――迷宮冒険録 第四十九話


 


一夜、明ける。


ミレーユが廃鉱の地下道から雑魚を一掃し、そこを根城にして、一夜。
丁度、フローゼルのユキヤが強兵を引き連れて地下道を目指している頃。


「……今、ちょと揺れた…?」
「…………」


クリアが呟いて、ミレーユは初めてその異変に気が付いた。
こんな時に地震? とも思ったが、それにしては小さい。
しかしこんな場所で地震に遭って生き埋めになったら笑えない。


「大丈夫でしょ。ここが種のアジトなら、そう簡単に崩れる設計はしてないよ」
「そう、ならいいけど」

「クリアさん、ミレーユさん、い、今の聞こえましたっ!?」


クリアの一言に安心したのも束の間、今度はフライアが声を荒げた。
入り口に近いところで耳を澄ましていたフライアが、何かを聞きつけたらしい。

何も聞こえなかったミレーユとクリアは首を横に振ってから、同じように耳を澄ませた。



微かに、しかし確実に、何かの『音』が聞こえた。



そして、明らかに聞き覚えのあるその音に、
クリアだけはその正体に気付いて驚愕するのだった。










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      迷宮冒険録 〜二章〜
        『儚き想い1』
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「フライアちゃん! 下がってッ!」

「は、はい!」

クリアが叫び、フライアが慌てて部屋の後ろに下がる。
その前に出たクリアと僕は、扉を睨み付けた。
一体どんな奴が入ってくるのだろうか?
何にせよ、ドアを開けた瞬間が、お前の最後だ。



ミレーユの予測は正しい。
今、正面から戦ってミレーユに勝てる奴なんて、そうそう居るものじゃない。

だから、

『ドア』を『開け』て『入って』くれば、もうそれが『終わり』なのである。




だが、ミレーユはクリアと同じ過ちを繰り返す。
幸いだったのは、ミレーユはクリアよりも断然速かったこと。




『それ』は、ドアを開けずに入ってきた。




巨大な腕が、ドアごと突撃してきたから、
ドアは開かれる事無く、木端微塵に砕け散ったのだ。


巨大な腕が、物凄い破壊音を上げて突撃してくる。
クリアはその光景にデジャヴを覚えた。


だってその腕は、明らかに見覚えの在るものだったから―――








――――ズドオオオオォォォォォオンッ!!








さらに厳密に述べると、その腕はドアを破壊したのではない。


その腕の本体は、ドアなど興味は無かったのだ。


その巨体があれば、ドアや窓などの飾りからではなく、
ダイレクトに『部屋そのもの』を破壊できるから―――



「ぅ…ぁ、あれ…?」

「けほっけほっ……うぅー、何が起きたんですかぁ…」


クリアが戸惑いの声を上げる。
フライアにいたっては、後ろに下がっていたから何が起きたのか理解していない。


僕はあの一瞬で、フライアとミレーユを触手で抱えて巨大な腕を回避していた。



「……『あの日』から、何もかもが悪い方向に転がってるとしか思えない…」



思わず、そう呟いていた。
フライアとクリアを放すのさえ忘れ、僕は目の前に聳える巨体を見上げて、言った。



「…どう言う事か説明して、って言っても…無駄みたいだね、レジギガス」

「タネノ メイレイ、ゼッタイ…」



レジギガス――紛れも無い、あの巨人の洞窟にいたはずのレジギガスが、
あのとき一片も見せなかった『殺意』を放ちながら、『聳えて』いた。







……

…………






「足止めにはなるだろ、あの独活の大木も」
「…『巨人』? アイツだけじゃキツいんじゃないすか?」

強兵を引き連れ、廃鉱へと闊歩する仮面のポケモン『ナイトメア』。
そして、その斜め後ろを歩くユキヤは首をかしげた。

いくらレジギガスが強くても、あいつらに勝てるのだろうか――
そういう疑問が、彼の頭の中で渦巻いていたからだ。
何せ、自分は記憶も残らぬほどコテンパンにやられたのだから。


「実力じゃない、確かに彼は強いけど、それ以上に有利に立てるんだ」

「……?」

「部下の情報によると、『彼ら』は一度レジギガスと接触し、友好的な立場に在るという。
 だからこそ彼を差し向ける事で、こちらは優位に立てると言うわけさ」


ユキヤは少し考え、なるほどと理解した。
奴らは甘い。だから、『友』であるレジギガスに勝つのは、かなりの苦渋を強いられる。
それが、我々にとって十分な時間稼ぎになると言う事。


――廃鉱ごと爆破するための爆薬の準備をする時間を、稼げると言う事。






「伝令! レジギガスが敵と接触、交戦を開始した模様!」


突然、空から一匹の『クロバット』が降りてきた。
彼は強兵の中の偵察や工作のスペシャリストで、
その飛行能力と素早さを活かし先行して廃鉱を見張っていた。


「ご苦労、引き続き監視を頼む。もし万が一のときは、君も時間稼ぎに参加してくれ」

「了解!」


ナイトメアが言うと、クロバットは再び飛び去っていく。


「ユキヤ。僕が奴らと接触したら、直ぐに廃鉱を爆破するんだ」
「…本当にいいのですか?」
「大丈夫だよ、生き埋め程度で僕が倒れるはず無いだろう?」



作戦は二段構え。
先ずナイトメアが入り、あのツボツボたちとの接触後直ぐに爆破。
そして中で敵を倒したナイトメアは、目的のものを奪い、脱出すると言う算段である。

もしも万が一、いや億に一つでも奴らが脱出した場合は、
外で構えている兵士たちが一斉に襲撃をかけ、確実に作戦を遂行するのだ。


「―――これで、全ての鍵が……ふふふははは…」








………






レジギガスの高速の攻撃をミレーユはかわせない。
それどころか、ミレーユはその攻撃に当たりに行かざるを得ない。

クリアは避けられるが、あの攻撃をフライアが避ける事は不可能なのだ。
だからフライアが狙われたら、ミレーユはそこへ飛び込んで助けるしか無い。


――あぁだから独りが良かったんだ! でもそんな泣き言は言わない!



「『毒突き』ッ!!」



――ドズンッ!



「………」


やったか?
ミレーユは後方宙返りをしながら着地してレジギガスを睨む。

一瞬動きが止まったレジギガス。
だが、それも一瞬の間を作っただけだった。


「―――『アームハンマー』…ッ」


「くぁっ!?」


強烈な一撃が、ミレーユの顔面スレスレを通り抜ける。
あと一瞬でも反応が遅かったら、直撃していた。
あの巨体で視界の外から飛んでくるフック攻撃とは、厄介極まりない。
しかも、レジギガスは戦闘中、少しずつだが速度を上げている――


この部屋が行き止まりであることが裏目に出た。
フライアの逃げ場は無く、この狭い部屋ではどこに逃げてもレジギガスの射程範囲内だ。


フライアを守りながらのミレーユに対して、クリアは自由に動けた。
それだけが救いだった。
本当はクリアがフライアを抱えて走り回れれば良かったのだけれど、
なんて文句を言っても仕方ない。


「フライア、『黒い眼差し』はあと何回使える?」
「あと1回が限界です……」
「そう―――出来るだけ僕の後ろに居て」
「は、はい」


レジギガスの拳が飛んでくる。





―――その瞬間、世界は一変する。





「我願う、定めし力を覆せ―――」










    『パワートリック』









ミレーユの触手が、正面に打ち出される。
レジギガスの拳に向かって、真っ直ぐ、そして―――






―――ズドガァァァアアアアアアアンッ!!




「グギ…ッ…ガ!」


レジギガスの身体は軽々と宙を舞い、
ミレーユの拳が打ち出された方向に向かって吹き飛んでいった。

触手と衝突した彼の拳は、吹き飛ばされた衝撃で壁の中に埋まってしまっている。



「……終わりだよ、レジギガス…」



ミレーユはレジギガスの前に立ち、そう呟いた。

――パワートリックとは、防御力を攻撃力へと変換する奥義。

ツボツボ一族に与えられた、敵を『打ち倒す』ための力。
そして、味方を『守る』ことに重きを置いていた一族で、禁忌とされた業…。



過ぎたる力の代償は喪失。

破壊の力では、何も守る事は出来ないと言うのが、代々の教えだったから――





しかし、ミレーユは思う。
もしもそんな下らない拘りを捨てることが出来ていたら、
一族は誰も死なずに済んだのでは無いだろうか、と。

今となっては、後の祭りであるが。




壁に叩きつけられ、レジギガスは地面に倒れる。
と、その時彼の頭部に装着されていたらしい謎の機械が、
漏電しながらガシャリと地面に落ちた。


「…? コレは…?」
「……ウ、ア、……ヤット…カイホウ、サレタ……」
「………え?」


レジギガスはそう呟いた。
その言葉がさっきまでの覇気を持っていなかったから、
ミレーユは疑問に思って手を止める。

「ソノキカイデ…アヤツラレテイタ……タタカイ、イヤナノニ………」
「…ッ!? そんな馬鹿な! ポケモンを操る機械なんてあるわけ――」
「……………」

レジギガスの言葉に反論しようとしたミレーユは、
それが意味の無いことだと悟り、言葉を切った。
レジギガスは、既に気を失っていた。

それほど強力な一撃を叩き込んだかと言えば確かにそうだが、
このレジギガスを一撃で沈めるほどの威力であったとは思えない。

にも拘らず気を失ったと言う事は、
彼にそれだけの負荷がかけられていた事の証明になるのか?
つまりは、レジギガスは種に操られていたと言いたいのか?

ミレーユは首をかしげ、レジギガスから目を背けた。


「レジギガスは種に操られてただけだったんだよ。良かったじゃない、本心じゃなくてさ」


その機械を拾い上げ、クリアは呟いた。


「その機械は、種のものなの?」
「解らない……いくら種でも、こんなものを作れるなんて思えないけど…」


けど…実際に此処にそれは在る。
それが気になって、ミレーユは顔をしかめた。

「ミレーユさん、如何かしたんですか…?」

怪訝な顔をするミレーユに、フライアが訊ねる。
ミレーユが何かを警戒しているのを、フライアは感じ取ったようだ。


気になっているのは、その機械の出所もそうだが、
『種』のものなのは間違いないだろう、だからそれ以上に不審に思うことが在る。


――そう、レジギガスが操られていただけと言うのならば、
彼は――種にとって、都合の良い捨て駒として使えるのでは無いだろうか。
そして、彼がこの機械で操られていたと言うなら、
レジギガスの状態は常に把握できるようになっているはずだ。

つまり、そのレジギガスが此処に居て、

彼は捨て駒として優秀で、

自分たちが此処に居る事は筒抜けで、



――疑問と不審の点が、線で繋がるのをミレーユは感じた。



「まずい…直ぐに此処を出よう!」



此処に居る事がバレるのは承知の上だった。
地下道に篭った事は、此処から追い出した兵士たちが本部に連絡すればいいのだから、
後は本部から送られてくる奴らを片っ端から倒せばいいのだと思っていた。


だって普通、こんなものが在るなんて思わないじゃないか。

例えばニンゲンに聞いてみよう。
装着するだけでニンゲンを自在に操れる機械があるのか、と。
そんなSF染みた道具は、幾ら彼らが発達していてもまだ開発されてない。

だから――ポケモンを操る機械なんて、
人間界ならまだしもこの世界に在るなんて思わないじゃないか!



でも、在った!
実際に目の前に、こうして事実レジギガスは操られていて―――



「『種』の力を侮っていた……クリア、奴らに一瞬で此処を爆破するだけの力はある?」
「えっと…そんな力は、…でも種の精鋭を総動員すれば、なんとか…」
「―――僕が思うに、彼らなら数十人でそれが出来る……」


アディスから聞いた事がある。
ニンゲンの持つ『破壊兵器』の中に、『爆弾』と言うものがあって、
それは何かの仕組みで大爆発を起こして周囲を破壊するのだと言う。

こんな機械があるんだ、だけどこんなものをポケモンが作れるはずが無い。

――いや作らない!
こんな人道を無視する機械を作ろうとするほど、この世界は狂ってない!

それは種だって同じはずだ。
種の違う者同士が手を取り合うこの世界で、そんな利己的な機械が作られる筈が無い…!



だから、この機械は、人間界から持ち込まれた…?
この世界と向こうを往復できるものが、持ってきた…?


だとしたら、その者が種の上層に居るのだとしたら、



「『種』は、ニンゲンの『破壊兵器』を持っている……」

「そ、そんなこと…」


クリアは言いかけて、ふと思い返したように口を閉じた。
そう、人間界に行く事はさほど難しい事ではない。

向こうの概念で言うところの、
せいぜいレベル20前後のエスパータイプならば、
禁断の『儀式』を使うことで割と手軽に行く事が出来るのだ。
エスパータイプで無くとも、相応の力を以ってすれば可能である。

禁断と銘打ったが、禁止されていると言う意味ではない。
相応のリスクを背負うから、禁断なのだ。

人間界に行けば人間に捕まって、一生奴隷の様な生活が約束されてしまうからである。
それを知った上で人間界に行くなんて馬鹿げた事は、誰もしない。
よほど自信のある者でなければ、誰も行かないのだ。


でも、種の中の誰かが行って、兵器を持ち帰ったとしたら?



――この地下道は、堅固な城としての役割なんか果たせない!




パチ、パチ、パチ、…



「――っ!?」


突然、倒れたレジギガスの後ろ――地下道の通路から、小さなポケモンが姿を現した。
わざとらしい拍手をしながら現れたそのポケモンは、
この場に居る誰もが忘れられない形をしていた。


「その機械からそこまで読み解くとはね……」


その姿を見た瞬間、ミレーユは心の中にドス黒い感情が芽生えるのを感じた。
黒く淀んで、汚くて恐ろしい感情が渦を巻き、
目の前に居るコイツを殺せと、身体が、心が叫び狂っている。


「お前は………ッ……」


それに飲まれまいと何とか平静を装い、
ただ目の前に現れたそれに警戒心を向け続ける事しか、ミレーユには出来ない。


――コイツに対して、全く歯が立たないフライアやクリアとは違う。
自分ならコイツを殺せる、5秒――いや2秒、この触手でアイツの胴体を、…


(く…ッ…落ち着け、此処には、クリアもフライアも居るんだ……あぁでもクソッ…!)


――怒りも憎しみも悲しみも、全ての感情を押し殺して、それを睨みつける。
今、感情に流されたら、きっともう戻って来れないかも知れない。
だから、何時の日か必ず仇討ちはするだろうけど、それはちゃんとした決戦として。
怒りも恨みも全て飲み込んだ上で、コイツを倒すんだ。




でも、それは結局、


蛇口の開かれた水道の口を塞いでしまうようなもので



(何時の日かって…何時だよ……)



仮面をつけ、フードを被り、
マントで全身を覆った小さなポケモン――『ナイトメア』が



「やっぱりあの時殺しておくべきだった」



――あの馬鹿なリオルと一緒にね。




そう呟いた瞬間、




(今こそコイツを殺して、全てを終わらせる時じゃあないのか?)





行き場を失った水は、





「……うァァぁあああああああああああアああああああああああアアアッ!!」




その全てを枯渇させるまでは、決してその勢いを失わない――




「殺す……やっぱりお前だけは赦せないッ! お前を殺してやるッ!!」

「フ……いいだろう。少しだけ遊んであげるよ」








つづく 
  
 
    

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