――迷宮冒険録 第五十話






―――殺す!



「ウウウオオオオオオオオオッ!!」



殺す!

お前は殺す! ゼッタイに殺す!



「…ッ……」



アディスを突き殺したように!

何回も! 何回でもこの触手で突き殺してやるッ!

四肢を締め上げ粉々にへし折ってやる!

突き殺し! 刺し殺し!

血の海で溺れ死ねッ!

汚い体液をぶち撒けろッ!

この世に生まれた事を後悔させてやるッ!


死ね! 死んでしまえッ!

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!!





「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」











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      迷宮冒険録 〜二章〜
        『儚き想い2』
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その速度は、次元を超えていた。

音速で打ち出されるクリアのみずのはどうより速く、
ミレーユの触手がまるでマシンガンのように次々と繰り出される。

いや、『撃ち出される』と言うべきか。
当たればミレーユの言葉通り、
どんなモノでも突き破り絶命させる狂気の弾丸。


――このツボツボに『疲れ』は存在しない。


湧き上がる怒りが、恨みが、憎しみが、
彼の中に眠れる獅子を呼び起こす!
いや、獅子などではない――今此処に在るのは、復讐の名の下に暴走するモノ――鬼だ。


かの触手は、敵を捕まえるための役割を全て捨て、
ただひたすら、敵を貫き仕留めるためだけに発射されている。
そこに微塵の躊躇いも無い。

ひとはこんなにも無情になれるのか?

畏れる仲間の叫びすらも無視し、猛るミレーユは部屋を破壊するだけに留まらず、
その攻撃が倒れているレジギガスを掠めても、彼の心には響かない!



「逃げてんじゃねぇええええええッ!!」


「―――チッ、流石に強いな…ユキヤは『負け』ただけでまだ幸運だったか」



触手が6本撃ち出される。
それぞれ、右手、左手、右足、左足、顔面、そして心臓を狙って、
音速の衝撃波を伴って飛んでくる。

そんな攻撃を放ち続けるミレーユも凄いが、
避け続ける仮面のポケモンも大した実力である。



――どちらが優勢なのか、その戦いを観る事が出来ていたクリアには解らない。

レジギガスは倒れているし、
フライアはミレーユの黒い波導に当てられて辛そうな声を上げている。



ミレーユは、アディスから聞いているはずだ。
フライアが感情の流れを読み取る力を持っていて、
あまり強い感情を垂れ流すのは危険であると。

それを知って尚、ミレーユはそんな事を一向に気にする事無く、
ただただ荒れ狂う鬼神の如く、アディスの仇を追い続けていた。


あれは、本当にミレーユ?


それほどまでに、彼にとってアディスが大切な友人だったのは、よく解っている。
アディスは彼を家族だとすら言っていたし、だから良く解っている心算だった。



でも、違うんだ。
今ミレーユを突き動かしてるのは、多分そんな昔の思い出じゃない。


これだけの力を持っている事を今まで隠し続けていたのには、何か理由が在ったんだ。
『守護者』失格だとか言っていたのも、これに関係が在る事なんだ。


だってこれだけの力が在れば、アディスを守れたじゃない。


でもそれが出来なかった――そこに、ミレーユは怒り憤っているんだ。




「…つぅ………」
「っ! フライアちゃん!」
「…めさせ…なきゃ……ミレーユさん…を…止め…」

フライアが立ち上がろうとするが、
とても立ち上げれそうには見えず、クリアが抑止をかける。
だがフライアはそれを弱弱しく押しのけ、ミレーユの方に顔を向ける。

彼は相変わらず、疲れを知らぬ機械のように、あの仮面を追っている。


「壊れてしまう…ミレーユさんの…心が…」
「そ、そんな…!」
「その前に…止める………」


ふらふらと歩き出すフライアを、クリアは後ろから押さえ付けた。
今度は本気で止めに掛かったから、フライアはそれを払いのける事が出来ない。


「無茶だよ! あんなトコに飛び込んだら、……殺される…」
「それでも…! 止めないと…私、これ以上バラバラになるの…嫌だよ……」


フライアが涙でそう訴えるが、それでもクリアは抑止を解かない。
泣きたいのは自分の方だけど、それはフライアに譲るとして、

――例えフライアの言う事のほうが正しくても、
今フライアをあの場所に向かわせる事なんて絶対に出来ない。


「信じよう…」
「…え?」
「信じよう、ミレーユ君は、飲まれたりなんかしない…」


だから、クリアに言えるのはそれだけだった。
そして出来る事もまた、信じて、待つ事だけ。
あの神に匹敵する戦いに、自分たちは手を出す事が出来ない。


「……私は、信じる……きっと」


ずっと信じていることがある。
それと同じように、また仲間を信じるだけだ。

必ず、ミレーユは勝って帰ってくると―――







………







ミレーユの攻撃は、徐々に、だが確実にナイトメアを追い詰めていく。
それをナイトメアも気付いているし、
ミレーユは最初からそうする心算だったから現実を疑わない。


――だが、此処での決着はナイトメアが許さない。


何故なら、このミレーユとの交戦は彼にとってはほんの余興。
合図を出したから、そろそろこの地下道は爆破されて、それで終わる。


「楽しかったよミレーユ。君の力は『こっち側』に相応しそうだけど、此処までだ」

「ごちゃごちゃ五月蝿いな! さっさと死ねッ!」

「おっと! ふふ、残念ながら、君に僕は殺せない」


ミレーユの触手を、今度はあっさりと回避するナイトメア。
だが、そんなことでミレーユは間も隙も作ったりはしない。


「オオオオオオアアアアアアアアアッ!!」


野獣が猛り狂うよりも獰猛な叫びを上げ、ミレーユは追撃を続ける。
それでも尚崩れないこの地下道の強度を褒め称えたいくらいだったが、
それも今すぐ崩れるのだから如何でも良い事だった。


「――お情けだ。良い事を教えてあげよう」


「五月蝿いっつってんだろッ!!」


―――ザシュウッ!!



血飛沫が飛び散った。
ミレーユの顔や殻にも、それはくっきりと染み付いている。


ミレーユの触手が、ナイトメアの胴体を貫いていた。


やっと、ミレーユの攻撃の手が止まる。
普通に考えて、心臓を貫かれて、倒れない奴が居るのか――
一瞬でもそう思ってしまったから、ミレーユはそこに最大の隙を作った。





「ほらね、僕は殺せない。さよならミレーユ、彼の元へ逝け」



ニヤリ――と、ナイトメアが仮面の下で笑みを浮かべるのが、空気を通して伝わってきた。
悪意ある邪な笑みが、その空間を支配した次の瞬間―――



「……がっ…かは…」


ナイトメアに与えたはずのダメージの全て、ミレーユに返ってきていた。
いや、全てどころか、倍加して、それは―――



「『極みの痛み分け』。過ぎたる力の代償を思い知るといい、ネイティブよ」



『極み』の技――至高と呼べるまでに鍛え上げられた技は、時に常軌を逸する能力を発揮する。


それは、『極み』と言う『境地』を越えた、その先に在る『理外の業』――。

極限の痛み分けは、術者に蓄積したダメージを増幅し、
相手に跳ね返しつつ自身の体力を回復する業となる。



痛み分けより強く、カウンターやミラーコートすら児戯に見えるほどの、絶対的な力―――





――ドォォン……



「っ!?」


ミレーユがその場に倒れると同時に、突如として爆音と振動が伝わってきた。
クリアは一体何を心配したらいいのか解らなくなりながらも、
兎に角フライアの持つ『輝石』を守るためにそこから動かない。

だが、意味は無い。
目の前に居るのは、紛れも無い『神』の領域に立つ者。
たかが名前持ちで種の構成員であるクリアが、敵うはずがないのだ。
そしてフライアも然り、結局この場で、
誰一人としてナイトメアを止められるものは存在しない。



「そこを動くな。クリア、フライア」

「「―――!!」」



仮面越しに、強烈な眼光が向けられる。
これは、フライアなら良く知る、『黒い眼差し』だ。
しかし、フライアのそれとは段違いの束縛力―――


「極みの黒い眼差し――『漆黒の眼導』」


呼吸さえも封印されているのに、まるでその苦しさは感じられない。
あぁなるほど――クリアは即座に理解する。
今、自分は完全に『止め』られているのだ。
動きとか呼吸とか、それよりさらに深く、『生命活動』すらも。


そんな目を向けられたら、動くなと言われなくても、
そもそも動く事なんか出来ないじゃないか―――!


ナイトメアはフライアの首に掛かるペンダントを外し、
そこにはめ込まれた石だけを奪って、またペンダントを元の位置に戻した。


「これで……全ての輝石が僕のモノとなった…」


「な、に……?」


ナイトメアが視線を外してから数秒後、やっと解放されたクリアが訊き返した。
全ての輝石―――?

だって、輝石は全部で4つあって、




「まさか……」



フォルクローレは…


サイオルゲートは…


ヴァンスは、リヴィングストンは……




『種』は――――?









ナイトメアは告げる。




「種の支配も完了した。
 君たちが騙されてクレセリアを追い詰めていてくれたお陰で、
 僕は誰にも邪魔される事無く此処まで来れた。
 この狂った世界で、やっと僕の望みは果たされる」



「アンタが…種を…みんなを騙して…」



「人聞きの悪い。たかがこの世界の駒の分際で、『超界者』たる僕に対等である心算か」



再び眼導が向けられ、クリアはそこで固定される。
そうする間にも、爆音が徐々に大きくなっていき、さらに揺れも強くなっていく。


「お喋りが過ぎた。もう少し種を隠れ蓑に使いたいから、やっぱり此処で消えてもらおう」


轟音と地震のような揺れの中で、ナイトメアがコツコツとクリアの前に歩いてくる。


その手には、何処から出したのか、






「仲間の許へ逝け――――」






アディスを突き殺した、不気味な赤い槍が握られていた―――











つづく 
       

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