――迷宮冒険録 第六十三話




暗くて長い通路を歩き続け、狭い階段を登り、
そこにある一箇所だけ色の違う壁を押すと、眩しさを感じさせる光が差し込んでくる。
サイオルゲート城の裏手の、普段誰も立ち入らない洞窟の中に、抜け道の出口はあった。

そして今、一匹のガブリアスと、
その後ろからデリバードが抜け道の出口から這い出して――来ない。
と、洞窟のさらに裏手の森の中の地面がディグダに掘り返されたかのように盛り上がり、
そこから、ガブリアスとデリバードが這い出てきた。

地面から飛び出したガブリアスは豪快に土を被ったまま仁王立ちし、
その後ろでデリバードが冷静に自分の身体についた土を払っている。

むざむざ用意された出口を使って出る事も無いので、
入った時と同じように、ガブリアスは穴を掘るを使って新しく出口を作り上げたわけだ。

「やっと着いたか…さっさとジジイに会いに行かねぇとな…」
「…フリード様の知り合いでしたっけ」
「おお。最後に会ったのは大戦の前だったから、まだ生きてるかは解らんけどな」
「…………」
「あれ!? ちょ、リィフ! 何その反応ッ!?」

呆れ気味に溜息をつくデリバード――リィフに、
ガブリアス――フリードは思わずオーバーリアクションでツッコミを入れた。

それに対しリィフは、『別に』と興味なさ気に呟いて視線を外す。
相変わらずの冷たいリアクションにガブリアスは数回ちょっかいを出すも、
すぐにニヤリと笑って洞窟の出口に目を向けた。

「いいか、俺が戻るまで、お前は此処に隠れてろ」
「……お気をつけて」







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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『修羅と誇りの戦い3』
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「オイ、大丈夫なのか?」
「…問題、無い…」
「とてもそうには見えないんだけどねぇ…?」


抜け道を駆けるフェルエルたちの足が止まる。
ブラッキーは、体力の消耗から、そこに膝をついていた。

若年でありながら、才能と言う武器を片手に『極み』の力を行使した報いが、彼の身体を蝕んでいた。
客観的に見ても、彼はもう戦える状態ではなかった。
あの場でロトムと戦わなかったのは、大正解だろう。


「私は…もう立ち止まれないのだ……馬鹿な私に尽くしてくれた…あいつらのためにも…」


その意思が、再びブラッキーを立ち上がらせるのだが、
無情にも彼の身体が本当の意味で限界に近く、それをさせまいと彼に苦痛を与える。

再び倒れそうになったブラッキーの身体を、クリアが受け止めた。


「あーもう、オトコノコしてるねぇ。流行ってんの?」
「…知るか……ぐっ……」
「フライア、リボン借りるよ」
「え? あ、はい」


クリアはフライアの両耳についたアディスの思い出の品を器用に外し、
それをブラッキーの身体に押し当てて何か呪文の様なものを詠唱する。

ミロカロスには、『心』――即ち精神、つまりは魂を癒す特異な力があると云われている。
クリアもまた、その例に漏れず、と言ったところであろう。

「ミロカロス秘伝の心を癒す力――これなら、『極み』を行使して磨耗した魂を癒す事が出来る。
 それにこのリボン…アディス君は適当に買って来たみたいだけど、結構凄い治癒力が備わってるみたいだよ」

淡い輝きが、徐々にリボンから溢れ出してくる。
例のカチューシャと言い、闇市にはトンでもない品物が出回っているようだ。
ただの回復のスカーフを加工したものだと思っていたが、
どうやらかなり凄いアーティファクトらしい。

そのリボンが秘めた癒しの力に加え、クリアの放つ癒しの波動が、
ブラッキーの表情を徐々に和らげていくのが解った。


「…これで十分かな、でも無茶は禁物だよぅ?」
「……すまない」
「あら、素直だねぇ、んふふふふふっ」


回復したブラッキーは、自分の体の調子を簡単にチェックしてすぐにまた歩き出したので、
クリアたちはその後を追いかける形で歩き出す。

如何してこのブラッキーが加担してくれるのかは解らないままだが、
クリアたちには、そんな事は最早如何でも良かった。


既に、フォルクローレも種も、本当の意味で敵ではない事が、解りつつあったから。









………






「見つけたって、如何言う事…?」
「あの時、この世界のアディスは確かに死にました。
 しかし、彼の中に居る超界者を知る私には、それが信じられなかった」


ミレーユは、このクレセリアと言うポケモンがどれだけ強大な存在なのか解りかねていた。
何故なら会話の中にたまにワケの解らない言葉が出てくるし、
如何考えてもつじつまの合わない事を言ったりしている。

だいたい超界者って何だよ、アディスの中に居たって、何が居たんだよ。

そう思いっきりツッコミを入れたかったが、
そんな雰囲気でも無かったのでミレーユはただ本題を進めることに勤めた。


「『彼』ならばきっと、咄嗟にアディスの精神を逃がし、死を回避したのでは…
 私には、そう思えて仕方が無かった。だからこの数日間、私は彼を探し続けた」

「それで、『見つけた』…って言うの…?」

「そうです。この世界のアディスは今、別の世界に確かに生きています」

「!!」


――ああ。

もう、その言葉以外、どの言葉が僕の理解を超えていても構わない――ミレーユは、
アディスが生きていると言うクレセリアの言葉に、心が熱く燃え上がるのを感じた。
それだけで、このボロボロの身体でも戦っていける――そんな気分になれた。


「しかし、恐らく界渡りの力を行使した所為で、『彼』の力はほぼ底を尽いてしまった…
 だから、アディスは単身ではこの世界に戻ってくる事が出来ずにいる…」

「っ!」

「そこで、あなたと、アディスに強い繋がりを持つ者の協力が必要なのです。
 この世界で失われた存在定義を取り戻すために――
 アディスと言う駒の『居場所』を再構築するために……」

「………僕は、一体如何すればいいの…?」

「――彼が此処へ戻るための手助けです。
 具体的に言えば、あなたは彼の『名』を呼ぶだけですが」

「『名』? それは、アディスと呼べば良いの?」

「その名は形ばかりのもの、しかしそれでも、
 『彼を呼ぶ』と言う強い意思を具現化するためには、そう呼ぶのが相応しいですね」

「…………」


クレセリアはどうも解りそうな事をわざと難しく言っている――
ミレーユはそういう風に思えて、彼女の背中の上で顔をしかめた。
クレセリアは、そんなミレーユを視界の端に捉えながら、
徐々に速度を上げて、『その場所』を目指す。




……

…………





「っ……く、……」
「ナイトメア様、如何かなされましたか?」
「…いや、何でもない…」


――くそ。

ナイトメアは心の中で舌打ちをし、仮面を強く握り締めた。
その仮面は、ここ数日特に、脈打つように強く彼の顔を締め付けている。
仮面を取る事は出来るが、それをしないで居るだけの理由があるからこそ、
彼はただその痛みに耐える事しか出来なかった。

その代わり、その痛みに触れることで、
ナイトメアは常人には理解できない何かを感じ取っていた。


「仮面の持ち主が……目覚めようとしているのか……?」


小声で、ボソリと呟いた。
幸い、そばに居た世話役のポケモンには聞こえなかったようで、
ナイトメアはそのまま平静を装って玉座に鎮座する。

奴らは、今頃サイオルゲートの城に集い始めている頃だろうか。
レックウザとヒードランたちを向かわせたから、そこで輝石は回収されるだろう。
本当は自分がサイオルゲートの城に行けば簡単なのだが、
それをしてしまうと、そこに必ずエイディ=ヴァンスが現れる。
奴とはいずれ決着をつけるが、それは『今』ではない。

『苦肉の仮面』と、『進化の輝石』を携えたその時こそ、
進化の壁として立ちはだかる奴を二度と生き返れないほどに殺し、
その骨の剣――『骨肉の剣』を奪い、『神』となるのだ。



(仮面の主よ、貴様が目覚めようと、既に手遅れだ。
 もう直ぐ、もう直ぐそこまで来ている―――僕が神になるその時が……!)



仮面は、再び強く脈動する。




主の目覚めと同時に、

新たな主の誕生を、仮面は感じ取っていた――










つづく 
  
 

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