居ない―――どころか、リシャーダまで居やがったのだ。
これはどう言う事だと思って日付を見ても、それは入学式から僅か数日後の世界で、フェルエル含むほかの1年生たちは明らかに「これから頑張ろう」みたいな若々しい雰囲気をかもし出していたのだ。


どうやら、あの女の世界の時間を巻き戻す力は、俺が思ったよりも長い時間を巻き戻してしまったようだ。
そして、同時にこれから俺に長すぎる時間が与えられた事も意味していた。
此処まで巻き戻されたのだ。予め解っている範囲の惨劇は全て、その根源から断つ事が出来るはずである。
俺はそう考え、この与えられた時間がそれでも足りるかどうか解らない事を理解し、早速行動に移った。

デンリュウ校長と出会い、この学校に転入し、フェルエルの同級生としてスキルの勉強をしながら、リシャーダとの親睦を深め、部活動にも参加して現3年生(当時2年生)との交流を深め、敵になっていた全てのファクターを味方へと変える努力を続けていた。

それは、大変な作業であった。
何せ、まだ真相に辿り着いていない俺に出来るのは『敵を作らないこと』だ。
しかし、俺と言う個体がそこに居る以上、そこに敵と味方が生まれてしまうのは世の中の摂理と言うもので。
俺が敵と認識するしないは一切関係なく、俺以外の誰かが勝手に俺を『敵』と認識してしまったら、その時点で俺はそいつの『敵』になってしまうのだから、全員の心を開くのにはこの1年と言う期間、あまりに短かったようにも思える。

その成果もあってか、何とか俺は学年で『中立の男』と言う、微妙に嬉しいような嬉しくないような、レッテル染みた称号を手に入れると同時に、何故かまた『四天王』と言う如何でも良いオプションを喰らってしまった。
何でだ、俺はただ平穏に暮らしたいだけなのに!
ちょっと時々アホなことをやってみたかっただけなのに!

あと、中立の男とか言われているけど、基本的に『真面目な』女生徒からは嫌われているようです。……仕方ないか。『フリードとゼンカ』と言えば、この学園が誇る二大変態だ、なんて言われるくらいだし。

尤も少しくらい変態な方が人付き合いをしていく上では便利な場面もあるから、そのレッテルはありがたく胸に貼らせていただくとして、いよいよ俺も今日から2年生だっつーわけだ。

そして1年生の入学式を、2年生四天王の特別席からフェルエル、リシャーダ、サンダーの3人と共に見守りながら、やっと入学してきやがったかとニヤニヤ顔をしていたら、青い服のお兄さんたちに連れて行かれそうになったのも今や良い思い出である。
この際だからあの国家権力どもに言うけどな、お前ら空気読みすぎ! 1年生全員大爆笑だったじゃねーか! 本当にありがとうございました!

因みに四天王のサンダーは、俺のちょっとした友人である。
如何いう経緯で友人になりえたのかと言うと……そうだな。
長くなるから、今回はコイツとのエピソードを紹介して一話完結としておこうか。


俺が初めてコイツと出会ったのはそう、ある晴れた日のことだった。
魔法以上のユカイなら毎日オナカいっぱい降り注いでいたから驚きはしなかったけどな。







…………






あれは、この学園で初めての夏休みに入る前のことだ。
期末考査も終え、漸く全ての肩の荷が下りたと思った俺は、久々の部活(ボクシング部)に熱意を燃やしていた。何故ボクシングかって? そのほうがモテると思ったからだよ。今になって思えば、バスケ部かサッカー部にしときゃ良かったなぁ……。
その時には既に『1年生四天王』の称号を手にしていた俺であったが、肩を慣らしながら荷物をまとめていた俺に話しかけてきたこの男、サンダーはまだ、そこそこレベルの高い普通の生徒であった。


「お前を見込んで、頼みがあるんだ」
「だが断る」


こうして俺は部活へと出席し、二度とサンダーとは会わなかったのだった……なんて事にはなるはずも無く、しつこく食い下がってくるサンダーに根負けした俺は、その頼みとやらをジュースを奢ってもらうと言う条件を付けて『聞いてやる』ことにした。
勿論、聞いてやる条件がジュースを奢ってもらうことだったので、頼みを受け入れるときはさらに別の条件を付加する予定であった。俺は抜け目が無いのである。
しかし、結局俺は条件を付ける事無く頼みを受け入れることとなった。
何故って? 面白そうだったから。それ以上の理由など無い。


「お前、ふぇ、フェルエル……さんと、親しいんだろ……?」


若干上擦った声で問うて来るサンダー。
親しいも何も、同棲してるしなぁ……。
しかし俺とフェルエルの同棲が周囲に知れ渡るのはもう少し後の話。(何時の間にかバレていただけなので、特にこれに関する面白エピソードは無い。悪しからず。)

因みに、フェルエルの扱いは前回のチャレンジである程度心得ていたし、どうやらフェルエルはこの時から既にデンリュウ校長との繋がりがあったようなので、校長の推薦も受けた俺は何とか同棲まで扱ぎ付けたのだった。
まぁ、別に扱ぎ付けなかったらそれはそれで毎日学校に泊まるからいいのだが。
やはり、ふかふかのベッドで眠れるのは嬉しいものだ。
フェルエルの家、すげぇ金持ちの豪邸みたいで、部屋数とか内装とかマジハンパねぇのなんのって。
正直このまま結婚まで行ってもいいと思ってる。逆玉狙ってみても、いいですか。
かと思ったら豪勢なのは外観だけで、食事と来たら朝食は食パンだったり、夕飯は時々コンビニ弁当だったりと完璧に庶民のそれであった。チクショウ、このギャップが堪らないぜ。

さて置き、それ故に学校ではフェルエルと一番親しい俺である。
サンダーが何を思って俺にこんな話を振って来たのかは、想像に難くなかった。


「なるほど、フェルエルを押し倒してあんなことやこんなことがしたいんだな。解るぞこの変態め」
「違ぇえええっ!? お前の目には周囲がどんな風に見えてんだっ!?」
「違うのか? まさか緊縛プレイとかか? なるほど、あのフェルエルを……くぅ、ヨダレがとめどなく溢れてきたぜ!! 何だか(以下放送禁止)!」
「張っ倒すぞお前ッ!?」
「押し倒すだって!? そ、そんな突然……でも、サンダー君ならいいよ……」
「あぁもう誰かコイツを止めてくれぇえええッ!!」


サンダーがヒステリックになってきたので、悪ふざけはこの辺にしといてやるとして、いよいよ話は本題へと移行した。
その本題とやらは実にお決まりの在り来りなもので、フェルエルの好みのタイプを聞いてきてほしいというものだった。


「そんなん自分で聞けよ」
「自分で聞けるならそうしてるっつーの! お、お前ら別に付き合ってたりはしないんだろ? 前、そんなこと言ってたじゃないか……だから頼むよマジで」


缶コーヒーを飲みながら、学校の屋上で語らう俺とサンダー。
これもこれで青春な気もするんだが、やっぱ部活に出たかったなぁ。
しかし乗りかかった船なので、一応真面目にお悩み相談を受けてやることにする。

サンダーの言うとおり、俺とフェルエルの関係は恋人などではないし。
もしそうなら、この時点でこんな依頼は却下なんだからな。


「まぁ、男友達って感覚だし。聞けないことも無いが……」
「だから頼むよ、それとなく、俺に聞けって言われたとかそういうのは秘密な方向で!」
「んー、それは別に構わんけどな……」


要するにフェルエルの好みの形に整えてから勝負したいって所だろう。
その気持ちも解らんでもないが、直情一直線な俺としては、まどろっこしいとしか。


「いっそコクっちゃえよ」
「べ、べべべつに! す、好きとかそんなんじゃねーよ!!」


よく出来たツンデレだった。今時希少性が高いような気もするなぁ。
しかして、こうしてサンダーの頼みを受けた俺は早速フェルエルの許へと向かうのだった。
……同じボクシング部なのだから普通に部活に行くのも兼ねて、だ。

その途中経過は割愛するとして、まず部室に着いた俺はTシャツに着替えると、ズボンは制服のまま小体育館へと向かった。ズボンが制服なのは俺の流儀だ。何の流儀なのかは俺にも解らん。


「ようフェルエル。……って、お前だけか」
「あぁ。リザードン先輩は夏風邪で欠席しているし、フーディン先輩は今日から夏休みを取って実家に帰ってるから暫く出られないそうだ」
「バンギラス先輩は?」
「今日は裁縫部の方に出ている」


今列挙した3人は全員3年生で、常勝FLBと言う通り名でこの学園のボクシング部を背負って立つエースたちである。特にフーディンの『3色パンチ』と呼ばれる幻のパンチは、この地区のボクシング大会で伝説になっている(らしい)。
2年生の先輩は居ない。俺とフェルエルが入部しなかったら、ボクシング部は来年辺りに自然消滅していたようだ。

あと、バンギラス先輩だけは裁縫部と掛け持ちしているのだが、その理由は裁縫部のとある部員と親密な関係だからとだけ付け加えておこう。


「またかよ……仕方無いな。よし、俺と勝負だフェルエル!」
「ふ、一人前に私に及ぶ心算か? 格の違いを教えてやろう」
「へッ、今日こそボコボコにしてやんよ!」


リングに飛び込んでグローブを装着する俺。
こっちの世界でのボクシングは、ヘッドギアとか安全を守る防具は基本的に使わないらしい。そりゃ確かにプロの世界ともなればグローブとマウスピースくらいしか使わないだろうが、学生に防具ナシってのはなかなかにハード過ぎる気がするぞ。


―――ゴパァァンッ!!


「―――ッ!!! っぶねぇぇえッ!?」

「何処を見ているッ! シッ!!」


―――キュッ! スパァアアアアアンッ!!



特に、このフェルエルに関して言えば、防具ナシで同じリングの上に立つのは、生身の人間を子育て真っ最中の熊を入れた檻の中に放り込むのに等しい。
この時のフェルエルの挙動は既に音を置き去りにしているし、当然拳なんか見えやしないのだから反撃どころか防御すらままならない。
いいか、反撃ってのはな。相手の攻撃の隙を突いてこちらが攻勢に出ることを言うんだ。
相手の攻撃が何時始まって何時終わってるのかも解らないのに、どうやって反撃に出ろって言うんだよ!?


「―――のぅわッ!」


―――ピタ……!


故に、最後は何時も俺の負けで終わる。
俺が『まもる』を発動して、フェルエルの拳を受け止めて終了。
『まもる』の反則性は常日頃から高い評価を得ているが、このボクシングと言う競技にかけて、このスキルの最強さは群を抜いていた。などと言う事は理由ではなく、部活動にスキルを使うのは根本的に反則なので、この時点で俺の負けなのである。

あ、因みにフェルエルは何も使わずに『素で』マッハパンチなんだぞ。スキルのマッハパンチを使わせたら、俺は初弾を避ける事すら出来ず一発で『まもる』を『使わされる』のだから。


「昨日より早かったな」


フェルエルが首に掛けてシャツの中に入れていたストップウォッチを取り出して言った。
その所作が無駄にセクシーなのが、なんかこう……勿体無い。


「何秒だ?」
「74秒13。昨日は80秒持っただろう」
「む……今日は不調だな」


たった6秒だが、毎日ちょっとずつ伸ばしていくのが目標だっただけに昨日より下がるのは残念だった。最初の頃は10秒と持たなかったから、昔と較べれば今の俺はかなり実力アップしているのだろうけどな。
『だろう』と言うよりは、『している』と言い切ってもいい。
この夏休みまでの3ヶ月ちょっとの間しっかりスキルの勉強もしてきたから、今の俺はフェルエルや他の1年生に負けない実力を誇っているのだ。
まもるの持続時間と使用回数も少し伸びてるし、身を守る能力は飛躍的に向上している。反面、攻撃スキルは一切持ってないから、戦うときはボクシングで鍛えた拳がメインなのだが。


「ところでフェルエル、お前好きな人とか居るのか?」
「何だ藪から棒に」


ホントに藪から棒に聞いてしまった事を、言った後に思い出す俺。
しかしフェルエルの対応からして、『居ない』のが答えのようだ。


「好きなタイプとかあるのか?」
「格闘タイプ」
「いや、そっちのタイプじゃなくて」
「草タイプも好きだぞ」
「そりゃお前自身じゃねーか!」
「ゼンカ。前から言おうと思っていたのだが、私はナルシストかも知れない」
「そんな告白聞きたく無かった!」


サンダー、諦めろ。コイツに恋愛は無理だと思う。
などと思っていたら、フェルエルは悪びれもせずに言った。


「強いて言えば、スカートを捲ったりしないヤツの方が好きだな」
「暗に俺以外だと言ってるんだな」


この前捲ろうとしたのをまだ根に持ってやがったのか。
違うんだ、アレはクラスのアホどもの罰ゲームで仕方なく!


「罰ゲームでも無ければ私なんかに手は出さないと言うのかっ!?」
「そこで突然乙女らしさを発揮するなっ! あと罰ゲームでも無けりゃやっぱりお前には手ぇ出せねーよ怖くて!! 寧ろ罰ゲームだとしても御免だ! あ、だから罰ゲームなのか、自分で言ってて破綻しちまったじゃねーか畜生!」
「よし、責任とって今日の風呂掃除当番を代われ」
「代わらねーよ! 何でそうなるんだ!」
「代わってくれたら今日だけお前の事を『お兄ちゃん…』と恥らう妹視線で呼んでやろう」
「よし乗った! さぁ呼べ!」
「兄者……」
「途端に声がゴツくなったっ!! そんなウホッいい弟! 要らねーよ!」


……激しく脱線しまくったので閑話休題。
とりあえずサンダーの頼みは聞いたし、明日にでも伝えといてやるとするか。
そんな感じでこの後もう一回ほどスパーリングをし、適当に解散となったのだった。



そして後日。
サンダーに事の次第を伝えるため、俺は再び屋上に来ていた。
屋上のフェンス越しにグラウンドを見ると、昼休みの間をスキル練習やらボール遊びやらに費やしている連中が楽しそうに駆け回っているのが見えた。
それらを見ながらコーヒーを飲んでいるところに、サンダーが遅れてやってくる。


「よ、よう……早速だけど、どうだった……?」
「どうもこうも無い……大収穫だったよ」
「本当か!?」


サンダーが一気に表情を明るくして駆け寄ってくる。
俺は精一杯の間を溜めてから、ありのままの真実を伝えた。


「スカートを捲らない男が好みらしい」
「大半の男が捲らねぇよっ!!」


逆ギレされた。何故だ! 何が不満だった!


「もっと具体的な情報は無いのかよ! 金髪とか、チョイ悪がいいとかさ!」
「そんなん言われてもなぁ……あ、格闘/草タイプが好きらしいぞ」
「そのタイプじゃねーよ!」


このヒステリックに怒鳴り散らすサンダーが他人とは思えない俺が一人、屋上に居るのだった。
えぇい、グダグダと面倒くさい男だな。そんなに好きならさっさと告白してくればいいんだ。


「だ、だから別に好きってワケじゃ……」
「ばっきゃろうっ!!」

―――ガッ!!

「へぶしッ!!」


俺の愛の鉄拳がサンダーの頬にめり込み、吹っ飛ばした。
ボクシングで鍛えただけはある威力だった。
サンダーは口から血をボタボタ垂らしながら、「なにをするだーーッ!」と俺に怒りの眼差しを向ける。
しかし俺はそれを丸ごと包み込む迫力に満ちた口調で言い包めてやった。


「もっと自分に素直になれよ! 男だって女だってなぁ、自分に素直に生きて輝いてるヤツに惚れンだよ! 偽りの自分で着飾ったニセモンの輝きにゃあホンモノの愛は得られねェんだッ!!」

「ぜ、ゼンカさぁぁぁぁあああん!! 自分が間違ってましたぁぁぁぁぁああっ!!」

「気に病むなサンダー! お前はちゃんと正しい道に戻ってこれたんだ! さぁ胸を張って告白して来い!」


ビッ! とサンダーの後を指差す俺。
そこに、フェルエルが溜息をつきながら呆れた表情を浮かべて立っていた。
サンダーの目が面白い感じに見開かれ、なんかもう顔芸全開な状態で硬直する。

俺は他人の恋愛に関しては面倒な事が嫌いなので、気を利かせて呼んでおいてやったのだった。
しかしサンダーはちっとも嬉しそうな顔をせず、何だか絶望と混乱を足して2で割ったような面白い表情のまま完璧に石化していた。
試しにちょっと押してみたら、そのポーズのまま屋上のコンクリート床にゴトンと倒れてしまったので、慌ててもとの状態に起こし直しておいた。
何時まで待っても喋りだす気配が無いので、俺はサンダーの背中を押す感じでアドバイスをする。


「クールになれサンダー。今のお前には見えるはずだ」
「み、見える……何が?!」
「選択肢だよ! お前には次に取るべき行動が見えているはずだ!!」


すると、サンダーは何だか立体視を試すように目を細めたり瞳孔を開いたり閉じたりし始め、やがて―――


「み、見える、見えるぞ!」


見えちゃった。
まさか本当に見えるとは。
まぁいいや、それじゃ何事も無かったかのようにフレンドリーに話し掛けながら、告白のタイミングを窺うんだ。間違えたら全部パーだからな?

俺がその旨を視線に込めて送ると、全部通じたのか、サンダーは「行って来るぜ」みたいな感じで親指をグッと立て、フェルエルの方へ歩いていった。


「いやー、奇遇ですね。何時からそこに?」
「最初から」


多分、サンダーにはこんな感じに見えてるに違いない。 




 



便利な能力に目覚めやがって。しかし、フェルエルは攻略不能キャラだからサンダーの行動は無駄に終わるんだよなぁ。やっぱり、止めたほうが本当の優しさだったのだろうか。まぁいいや面倒くせぇ。  

あと自分で想像しといてなんだが、幸せになるって何だよ!?
俺だってなりてーよ!

そうこうするうちに、サンダーは話題転換を狙おうとして、フェルエルの名を呼ぼうとする。が、それがいけなかったのだろう、と言うべきなのか、そもそも最初からダメだったんだから諦めろと言うべきなのかは神のみぞ知る。結論から言えば、フェルエルは何故ここに呼び出され、サンダーに話しかけられているのかの理由を知っていたし、面倒くさくて早く教室に帰りたいとも考えていたのだ。


「ふぇ、フェルエルさん」
「すまん。キミとは付き合えん」


―――パカァン!

選択肢を選ぶタイミングを計る間も無く、撃沈。
フェルエルの即答にサンダーは木端微塵に砕け散り、文字通り千の風になって屋上からサラサラと流れていった。
俺とフェルエルはそれを優しく見守りながら、そろそろ昼休みも終わるので、適当に教室へと戻ったのだった。
しかしフェルエル、もう少し……こう、間を置くとか……いや、もういいよ。お前に過度な期待を掛けるのがそもそも間違いなんだ。

この後、石化状態から木端微塵になり、屋上からサラサラと流れると言う変態プレイをしてしまったサンダーには見事に四天王の称号が与えられ、ちょくちょく俺に絡んでくるようになったのである。
そんなギャグ漫画的表現を引っ張って学園生活に影響を与えてくるなんて、この世界の恐ろしいのなんのって。




………






「おーいゼンカー!」
「何だ一体。今俺はフリード先生から借りたエロゲ攻略で忙しいんだ」
「ンなもん借りんなッ!! それより聞けよ、今度新任で入ってきた先生が居るんだけどさ、それがマジで可愛いんだって! やっべぇ俺ちょっとコクって来るわ!」
「おう頑張れ。因みにそいつは全裸で対面すると卒倒するから気をつけろ?」
「しねぇよ! 何情報だそりゃ!!」


四天王と言うありがた迷惑な称号を貰ったサンダーは一皮剥け、立派な変態に成り下がりましたとさ。
と言うオチで、新章第一話を飾るのも些か如何かと思ったがまぁいいかみたいな。
まぁ、サンダーは変態と言うか己に素直に生きるようになって、好きな子が出来たら即行でコクってはフラれる毎日を繰り返しているだけなんだけどな。

もはや同情するほかに無いが―――それでも、サンダーは四天王だけあって高い実力を持つ、俺の頼もしい仲間の一人なのであった。







続く 

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