――迷宮冒険録 第八十七話




『アディス。お前は俺を好きなだけ恨んでくれて構わないし、憎んでもらって結構だ。
 そして俺は――それで も謝り続ける。誰に、赦されても、赦されなくても……』

「突然何だよ、気持ち悪いヤツだな」



―――隠れ泉の洞窟の中を、居候の身体(仮の物かも知れないが)を捜しながら駆けていた時の事だ。
外ではアルセウスとか言うのとくっついたホウオウがバケモノみたいに暴れていて、
此処までの道のりを勝手についてきた馬鹿女とドMキュウコンが戦っている。

一刻も早く外に戻らなければと、俺は焦っていた。
戻って何が出来るのかは解らないが、たとえ気に食わない連中とは言え、
誰かを見殺しに出来るほど俺は殺伐としている覚えはない。

そんな風に焦燥に駆られていた時だ、居候がワケの解らない事を言い出したのは。
一体何なんだと嘆息する俺の心に、居候は厳かに『真実』を告げる。







それは洞窟に入る少し前に、俺が居候にぶつけた問い掛けに対する答え。

――何のために、あんなアイテムを作ったのか。

何故、今更になってコイツがそれを打ち明ける気になったのかは解らない。
ここまで走ってきた僅かばかりの時間が、
こいつなりの迷いを断ち切るための時間だったのかも知れない。




『あの三種のアイテムは確かに俺が作った。だが、知識だけではモノは『形』を成す事は出来ない……』





ただ――




『俺があの神器の材料に使ったモノは―――』





その真実は、あまりに重すぎた――









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      迷宮冒険録 〜終章〜
    『仮面の悪夢と運命の風2』
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このままでは消えてしまう、消えたくない――そう、ミカルゲは思っていた。
彼は、何とかして自分の存在を残し続ける事が出来ないかと考え、
そして、あるアイテムを作り出すことを決意した。

それが、後の三種の神器とまで呼ばれる石と、剣と、仮面である。

だが、彼はそれを作るに至る時、既に肉体と言うものを失くしていた。
自分の器さえあれば、魂を削ってそれを作り出すことが出来ただろう。
しかし、器なくして自らの魂を削る事は、ただでさえ残り少ない命をさらに削ることになってしまう。
器が無ければ、傷ついた魂は再生できないからだ。
それも、彼の場合は並の器ではなく、超界者の高い力に耐え得る強靭な器が必要だった。
『アディス』は彼の魂が収まる稀有な器であったが、その未熟な身体は超界の力に耐えられない。
だから、彼には自分を犠牲にする手段を取る事が――それに踏み切る覚悟が、出来なかった。

そうしてアディスの中に居ながら、ある時期の彼は、
ただそのアイテムを作る事だけを考えていた。

代わりの材料が居る、と。




そして、……一番身近にあった材料に、手を伸ばしてしまった。





魔が差したのではない。

衝動的なことではない。



道端に落ちていた石を、拾うか、踏むか、蹴飛ばすか、避けるか、
その無益な選択肢から、考える事無くどれか一つを選び取るように、ごく自然に。


野に咲く花を簡単に摘み取るように、彼はそれを行ったのだ。






「て、めぇ……何、しやが――」





その世界のアディスは、例によって死に直面していた。
放っておけばあと数刻ばかりで死ぬだろう。
だが、『まだ』死んではいない。その事実が重要だった。
何故なら、器が死なない限りミカルゲもその世界に留まる事が出来るからだ。


「ふざけんな……! 俺は死なない、死ねない、フライアを、守るって―――」


壊れた器にしがみ付く、アディスと言う名の魂が叫ぶ。
それは、全てを知るミカルゲからすれば、滑稽と言うにも及ばぬモノ。

出来ぬ事を諦めんとするは、超界の力を持たぬ限られた枠の中の存在の所業。
そんなモノは、その時期のミカルゲには、何の意味も持たない行為であった。





――守るだと?

――あと数分足らずで死ぬ貴様に、何が出来る。






「ぉ……俺は、ぐっげほッごほっ、……俺は、約束を……」







――案ずるな。

――貴様に、それは不可能だ。






「や……ごほっ……やめろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」






ミカルゲは、『アディス』を喰らった。
そして、『アディス』の魂を使って、仮面を作り上げた。
次の世界でも同じように死に直面したアディスを喰らい、剣を。
その次の世界で、アディスの魂に剣と仮面の力を加え、輝石を作り上げたのだ。

アディスの魂はミカルゲのそれと似ていても、根本的には違う。
だから、いくら喰ってもミカルゲの足しにはならないが、魂そのものは『材料』にする事が出来た。



作られた仮面も剣も石も、そこから先遥かに続く世界の旅の中で何処かに消えてしまったが、
ミカルゲが気付いていなかっただけで、それらのアイテムは常に彼の後についてきていた。



ミカルゲは最初、アディスを殺しているのを世界の修正者『ミュウ』だと思っていた。
自分が世界に介入したのを快く思わない監視者が、自分の器を消しに来ているのだと思っていた。

事実、何度かミュウは現れた。

だが神器が完成してからいくつか後の世界以降、ミュウはパタリと現れなくなった。
ミュウが諦めたか? とミカルゲはチャンスの到来を感じたが、
それでも変わらずに続いていくアディスの死の運命に、ミカルゲは絶望する。

ミュウが手を加えなくとも、歴史上でアディスの死は決まっていたのだ。
そしてミカルゲは悟った。最初から、こいつは死ぬ存在だったのだと。




結局、全てが自分の所為であったと気付くその時まで――



『よくも……よくも俺を……俺は、消えない、消えるものか、消えてなるものかッ』



ミュウによって存在を否定されたミカルゲ



「よくも――よくも俺を――俺は、消えない、消えるもんか、俺は消えられないんだッ」



ミカルゲによって存在を喰われたアディス









仮面を作るために犠牲になった最初のアディス――それが、ナイトメアの正体。




交錯する二つの思いは幾度と無く交わり、やがて狂った世界でその決着を見る事となる。












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「………ッ…」


ナイトメアは目を見開いた。
突きつけられた現実に動揺を隠せない――


「何……だと……」


この時、アディスはナイトメアに消される覚悟をしていた。
アディスが呟いた呪文は、ナイトメアを消すためのものではない。
ナイトメアに、アディスの記憶を蘇らせる呪文だったのだ。

何故なら、表面上でいくら取り繕おうと、
ミカルゲの力はあまりに残りが少な過ぎた。
此処で超界の力を相打ちにしてしまうだけの余裕が、無かった。

もしも記憶を蘇らせたナイトメアが超界の力を完全に発動する前に手を止めなかったら、
アディスはナイトメアによってこの世界から消滅させられていただろう。

超界者としての力が、僅かにナイトメアよりミカルゲの方が上だったからこそ。
ミカルゲの呪文が先に発動し、ナイトメアに届いたからこそ――
アディスがミカルゲを信頼していたからこそ、成し得た事。


「何故だッ!!」


悲痛な叫びが木霊した。
ナイトメアは、目の前に立つリオルが自分自身であることを思い出した。
だから、もう戦うことが出来ない。
かつての自分を、目の前に立つリオルに見てしまったのだから。


「何故、どうして……なんでお前は! 『そいつ』と一緒に居るんだッ!!」


それは、敵。
勝てない勝負だとしても、最後まで諦めたくなかったアディスの心を踏み躙り、
こんな仮面と剣と石の中に閉じ込めた、悪魔。

それを、何故同じアディスでありながら、
目の前に立つそれは悪魔と共闘し、こうして自分の前に立ちはだかっているのか。
それが解らないから、ナイトメアは今までの自分を否定しないために、叫ぶしか無かった。

そうでなければ、自分は何故今こうしてアディスの――ミカルゲの前に立っているのか!




「応えろッ! 貴様は誰だ……何者だッ! そいつは『アディス』の敵だろうッ!
 そいつと一緒に居る貴様 はアディスなんかじゃない―――アディスであるはずが無いッ!!」



「……違う、俺はアディスだ」



「嘘だッ! 嘘だ、お前はアディスじゃない、アディスであるはずがない、
 アディスで―――あっていいはずがない……っ」




仮面の下から、雫が零れ落ちた。



今まで、何のために生きてきたのだろう。


ナイトメアの願いはただ一つ、世界に存在することだった。


その願いの根源は、ミカルゲの行為によって無理矢理世界から退場させられた事への恨み。


苦肉の仮面の意思は、ただ世界に留まりたかった、アディスの意思の一つが歪んだ姿。


剣も同じだ。


骨肉の剣に宿るは、何かを守りたいと言う意思。


かつて家族を守ろうと死の淵で必死に足掻き続けたカラカラとシンクロする意思。




そして、その二つの神器の力で作られた輝石には、もっと明白な意思が宿っていた。





「アディスさん……」




城前での戦いを終えたフライアたちが、アディスから少し離れたところに立ち止まる。
やり取りを見ていた彼女―――フライアは全てを理解した。

どうして、自分がアディスに心を開く事が出来たのか。

この輝石を巡る事件に、誰も巻き込みたくは無いと思っていたのに、
如何して初対面のアディスに、あぁも簡単に心を開いてしまったのか。


「ずっと、私と一緒に居てくれたんですね―――そんな姿になってしまっても」


ナイトメアが首にかけていた輝石のアクセサリが、淡い輝きでフライアに応える。
輝石の意思は、仮面と剣に比べ、もっと正確にアディスの心を写していた。
大切なひとを守りたい、ただそれだけの意思だが、アディスにとって、それが一番重要な事であった。

フライアには何一つとして、誰かが想像していたような特別な力など無かった。
あの輝石を扱うには、輝石と一体化する『継承』を行わなければならないが、
フライアが『継承』無くして輝石を扱えたのは、もっと、ずっと簡単な理由なのだ。

輝石が、フライアを守ろうとしたから。
輝石が、フライアを守りたいと願い続けていたから。
強大すぎる力を持つが故に砕かれてしまっていても、
その意思だけは確かに残り、目的を果たそうと足掻き続けていたから――



「俺が憎いか、ナイトメア」

「……憎いよ。憎くて、仕方ない……」

「だろうな。お前と違って、俺は恵まれ過ぎた。色んなヤツの力を借りて、
 偶然にも救われて、今こうして此処に居る。まるでお前が報われてないもんな」

「………」


ナイトメアは俯いたまま動かない。
構わず、俺は続けた。



「もう、終わりにしないか。この連鎖を、全部、此処で」

「終わって、どうしろと言うのだ……僕にはもう、如何する事も出来ない……」

「泣き言を言うなよ。お前は誰だ。『アディス』ってのは、
 何時からそんな女々しいヤツに成り下がったんだ?」

「――っ!」



俺は剣を握り締める。
黒き大剣は、空気を振動させるほどのエネルギーで俺に応えた。
あまりに頼りになり過ぎた彼の力は、今はもう見る影も無かったけれど。

俺は半身に構え、剣を突き出す。



「俺とお前、勝った方がこの世界を生きる! それで十分だろうッ!」


「―――ッ!!」




ナイトメアは思わず顔を上げた。
目の前に立つアディスは、一体何を言っているのだろうか。
ナイトメアにとって、このアディスの行動はあまりに理解に苦しむものだった。

しかし、考えるのをやめた瞬間、全ての答えをナイトメアは感じ取る。


「どちらが勝っても、『アディス』は消えないと言う事か……何処までも恵まれてるよ、お前」

「俺なりの誠意だと受け取って欲しいね。
 たとえ俺が此処で消えても、残るのが他の『俺』なら文句はねぇよ」


ニヤリと白い歯を見せ付けて笑うアディスを、ナイトメアは仮面の下の眼に焼き付け、笑う。





「……ならば僕も、全力で相手をしよう。そして―――勝つッ!」






それは、存在を賭けた戦い。








正真正銘、最後の決戦が幕を開ける―――








つづく 
  

  

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