――迷宮冒険録 第七話


 



ケンタロスは屋敷の中で椅子に腰掛け、数匹のミルタンクを侍らせている。
ツボツボのミレーユはその前を右往左往し、
与えられた雑用をテキパキとこなしてはいるが、
ケンタロスの前を通るたびに決まって邪魔をするなと文句を言われる。
しかしミレーユは文句を言い返すことも無く、また次の仕事をこなす。
やがて与えられた仕事が片付いてその報告をしても、
また新しい仕事が出てくるのだからこの牧場がどれだけ繁盛しているのかが解る。


「感謝しろよミレーユ、
 わざわざ俺がお前の存在理由になってやってるんだからよ。ははははは!」

「…はい、…主」


ミレーユが俯いて振り返り、ケンタロスの間を後にしようと一歩踏み出したとき――




「存在理由がナンだってぇ?」

「――アディス!?」



そこに、乱暴者のリオル、アディスが立っていた。









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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『気弱な守護者2』
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「おうおうケンタロス、頭の悪いお子様にも解る様に説明しろや」


俺はミレーユの横を素通りし、ケンタロスの前に立って指差した。
ミルタンクがうろたえるのを制し、ケンタロスもまた俺の前に立つ。
その距離は凡そ5メートル弱、こっちの攻撃は届かないが、しっかり向こうの間合いだ。

「…ミレーユ、やっとお前の本来の仕事がやってきたな」

ケンタロスが呟く。
まるでいい意味には聞こえない。
その俺の直感は、残念ながら的中した。

「代々守護者として名高かったツボツボ一族の末裔として、
 しっかり俺を守ってもらおうか」
「……はい」

「なるほど、そう言う事か」
「アディス…ごめん!」
「………チッ」


シュンッ!――ドガッ!!


ミレーユはごめんと一言呟いて、俺のほうへ特攻を仕掛けてきた。
しかし悲しいかな、俺とコイツでは実力差は圧倒的である。
コイツの取り得は圧倒的な防御力で味方を守る事にあり、
単独で敵を圧倒するには向かない――と、俺は思っている。


「うぐ……っ」
「寝てろミレーユ。お前の寝てる間に全部片付けてやる」


いくら防御力が高くても、首の付け根辺りを思い切り殴ってやれば落とすのは簡単だった。
ミレーユは小さく呻き、俺の後ろで倒れる。
しかしケンタロスは計算通りと言った表情で、俺のほうを睨みつけていた。

ナニがそんなに嬉しいんだか。


「嬉しいさ。これでミレーユが俺の立派なガーディアンだと証明されたんだからな」
「だが今日までだ。ミレーユは俺が貰っていくぞ」
「………」
「………」


ケンタロスはニヤリと釣り上げていた口の端を下ろし、一変して不機嫌な表情へ変えた。
なるほどフライアが忌み嫌う理由も少しはわかる。

守護者だと?
存在理由だと?
ふざけるな、おまえはミレーユの何を知っていると言うんだ。
軽々しく守護者の名を口にして言いのは、俺とミレーユだけだ。


「…もう泣いて謝っても許さないからな」
「フンッ、許しを請う心算は無いわ小僧」
「……行くぞッ!」
「――フン!」





――ガッ!




「ぬおっ!?」



視界が突然下へスライドして、漸く俺は地面に倒れている途中だと理解した。
そして足を何者かに捉まえられていると言う事もだ。

足元を見る。
黄色い触手が、俺の脚に絡み付いていた――


「ミレーユ! お前…!」

「ごめんなさい…でも、守護者として僕は……主を守る義務がある!」

「よく言ったぞミレーユ。これからもお前は俺のガーディアンだ」

「――くっ!」



ケンタロスはコレを見て笑っていたのか――圧倒的な速度で、突進攻撃が近づいてくる。
風が唸り声を上げる。あれをまともに喰らったら、正直ヤバイ。



「っ・の・や・ろぉぉぉおおおおおッ!!」




――ドゴォーーーンッ!!







………

……………







「――!!」


フライアが感じ取ったのは、屋敷から響いてきた轟音だった。
屋敷の外からでは、中の様子を知ることは出来ない。
感情の昂りを感じる能力は、建物を隔てると発動しない。

だから余計に、その轟音に反応してしまったのだ。


「アディスさん……!」


意識は完全に屋敷へ向いていた。
待っていろと言われた。
だからここを動いたら、きっとアディスに怒られるだろう。
いや、怒られるからと言って、ここで駆け出さないのは仲間じゃない。

アディスは自分を信じてくれたし、だから自分もアディスを信じたのだ。
そのアディスの危機を見逃すわけにはいかない。





「どこへ行くんだ、お姫様?」

「っ!? サイドン…ボスゴドラ…!」

「よーし捕まえた、さぁ大人しくしてもらうぜ」

「――っ」


だから、こいつらの接近には全く気が付かなかった。
サイドンとボスゴドラは、何時からそこに居たのか、まるで最初から居たかのように現れて――


――ドガッ


「うッ―――……」



「やったぜ! これでボスに顔が立つ!」
「やっと帰れる………」


ボスゴドラの当身が入れられると、フライアは一瞬で意識を失った。
この体格差は、既に捕まった状態では引っ繰り返す事が出来ない。
サイドンはフライアを抱え上げ、ドシドシと大地を踏み鳴らして牧場から出て行く。

幸いだったのは、
サイドンが気絶したイーブイを抱えてボスゴドラと共に歩いている絵柄を、
普通のポケモンなら誰でも不審に思うと言う常識がこの世界にあった事だった。
そんな屈強な二人組みに、たまたま近くを通りかかったガーディが接近した。


「ちょっとちょっと、ナンパにしては穏かじゃ無いんじゃないですか?」

「ぁあ? なんだテメェ、怪我しねぇうちに消えな」


如何にもなヤクザであるボスゴドラにとって、
このガーディのような相手は非常に気に食わない節が在った。
とりあえず弱そうな奴には徹底的に上から、と言う実に解りやすい姿勢のボスゴドラが、
突然現れた優男風のガーディを威嚇する。
だがガーディは怯む事無く、その進路を塞いで動かない。

「その子を放して下さい」
「オイ、コイツやっちまっていいか?」
「好きにしろ」

イーブイを抱えたままでは戦えないサイドンは、
ボスゴドラの提案を受け入れるように頷いた。
ボスゴドラがガーディに歩み寄る。
ガーディは逃げない。その目は真っ直ぐ、ボスゴドラを睨みつけていた。


「犬はその辺でくたばってな!」
「うおおおおおッ!」







…………









ケンタロスは幼少の頃から、その圧倒的な攻撃力にモノを言わせてきた。
それはアディスとは全く違う乱暴さであったが、村人からしてみれば同じである。
要するにそれはケンタロスを嫌うのに十分すぎる理由であり、
ケンタロスはこうして牧場を経営するようになってからは
交友関係は村の外に広がるようになっていた。

しかし、何も変わりはしない。
力でしか相手とコミュニケーションを取れないのはアディスと同じだが。
そこにアディスの様な不器用さは介入しない。

ケンタロスにとって、自分以外は全て力で屈服させるべき存在なのだ。
強いて言えば、力を振るうまでも無く屈服してくれる奴らが唯一の友人と呼べるのだろうか。
この、何時も寄ってくるミルタンクのように。
たとえそれが、ケンタロスの懐狙いだとしても。



「ガッ…はぁ………はぁッ! …てめぇ……」



ケンタロスはボタボタと血を吐きながらも、よろめく足に鞭を打ち、目の前の敵に無防備を晒さなかった。
どうしてケンタロスが血を吐いて苦戦しているのかは、ミレーユには解らない。
アディスの背中しか視界に入っていないミレーユには、何が起きたのか理解できない。



「ミレーユ、俺を止めたかったら、抑えるのは脚だけじゃ足りないな」


俺を抑えたかったら、両手両足は勿論、
全身全ての関節を固定して文字通り指一本動かせない状態にした方がいい。




――【カウンター】


ケンタロスの攻撃は俺に見事に当たったが、多少はタフさに自信があると言っただろう。
カウンターで見事にダメージを倍返ししてやったら、あのザマだ。
もう少し鍛えないと、老後に苦労するぜオッサン。


「どこか動く所が1箇所でもある限り、俺は止まらないぜ!」
「……アディス…」


…つっても、こっちもかなりキいた。
手早く終わりにしてやらないとな。

何時の間にかミレーユの触手は俺の脚から離れていた。
俺はまた掴まれるのもイヤなので、とりあえずミレーユの間合いから離れてケンタロスを睨む。
背後のミレーユは動く気配が見えない。

思えばミレーユとの付き合いも長いものだ。
友人、親友…家族、その全てに当て嵌まると言っても過言ではない。
俺にとって、思い出したくない思い出で、忘れてはならない過去だ。


「……お前の守護者の誇りを思い出せ」


ミレーユにちゃんと聞こえているのか解らないが、とりあえず言っておく。
これだけは言っておかなければ、テンポが悪いと言うか何というか。
今からケンタロスに止めを加える、その決意表明の代わりと言う事でもいい。


「俺はお前の事を必要としている、だからその誠意を今から見せてやる。
 それを踏まえた上で、お前は自分が忠義を尽くしたいと思う方に付けばいい。
 俺は旅立つから、最後にケンタロスとケリを付けておきたかった、…丁度いい機会だ。
 ケンタロスが倒れた後、お前がどうするかに文句は言わん、好きにしろ」


長いセリフは苦手だ。 
俺の言いたい事の何割かでも、ミレーユに届く事を祈りつつ、俺は続けた。


「俺はお前の両親が立派な守護者だった事を知っている。
 俺はお前の両親が村の誇りだった事を知っている。
 率直に言って、俺はお前よりもお前の両親を良く知っている」


嘘じゃない。
俺は、あの雄姿を絶対に忘れない。
あの時感じた己の無力さを忘れた事など一度も無い。


「お前が忠義を尽くすに値する奴が誰なのか、もう一度考えろ!
 ……面倒だ、もう遠回しには言わない、ハッキリ言ってやる!



 アイツでいいのかッ! お前の守護者の誇りはッ!



 お前の存在意義はあの程度の奴に尽くす程度で満足なのかッ!!」



「―――ッ!!!」





ミレーユがどんな顔をしているかは見てみないと解らないが、見るには値しない。
見て何が変わるものでもない。
後はコイツが決める事だ。

俺は自分で頑張ろうとする奴は応援するが、不貞腐れた奴の事は知らない。
ミレーユが俺の数少ない親友だから、手を差し伸べてやっただけだ。
差し伸べてやっただけ。
手は届いていない。
後はミレーユが手を伸ばすしかない。

ミレーユの様な気弱な奴を守護者として雇ってくれる奴なんか、
ケンタロス以外に居ないだろう。
守護者の誇りを、存在意義を与えてくれる存在として現れたケンタロスが、
ミレーユの目に如何映ったかは、ミレーユの心境を良く知る奴なら解る。
そこにどんな決意があったかも、想像に難くない。

その決意を無意味だとは言わない。
ミレーユと言う臆病な上に頑固と言う厄介な奴が下した決断だ。
その心意気は評価しよう。

だから、手を差し伸べてやる。
このままでは、誇りという建前でミレーユは飼い殺される。
親友として、いや家族として、俺はそれを認めるには冷酷さが足りない。

ケンタロスは暫くまともに暴力を振るえなくなるだろう。
俺みたいなガキに負けたとあっちゃ、恥ずかしくてデカイ顔も出来なくなるだろうな。





「じゃあな、次に会う時にはもっと強くなれよ」

「ま、待て、やめ――――」



ケンタロスが最後に命乞いをしたような気もしたが、俺には聞こえなかった。





―――ガァァン!





立っているだけでやっとの状態のケンタロスに、避ける力など無い。
俺は近くに置いてあったご立派な石像を抱え上げると、
それでケンタロスの頭を思いっ切り殴り、決着とした。
石像がコントのように砕け散り、ケンタロスは白目を剥いてその場にぶっ倒れた。

脈はある。
後は取り巻きのミルタンクが何とかするだろう…って、何時の間にか居なくなってるし。
取り巻きにも見放されたか、哀れな奴。




「さぁーて、さっさと冒険の旅に出ないとなー。
 誰か森を抜けるのに俺をサポートしてくれる奴はいねぇーかなぁー…」




俺はわざとらしくそんな事を言いながら、屋敷を後にするのだった。


外で、大変な事になっているとも知らずに――








つづく

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