――迷宮冒険録 第六十話













「もう、俺をボスとは呼ぶな」















「……何?」



ピジョットが聞き返すより早く、ブラッキーは駆け出していた。
そして、彼がそうするであろう事を知っていてか、ロトムはニヤリと笑う。


「そのブラッキーは裏切り者だッ! 即刻始末せよッ!」

「「オオオオオオーーーーッ!!」」











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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『忌々しき肩書き4』
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「――なっ!?」


ロトムの率いていた軍団が、突然ブラッキーに向かって突撃していく。
まるで、最初からこうなる事が解っていて、ずっと待機していたかの如く――
だが、ブラッキーはそれを意に介さず、ただ出口へ向かって疾走していった。
速い――が、彼らの追撃を逃れてここから出て行けるかどうかは、微妙である。


「――チッ、間に合わないか。……『ダークネスクライ』ッ!!」


ブラッキーを再び黒い炎が包む。
その炎は盾の如く矛の如く、並み居る軍勢を掻き分けていく。

それは『悪の波導』を極限まで極めた形。
ここまで極められた純粋な悪意は、正義とか悪とか、
そんな下らない枠組みを全て破壊してブラッキーを守る『矛盾』となる。


「フン、そんなもので我が軍勢が止まるものか。ヨノワール、そいつを始末しておけ」


ロトムが呼んだポケモンは、サマヨールの進化形ヨノワール。
彼はロトムの次にこの軍団の中で偉いらしく、この場の全権をロトムに委任された。


「…了解しました。ロトム様はどちらへ?」
「フライア一行はとうとう防衛網を突破したらしい、私が直々に叩いてくる」


ロトムはそのまま飛び去っていく。
ゴーストタイプである彼は、壁をすり抜けて屋敷の入り口へと向かっていった。

――フライアたちは、既にロトムが連れてきた『プラチナ』の軍勢と交戦しているらしい。
飛び交う怒声の中でそれを聞き逃さなかったブラッキーは、さらに焦りを募らせた。


ヨノワールが大声で号令をかける。
残された兵士たちは、その声に士気を上げてブラッキーに襲い掛かる!
その圧倒的な数の差に、とうとうブラッキーは押され始めた。


「く……貴様ら…そこをどけぇーーーーッ!!」

「どけと言われてどくワケ無いだろう! 覚悟しろ裏切り者め!」


プラチナの軍勢に加えて、フォルクローレの忠実な人形どもまでもが彼の敵となる。

最初から解っていた事だ、フォルクローレなど敵以外の何者でも無かったと、
あの時種の軍勢と一緒に薙ぎ払っておけばよかった――
ブラッキーは死ぬほど後悔しながら、襲い来る兵士を薙ぎ払う。
だが、消耗した彼の身体には、たとえ雑魚とはいえこの数を凌ぐ力が残されてはいなかった。


何時の間にか、弓兵が弓を構えている。
――マズイ! ブラッキーの頬を冷や汗が伝った。
いくらダークネスクライでも、あれだけの弓を全て防ぐ事は出来ない。

こんなところで足踏みをしている暇は無いのに―――


「てェッ!!」



弓が放たれる。
大量の矢が雨のように、しかしそれはブラッキーを正確に狙って飛んでくる。

避ける?
この大群を掻き分けて?
今から逃げても間に合わない、それどころか既に弓の第二波も放たれている!


せめて被害を最小限にすべく、ブラッキーが炎を強めたその瞬間――



――ガガィイーーーンッ!!


「………な…?」



矢は、空中で全て真っ二つに折れ、
或いは強烈な炎によって灰と化した。

一体誰がこんな事を?
いや、こんな事が出来るのは、この場にふたりしか居ないッ!

兵士たちが、ブラッキーが走り出す前に居たと思われる場所を振り返る。
そこに居たはずの男がふたり、居なくなっている―――次の瞬間、

ブラッキーに一番近かった兵士が、鮮やかに宙を舞った。


ドシャッ! と豪快に床に叩きつけられた兵士は、打ち所が悪かったのか失神した。
その様子を、パンパンと手の埃でも払うかのような動作をしながら見つめるふたつの影――



「弱いな……もっと鍛えないと、前線で戦うことは出来ないぞ」

「き、貴様ら…その裏切り者に加担する気かッ!」


そこに立っていたのは、他でもない――


「ば、馬鹿が…もうボスと呼ぶなと……」

「あーもう五月蝿ぇな! お前がボスじゃ無くなっても俺たちは何も変わらないだろうが!」
「あぁ、そうだとも。我らを繋ぐ絆は、『ボス』や『部下』などでは最初から無かったのだ」

「………お前ら…」


ピジョットとバクフーンは、ずっと、ブラッキーの味方だった――これからも!
唖然とするブラッキーを他所に、兵士たちは次々と襲い掛かってくるが、
ピジョットとバクフーンはそれを許さない!


「行け! ブラッキー! ここは我らが引き受けたッ」
「さっさとしなッ! お前は俺と違って、まだ間に合うんだからよッ!」


バクフーンが、ピジョットが、自分のために道を切り開いてくれる。
それでも押し寄せる兵士たちの数が多くて、たった二人ではどうにもならない。

あぁ、ダメだ、やっぱり自分は、
感情に流されてふたりを犠牲にしてしまう―――そう思った。
だが、ブラッキーの予想は尽く覆される!



「「おぉおおおおおーーーーーーッ!!」」



―――ガガガッ! ドゴォーーーンッ!!


何重にも重なった叫び声が、敵の兵士の持つ剣を、槍を、斧を吹き飛ばし、
それどころか兵士までも一緒に跳ね飛ばして、ブラッキーの許へと駆けつける。


「なっ、…………お前ら、どうして……」




「俺たちは、アンタの部下だって事が、何よりの誇りなんです!」

「行ってくださいボスッ! ここは俺たちが引き受けます!」

「『家族』を守るのに、理由が要りますか!? なら教えてやりますよ!」



そこに家族がある――はぐれものの俺たちがとうの昔に失くしたモノがある!
そして、そこに俺たちの居場所は確かに在ったッ!
それはアンタも同じはずだ―――それを守りに行くアンタを、俺たちは見捨てやしないッ!



そこに居たのは、彼の部下であり、バクフーンの部下たち。
労働者と罵られながらも、只管ブラッキーに忠義を尽くしてくれた、仲間たち。

――大切な、家族たち。

ピジョットが再び口を開く。
ブラッキーの背中を押すように、強く。


「フライアはお前の家族だろ。行ってやれよ、
 …今度こそ、『直球』でアイツを守ってやんな」

「ピジョット…」

「だーッ! んな顔すんな! さっさとしねぇと手遅れになるッ!」


今度は言葉でではなく、ピジョットは翼で彼の背中を押した。


「守備隊の底意地を見せてやれッ! 全軍突撃ィーーーーッ!!」
「ボスの邪魔を許すなッ! 道を切り開けェーーーッ!!」

「「「オオォォオーーーーーーーッ!!」」」


みんなの心が一つになる。
その結束が、敵の軍勢の悪意を押し返す!


「行けッ! ……俺の二の舞にだけはなるんじゃねぇッ!」



ピジョットが飛ぶ!



「早くせんか! お前が居たら心置きなく暴れられんわ!」



そしてバクフーンが駆ける!
彼らの全てが、ブラッキーの心を突き動かす!



「おまえら………」



――何時の間にか、ブラッキーの頬を涙が伝っていた。
守備隊に至ってはまだ、出会って一年も経っていない程度の仲なのに、
でも、如何してなんて野暮な事は聞かない。

礼も言わない。
ボスと呼ぶなといったのに、それでもそう呼んでくれるこいつらのために、
涙を拭い、最後までブラッキーは、ボスであり続ける!


「…命令だ。絶対に死ぬな…ッ」


ブラッキーが走る!
その前の道を、ピジョットとバクフーンが切り開く!
そして、その後方を支える、彼の優秀で頼もしい部下たちが咆哮する!


「さぁ! 絶対に死ぬなとご命令だッ! 気合い入れて行くぞォーーーッ!!」

「「「「オォーーーーーッッ!!」」」」





数の差で明らかに劣るバクフーンたち。
しかし、心が一つになった彼らの結束は、どんな攻撃にも屈しない誇りの壁となる!

そして、ピジョットが吼える、バクフーンが叫ぶ!
その後を続く軍団が止まらないッ!
勢いと言うのは、時に戦力差を引っ繰り返す!


しかも、彼らを奮い立たせるのは結束と言う力だけではない。
確かに守備隊は今や労働者と罵られる程度、
だがおよそ数年前、彼らは確かに強力な兵士たちだったのだ!
その誇りにピジョットとバクフーンが加わると、もはやその力は一国すら攻め落とす!

ピジョットが翼を使い、空中から風起こしを仕掛けてくる。
何という威力だろう、弓矢がまるで役に立っていない――


「……?」


ある兵士が、自分から少し離れた場所で起きる怪現象に気付いた。
ピジョットの風が吹き付けた場所で、
兵士が血飛沫を飛ばして倒れていくと言う、奇妙な現象に。


もしかしたら、ピジョットが飛ばしているのは、
空気の塊なんかじゃなくて、『真空の刃』?



―――この世に『エアロブラスト』が使える奴が、ルギア以外に存在したのか?



兵士たちは理解する。
この結束の盾を崩すための鍵は、あのピジョットを倒す事!

弓矢が飛び交う!
ピジョットは巧みにそれをかわすが、
いくら広いとは言えここは室内、次第に追い詰められていく!

「撃て! さっさと仕留めろォーーー!」

怒号が響く!
敵の兵士たちが、前衛にバクフーンの守備隊を押さえ込ませ、
後衛の兵士たちは全員が弓を持ち、ピジョットを狙う!

ピジョットは構わず、避けながらも真空の刃を飛ばし続ける。
後衛の兵士たちも、それに巻き込まれて何人か倒れる、だが数が違いすぎる!

ピジョットを一本の矢が狙う。
それに彼は気付かない。
その矢を放った兵士は、手柄を得たものだと確信して握り拳を作る。


次の瞬間、巨大な炎の塊が、空中を舞っていた全ての矢を焼き尽くし、
さらに後衛の兵士たちを何人も巻き込んで静止した。

そこから現れたのは、大きな槍を構えるバクフーン。
一体どこから持ってきたのか、しかし槍さばきは大したものである。

…アレ?

今度は、数人の兵士が気付いた。
そういえば、どこかで大槍を使う猛将のバクフーンが居ると聞いた事がある、と。


その名は、『疾風槍のバクフーン』。


荒れ狂う嵐の如き槍さばきで、並み居る敵の軍勢を相手に大立ち回りを演じた鬼神。

もしかして、彼があの、伝説の―――?


そう兵士たちが疑問を確信に変えると同時に、
バクフーンの掃った槍から吹き荒れる灼熱の炎が、次々と兵士たちを薙ぎ払っていく。

何時の間にかピジョットもそれに混ざって真空の刃を飛ばしている。



「な、何なんだコレは…」



ロトムに代わり兵士を率いていたヨノワールは、その光景に唖然とした。
ピジョットが飛び、バクフーンが駆け、だから、
その後ろから咆哮しながら突撃してくる奴らに、死を恐れると言う言葉はないのか!?


「何をしている! 早く制圧しろッ!」

「だ、ダメです! 止まりません!」
「だ、誰か援護を…疾風槍と一対一で戦えるわけ…ぎゃあああああああああッ」

「く、くそっ! くそくそくそくそくそォーーーーーッ!!」


ヨノワールは一本の剣を抜いて、戦場へと駆け出した。

その行く手を守備隊が遮るが、それは物の数ではない。
剣の一振りで守備隊を蹴散らし、彼はバクフーンの前に立ちはだかった。



「お前さえ倒せば、我々の勝利だ! 疾風槍のバクフーンッ!」
「めでたい発想だな。生きて帰ったら、夢想家にでもなるといい」


お前に俺が倒せるか―――?



強烈な覇気がヨノワールを包む。
だが、怯まない!
これだけの兵士を率い、まとめ、全ての任を負う彼が、
たかが気迫に押されるわけが無い!


「行くぞッ!!」

「ウオオオオオオオーーーーーッ!!」



――ギャン! ガギィーン!!


剣と槍が激しく火花を散らす!
その両者の動きは余りに激しく、弓兵は愚か突撃兵ですら加勢できない!

バクフーンは、決して弱くは無いのだ。
かつての敗北は、エイディ=ヴァンスが強すぎた、それだけの事。
槍を構え、白兵戦になった時、バクフーンは無敵の突撃将軍と化す!

だから、そのバクフーンがヨノワールと交戦している間に、
兵士たちはピジョットを狙って弓を構え―――



「ぐわあああっ」
「ぎゃああっ」


またしてもピジョットの真空の刃が弓兵を切り裂く!
徐々に、兵士の数が減ってきた。
というよりも、真空の刃は兵士よりも『武器』を破壊していく!

弦の切られた弓でどう戦えというんだ!
逆切れしたくなる衝動に駆られながら、
足元に散らばっている折れた剣を手にとって前衛に混じる弓兵たち。

だが、そんなナマクラで耐え凌げるほど、
守備隊の結束はもろくない!
ピジョットが荒れるほど、バクフーンが叫ぶほどに高まる士気に限界は存在しない!

前衛は徐々に自分たちが後退している事にすら気付けない!
そんな事を気にしている暇があったら、兎に角前へ!


――だが止まらない!



「ボスの命令だから――なっ!!」


突然、ピジョットが獲物を狩る大鷲の如く降下し、一人ずつ兵士を狩っていく!
右から順に、一人ずつ、あぁ次ってもしかして―――



「――ぎゃああああッ!」


鋭い爪が兵士の肩を切り裂く。
戦闘不能。死にはしないが、もう武器を振るうなどではない。


「だ、ダメだ…もうやってらんねーーッ! 俺はここで降りさせてもらうぜッ!」

「き、貴様ッ! 何をやっている! 殺されたいのか!?」

「アンタはリーダーとしては優秀だけどな!
 ぶっちゃけ命まで張って守ろうとは思えねんだよ!」


兵士の一人――フォルクローレの傀儡が、自分勝手な事を言って逃げていく。
次の瞬間、とうとう堤防が決壊するかのごとく、兵士が次々と逃げ出し始めた!


「お、俺もやめる! こんな奴らに敵うはずねぇよ!」
「お、俺もだ!」
「俺も!」

「な、何故だ、あと少しで勝てるやも知れぬのに…ッ」


バクフーンと交戦しながら、ヨノワールはその光景をただ見送るしか出来なかった。
我々は偉大なるボスに忠誠を誓った、最強の軍団ではなかったのか?
そこに誇りなど無かったのか?
この、どこの馬の骨とも知れぬ守備隊ほどの誇りは、
我々には備わっていなかったと言うのか―――ッ!?


――キュイインッ!


「ぐうッ!」


奥歯を噛み締めるヨノワールの剣を、バクフーンが吹き飛ばした。

――勝負在った。

兵士たちの思惑は、このバクフーンかピジョットを倒せば押し切れる、と言うもの。
その逆を全く考えていなかった。
窮鼠猫を噛む――予想外の反撃を受けた兵士たちが、
自分たちのリーダーであるヨノワールの敗北を目の当たりにしたとき、
もうここから逃げ出したいと言う衝動は歯止めを失う事となる!


「「「うわあああああああッ! 退却ッ! 退却だぁぁぁああああああッ!!」」」


滝のように激しい流れを作って逃げていく兵士たち。
守備隊たちは勝利を確信し、盛大に咆哮した。

それを見ていたヨノワールは、ただわなわなと震えていただけだったが、
やがてその表情が変化する。


「く…くくく…はははははははははッ!」

「何が可笑しい。気でも触れたか?」


突然笑い出すヨノワールに、バクフーンが槍を突きつける。
だが、ヨノワールは不敵な笑いを浮かべたまま、バクフーンを睨み返した。


「もうお前らは終わりだ。俺の部隊は所詮我らが組織のほんの一部に過ぎない。
 もう直ぐここへ増援が来て、お前らは皆殺しだ、はーーーっはっはっはっはッ!!」










―――パァンッ!










乾いた音が、バクフーンを打ち抜いた。


そこに居た兵士は誰も手を出していない。
だから、その光景が理解できない。

理解できていたのは、不敵な笑みを浮かべるヨノワールただひとり!



「人間界から借りてきた『銃』と言う道具だ。まだ使い慣れないが…強力だな、コレは」




振り返ったバクフーンが、
部屋の入り口に黒いマントを羽織ったポケモンの集団を見つけた時、



「眠れ……安らかに」


ドシャァッ



胴体を打ち抜かれたバクフーンは、そのまま槍を手放す事無く崩れ落ちた。


黒マントの集団――それを見てさらに高笑いするヨノワール。

やっと全員が理解した。


こいつらは、プラチナの増援だ、と――




「次は君たちだ。恐れる事は無い、全て、一瞬で終わる」



敵の兵士たちの構える『銃』と言う奇妙な形の道具の先端は、
既にピジョットたちに狙いを定めていた――











つづく 
    
  

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