――迷宮冒険録 第六十一話






ゴーストタイプに格闘タイプの技は当たらない。
しかし、例外的にそのルールを破る『力』が存在する。
『みやぶる』などの物理攻撃無効化を無効化する技、或いはそれに準じる特性。

そしてもう一つ、
『極み』に至った、『技を超えた業』である。



ロトムに誤算があったとすれば、噂のキノガッサが、
既に『極み』の境地に立っている事を見抜けなかった事――



「おおおおおおッ!!」



――ズドォォォーーーンッ!



「ギャアアアアッ!」



フェルエルの唸る右ストレートが、
ゴーストタイプのポケモンを砕き、破り、打ち倒していく。

当たりさえすれば、ゴーストタイプは大抵が打たれ弱いものである。
だから、この防衛網が突破されるのもまた、必至――



「あのリオルの代わりに、随分とすげぇの連れて来たじゃねぇか……」



そう呟きながら霧散するゴーストは、かつて迷いの森に居たゴースト。
彼はこの戦いを単なる暇潰し程度に思っていたのだが、
それが大きな誤解であった事に漸く気が付いた。

今度はプラチナの部品としてじゃなくて、
正面からあのキノガッサとやりあってみたい――そう心に刻みつけ、ゴーストは霧散する。
次に目を覚ます頃には、きっと全ての決着がついている事だろう――そう思いながら。

フライアたちはやっと気付きはじめていた。
今自分たちを襲っているのは『種』でも『フォルクローレ』でも無くて、もっと別な『何か』だと言う事に。

そして、もしかしたら、
それは最初からずっと自分たちを付け狙っていたのではないだろうかという、真実に――








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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『修羅と誇りの戦い1』
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「………極み…か」

「……貴様は……」


やっと屋敷から出られると言うところで、フライアたちの前にロトムが立ちはだかった。
そのポケモンの姿を見て、フライアは驚愕する。

――訂正、姿ではなく、そのポケモンの纏う『波導』を感じ取って――


「くくくく……リヴィングストンの生き残りか……」


ロトムの表情がグニャリと歪み、途轍もない悪意が、
まるで屋敷全体を包み込むかのように拡散していく。


「敵……コイツは…敵…敵…ッ!」

「ふ、フライア…?」

「コイツは敵……さなきゃ…すぐ……殺さなきゃ……ッ…」


ロトムが本性を曝け出すと同時に、フライアの様子もまた一変していた。
クリアは何とかフライアを落ち着けさせようとするが、
完全に理性を失ったフライアはマジでロトムに喰いかかる5秒前だ。


「あの時は継承の可能性も考えて殺せなかったが…今回は遠慮は必要無さそうだ…」

「……許さない…お前だけは私の手でッ!!」
「フライアッ! 迂闊に飛び出すなっ!!」

フェルエルが手を伸ばしてフライアを捕えようとするが、
フライアはあっさりとすり抜けてロトムに飛び掛る。

――なんと言うスピードだろうか。
これがロトムへの強い憎悪から生み出される力だと言うのなら、
フライアの秘めるポテンシャルは途方もないものだろう。


「『半継承状態』か――なるほど、それで輝石を継承したように見せかけていたわけか」

「ウオオオアアアアアアアッ!!」


―――ザシュザシュッ!


フライアの葉っぱカッターが大地に突き刺さる。
ロトムは寸でのところでそれを回避し、上空へと舞い上がった。


「迷いの森でお前らを見張らせていたゴーストの報告によれば――」

「ハッ! やあアッ!!」

「進化の壁を越えた力を行使しているが――どれも中途半端なものだと」

「このッ!」

「一時的にその身を『輝石』に『預け』、その力を行使しているだけだった――それだけの事か!」


――ドズンッ!


「かっ…は……ッ…」



尽くフライアの多彩な攻撃を回避し、一瞬攻撃の手が緩んだその隙を突き、
ロトムのシャドーボールがフライアに直撃する。
『極み』レベルのシャドーボールらしい――軽々と吹き飛ばされたフライアの身体を、フェルエルが間一髪で受け止めた。


「しかし『半継承』が出来る奴は遠い昔に絶滅したはず……これは、貴重なサンプルかも知れないな」


ロトムが音も無く空中を移動し、フェルエルたちを見下ろせる場所に停止した。
そして次の瞬間―――


「だが他の奴らは死ね」


「マズイ―――下がれクリアッ!!」


その空間に蓄積した全ての悪意がロトムの頭上に凝縮され、巨大な球体を作り上げ――


「『極みのシャドーボール』――『失意に嘆く影』」



突如出現した巨大な球体に、
思わず上空へと全ての注意力を持っていかれたフェルエルたちを、
突然地面から伸びてきた影が縛り付ける。


「しまっ――――」





影が、そこから逃れる事を否定する。

そして一瞬、足元に向けた視線を再び上空へ戻すと、
巨大なエネルギーの塊が眼前へと落ちてくるまさにその瞬間だった。







―――ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ………










………

…………





壮大な土煙を払いのけ、ロトムはその中に朽ちているであろう獲物の姿を探す。
ミロカロスは硬いから、もしかしたらまだ息が在るかも知れないが、
少なくとも厄介なキノガッサは確実に殺せただろう―――


「と、僕としたことがフライアまで巻き込んでしまったか」


もっと遠くまで吹き飛ばした心算だったが、
そういえばフライアはフェルエルにキャッチされていたんだっけ―――
ロトムは舌打ちをしながら、『霧払い』で砂埃を払った。


と、その中に奇妙な光景を見る。



まだ立っているキノガッサと、フライアと、ミロカロスと、


その3匹の前に立つ、一匹の―――




「…ブラッキー……しぶといねぇ、あの場で大人しく始末されていれば良かったものを」

「生憎、私にも頼れる部下がいるのでな…」

「そうか、それは残念だったな。これからプラチナの増援が種とフォルクローレの掃討を始めるところだ。
 本当に部下を思うのなら、あの時プラチナに従うフリをして外へ逃がしてやるべきだった――」

「逃げろと言って、素直に逃げてくれる賢い奴はひとりも居なかったんだよ」

「くくくくくく………で、如何するんだい? そんな身体で僕と戦うとでも?」

「そうだな………」


ブラッキーは一歩後退し、小声でフェルエルとクリアに何かを伝える。

そして、ブラッキーは反転すると屋敷の中へと駆け出した。
フェルエルからフライアを奪い取って、屋敷の中へ――


「此処は退かせて貰うぞッ!」


その後をフェルエルが追い、クリアは氷の壁を作って最後に屋敷の中へと消えていった。


ロトムは余裕があるのか、暫くその場に留まってから呟いた。


「屋敷の奥の抜け道か……やはり抜け目無いなブラッキー。
 作戦地点がどんな場所なのか、事前に調べていたと言う訳だ…」


このサイオルゲートの屋敷の中央に位置する大広間に、
地下へと続く抜け道があって、それはサイオルゲート王の居城に通じている――

その抜け道の存在を知っているものはごく一部のサイオルゲートの者と、
種の幹部クラス―――例えば、既にあの抜け道から逃亡を画策した、
ガブリアスとデリバードのような―――



「でも、逃げられはしないよ…絶対にね…くくくくくくくくく…」





「で、伝令ー……ッ…く……」





ロトムが逃げ出したブラッキーたちの後を追い始めようとしたところで、
彼の部下の一人が駆けつけた。
全身切り傷だらけで今にも死にそうな―――黒マントの兵士が。


「ど、どうした…!」


それには流石のロトムも驚きの声を上げる。
黒マントの集団には、プラチナが総力を以って人間界から持ち帰った『兵器』を与えていたはずだ。
それにも関わらず彼らが、こうしてボロボロな状態でやっとひとりの伝令を遣わすのは――


「ぜ、全滅です………プラチナの軍勢『だけ』が…青くて得体の知れない『波導使い』によって壊滅しました…ッ……」

「『波導使い』…だと……ッ!?」






……………






――サイオルゲートの城へと通じる地下道。

ガブリアスとデリバードが、サイオルゲート王との謁見を目指して歩いていた。
陥落したヴァンス、リヴィングストン――この状況が最早ただ事で無い事は、
何時の時代も常に『傍観者』であったサイオルゲート家にも理解されている事だろう。

サイオルゲートの助力を得る事が出来れば、
既に種との全面対決を回避できないフリードにとって、大いに心強い。


「この抜け道を知っているのはごく一部の者だけ。
 だからこそ、此処を使って城に入れば、向こうも取り合ってくれる筈だ」


サイオルゲート城までディグダたちの力を借りて大昔に掘られたこの地下道は、
お世辞にも整備されたものとは言えず、所々が今にも崩れそうな状態であった。
フリードの言葉にリィフがいちいち応えないのは、それが不安だからである。

普段は気丈に振舞っているくせに――だがそこがいい、なんてフリードが考えていると、
それを察したのかリィフは手厳しいド突きツッコミを入れた。

「お、おう、何しやがるリィフ!」
「…気のせいじゃないですか?」
「そ、そうか、気のせいか…ってそんなワケあるか!」
「時間が惜しいです。先を急ぎましょう」
「む、そうだな…何か腑に落ちん…」


フリードはあの屋敷の中に在る正式な入り口からこの地下道へは入っていない。
地下道への抜け道がある部屋は種の軍勢とフォルクローレの軍勢の戦場になっていたから、
彼らに悟られぬよう、フリードは他の空いている部屋から地面を掘り返して抜け道へと侵入したのだ。
結果としてロトムにはバレていたが、邪魔だけはされずに地下道へと侵入する事が出来た。


僅かに、タイムロスがあった。
もしも抜け道の存在する部屋が空いていたら、フリードは駆け足でそこへ飛び込んだろう。
だが、それをしなかった――出来なかったから、地下道へ入るまで、
つまりはサイオルゲート城に辿り着くまで、僅かに遅れが生じたのだ。


その遅れは、一つの奇跡へのキッカケであったのは間違いない。



しかし、その奇跡すら嘲笑う最悪の結末がすぐそこまで迫っている事に、


仮に誰が気付いていたとしても、もう、誰も逃れる事は不可能であった――








つづく 
  


    
  

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