――迷宮冒険録 第五十八話





「フェルエルさん…ここ、大丈夫なんですか…?」

「黙っていろ。気付かれる」

「………」



フライア一行は既に屋敷の中へ潜入したが、律儀にドアから入ったりはしていない。
換気扇のカバーを引き剥がし、そこから中へと這うように侵入したのだ。

埃塗れだろうが、なりふり構っている場合では無いのだけれど、
フェルエルほど物事を割り切れる性格をしていないフライアは、
早くそこから出たい気持ちでいっぱいだった。


と、この狭い通気口を先行するフェルエルがピタと止まる。

同じようにそこで立ち止まったフライアは、フェルエルの顔を覗き込む。
フェルエルの顔の下の床に、小さな穴があけられていた。


「やはり、正面から入らなくて正解だったな」


フェルエルが小声でそう言ってその穴を覗くように促すので、
フライアとクリアは言われるがままに小さな穴に目を近づけた。

そこから見える下の部屋には、沢山の兵士が控えている。
フォルクローレだろうか?
いや、フォルクローレが此処で待ち伏せをしているなんておかしい。

彼らは明らかに此処で待機している兵士たちだから―――


「種の…多分、例の専属の特殊部隊だろう。正面からやりあうのは危険だ」
「うん、…フリード様たちも此処に居るのかな」
「奴らはまだ種の忠実な構成員を装っている。
 だから種にどこかへ派遣されていない限りは、ここで待機しているはず」


フェルエルは、通気口の奥へと進んでいく。
決して慌てないように、しかしフェルエルを見失わないように、
足音を殺し、フライアはその後を一生懸命這って追いかけた。










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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『忌々しき肩書き2』
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―――事態は急変した。

それを阻止する術は無く、フェルエルは此処へ来た事を激しく後悔する。


幸いだったのは、まだ自分たちが発見されていない事。
そして、予想外の形で、真実を知ってしまった事。


出来る事といえば、せめてフライアにこの酷い光景を見せないように勤めるだけだ。
屋敷全体で怒号が飛び交っているから、通気口の中で普通に会話してもばれないので助かった。



「まさかフォルクローレがこんなに押し寄せてくるなんて…」

「迂闊だった。私の失敗だ」

「気にしないで。こんなの、予測しろって言われても無理だよ…
 多分、私たちは最初から見張られてたんだ」


この屋敷全体で響き渡っている雄叫びや怒号、絶叫、悲鳴は、
フォルクローレの軍勢とこの屋敷に控えていた種の軍勢が衝突している音。
剣戟の音、沢山のポケモンが屋敷の中を駆け回る振動が、
通気口の中に居るフライアに多大なプレッシャーを与える。

感情の波導を読む力は、進化の輝石の力ではない。
だから、この戦場で飛び交う激しい感情の渦は、
そのままダメージとしてフライアに蓄積してしまう。

口では大丈夫だと言っているが、フライアは明らかに大丈夫ではなかった。





――数え切れないだけの死が、壁一枚隔てた処で、次々と繰り返されているのだから。












「うおおおおおおおあああッ!」


「シャアアアアッ!」



――ギィン! ガギィィンッ!



大剣を構えたアーマルドと、爪を装備したカイリキーが衝突する。
アーマルドはフォルクローレの大将のひとりで、先ほどブラッキーに電話をしていた者だ。



「―――チッ! 何だってんだ一体! 何で此処にこんなに種の連中がいやがるッ!」

「そりゃこっちのセリフだぜ。何でフォルクローレが此処に居るんだ――よッ!!」


――ギャリィィンッ!


「くうっ!? ―――くそッ! パワーじゃ勝てねえかッ!」


アーマルドの大剣が、カイリキーの強烈な切り裂き攻撃によって宙を舞う。
フォルクローレの兵士はすぐにアーマルドを囲み、防御陣形を取った。


「待ち伏せされてたってワケじゃ無さそうだな…あとどれくらい残ってる…?」
「他の部隊も屋敷に居た種の軍勢と交戦中でして…」
「くっそ、何してやがるブラッキーの奴はッ!」


相手のカイリキーは、『この部屋』に待機していた種の軍団のリーダーである。
だから雑魚は兵士に任せてアーマルドが自分でそいつを抑え込もうとしたのに、
そこで自分がこのカイリキーに劣ってしまうとは、何たる失態だろうか。



アーマルドは理解した。
『種』なんか怖くないと思っていた昔の自分が、如何に浅はかで愚かだったのかを。

種の兵士一人一人は、非常によく訓練された戦闘職だ。
いくらこちらの数が多くても、このまま長引けば敗戦の色は濃厚である。


「――クソがッ!」

もともとフォルクローレの中でまともに戦闘を行う連中は、
あの疾風槍率いる守備隊だけだったじゃないか、
俺たちみたいな俄か兵で押し切れるレベルの敵じゃねぇ!

あぁこんな事ならもっとちゃんと修行を積んでおくんだったぜ――


アーマルドは死ぬほど後悔しながら、再び剣を取ってカイリキーに立ち向かった。










―――♪♪


「はい、こちらブラッキー………? オイ、如何した………??」
「ボス、何ですって?」
「いや、切れた。何やら騒がしかったが…」
「はっは、もう制圧が完了して宴でもやってるんじゃあ無いのか?」


携帯電話を怪訝な顔で見つめるブラッキーの背をバシバシと叩いて、バクフーンが笑う。
ピジョットもそうに違いないとか言いながら、ニヤニヤとムカつく顔で笑っていた。


「いいじゃないすか。あっさり終わったって事は、ちゃんと生け捕りも問題なく終わったって―――」



「ボスーーーーーーッ!!」


「「っ!?」」


ピジョットの言葉を遮って、先行していた兵士が戻ってくる。
――緊急事態であることを、言葉より先にその表情が伝えていた。


「た、種の連中に屋敷で待ち伏せされて……フォルクローレと全面衝突中ですッ!」

「…なんだと…ッ!?」


バクフーンの顔に緊張が走り、ピジョットも直ぐに真剣な目つきに変わった。
だが、ブラッキーだけは冷静に兵士から状況を聞く。


「はい、形勢は非常に不利…このままでは全滅も時間の問題かと…」
「そうか」
「オイオイ、如何するんだよボス。あそこにゃあフライアたちも居るんだろ?」
「……先に行く」
「あっ! ちょ! ボスーー!?」


ピジョットの言葉を無視して、ブラッキーは走り出す。
まるで木々をすり抜けているかのように、
あっという間にその姿はバクフーンたちからは見えなくなった。

残された兵士は、自分も戻りますと言ってブラッキーの後を追う。


「いくら本当の味方じゃないとは言え、見殺しにするのは気分が悪いな」


「全くだ。さっさと加勢して、士気を高めてやりましょう」


ピジョットとバクフーンは互いに顔を見合わせてから、すぐにその後を追った。








………







そこは、まさしく過去に起きた大戦を想起させるものだった。
剣が飛び槍が飛び、血や絶叫が飛び交い、
生き物らしい感情やお情けなんてものはカケラも無い世界が、広がっている。
この中で正気を保てる奴が、果たして何人居るのだろうか?
誰もが、何時自分が襲われるかも解らない中で走り回り、我先にと敵に襲い掛かり――


「―――ブラッキーッ! てめぇ遅ぇぞコノヤロウっ!!」

「―――すまない。すぐ加勢する」


同じ大将にそういわれるから、仕方なくブラッキーも戦列に加わった。




最初に断言しておくと、ブラッキーはこの中ではずば抜けた強さを持っている。
真剣な殺し合いであるこの惨劇すら、彼の目にはお遊びにしか見えない程に。

だから―――此処は仕方なく、そのお遊びに参じるのだ。
その憂鬱たる事は、彼にしか理解できない。

フライアを探しに行きたいが、そのためには先ず障害となる種を殲滅するのが先か。


「極みの悪の波導、我、望む、その先のチカラを―――」



ブラッキーは殺しあう兵士たちの中を、
持ち前の素早さで駆け抜けながら――何かを詠唱していた。


そして、彼が走り去った後の地面は黒く焼け焦げ、とても尋常な状態では無かった。




「『ダークネスクライ』」




全ての兵士が、振り返る。
敵も味方も理解する。



―――あのブラッキーに、近寄ってはいけない。

もしも近寄ったら、辿る末路は、あのドロドロに爛れた高価な石畳と同じ―――



「―――失せろ、これは『命令』だ。今すぐ此処から失せろ種の軍勢よッ!!」



あのエイディと言うカラカラと同じ程の覇気が、殺気が、この狭い空間を支配する。

ブラッキーは味方だから、味方だから大丈夫―――だと言うのに、
此処に居合わせたフォルクローレの軍勢ですら、彼に畏怖を抱かざるを得なかった。

それが、ブラッキーの持つ、『極みの悪の波導』の特性。

ただの言葉が言葉ならざる威力を持ち、
ただの威圧が威圧ならざる畏怖を纏い、



「―――『失せろ』ッ!」



「……ッ…!!」
「く……て、撤退だ! 残った者は全員此処から撤退せよッ!」


ブラッキーが、その威圧で『さっさとしろ』と告げている。
この部屋に居た種の軍勢のリーダー、カイリキーは思った。

このブラッキーは、なんて優しいのだろうと。
それ程の力があれば、『失せろ』の3文字を口に出す前にこの部屋ごと消し飛ばせてもおかしくないのに。

それをしないだけ、敵に対しても彼にはまだ優しさがあった。
そう、決して『甘さ』とは間違えられない高圧的な『優しさ』が。

もう少しもたもたしていたら、確実に消されていたと言うのが、
何処にも確証は無いのにハッキリと理解できたのだから、その時点で十分だろう。
『こんなバケモノと戦うために俺たちは種に仕えているんじゃあない』
そう思い始めても、誰も文句は言うまい。







ブラッキーは、その部屋を飲み込んでいた強大な覇気を全て消し去る。

そして、そこに種の軍勢が残っていない事を確認して、直ぐに次の部屋へと向かった。
この入り組んだ屋敷の何処かに、フライアが居る――だから、走った。


「ブラッキー!」

「バクフーン、ピジョット!」

「もう片付いたとは流石っすね。でもまだ敵も多いっすよ」

「あぁ。さっさと他の部屋も当たるぞ。ついて来い」

「オーライ!」



ブラッキー率いる砦の守備隊は、屋敷の中を突き進む。


敵も味方も捻じ伏せながら――







つづく 
  


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