――迷宮冒険録 第六話


 


「アディスさん、準備終わりましたか?」
「あぁ、それじゃ今度こそ森を突破するぞ」
「…ほ、ホントに行くんですか…?」


不安げな表情で俺を見つめるフライア。
無理も無い、フライア曰くあの森は危険極まりない不思議のダンジョン。
そこを、護衛が役に立つかわからないリオル一匹と共に抜けようと言うのだから、
不安がるなと言うほうが無理だ。

元よりこの気弱すぎるイーブイには尚更だな。

気弱と言えばツボツボのミレーユが居たな。
戦力は多いほうが良いし、
自分で追いかけて来いとは言ったがもう無理矢理拉致るのもアリか。


「…よし、一犯罪犯してくるか。フライア、手を貸せ」
「はい、………はい?」


一度はいと頷いてから漸く俺の言った事を理解したフライアは、
目を丸くしてあたふたし始めた。
だが俺は止まらない。
その程度で俺が止められると思うな!
俺を止めようと思ったら、涙目上目遣いで懇願するんだな!

…何言ってるんだ俺。



「戦力は多いほうがいいだろ、俺の友人を連れ出すの、手伝えってんだ」

「はぁ、…確かに戦力は多いほうがいいですけど…けど…」


けど。

これ以上巻き込まれる人を増やしたくないのだろうか。
だったら心配要らない、アイツは俺が頼めば必ず首を縦に振るからな。


「それ、答えになってないですよ」
「それはそれだ。行くぞ」







森を目指す前に、
俺とフライアはミレーユがコキ使われているケンタロス牧場を目指した。










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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『気弱な守護者1』
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ケンタロス牧場で雑用を任されているツボツボが、大きな藁を抱えて牛舎へ入っていく。
牛舎と言うと、人間諸君には誤解が在るかも知れないから一応説明しておこう。
このケンタロス牧場はヤクザっぽいケンタロスが経営するリゾートの様な場所だ。

そこでは多くのミルタンクが贅沢の限りを尽くし、
その代金としてケンタロスがミルタンクのミルクを受け取っている。
そしてそれを高値で売捌き、私腹を肥やしている。

これは俺の妄想だが、きっと裏でヤバイ事とかしてるに違いない。
許せないぜケンタロス、やっぱりヤツには正義の鉄槌が必要だ。

ツボツボはそこで強制労働させられている。
三度のメシと寝床はあるらしいが、勿論給料など無いし自由な時間も殆ど無い。

全く、気が弱いからそういう輩に目を付けられるんだよ。

「仕方ないですよ、個性と言うものがありますから…」
「臆病って奴か?」
「私も多分その分類です」
「じゃあ俺はナンだろうな」

傲慢?
天才肌?
…自分で言ってて悲しくなってきた。
多分やんちゃとかその辺だろう、その辺で妥協させてくれ。


「よし、踏み込むぞ」
「ちょっ、ちょっと! そんな正面から…!」
「正面から行かなくてどこから行くんだよ? こっちはやましい事なんかしてないぞ。
 仲間を取り返しに行くんだ、寧ろ良い事じゃないか。まるで漫画か何かみたいだな」


フライアがおたおたしながら俺の横に張り付く。
と、彼女の目が俺の手先に向いた。
俺の手先は、丁度ケンタロス牧場を囲む壁に設置された扉の鍵を弄っている処だった。


「何してるんですかーーーー!?」
「犯罪」
「無茶苦茶やましい事してるじゃないですか! だっ、ダメですよこんなの!」
「それはそれ、これはこれ。
 もっと長い目で、もっと広い視野でモノを見ろ、これは善行だ」
「ぅぁぅ……何だかアディスさんが逞しく見えてきました…」
「そりゃどーも、つーか今まで俺は頼りなさげだったか?」
「少しだけ」


……まぁ、確かにあまり良いカッコはしてないような気がする。
初対面ではいきなり気絶している所を助けられたりしたし…。
軽く体当たりで吹っ飛ばされたりしたしな。

なんて会話をするうちに、俺は立派に装飾された木造の扉を開けた。
牧場のクセにそれはもう高い壁に囲まれて中なんか見えやしない、だから正面から入る。
この扉の鍵だって、俺にかかればこんなもんだぜ。



「何やってんの、アディス?」



流石の俺も、扉を一枚隔てた場所にミレーユが居たなんて思いもしなかったが。
どうやら俺とフライアの不穏な会話がたまたま聞こえて、
ここで待っていたと言うところか。



「おお、ミレーユ。お前を引き取りに来たぞ」

「………」



どうした、返事をしろ。

ミレーユは少し躊躇いがちに俯くと、直ぐにケンタロスの乱暴な声が聞こえてきた。



「何だテメーら! …アディス!?
 てめぇノコノコと…丁度良い、ここでぶっ潰してやる!」

「はっ、お前じゃ役不足だ。帰ってミルタンクのミルクでも啜ってな」
「あっ、アディスさん! 喧嘩はダメですよぅ!」
「黙っててくれ、コイツは喧嘩じゃない。……決闘だ!」
「決闘ッ! ……解りました、もう止めません、勝って下さい」


俺が凄んで、思い切りわざとらしく決闘だなんて叫んだら、
フライアは何やら赤面して数秒考えた後に、一歩身を引いた。
納得してくれたらしい。…何ゆえツッコミは無し?


結局フライア公認の喧嘩をするしか無いかと、
自業自得であることにも嘆息しつつ俺は前に出た
――ところで、その行く手をミレーユに遮られた。

「何すんだミレーユ、どきやがれ。出来れば俺の後ろにな」
「…ダメです、どけません。……これが僕の…存在意義なんです」
「…あ? 何言って――」
「フン、今は仕事が詰まってるから見逃してやる。行くぞ」
「はい、ケンタロスさん…」

「オイ! 待てよミレーユ! ……」

ケンタロスが踵を返すのを見て、ミレーユも俺に背を向ける。
存在意義?
何を言ってやがるんだミレーユは?
これはどう言う事だ?

ケンタロス……








「アイツ…ミレーユに何吹き込みやがった……ッッ!!」




「――ひっ」



苛立ちを隠せない俺が二匹の後姿を見送りながらそう呟いた時、
フライアが掠れた悲鳴を上げて尻餅をついた。
その表情は怯えている、何に?


「あ、アディスさん…落ち着いて下さい、どうか、どうか…お願いですから…」

「――あ…」


俺か。
極度の臆病なのは知っていたが、
顔すら見ずにそれだけのリアクションが出来るのはもはや才能だな。
涙目で訴えられたら、やめるしかない。最初に約束したしな。

「す、すみません…私、自分でも理由はわからないんですけど………“解る”んです」
「…何が」
「相手の感情の動きです……今のアディスさん、凄く、…怖い波導でした………」

なるほど。
子供は敏感だと言う話はどこぞで聞いたことがあるが、
このフライアと言うイーブイはどうもその力に長ける節があるようだ。

確か、イーブイの進化系の【エーフィ】も、その手の能力を持っていた気がする。
フライアはエーフィ寄りのイーブイって言うことか。
そういえばさっきサイドンとボスゴドラをぶっ飛ばしたのも、
エスパー系統の技だと考えれば説明が付く。
よくよく考えればこの小柄なイーブイにあんな怪力が在るわけ無いからな。

「それで、そのお前の観点から見て――どう思う?」
「ミレーユさんですか………とても悲しい波導でした…
 …悲壮な決意を持っているようです…」

なるほど。
と言って見たものの皆目見当も付かないが、何となく見えてきた気がする。
つまるところ、ミレーユの置かれた状況は俺の旅立ちの日とは違う。
森の中で彷徨ったり、フェルエルにぶっ飛ばされて気絶してたりしたから、
旅立ちの日が何日前かは正確には解らんが…。

兎に角俺が居ない間に、あのケンタロスは余計な事をミレーユに吹き込んだに違いない。
気弱で素直で頑張り屋で、どこかで筋を通そうとするミレーユの事だ、
下手な嘘でも簡単に信じて良い様に利用されているのだろう。


「因みに、ケンタロスのは如何見えた」
「気分が悪かったです…私は、あの手の方は“嫌い”です」


断言だった。

フライアがここまでハッキリと嫌悪感を出すとは思わなかっただけに、逆にスッキリした。


「よーし、じゃあアイツをぶっ飛ばすぞ!」
「はい、止めません。……いいえ、私もやります」
「…は?」


これまた断言だった。
さっきの発言もちょっと引っかかったが、この積極性は今までとは違う。
おかしい、フライアの様子は何時もと変わりないのに、どうも執拗である。


「アディスさんには解らないでしょうけど――あっ、すみませんっ、
 この言い方は失礼ですね…えぇと……あのケンタロスさんから感じられた波導…
 その酷く汚れた輝きは……ダメなんです、敵なんです、アレは…」

「そう…か」


普段目を丸くするのはフライアの仕事なんだが、この時ばかりは俺がその役目を負った。
どうしてそこまで、確かにムカつく奴だが、あのケンタロスを憎むのだろうか。

――憎む。

そうだ、さっきは嫌いだとハッキリ言ったが、
やはりアレはフライアなりに言葉を選んだのだ。
フライアはあのケンタロスに、過去に会った誰かを重ねている。
憎くて憎くて仕方ない過去の亡霊によく似たケンタロスを、憎んでいる。
ケンタロスにしてみればいい迷惑だろうな、
俺も奴は許せないからぶっ飛ばすが、それだけは言える。

ダメだダメだ、このままじゃ何かがマズい。

「フライア」
「はい、何ですか?」

フライアの口調は強い。
気弱なままだが、必死に己を奮い立たせようとしているのが一発で解る。
暗に、今私に話しかけるなと言いたいようにすら感じた。

やっぱりダメだ。
こいつは今、ケンタロスをケンタロスとして見ていない。
完全に自分の私怨を、八つ当たり的にケンタロスにぶつけようとしている。
それはダメなんだ、確かに俺はケンタロスを今からぶっ飛ばすが、そんな事じゃない。


「お前は残れ」
「っ! どうして!」
「いいから残れッ!」
「――!」


コイツは強い。
先の追手との戦闘で、少なくとも並のイーブイからは突出した力を持っているのは解る。
恐らくケンタロスとタイマンさせても、勝つだろう。
勝ってどうなる?
臆病者の行動原理を考えろ。

直ぐ解るだろう。
復讐されるのが怖い、だからこの場で終わりにする――


「残れ」


冷静になれよ。
お前の敵は、別の処に居るんだろう。


その俺の心の中での訴えは、波導として届いたのだろうか。
フライアは一瞬ハッとした様子を見せて、俺から数歩離れた。




「すみません…私、どうかしてましたね……」

「気にするな。感情の制御なんてのは、当たり前に見えて簡単な事じゃない」





本当にそうか?
と、言ってしまってから俺は疑問に思ったが、フライアは納得したようで頷いてくれた。





「よーしそこで待ってろ、直ぐに新戦力連れてきて、あの森を突破するぞ!」





俺は地を蹴り、豪勢な屋敷と呼んだほうが良いような牛舎に向けて走り出した。










つづく

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