――迷宮冒険録 第五十九話






「ナイトメア様。種の軍勢とフォルクローレの戦いが始まりました」

『そうか。ではそのまま続けさせてくれ。
 決着がついたら、そこからはキミの出番だ。宜しく頼むよ』

「かしこまりました」



ポワルンに似た奇妙なポケモンが、携帯電話を畳む。
そして一息ついて、直ぐに蛍光灯の中へと入り込んだ。

――彼は、『ロトム』。
灼熱女帝ヒードランに、『紫電』と呼ばれていた、あのポケモンだ。


何故此処にいるのか?


それは、じきに解る事―――








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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『忌々しき肩書き3』
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「お疲れ様です、ボス」

「く……こんなにいるとは思わなかったな…」
「ペース配分を誤るとはお前さんらしく無い。やはり、焦っておるな」
「………」


―――種の軍勢は全て、この屋敷から追い出したとブラッキーは思った。
全ての部屋を回り、その都度大量の血と叫びと敵の軍勢を薙ぎ払い、

だが、フライアは何処にもいなかった。
もう種に連れて行かれたか?
いや、それはない。
もしそうなら、種の軍勢が戦闘準備を万端にしてこんな場所に控えている意味が無い。

部屋中駆け巡っても見つからないのは仕方が無い事なのだが、
それはブラッキーたちが知る由は無い。
何故ならフライアたちはまだ換気口の中に隠れているため、
実質屋敷の中には居るもののどの部屋にも居ないのだから。


「…また探してくる。お前らは負傷者の手当てを任せるぞ」
「りょーかいっす」
「心得た」


ふらつく身体に鞭を打ち、ブラッキーは外へ出る。
『あれだけの力』を行使すればどうなるかが解らなかったわけではない。
この若すぎる身体には明らかに不釣合いな力を、今日1日で1年分は使ったのだ。

全身に溜まっているのが、本当に『疲労』なのかすら解らないほど、彼の身体はズタズタだった。



「……フライア……何処にいるんだ…」






――ミシミシ……




僅かに、天井が軋んだ気がした。
半ば疑心暗鬼状態だったブラッキーは、その僅かな物音すら聞き逃さない。
直ぐに天井を睨みつけると、そこには小さな穴が開いていた。



―――と。





バキバキバキッ! 




「わきゃあああああっ!!」
「――ちっ!」
「うわああああっ!」



―――ドシャアアアアアアッ!





もともと古かった天井が、この激しい戦いの重圧によってさらに傷つき脆くなったのだろう。
だから、3匹も支えられるだけの力は、あの一枚の板には残ってなかったのかも知れない。

天井と一緒に落ちてきた中に、
懐かしい顔があったのでブラッキーは思わず呟いた。



「………何をしているんだ、フライア」


ブラッキーは呆れ気味にそう言った。
そう、『何時もの調子』で。
目の前に居る、フライアに向かって。


「あいたたた…って、だ、誰ですか!?」
「やばい見つかった! 逃げるよフライアッ!」
「え? え? ちょ、ちょっと待っ―――」


「あ! オイ、待て貴様ら―――つうッ……!」


飛び上がったクリアがフライアを抱えて、屋敷の奥へと駆け出して行き、
その後ろを、一瞬だけブラッキーと目を合わせたフェルエルが追いかけていく。

…当然ながら、ブラッキーの言葉は、フライアには伝わらなかった。
フライアの前から『ハルク』が消えたのは、もう何年前になるかも解らないのだから。

僅かでも思い出してくれたら、嬉しかったのだが―――

ブラッキーは逃げるフライアたちを追う事叶わず、そこに倒れる。
無事を確認できた。
頼もしい仲間も居るようだ、それだけ解れば、十分――



「………く…、これは3日は寝ないと…ダメだな………」



と、天井の抜けた音を聞きつけたのか、ピジョットとバクフーンが飛び込んでくる。
大きな物音と、部屋の真ん中で倒れているブラッキーを見たら、
それは普段冷静なバクフーンだって少しはオーバーリアクションをすると言うものだろう。


「誰にやられたっ! 敵はまだこの中に居るのかッ!?」

「……いや、違う…突然天井が抜けただけだ…」

「…ボス、やっぱり無茶し過ぎたんじゃ…」

「問題、無い…」


ピジョットに支えられながら立ち上がったブラッキーは、その翼を突き放してまた歩き出す。
何時の間にか、彼の率いる守備隊たちもこの部屋に集っていた。
皆が心配そうにブラッキーを見つめていたが、それがブラッキーには重かった。


「やあ、ジェネラル・ブラッキー。どうやら、加勢するまでも無かったようだね」


不意に、守備隊たちを掻き分けて、小さなポケモンが姿を現した。


「っ!? ……ロトム様か」


何時の間に此処に来たのだろうか?
突然の登場と、蓄積した疲労の所為で、ブラッキーは
そこに現れた上司に挨拶を忘れてしまっていた。
思い出したように頭を下げるが、ロトムは気にした様子は無く微笑む。


――ロトムは、フォルクローレがこの戦いのために力を借りた組織の一員である。

その組織は種の陰謀を知り、
それを食い止めるためにフォルクローレと協力して『輝石』を集めていた。
確か、『プラチナ』とか言う組織だったか、あまり規模は大きくないが、
かなり強力な――伝説クラスのポケモンたちが集う組織だと聞いている。

今回の作戦を聞いて、駆けつけてくれたのだろう―――



「諸君」


ロトムの言葉が部屋中に響き、守備隊たちは全員ロトムの前に整列した。


「この屋敷にフライアが居る事を確認した。
 今より僕の『駒』を貸し出すから、彼らと協力してこの屋敷を取り壊してくれ」

「ッ!? 取り壊す…だって?」

「あぁ。情報によると、フライアは『継承』をしていない――だから、生け捕りの必要は無くなった。
 この屋敷を外からの集中攻撃で壊し、『輝石』を回収する」

「………ッ…」


ロトムは、何処から情報を得ていたのだろうか。
此処に来て、このタイミングで、全てが逆風に変わりつつあるのをブラッキーは感じた。

フライアが『継承』していない事までバレてしまったら、
もう強行作戦を渋る理由なんて何処にもないのだから、
それを後押しするために、このロトムは此処に現れたに、違いない。

ブラッキーの表情に動揺が走るのを、ピジョットとバクフーンだけが見抜いていた。
このままでは、何もかもが台無しになってしまう事を知っていたから……。


ロトムが、何か合図染みた音を響かせた直後、
大量のゴーストタイプのポケモンが壁をすり抜けて部屋の中に入ってきた。
そして、あちこちのドアからも、屈強なポケモンたちが入ってくる。
その光景は、圧巻だった。
プラチナは大きい組織では無いと思っていたが、
どうやら種と同じようにある程度の人材は揃えているらしい。

その中に、かつて迷いの森でアディスたちを襲撃したゴーストの姿もあった。
彼の耳にはアディスが既に死んだ事が伝わっていたから、今回は退屈そうな顔をしていたが。


「ま、待ってください。この巨大な屋敷を破壊するなんて、口で言うほど簡単では…」
「大丈夫だ。全ての責任――後始末は我ら『プラチナ』が持つ。
 それに此処に集うは精鋭のゴースト軍団、屋敷が完全に倒壊しても、獲物を見つけることは出来る」


壊すための実力云々ではなく、ここでそんな破壊活動をすれば周囲に如何見られるのか、
そもそも此処はサイオルゲート領の中だ、
ただでさえ全軍配置なんて恐ろしい事をしているのに、
これ以上騒ぎを大きく出来るはずが無い――ブラッキーは言葉の裏にその旨を込めていたが、
それを読み取ったロトムは冷静に、不敵な笑みを浮かべてブラッキーの肩を叩いた。

その言葉の後に、このゴーストたちなら例のキノガッサにも負けはしないと付け加えてから、
ロトムは集まってきた兵士たちに細かい指示を出し始める。


ブラッキーは、それを何とか止めようと策を考えたが、もう既にその時間すらなかった。
渋々、彼は大きく号令をかけて守備隊を一箇所に集める。

ブラッキーの前に整列する守備隊を他所に、
ロトム自慢のゴースト軍団はそれぞれの持ち場へと向かっていく。
ゴースト以外の精鋭はこの部屋に残っている。
恐らく、此処で何か任務が在るのだろう。
プラチナは協力関係にあるが、相変わらず底の知れない組織だ。

ゴースト軍団と入れ替わるように、フォルクローレの軍団が部屋の中に入ってきた。
ロトムは彼らにも作戦の内容を伝え、直ぐに屋敷を囲むように指示した。







ブラッキーは、ロトムと同じように守備隊たちに作戦の内容を伝える。


屋敷を囲み、集中砲火をするように。
今だけは、今この時だけは、感情を捨ててロトムに従う道具となるように。










そして、最後に







「今後如何なる事態が起きようとも――二度と、俺をボスと呼ぶな……」







静かにそう告げて、ブラッキーは解散の号令をかけた。










つづく 
  
  

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