――迷宮冒険録 第五話





状況を説明しよう。
先ずは俺は、遠く離れたイーブイを助けるために走り出している。
随分長い事見送ってしまったらしく、
イーブイに危害が加えられる前に助けに入れそうに無い。
悔しいがどうしようもない、俺の身体能力の限界であり、不覚だ。

そして俺が助けようとしているイーブイ、名をフライアと言うワケありの女だ。
どこが如何ワケありなのかは、俺自身も良く知らない。
せいぜい俺がこうして助けに入るのだから、良い意味でワケありである事を祈ろう。

それからそのフライアを囲んでいるのは、サイドンとボスゴドラ。
名前すら出ない脇役だが、その巨体に加えて喧嘩好きそうな表情や口調が、
只者ではない事を告げている。
きっとヤクザとかそういう類に違いない。



間に合わない――誰か、俺の代わりにあいつらをぶっ飛ばしてくれーーーッ!!












…という、俺の願いは成就した。










誰がぶっ飛ばしたって?









あぁ、それはちょっと待ってくれ、俺が一通り男泣きしてから、説明してやる。










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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『没落した王家2』
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「あべしっ」
「ひでぶっ」



巨体は軽々と宙を舞い、物理法則に則って地面に落下した。
自らの体重で地面に少しばかりめり込んだ彼らは、
そこでもまた蛙の潰れたような声を上げる。
…黒い表現だな、断っておくが俺は別に蛙なんか潰した事は無いぞ。


「命が惜しくば去れ、そして泣き寝入りするがいい。次は無い」


「ひっ、ひいいえええええーーーっ!?」
「すっ、マジすんませんでしたぁぁーーー!?」


フライアが今まで見せた事の無い、鬼の形相で脇役を睨みつける。
脇役はその目に弱肉強食の理論を痛感したのか、
即座に仰向けだった体勢を翻して土下座状態になり、
1秒と待たずに数回の土下座を繰り返して逃げ出した。
実に悪役の鏡だな。


「………ふぅ、ありがとう、助かりました…」

「あ? 自分でやったんだろ? 何言ってんだ?」

「え? ひゃああああああ!? いっ、何時からそこに!?」

「全力で駆けて来た。スマンな、間に合わなくて。問題は無かったみたいだが」


素っ頓狂な声を上げて思いっきり仰け反った挙句、
勢い余ってバク転紛いな事をしてみせたフライアは、
目をぐるぐる回しながらあたふたと喚いていた。
どうも俺は聞いちゃいけないものを聞いたらしい。

「ぁー、さっきも言ったが、忘れてもいい。いや忘れる、だから落ち着けよ」
「ぅぁぁぁぁっ、どどど、どうしましょう、
 見られちゃいました…やりますか!? やっちゃいますか!?」

……何物騒な事ぬかしやがる。

「ひゃああ! ごめんなさいごめんなさい! 違うんです私じゃないんです!
 今のは私だけど私じゃないんですぅーーーっ!!」

「なぁ、頼むから落ち着いてイチから説明してくれよ、な?」


アレ?
俺はなんで説明を求めたんだ?
何か流れ的なものでついウッカリまた余計な面倒に首を突っ込んだな。


「ひぅぅ……ですから、今のは私じゃなくてこのペンダントが――あ」


ってオイ、答えちゃったよこのイーブイ。


「………」
「………」


ぁぁー気まずい、何か言え、何でもいい、苦し紛れの誤魔化しでいい。
だからこれ以上俺を面倒ごとに引き込むな。
頼む、俺は頼まれたらあまりイヤとは言えないんだ。


「……仕方ないです…この事は秘密にして下さい…」
「あぁ、秘密にする。忘れるよ、忘れてやるから」


忘れてやるから、落ち着いてそっと俺から離れていってくれないか――
そう言おうとした。






だが、言えなかった。
そいつの表情をここでやっとまともに見たのだが、まさか…




「…優しい方ですね、何だか兄を思い出します…」





………よせ、やめろ…





「あっ、すす、すみません! 私ったら…」





何でだよ、反則だっつってんだろ…





「私ダメだな、まだ引き摺ってる……」



見るな、そいつを見るな



「オイ」



…!?
何だ、何を言っている、それ以上そいつに関わるな!



「はい?」



やめろ俺、言うな、その先の言葉を紡いだら、俺はコイツの面倒ごとに巻き込まれる。
確実だ、賭けてもいい。
反則なんだよ、女の涙ってのは。
その反則に付き合う必要なんかないだろ?
だから落ち着けよ俺、もっと冷静になれよ。

こんな見ず知らずの奴がどんな理由を抱えてても、関係無いだろ?
救助隊にやらせときゃいいんだよ、こういうのは。冒険家には関係ないじゃないか。



「話せ、俺が力になってやる」

「…え?」



バカヤロウ…
安請け合いはするなって誓ったはずだぞアディス。
冷静さを欠いて、その場凌ぎで何が出来る?

出来るわけが無い、結局傷つくだけだ、それだけならまだいい。
最悪の場合、相手を絶望のどん底に突き落とすんだ。

出来ない事はするんじゃないアディス、今ならまだ引けるんだ、
冒険家になるんだろう? 未知を探すんだろう?
もうお前を縛るものなんか何も無いじゃないか、自由なんだよ、自由を手に入れたんだ。











五月蝿い。








黙れ臆病者の俺。







「俺がお前の力になってやる。もう独りで辛い思いを抱えるな」


「―――っ」







クソッ

見損なったぜアディス。
やはりお前は成長しないクズだ。
同じ失敗を何度でも繰り返せばいいさ、もう運命は動き出した。

お前はまた他人を傷つけろ。
そして後悔して、知れ。己の無力を噛み締めて絶望の中を彷徨い歩け。

もう、遅い、何もかもが、遅すぎる。
…じゃあな馬鹿な俺。せいぜい、手に取ったガラス細工が壊れないように、丁重に扱う事だ。 









言われるまでも無い。
今度は、今度こそは、俺は―― 









「4度は言わん。お前の事情を全部話せ、俺がお前の味方だ」




「あ……っうああ………うわぁぁああぁぁぁぁぁぁっ」






堰を切ったように、フライアは俺に抱きついて泣き始めた。


辛くない訳がないんだ。
こいつ独りで、どんな事情があるのか知らないけど、戦い続けられるわけがないんだ。

その小さな心に鞭を打って戦う必要なんか無い。
ここには俺が居る。
俺が支えてやれるなら、支えてやろう。

言った筈だ。自分で頑張る奴には、トコトン優しいんだ、俺は。
だからもう無理はするな。





「誓うよ………ティニ…」





俺の最後の言葉は、きっとフライアには届いていない。
それでいい。
フライアはフライアであって、誰の代わりでもない。

俺もまた、同じ。

短い人生の中で、同じ目をする奴がまた現れたからと言って、
それで過去を清算出来るとは思わない。

だが、ここで見捨てると言う選択肢は無いのだ。
幸い、コイツには助けられた恩もあるし、それに託けた事にしてもいい。







「俺の家に来い、とりあえず積もる話は昼飯の後だ」

「…………は、はい……っ」






………






掻い摘んだ話が、コイツはリヴィングストン王家の末裔であり、
現在終われる身なんだそうだ。
どこから説明したものかな、先ずは王家辺りからか?


「王家と言うのは、この大陸に存在する大勢力の家名持ちです」


家名持ち、またややこしいものが出てきたな。
要するに普通この世界に暮らすポケモンは、ただでさえ名前なんか持ち合わせてない。
何かの弾みで(俺は生まれたときから、何時の間にかアディスだったように)
名前を持っても、苗字まで持っている奴は居ないのだ。
幸い、名前と違って突発的な要素は無く、要するにその家に生まれたか否かである。
俺みたいな親無しには、絶対に巡らない幸運(なのか?)だな。


「リヴィングストン家、フォルクローレ家、
 ヴァンス家、サイオルゲート家が四大勢力ですね」


たいそうご立派な苗字だこって。


「私は、あのペンダントの紋章で見たと思いますが、リヴィングストン家の末裔です」
「末裔って、ほかに生き残りは居るのか?」
「居ない事もないのですが、少々複雑な事になりまして…」


複雑な事情、それは追われる身であるのと密接に関係している。
そしてそこにもまた、王家が絡んでくるわけだ。


「そうです。リヴィングストン家の発展を妬むフォルクロール家、
 と言う関係が定着していました」


そして、ついにそのフォルなんたらが攻勢を仕掛けてきたわけだと。
しかしそんな簡単に滅亡するなんて、ホントに発展してたのか?


「長い年月をかけてリヴィングストン家に忍ばせたものが居たのです。
 そして、内側から少しずつ…」


寝返った奴が居るってわけか。
失礼な奴らだな。


「…私の兄も、裏切り者の一人です」


……そうか。
やっぱり失礼な奴だ。
家族を見捨てるなんて、家族がある奴にしか出来ない贅沢だな、勿論悪い意味で。


「そして、リヴィングストン王家は事実上の崩壊…生き残ったのは、私だけ………」
「あー泣くな、辛いのは解るが泣いて解決するなら戦争は起こらん」
「…そうですね、たとえが滅茶苦茶ですけど…」
「そんなツッコミは要らん」
「ご、ごめんなさい…」


まぁ、これで大まかに事情は伝わっただろう。
誰に向けたかって? そりゃまぁ色々とな。
それこそこの王家問題に匹敵するくらいの事情があるんだが、それは説明できない。
だから感じてくれ、心の目で感じ取ってくれ、いいな、宿題だぞ。

それで王家が滅んでから1ヶ月程、コイツは独りで逃げていたってワケだ。
その間にフォルなんたらの追手に追われたり、色々大変だったらしい。


「――ですが、最近妙なんです…」

「妙…?」


ん、ここから先は俺も知らない話だ。
妙って何だ?


「今まではフォルクローレが雇った、それなりにちゃんとした兵士が追手だったんです」
「嫌なストーカーだな」
「なのにここ数日、今日のサイドンたちもそうですけど……」


今までとは襲ってくる奴らが違う――?


「私は本当に、フォルクローレに追われているのでしょうか?」
「さぁな、俺には分からん問題だ」
「…そもそも私個人にはもう王家の権限は無い…彼らが私を追い回す理由って何ですか?」
「可愛いからお姫様にでもしたいんじゃねぇのか?」
「なっ、なななな!? そそ、そんな私なんて全然大したこと無くてそのっそのっ…」


まぁそのリアクションは可愛いと思うよ、一部ではウケが良さそうだな。


「と、兎に角ですね……最近追い方も荒っぽくなってきてるし……」

「心配するな」


俺は漸く立ち上がって、フライアの前に拳を突き出した。
一瞬びくっとしたフライアが目を大きく開いたまま俺の顔を見上げたので、
そのタイミングで俺はもう一度口を開く。


「変わるのは向こうだけじゃない!
 今日からお前には俺も付いてるからな、奴ら驚くぞ?」

「……は、はは…そうですね、でも…」

「心配するなッ!」

「っ!」


でも…の言葉の先なんて俺でも解る。
だから言わせない、俺が勝手にやると決めたんだから、
フライアが負い目を感じる必要は無い。
親切の押し売りだってのも重々承知、だが俺はそんな言葉じゃ怯まないぜ。



「もう約束したからな! 俺は約束はちゃんと守る男だ!」


「アディスさん…」


「…それと“さん”は止めろ、何か気持ち悪い」


「あ、はい、すみません…」



冒険家だって、丁度いいじゃないか。
未知なる大陸を目指して旅を続けるのも、
追手に見つからない場所に逃げるのも大差は無い。
だったら運命共同体、目指せ世界一の冒険家!





「どうせなら“様”をつけていいぞ」

「はい、解りましたアディスさま」



………いや、いやいやいや…くぅ…っ
そりゃ確かにちょっとグッとそそるものがあるが、
それを俺が指示したみたいに言われると俺の品格が疑われる…断念しておこう。



「…冗談だ」
「そうなんですか?」


つぶらな瞳で上目遣いに俺の顔色を伺うフライア。
そうなんですかって、ンなとこで嘘なんか言うか。


「呼び捨てでいい」
「はい、アディ…あ、ア…アディs………ぁぅぅぅ…」


今度は俺の名前を途中まで言いかけて、赤面しながら口ごもるフライア。
終いには頭から煙が出始めたので、
この辺で譲歩しておかないと先へ進めない事は自明だった。


「………俺が悪かった。好きなように呼べ」
「はい、アディスさん」


…こいつ、こんなんで今までよく大丈夫だったな……
まぁ、あの怪力だしな…









って、思い出したらまた泣けてきた。
あぁもう…俺の新米冒険家な日々は一体どこに行ったんだ?








窓の外は何時もと変わらない毎日を演出してくれていたが、
俺の日常と言うものは、少しずつ崩れ始めていた…









つづく 
  


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