――迷宮冒険録 第四十七話


  

――『廃鉱の地下道』

最初に出会ったコドラから奪った地図に記されていた全ての見張り拠点の殲滅は完了したが、
ミレーユにとって、それは然したる問題では無かった。

と言うのも、彼にとって、ここに配備されている兵隊が何匹、
いや何千匹押し掛けようが、それは全く問題では無かったからだ。
これから襲い来るであろう全ての組織をブッ潰す自信があるのに、
たががこんな廃鉱に配置された兵隊如きでイチイチ驚くことは出来ないのだから。

だが、その余裕も大して意味の無いものとして終わる。
何故ならそれまで平和すぎたこの廃鉱の地下道は、
誰にも気付かれぬまま任務を遂行する侵入者の存在を、
結局最後まで、誰も気付く事が出来なかったのだから。
だから、ミレーユがどれだけ余裕をかましていたとしても、
それは此処に居る兵士たちには一切悟られはしなかった。


種にとって、此処はフライアを一時的に保管しておくための場所である。
もともとそのために造られたものではないが、少なからず今はそのためだけに機能している。
兵士は万が一の保険のようなものだし、何より例の仮面のポケモンとフリードは、
既に別の任務へと向かってしまったため此処には居ないのだ。


だから、こうも簡単に牢獄までミレーユの侵入を許してしまう。


ミレーユが牢獄へと辿り着いたとき、
その存在に気付いた見張りも0.01秒後には意識を失っていた。



「助けに来たよ、フライア」

「………ミレーユ…さん……?」








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      迷宮冒険録 〜二章〜
        『キセキ4』
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「ミレーユさん、如何してここに…」

「アディスが僕の家族で、フライアが仲間だから、じゃダメかな」

「ダメに決まってるじゃないですか! 何で…何のために…」


――うわ。
思わずたじろいでしまった。
アディスが言いそうなちょっとカッコ良くて肌寒い事を言ってみた心算だっただけに、
こうやって正面から全否定されると心が寒い。

尤も、アディスが言ってもきっと全否定されたんだろうな、僕らは結構似たもの同士。

幸いだったのは、あの時生き人形だったフライアが今はそこそこ落ち着いていた事だ。
もし今もまだ人形のような有様だったら、本当に如何しようかと思ったな。
引っ張って帰るには、少しばかり荷が勝つ。


「さぁ、一緒に帰ろうフライア」


僕は手を伸ばす。
フライアと僕を隔てる細い鉄柱の格子は看守が思い切り衝突してくれたお陰で湾曲し、
小柄なフライアがすり抜けるには十分なサイズの隙間が出来ていた。

その隙間越しに手を伸ばし、フライアの脱出を催促する。


「嫌です…」

「は?」


差し出されたのは手ではなく、否定の言葉だった。
フライアは俯いたまま、その場を動こうとしない。

如何して、などと訊くのは、多分野暮だろう。


「もう、私は何も失いたくない……」

「………」


ほら、やっぱりね。
優しくて被虐的なフライアは、多分そう言うだろうと思ってた。

僕だって同じだ。
これ以上何も失いたくないから、――だから、助けに来た。


僕が失ったのは、『守護者の誇り』と、僕の血の繋がった家族たち。
それだけで十分なんだ、これ以上は失いたくない。
だから、まだ助け出せるフライアを見過ごして失う真似だけはしたくない。



でも、フライアも、同じだけのもの――いやそれ以上のものを背負って、
その悲壮な決意をしているのだろう。
種に囚われて、たとえ自分がどうなってしまおうとも、
もう何も失わずに済む方法を、選んだ―――




アディスだったら、どうやってフライアを連れ出すだろうか?
悔しいけど、そこまでは僕にも解らない。
ただ、僕に出来る事はもう限られているとしか言えない。


「フライアは何を失った?」

「…私を守ってくれた方は、皆殺されてしまった……これじゃ不足ですか」

「あぁ、不足だよ。フライアは勘違いしてる」


そう、不足。
本当はただの甘い幻想かもしれない。
現実を見るのを畏れて、何かに縋ろうとしてるだけかも知れない。


でも、『仲間』を『信じること』の、何処が悪いと言うのか?

…今の僕にそれが言えた事かは激しく微妙だけれども、
でも、少なくとも今の僕には信じてる事がある。


「アディスは死んでない。アディスが死ぬわけないじゃない、だからフライアは間違ってる!
 これ以上何も失いたくない? 少なくとも、
 もう一度立ち上がったフライアは、その日から何も失っちゃいないんだ!」

「そんな事無い! 自分の身体の半分以上を槍で埋められて生きていられるはずないっ!
 見たでしょう!? あの時の―――あれで生きてるなんて、言えるわけ…うぅぅぅ…っ」

「…それでも、そうだとしても、アディスは死んでない。
 だってアディスの『意思』は僕が継いだから。
 アディスがやり残した事は、全部僕がやってやる。
 僕がアディスの意思を継いで居る限り、アディスはずっと此処に居る!」

「戯言よ…」



フライアは俯いたまま、震えた声で呟いた。



「フライア。今君の目に映るのは『ミレーユ』かもしれない。
 でも、僕はアディスの代わりとして此処へ戻ってきたんだ。
 誰よりもアディスを知っている僕が、…僕なら、彼の遺志を継げる」




――フライア。

俺は、お前を守りたい。

いや、守る。

もし俺ひとりでダメでも、
俺たちならお前を守れる。

だから諦めんな、約束だぞ。
じゃないと、死んでも死に切れないからな――




「フライア。君の前にあるのは、『アディスの意思』だよ。
 傲慢だって笑うかい?
 そんな事は出来ないよね、だって君もアディスを良く解ってるはずじゃないか!
 立ち上がる勇気がもう無いなんて諦めるのは!
 本当の意味で彼を殺してしまうのと同じ事なんだよッ!」


「―――ッ!!」


「僕はアディスのために此処へ来た。だから、彼の想いを踏み躙らないで欲しい…」



僕をアディスの代わりとして見てくれなくてもいいから、
ただ、彼の想いだけは無駄にしないで欲しい――

そこまでは、言わなくても伝わる事だから、口には出さなかった。

これで、僕に言える事は全部だ。
アディスだったら口先出任せでもっとトンでもない事を言ったのかな?
もどかしいな、僕にそんな度胸はない。

後は、これでも渋るようなら本当に力ずくで連れて行くだけだ。




「…此処まで、どうやって来たんですか」


「………どうやって…?」


返答を待つ僕に、フライアは真剣な顔付きでそう訊ねていた。
思わず僕は言葉を失ったが、どうやら話を誤魔化す心算ではないらしい。

「正面から、見張りを全部倒して」
「ひ、ひとりでですか!?」
「うん」

まぁ事実だし、普通の本当の事を告げる。
信じられないって顔をしているけど、仕方ないよね。
彼女の知る『守護者ミレーユ』は、そんな事は出来ないのだから。


「フライア、もう僕は守護者は辞めたんだ。だからクリアとも別れちゃったけど…
 少なくとも、今の僕なら誰よりも君を守れる」

「―――え?」


フライアの耳がピクンと跳ねた。
何か驚くようなこと言ったっけ、―――あぁ、クリアのことか。


「な、何でですか、如何してクリアさんと―――」

「僕の力は、誰かと一緒に戦う力じゃ無いんだ。
 だから、僕ひとりならフライアを守る事は出来るけど、他の仲間には迷惑をかけてしまう」

「違いますよ! そんなこと訊いてない!」



え…?

フライアが何時に無く噛み付いてくるのは、紛れも無い警告の証。
何か僕は見落とした?
アディスの意思を継いでフライアを守ること、それを、…え?


「クリアさんは『種』に狙われているんですよ!?
 そんな力があって、如何して彼女を独りにしたんですかッ!!」

「……あ………」


こんな状況下で、そこまで仲間を思いやれるフライアは立派立派、じゃなくて―――


「あああぁぁああああーーーーっ!?」

「私はいいから早くクリアさんの所に行って下さい!!」

「うん、解った! って何言ってるのフライアも一緒だよッ!」

「あうぅぅぅっ、私はあの、まだぅひゃう!」







――フライアはドサクサに紛れてトンデモ発言をするから気をつけろ――




ありがとうアディス、今ならその言葉の意味が解るよ。
少しずつだけど、取り戻してみせる。

『この力』で、どこまで君に近づけるか解らないけど、
でも、フライアの笑顔を、あの冒険の日々を、絶対取り戻してみせる。



僕が間違ってなければ、きっとアディスはこう思ってたはずなんだ。


――こうやって、仲間と一緒に旅をするのが楽しくて仕方ないって。


君が死んで、フライアを取り戻そうとして、少し僕は冷静さを欠いていたかもしれない。
僕の取り得は、冷静に周囲を分析して、このチームを制御すること。
その役目は今までどおり、でも、それだけじゃない。
同時に猛る炎のように、このチームに火をつける役目にもなる必要がある。





君がまたこの場所へ、戻って来たくて堪らなくなる様な、



そんな日々を紡いだら、



君は、帰ってきてくれるかな…








僕はまだ諦めてない。

自分でバラバラにしておきながら虫が良いかもしれないけど、
でも、そのお陰でやっと気付いた事が沢山在った。


たったひとりで正しい事なんて出来やしないんだ。


そのために仲間が居る、――でしょう?




「待ってて、クリア。すぐに行くから―――ッ」











つづく 
  

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