――迷宮冒険録 第六十二話




――悪役やボスと言うものは、如何してかこう薄暗い場所を好む。
例に漏れず、ナイトメアもまた陰気な場所に居を構え、
通信機から聞こえてくる声に耳を傾けていた。

ロトムからの通信で状況を知ったナイトメアは、
やや溜息の混じった声で忠臣を呼ぶ。

「…レックウザ」
「はい、何でしょう」
「女帝を連れてサイオルゲート城へ向かえ。屋敷は陥落したそうだ」
「なんと……」

翡翠色に輝く竜は驚きの声を上げる。
たかが王家や種の軍勢相手に、
屋敷に遣わしたプラチナの軍隊が負けるなどとは夢にも思って居なかったからだ。

――だが、もしも自分が敵対する側に居たら、
プラチナの軍隊を相手にしても負ける気はしない――そう考えると、
フライアに自分と同等以上の強者が加勢していると言う結論に達し、
特に在り得ないというワケでもない事に気付き、息を呑んだ。

敵に自分と同じレベルの実力者が居るのは、見過ごせない事態である。
いや、同じどころか、もっと上かもしれない。
そう、例えば目の前に居るナイトメアと言う超存在のような。

「超界者クラスの…?」
「いや、波導使いだそうだ。青くて小さいポケモンを見かけたら注意してくれ」
「…波導使い…」

青くて小さい――そんなポケモン、該当者が多すぎて難しいが、
まあフライアたちの中にそれが居れば警戒するだけのことだと、レックウザは頷いた。


一方でナイトメアは、その波導使いに奇妙な感覚を覚える。

――まさか、あの時殺したはずの、リオル?

いや、そんな馬鹿な。
現実にあれほどのダメージから復活出来る筈がない、生命現象としてそんな事は在り得ない。
だが、あのリオル以外に、波導使いとして、フライアたちに加担するものが居るというのか?

そもそも、あれだけあっさり殺しておきながら、
心のどこかであのリオルに何かを感じていたのは事実。
あのリオルには、超界者たる自分を脅かす何かがある、
そう思ったからこそ、あの日、躊躇無く全力で殺したのではないのか。

焦るな、奴はもう死んでいる。
超界者の自分には、それが解る。
奴はもう、この世界には存在していないと言う事が。



だが――ナイトメアが、『焦り』を感じるのは、実に数百年ぶりの事だった。
過去に一度、ミュウと対峙した時のような―――








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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『修羅と誇りの戦い2』
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「お〜い、ミレーユー。ミレーユちゃ〜ん…いや、ミレーユ君か」

例の診療所の中を、ピクシーが忙しなく駆け回っていた。
と言うのも、部屋にミレーユの姿が見えないからである。
最初はトイレにでも行っているのかと思ったが、
そういえば置いてきぼりが決定したというのに随分落ち着いていたような……。

「ま、まさかあの馬鹿…」

最悪の想像がピクシーの頭の中に過ぎる。
と、その時ピクシーは後ろから呼ばれる声に振り返った。

そこには、診療所の所長であるイヤシストが立っていた。


「……あー、その何だ……彼のベッドの中からこんなものを見つけたんだが……」

「ん、ちょっと見してみぃ……」


イヤシストのハピナスは、その手に一枚のメモ用紙を持っていた。
そのメモ用紙は、確かミレーユに絶対安静を言い渡した部屋に備え付けていたものだ。

メモ用紙を奪い取り、その内容を凝視するピクシーの震えが、
徐々に大きくなっていくのが手に取るように解ってしまって、
隣で立っているハピナスはただただ巻き添えはごめんだと身を潜める。




――お世話になりました。
行かなきゃいけない場所が出来てしまったので、行ってきます。

                 ミレーユ









「あンの…ボケツボツボがああああああーーーーーーーーーッ!!!」








…………






「……ッ…?」


深い森の中で休養していた一匹のカラカラは、
大きな力の流れを感じて不意に空を見上げた。
何時もと変わらぬ昼下がりの青空が、どこか異変を伝えようともがいている様に見える。
……念のため言うが、ピクシーの叫びは一切関係ない。

――エイディ=ヴァンスは骨の剣を手に取り、再び立ち上がった。
先日ナイトメアとの交戦で消耗した体力はある程度回復し、
これならば、次こそナイトメアを倒せると、自分を奮い立たせる。



エイディ=ヴァンスは知っている。



種とフォルクローレの抗争――その影で暗躍するプラチナの存在を。

滅ぼされたヴァンスの――殺された彼の家族の無念を晴らすため、
そして行方不明の妹の手がかりを探すため――
『種』よりも情報守秘能力の甘いフォルクローレと敵対し、
戦い続け、情報を集め続け、やっとその事実に辿り着く事が出来たのだ。


4つの輝石

進化の壁を越えると言う、世界の理をも打ち破る力を、
かつてこの星の民は、4つに粉砕することで均衡を保とうとした。

王家とは、そのカケラを1つ持つが故に、
強大な力を権力として発展してきた悲しき集合体。



ヴァンスの輝石は、既にフォルクローレの手に渡っている。
フォルクローレの手に渡ったと言う事は、もはやプラチナの手に堕ちたも同然である。

そして、プラチナがフォルクローレを操っている以上、
フォルクローレが持つ輝石はプラチナが何時でも手に取れる場所にあり、
残る輝石は、リヴィングストンとサイオルゲートの持つ2つのみと言う事になる。

そして、リヴィングストンの輝石は、
今まさにプラチナの手に堕ちる寸前と言う状態で、
実質残された希望はサイオルゲート王家だけなのだが――

――エイディはナイトメアを追う長い旅の中で、
サイオルゲートがもう何年も前に滅んでいる事をも知ってしまった。


誰も気付かない。
あくまで秘密裏に、サイオルゲート王家と言う集合体は消失し、
今、そこにはプラチナが居座っている。
表向きは、サイオルゲートとして――


サイオルゲートが滅ぼされた――だがどうやって?
仮にも輝石の力を持っていると言うのに、しかもサイオルゲートは、
如何なる時も『傍観者』と呼ばれる中立の存在だった。
それは、常に中立で居られるだけの『力』を持っていたからだ。
力を持ちながら、それを自己防衛のためにしか使わなくて――
そんなサイオルゲートを秘密裏に潰すなんて、不可能に近い事。

それを考えるうちに、エイディは一つの仮説に辿り着く。


数年前、この星の存亡すら賭けかねない、大きな大戦が起こった。
突如として崩された平穏、逃げ惑う民、
どこぞの勇敢なツボツボ一族の働きで敵の猛攻を凌ぎ、
その間に敵の本部へと潜入した『救助隊』たちの活躍で戦争は終結した……
今では語り継がれる伝説として、何冊か同じような本も出版されている。


その戦争が、もしも『仕組まれたもの』だとしたら?
プラチナと言う強大な組織が裏で糸を引いて、
その世界を揺るがす大事件の陰で、サイオルゲートを襲撃したとしたら?

その戦争は、プラチナが輝石を集めるための、いわば計画の初期段階――
幾多の悲劇を生んだその事件が全て、プラチナの計画の、余波に過ぎなかったと言う事……。




森を抜けたエイディの前には、サイオルゲート城の勇壮な姿が在った。
かつて王族の者達が居たあの城は今、果たしてどうなっているのだろうか?
自分の仮説が正しければ、あの城の中は今、プラチナの軍勢の巣窟になっているに違いない。


そして、そこを叩く事こそ、ナイトメアを倒すために必要なことなのだ。
ナイトメアは輝石を手に入れんとしている、だから、
リヴィングストンの末裔が持つ輝石を死守すれば、
ナイトメアの計画は頓挫し、その時こそ失われたヴァンスの誇りを取り返せるのだ。


ナイトメアの目的が何かは解らないが、
この『輝石』を巡る戦いを制しない限り、ヴァンスの誇りは取り戻せない。



「…よし、行くよ、エストリア………」



エイディは骨の剣を顔の中心に持ち、祈るように呟いてから、城へと走り出した――






…………






昼下がりの日光の下を、ステルスモードで飛行する1体のポケモンが居た。
そして、その背中にはもう1体のポケモンの姿があった。


―――ミレーユは、クレセリアの背中に乗って、サイオルゲート城を目指していた。
折しも、フライアたちが抜け道の中を走っている頃と同じ時刻――と言っても、
少しばかりクレセリアの真意不明な行動に付き合ったため、
フライアたちに大きく遅れを取ってしまったが。


「……如何して、僕をサイオルゲートへ…?」
「…やっと見つけたからです。あなたの願いと、私の希望の在り処を…」
「…希望…?」


クレセリアは多くは語らず、ただサイオルゲート領へ向けて真っ直ぐ飛ぶ。
ミレーユは振り落とされないようにしがみ付き、
眼下に広がるいくつもの戦いの跡をその目に焼き付けた。





輝石を巡る戦い――


その一つの大きな節目が、刻一刻と近付いていた……








つづく 
  

 

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