――迷宮冒険録 第四十八話


  

時は再び、クリアが襲撃を受けていた頃に戻る。

丁度、フローゼルのユキヤの刃が、クリア目掛けて振り下ろされた、その瞬間だった。








―――ッ!!




突如として彼の持つ剣を眩い光が包み込み、そして跳ね除ける。
その予想外の力に、ユキヤは剣から手を離す事すら忘れ、ただ叫んだ。



「何…だこりゃあッ!? うおおおおおッ!!?」



ユキヤは、圧力を持った眩い光に吹き飛ばされ、あわや川へ転落しそうになったが、
何とか持ちこたえて再びクリアを睨みつける。



「何だ、今の光は……」



その時、倒れているクリアのそばで、何かが光り輝いているのが見えた。
何だ、あれは――目を凝らすが、一体何なのか解らない。

と、そうこうする内に光は収まり、やっと物体はその姿を晒した。


そこに在ったのは、リヴィングストン王家の紋章の刻まれた、石のはめ込まれたペンダント。


ユキヤは理解する。
なるほど、そう言う事かと、腹の底からドス黒い笑いを込み上げさせながら。



「『進化の輝石』はまだ『継承』されてねぇじゃねぇかッ! こいつは俺の手柄だぜッ!」



――シュルッ――ガシィィッ!!



「んなッ!?」



ユキヤが走り出し、そのペンダントを掴み取ろうとするのより若干早く、
黄色い触手が彼の腕を締め上げた。
速い上に強力――少しでも力を抜いたらそのままへし折られても不思議じゃない力に、ユキヤの表情は強張る。

ユキヤは目線をスライドさせて触手を辿り、そこに二つの影を見つけた。




「それ、フライアのペンダントだよ」


「…てめぇら、何時の間に…ッ!」




そこには一匹のツボツボと、そして捕えられたはずのイーブイが立っていた―――










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      迷宮冒険録 〜二章〜
        『キセキ5』
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ユキヤは剣で触手を振り払い、一歩後退してミレーユを睨みつけた。
ミレーユはそれに合わせるように一歩前進し、
その背後をすり抜けてフライアはクリアの許へと駆け寄る。

「良かった、ちゃんとペンダントを持っててくれて…」

フライアはリヴィングストンの紋章の刻まれた石のはめ込まれたペンダントを手に取ると、
直ぐにユキヤの方を睨みつけた。


「逃がしてはいけません、まだ『継承』が済んでない事を知られたら、大変な事になります」

「ここでの記憶をぶっ飛ばせばいいんでしょ」


フライアが指示すると、ミレーユは頷いてさらに前に出る。





―――『進化の輝石』、そしてそれに纏わる奇跡の力―――


それこそが『種』、『フォルクローレ』の狙う力。
ヴァンスとリヴィングストン、サイオルゲート、
そしてフォルクローレ…それぞれの王家が一つずつ持つ権力の証。

『進化』と言う『壁』を超越し、その先の力を行使する理外の奥義。
フライアが手に取れば、多様な進化後の技を全て操り、
例えばコイキングが手にすれば、破壊光線すら放つことが可能なのだ。

だが、それだけで『奇跡』とは呼べない。
この『進化の輝石』に宿る真の力は、そんな生易しいものではない。



全てを揃えたとき、
理外の輝石は世界の壁を打ち崩す強大な力を発揮できる。

相応の力が無ければ、この石を全て起動させることは難しいが、しかし。

相応の力さえあれば、そのものには紛れも無く『奇跡』の恩恵が与えられるのだ。
是を非とし、奇を必とし、あらゆる理を自在に改変させる、無敵の力が。

この奇跡の原点は、進化の壁を越える力。
進化しないポケモンですら、その『存在しない先』の力を行使できる、業の力。
『無』から『有』を作り出す、『目覚めの鍵』。

どう転んでも平和利用なんか出来ないこの力は、
今まではこの4大王家がそれぞれ持つ事で危ういながらも均衡を保っていた。

しかし、それはフォルクローレによって崩された。
ヴァンスは滅ぼされ、恐らく『輝石』の力はフォルクローレに奪われた。

サイオルゲートも、もしかしたら、既に敵の手に落ちているのかもしれない。
残されたこの輝石は、絶対に守らなければならない。


そもそも、昔から輝石を守るために、様々な研究が成されてきた。
どうすれば守れるのか、その解無き問に光明を与えたのは、
ヴァンス一族の生み出した『継承術』と言う儀式だった。
この石に秘められた力を、媒体に継承させ、その存在ごと隠してしまう方法である。

こうすれば誰が輝石を持っているのかを知る者は限られ、
王家の情報操作を以ってして完全に隠蔽される事となる。


ヴァンスの一族は代々それを行っていたため、滅ぼされてしまったのかもしれない。
誰が持っているのか解らないから―――
継承された力は媒体が死ぬと輝石に戻ると言う事が、既に知られていたから…


フライアは、自分が継承者であるフリをして、その存在を隠し続けていた。
輝石と同じデザインの模造品を大量に出回らせ、
その間に本物の輝石を加工し、形を変えさせ、歴史の表舞台から抹消した。

リヴィングストン王家の技術屋が総動員で、
不可能だとされていた『輝石に彫刻を施す事』を成功させたのだ。
だからその偉大なる成果を隠し続けることによって、
王家の文様が刻まれたこのペンダントを見ても、誰も本物だとは思わなかった。



『継承術』を打ち消す儀式は、既に存在している。
その事を知っていたリヴィングストンの王は、輝石をペンダントの形で残したのだ。




つまり、フライアは諦めてはいなかった。

アディスは自分を守ると言ってくれていたけど、それはほんの少しの勘違い。
本当に守るべきものを守るために、フライアは自分を捨てた。




「―――フローゼル」

「『ユキヤ』だ、覚えときな。これから死ぬお前らには関係無いだろうけどよ」

「そう、ユキヤ――――頭に焼き付けろ」








『おまえは 







 ここでな何も見なかった。








 何も聞かなかった――』













―――    ッ……!











音速を超えた一撃が、やや余裕の表情を浮かべるユキヤの顔面にめり込み、
そして、まるでアメリカンコミックのようにワンテンポ遅れてから、
ユキヤの身体は高速縦回転しながら川へ―――いや、
川を越え、対岸の巨木へと叩きつけられる。



木がメキメキと鈍い音を上げる。
ユキヤは数秒間その木に張り付いた後、
グシャリと地面に落ちて、その後、巨木も無残に折れ――倒れた。



触手がぶつかったとは到底思えない威力の一撃は、
ユキヤの額を針に糸を通すような精密さで射抜き――

多分、次に彼が目を覚ましたときは、
クリア包囲網を構築しようとする辺りまで記憶が逆行している事だろう。
尤もその頃には彼の部下もいないし、クリアもとっくに逃げ去っているわけだが。



「さぁ、とりあえずクリアを起こして近くの町へ行こう」

「はいっ」






………

…………







僅かに開かれたドアの隙間から射す光に、クリアは眩しさを感じて目を覚ました。
おぼろげながら、あの時の――ユキヤをぶっ飛ばすミレーユの記憶が残っていて、

「………あ、気が付いた?」
「んんー……お早うミレーユ君、今朝も早いね」

そんな意味不明なボケを振ってみるものの、華麗にスルーされるのだった。



此処は小さな町の宿屋。
ミレーユたちはなけなしの路銀を叩いて、
この逃避行の間は恐らく最後となるであろう布団に在り付いたのだ。

これからは本格的な戦いになる。
一度は敵の手に落ちたフライアをこうして連れ戻し、
明らかな宣戦布告をかまして来たのだから、
種は今まで以上の攻撃を仕掛けてくるだろう。

そして、フォルクローレもまた。


ひとりを欠いた、作戦会議。
何時も居るはずの、しかし既に居ない彼の座るであろう場所に、ミレーユは腰掛けた。
誰も、文句は言わない。
彼の代わりを務められるとしたら、ミレーユを於いて他に居ないと、確信していたから。




「……と言うわけで、今まで通り逃げ回る心算だったんだけど――」



クリアからの事情も加味して、ミレーユはテーブルに地図を広げる。
クリアへの追手も、確実に規模が違って来ている。
つまりは、このままノンビリ構えていては、相手に準備期間を与えてしまうだけだ。


…自分ひとりなら問題ないが、フライアを守り、クリアと共に居るのでは少々厳しい。



「こちらから攻めようと思う。そのために、あの廃鉱の地下道を利用する」

「如何するんですか?」

「あの地下道は種のアジトで間違いない。だからもう一度あそこをちゃんと調べれば、
 種の本拠地に通じる情報が出に入るかもしれない」



コンコンと地図を叩きながら、ミレーユは作戦の概要を説明する。
フライアは真剣にそれを聞き入っていたが、クリアは怪訝な表情をしている。


「クリア?」

「…地下道が襲われたことは、そろそろ種に知れ渡ってる…
 だから、今地下道に戻ったら、種の軍勢と鉢合わせる可能性が高いんじゃないかな」

「どの道戦うことになるんだから、逃げ回って追い詰められるよりマシだよ」

「…うん、そうだね。頑張ろう!」


クリアは決心したようにそう言い放って、
フライアもそれに倣って大きく頷いた。


「…よし、じゃあ早速だけどノンビリもしてられない。行こう」








………









フローゼルのユキヤが次に目を覚ましたのは、
『種』のアジトの医務室だった。

何でこんな処に居るのか、さっぱり解らなくて彼は混乱する。
そう、早くしないとクリアが来てしまうから、その前に包囲網を形成しなければ――


「その必要は無いぞユキヤ」
「てめぇは…ガリアン、何でここに」


ガリアンと呼ばれた『スリーパー』は、振り子を片手に彼の前に立った。
そして、その隣には、あのアディスをも圧倒した小さな仮面のポケモンが立っている。
仮面のポケモンは全身をローブで覆っているため、誰にも正体はわからない。
『ナイトメア』と言う名前であること以外、何もわからない。


「君が眠っている間に、ガリアンの力で記憶を覗かせて貰った。
 お手柄だよユキヤ、と言っても記憶を飛ばされた君には理解できないだろうけど…」

「…どういう事すか、ナイトメア様」


ユキヤは訊ねる。
ナイトメアと呼ばれたその仮面のポケモンは、
ユキヤの忘れてしまっている事の経緯を彼に簡単に説明した。


「君の見た光を放つペンダント。アレが『鍵』だ」
「ま、まさか…くそ、全く思い出せねぇとはな…我ながら情けないぜ」


ユキヤは拳を握り締め、俯いてそう吐き捨てた。
あのツボツボに一体どうやって負けたのかすら思い出せず、
ただただ悔しさだけが彼を包み込んでいた。


「気に病むな、あのツボツボは強い。次は僕も行くよ」


その言葉に、再びユキヤは顔を上げる。
それは励まされた事とかではなくて、疑問。


「救助隊や神との戦いは大丈夫なのですか?」

「ああ、何を企んでいるのかは知らないけど、向こうの戦力は突然ガタ落ちした。
 このままなら押し切るのも時間の問題、だから僕がもう一度出るまでも無いよ」

「…ガタ落ち?」


それはどう言う事だろうか。
ユキヤが首をかしげると、補足するようにガリアンが答える。
彼もまた、救助隊や神との戦いに参じていた。


「『神』が消えた。向こうの厄介だった4匹の神のうち、2匹が忽然とだ。
 一体何を考えているのかわからないが、これは恐らく向こうにとっても想定外の事態だろう」


消えた――ガリアンは、そのうち一体の消失の瞬間を目撃していた。

戦闘中、その空間をも捻じ曲げる強さの神は、
救助隊たちと協力して『種』の誇る精鋭たちと戦っていた。
流石に神の力は強大で、だいたい何時も『種』が撤退して戦いは終わるのだが、
その日だけは違った。

戦闘中、謎の光に包まれた神は、その場から忽然と姿を消した。
そして、それを目撃した救助隊たちは、
それが敵の軍勢の仕業だと思って驚愕し、士気が減退して撤退していったのだ。

『種』の仕業ではない、と言いたい所ではあるが――


「ガリアン、言っておくけど、僕は無関係だよ?」
「…そうですか。神をも越えるあなたならば、可能かと思いましたが」
「ふふ。時空を操る神を捕えるのは、僕でも簡単なことじゃない。
 あんな事が出来るのは―――……」


ナイトメアはそこで言葉を切る。
ユキヤはそれを不審に思ったが、
別に何時もの事だとわかっているガリアンは気に留めずに話を戻した。


「向こうは恐慌状態だろう。叩くなら今だが、ナイトメア様の手を煩わせる必要も無い。
 …と言う事だ、ユキヤ」

「…なるほど。で、今後の作戦会議のために、わざわざ此処に集まってきたのか」

「その通り。実は廃鉱の地下道との連絡が途絶えてしまってね。
 恐らく、例のイーブイの仲間がそこに立て籠もっているんだろうと思う。
 だから―――」


ナイトメアは一枚の紙を差し出した。
『種』に属するものならば、その紙が如何に凄いものなのかが理解できる。

種の誇る強兵を、百人単位で借りる事の出来る許可証。
通常よほどの事がなければ発行されないコレを、ユキヤは手に入れたのだ。

強兵の実力は、ユキヤが紛れ込んでいた水の特殊部隊などの比ではない。
一匹一匹が乱数紛いの強さを持った、最強の軍団なのだ。

それを100匹も借りる事が出来たら、王家だって一夜にして打ち倒せる。
それほどの軍事力が、ユキヤの手に委ねられた。



「それ1枚で100人まで借りる事が出来る。それだけ居れば十分だろうユキヤ?」
「加えて、僕も同行する。安心していいよ」

「へ、へへへははははは…! すげぇ、すげぇぜ! やってやるよッ!」



ナイトメアまでもが同行する。
それは、例えるならば、小さな町のテニス大会に、
プロのスター選手を6人連れ込んで団体戦に出場するようなもの。

無論自分を卑下するつもりはない。
いくら強兵が強くても、個々の力はユキヤの方が高いのだ。

ユキヤに足りなかった全てが補われる。

『数』、そして圧倒的な『力』が―――







次なる戦いの部隊、廃鉱の地下道に、見えざる力が集い始めていた――






つづく 
    

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