――迷宮冒険録 第八十六話





超界者の力は、自分が存在する世界の意思とシンクロし、
歴史を書き換えることを可能にする能力が主である。

だから、彼が望めば如何なる攻撃も彼には届かないし、
彼が望めば、どんな力も無かった事に出来る。




出来ないのは、相手の存在を抹消する事だ。
抹消させたら、代わりの何かを置かなければならない。
世界の外で入念に準備しておけば話は別であるが、
今何者かの存在を消し、即座に代わりを用意する事は、いくらナイトメアでも不可能であった。
だから、アーティたちは即座に消滅させられると言う最悪の展開だけは免れた。


その代わり、死と言う歴史は刻む事が出来たはずだった。
『アーティたちはこの戦いでナイトメアと戦い、戦死する』と言う歴史を刻めば、
彼はその通りになって、この骨肉の槍で全員死ぬはずだった。

しかし、出来なかった。
何者かの妨害が歴史を包み、それを刻む事を赦さなかった。



「やはり……貴様らの背後には、『奴』がいるんだな……ッ」



そんな芸当が出来るのは、中途半端な超界者であるホウオウやその片割れではなく、
自分以外の、そして自分と同等の力を持つ超界者を於いて他に居ない。

そして、そいつは、自分の魂がよく知っている人物でもある。

仮面の意思が具現化したナイトメアにとっての、生みの親とでも呼べばいいかもしれない存在。




その名は






「アディス……ティニと共に、我が道を妨げる『運命』と言う名の壁よ……!」








そして、『それ』は降臨する。


戦場に凄まじい豪風と、
雨、雷、雪、雹、あらゆる天候異常を巻き起こしながら、
空間を歪ませ、激しい光と音を伴い―――





「待たせたな――――ナイトメアッ!!」





「来たな……貴様を消したその時こそ、我は絶対存在となるッッ!」





黒き大剣に姿を変えた鎧を携えたリオルが、その存在を世界に降臨させた―――!






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      迷宮冒険録 〜五章〜
    『仮面の悪夢と運命の風1』
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たった一匹のリオルが来たとは思えない派手な演出は、ナイトメアの手によって一瞬で掻き消える。
アディスと言う名のリオルはそれに一瞬不満げな顔を浮かべ、ナイトメアをにらみつけた。

「コラ。俺の登場の演出を勝手に消すな、礼儀を知れ礼儀を」
「貴様が礼儀を語るな。不愉快だ」
「い、言いやがったなコノヤロウ、俺でさえちょっと気にしてる事をッ!」

ナイトメアは、ふざけたアディスの態度に仮面の下の眉を吊り上げる。
これ以上の会話は不要だと言わんばかりに、槍を構えて突き出した。

「何か文句が在るなら、自分に素直になったら如何だ?
 前と同じように無謀にも向かって来いよ、もう一度殺してやる」

「もう一度?」

ピタリとアディスの動きが止まる。
それと同時に、場の空気もシンと静まり、嵐の前の静けさを演出した。



「それはまるで、お前がかつて一度でも『俺』を殺す事が出来たように聞こえるんだが」


「言っても無駄か……予告しよう、貴様はもう一度この槍で貫いて殺すとッ!」


「へっ、予告が覆った時の言い訳でも今のうちから練っておけよ。行くぜッ!!」



アディスは大地ではなく、空を蹴る。
それは紛れもなく物理原則を無視した動作であり、
ナイトメアが宙を浮いているのと同じ原理であるに見えた。

ナイトメアを包む黒いマントと、対照的に真っ白な仮面が
彼の神秘性を増していて、彼が空を飛んでいても誰も不思議には思わなかったのだが、
それも一応、世界の理を超越する超界者の力である。


「セァッ!!」
「ふッ!」


――ガンッ! ガギイイインッッ!



槍と剣が衝突し、火花が飛び散った。
もしもこの光景をモニター越しに見ていたのであれば、
それは紛れもなくただ剣と槍がぶつかって火花が散っただけの光景であろう。

だが、実際はそんな生易しいものではない。
ナイトメアの槍は歴史的修正を受けており、
穂先に触れたものを瞬時に分子レベルに分解して爆破する特性を備えていた。

それに対しアディスが振るった剣は超界者である彼の中のミカルゲ『そのもの』であり、
槍と衝突した瞬間に引き起こされるはずの現象を全て歴史的に否定して上書きしたのだ。
だから剣は砕けないし、爆発もしない。周囲からは、ただの剣と槍のぶつかりあいにしか見えない。


「――チッ、どうやら――――『そいつ』は万全みたいだな。歴史改竄の速度が桁外れだ」


大剣を恨めしそうに睨みながら、ナイトメアが呻くように言う。


「超界者としての力は完全に五分みたいだな。如何するよ、降参するか?」
「……僕をナメるな、お前など槍の技術だけでも圧倒できるッ!」


ナイトメアは空中で旋回し、槍を構えてアディスに突撃した。
アディスはそれを空中では在り得ない動作で回避し、一旦地上へと逃げる。
そして剣を構え、ナイトメアを睨みつけて構えた。

突きを回避されたナイトメアは空中に静止し、
地上で剣を構えるアディスと向かい合う形で槍を構える。


先に動けばやられるのか、それとも後手に回った方が負けるのか、
そのどちらにも考えられるほど切迫した実力差に、周囲の者達はただ言葉を失っていた。

やがてアディスが動いた。
あまりに長すぎる硬直から、集中力を切らしていた一部のギャラリーは、
一瞬でその姿を消したアディスを完全に見失い、
さらにアディスに対応して動いたナイトメアの位置さえも見失った。



――ガッギィィイィッ!! ガッ! ガギィッ! ガァァンッ!



剣戟の音を頼りに振り返っても、そこには既に散った火花が消えかかる光景しか見えない。
一度その姿を見失ったものは、既にふたりの超界者が奏でる金属音だけで戦況を想像するしかなかった。
しかしそれは決して恥じるところではない。
何故なら、アディスの動きを見失わなかったものでさえ、
徐々に早くなる戦闘に目がついていかず、脱落していくしかなかったからだ。


その動きを目で追えたのは、アーティとピカチュウだけになっていた。
かつてホウオウと戦い、その圧倒的な速度を知り、
今日までの日々、己を磨き続けていた彼らだけが、
この人智を超えた怪物たちの戦いを目で追うことが許された。


だが、それはとても目で追って良いものではなかった。


「アーティ……、うくっ……」
「ピカチュウ!?」
「だ、大丈夫、ですわ……少し目が……」


頭を抑えて、倒れそうになったピカチュウをアーティが抱き留める。
既に怪物の戦いを追うことを諦めたカイリューが、
そんな二人の前に立ちふさがって忠告した。


「ふむ。あまり見ない方がよろしいかと。世界が歪んでいるのを直視するのは危険です」

「あぁ、オイラもそろそろやばかった……これが、超界者ってヤツの力なんだな……」


彼らならば、ホウオウなど赤子の手を捻るように倒せてしまうのだろう。
ホウオウも十分格の違う強さであって、理解不能な次元に達しているとさえ思えたのに、
目の前に居るこの超存在たちは、それを遥かに超えた力を持っていることがハッキリと理解できた。


「……信じよう。オイラたちの希望―――アディスが勝つと」




…………
……





「――あんまり超界者同士が長くぶつかるものじゃないな…!」


ナイトメアとの超高速の戦いの中で、アディスが呟いた。
それは、繰り返される世界史への修正と改竄による負担が世界へ蓄積し、
限界を超えればこの世界が壊れてしまうという意味を含んでいる。

尤も、『長く』とは言え彼らが武器を交えてからまだ5分と経ってはいないのだが。


「キミが諦めて死ねばいいッ!」


そして、世界の破壊はかつてのホウオウが望んだとしても、ナイトメアが望む事ではない。
端的に言えばナイトメアはこの世界など如何でもいいのだが、
この世界こそ決着をつけるに相応しいと考えていた彼にとっては、
世界が壊れるのは本意とするところでは無かった。

ナイトメアは槍を突き出すが、アディスはそれを剣で弾き返し、一旦距離を置く。


「10秒だ―――今から10秒でケリをつけてやるッ!」

「面白い。ならば僕も、10秒でキミを消し去ってやろう」


互いに考えている事は、同じだった。
最早この戦いを長引かせてはいけない、
そしてそれ以上に負けるわけにもいかない、
だからこそ――最後に超界の力を使って、一瞬でトドメを刺す!

超界者としての力が強い方が残り、弱い方が消えるのだ。
そして、超界者としての力は、如何に世界の意思とシンクロ出来るかにかかっている。


「我――」


貴様を消し、その代わりに我が君臨しよう


「――望む――」


抹消の条件は既に満たしている


「――――我が道を阻む――」


お前を消し


「――――――――――敵の抹消を――」


僕が君の代わりに世界に立てばいいのだから!




「消え去れ―――我が運命の敵よッ!!」




言霊の詠唱を終えたナイトメアが槍を突き出し、叫んだ。
そして同時に、アディスも剣を突き出して叫ぶ。




「もう眠れ―――意識と本能に囚われた『アディス』よッ!」












そして、ナイトメアの時間は、止まった










つづく 
  

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