――迷宮冒険録 第四十六話


  

一度種に身を置くと、その魂に刻印が刻まれる。
それは、種と言う組織が、その者を監視するための印。
それは、その者が種に従事するための証。


クリアはわかっていた。
どれだけ急ごうとも、きっと待ち伏せられてると言う事に。


だから、常に警戒して、何時でも戦える状態にしていたのだ。





「こちらB1、ターゲットエリアAに侵入確認。ミッションを開始する」

『こちらA1、了解した』
『C1、援護する。油断するな』



アルファベットと数字の組み合わせ。
そんな簡素な暗号で互いを呼ぶ彼らは、種に属する裏工作のエキスパートたち。


主に水タイプで構成された、文字通り水面下から仕事を成す、種の誇る部隊の一つ。




ターゲット――クリアは、彼らのテリトリーへと飛び込んで行った。
警戒しているとは言え、それを知る事はクリアには出来なかったが。









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      迷宮冒険録 〜二章〜
        『キセキ3』
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クリアが敵の存在を察知したのは、突然襲い掛かってきた強烈な水流を回避した瞬間だった。
森の中を走る割と大きい川の中を泳いでいたクリアは、
直ぐに陸へと上がって水流から逃れる。

刹那、クリア目掛けて無数の冷凍ビームが放たれる。
だが、それらはクリアに当たる直前に全て凍結し、静止した。


「アクアリングの盾か…相変わらず、厄介な技の使い方しやがって」

『A,B,C3、手筈通り交戦を開始しろ』
『C3、了解』
『A3了解』
『B3了解』


遠くからクリアを監視しつつ、無線で相互連絡を取って作戦を遂行する。
そしてクリアもまた、その事に気付いていた。
こんな風に姿を見せずに仕掛けてくるのは、種の中ではたった一つの部隊だけだと。


「電気タイプの連中を連れてきてくれればすぐ終わったんだけどね」


忌々しげにクリアは呟いた。
この特殊部隊は、水タイプのポケモンで構成されている。
だから水と氷を得意としているクリアが強行突破するのは、かなり難しい。
水タイプは、水と氷のどちらの技にも耐性があるからだ。
しかも仮にも相手は種直属の戦闘部隊でもある、
タイプ相性を無視して押し切れるほど生半可な相手ではない。

(でも、それ以上に…さっさとケリを付けないと)

クリアは知っている。
この特殊部隊が如何なるものなのか。

相手に時間を与えてはならない。
現状の相手の策を打開し、さらに作戦を考え直す時間すら与えずに突破する。
それが、最低限この場で求められる事!


「シャアアアアッ!!」

「――ッ!?」


突然、草陰から一匹のスターミーが高速回転しながら飛び出してきた!
クリアはそれを紙一重でかわすが、直ぐにまた別の場所からみずでっぽうの追撃を受ける!

「ぐっ――!」

――ザパァーーン!

吹き飛ばされて再び川へと転落する。
クリアは直ぐに体勢を立て直すが、
その背後からサメハダーが音も無く突進攻撃を仕掛けていた!


「あぁもう…小賢しいッ!!」

「シャッ――!?」



ピシィィッ!!



突然、サメハダーの動きはピタリと止まった。
外から見ていたものは、何が起こったのか解らない。
何故なら、水中にある氷は、外からは殆ど見えないからだ。

あの一瞬で、クリアは自分の周囲の水を全て凍結させた。
物理学とか熱力学とか、そんな頭の痛くなりそうな理屈を全て実力で捻じ伏せて――



「悪いけど、私の本領は水場なの」


クリアは再び陸へは上がらない。
より深いところに身を潜め、虎視眈々と獲物を狙う狩人と化す。

今、陸上にはさっきのスターミーと、
みずでっぽうを仕掛けたポケモン――ヌオーが見えている。
他にも、状況を伝える連中がどこぞに待機しているのだろう。

クリアはさらに深く潜り、川底に群生する藻類の中に身を潜めた。
それにより、敵は完全にクリアを見失う。


『…やられた…完全に見失ったぞ!』

「A3、B3を救出しろ。C3は注意を怠るな、援護に回れ」

『A3了解』
『C3了解』

「全2、4総動員、ツーマンセルで3を援護、B,C1はまだ出るな」

『A2、4了解』
『C1、2、4、了解』
『B1了解』
『B2、4了解』


A3と呼ばれたヌオーが、危険を顧みず川へと踏み寄る。
そして、何処に潜むか知れないクリアを警戒しながら、
C3――スターミーがその援護に回る。

さらに、姿こそ見せないが、明らかな気配を見せるいくつもの影が、
ヌオーとスターミーの周囲に配備される。


そしてヌオーの身体が川へ触れるその瞬間、


―――パシュッ―――ドゴォォオオーーーーンッ!!


超高圧の水流がヌオーの身体を10メートル以上は持ち上げる、
そしてそのまま大きく育った木の幹に彼を叩き付けた。
ぐったりと項垂れ、ヌオーは再び起き上がろうとはしない。
真っ赤な痣を一つ、身体の真ん中に刻んだヌオーは、そのまま戦闘不能に陥った。

警戒していたスターミーは、その速度に全く反応が出来なかった――


――そういえば、どこぞに水鉄砲を発射して虫を落として捕食する魚が居るらしい。

今のクリアはまさにそれ!
水中から地上を狙うのは、光の屈折によって距離感が狂わされ、決して優しい事ではない!
にも関わらず―――


――パシュッパシュッ!!


「がはッ―――」

「グアアアアアッ」


――ズガァァアッ! バキバキ……ズズゥゥウゥン……ッ


「し、C4、B2沈黙! 奴にはこちらの姿が見えている!」

『落ち着け! 気配を消すんだ! 今水が発射された付近に奴は居る!』

『―――ギャァァアア ば …ガザザ……ッ…ザーーーー…』

「お、オイ! C2! 応答しろ! こちらC1、応答しろッ!」


一匹、また一匹とクリアの射撃に沈んでいく――その恐怖が、特殊部隊に広まっていく。

彼らが混乱に陥る寸前まで、彼らの中で隊長的存在であるA1は冷静に分析をしていた。
そして、直ぐに指令を出した。

「総員、川との間に木を挟むように待機、時間を稼げ」

『C1了解…ッ』
『B1りょうか―――アガァァァアッ!? ブツッ…ザザーー……ー…』

同じく1のナンバリングをされたB1が落ちる。
そして、それを最後に、他のものは点呼に答えない。
残されたC1は、次は自分たちの番だと理解する。

一番川から離れ、クリアですらその存在を知覚していないA1は、
ただ冷静に状況を見ているのだった。


――ドタッ……


『……聞こえてる? まだ生き残ってる奴らが居るなら、警告するよ』

「…C1も落ちたか。やるな、クリア」

『その声……アンタまさか……!?』


C1から奪い取った通信機から聞こえてきた声に、クリアは驚いた。
その男は、種に属する名前持ち――ルナティックで在ったが、
だからこそ此処に居る事が理解できなかった。

種の抱える『戦闘部隊』に、名前持ちなど居ない。
戦闘部隊はあくまで種がその手足として遣うための駒であり、
そのために高給で雇っているただの戦争好きな連中なのだ。

そして、彼らは絶対に裏切らない。
種に雇われた彼らは、種の上位に居る神々に並ぶ力の持ち主を知っているから、
誰も裏切ろうとは思わない。
寧ろ、この組織に居れば自分たちは無敵だとすら思って、喜んで従事してくれる。
戦闘部隊は、そういう組織なのだ。

だから、ここにルナティックが居る事はおかしい。
『見張り』なんて要らない筈なのに、如何してここにルナティックが居るというのか!


「何だ、名前忘れたのか? 俺だよ、ユキヤだよ。フローゼルのユキヤ」
『……何で此処に』
「ラセッタたちと同じ理由だぜ。
 どうせなら、旧友の手で終わりにしてやるのが情けかと思ってな」
『…悪いけど、私は終わる心算なんて無いよ』
「ふ、川で顔洗って待ってろよ、直ぐそっちに行ってやる」
『待ち伏せて一瞬で終わらせてあげる』
「怖い怖い。出来るもんならやってみな。アレくらい、俺は避けるぜ?」


嘘である。
いくらこのフローゼル――ユキヤがルナティックで、
この特殊部隊を束ねていたとは言え、
そんな肩書きだけで避けられるほどクリアの射撃は甘くない。

クリアは再び水の中へと身を潜める。
サメハダーがまだ凍っている。
水タイプはそこそこ頑丈だから、放っておいても大丈夫だろう。



そして、待つ。
ユキヤがどこから現れるのか、目を凝らし、神経を研ぎ澄まし、待つ。














だが、不意にクリアの意識は途絶える事となる。












「残念だったなァ、クリア。律儀に水の中で待っててくれて、助かったぜ」






気を失ったクリアの身体が浮いてくるのを確認して、ユキヤはそう呟いた。
その彼の隣に、一匹のエレブーが参上する。

「ユキヤさま、任務完了しました」
「ご苦労。雷撃隊はそのまま帰還しろ」
「了解しました。では――」

エレブーはそう告げ、再び森の中へ消えていく。


――『雷撃隊』。


種の誇る戦闘部隊の中で、屈指の攻撃力を持つ部隊。
その電気ポケモンで構成された集団は、
クリアが潜んだ川に離れた場所から強烈な電流を流し、
そして、一撃で獲物を仕留めたのだ。



川の流れに流される前に、フローゼルはクリアを陸へと引き摺り上げる。
流石にひとりで上げるのは難儀だったが、それが今生の別れとなるのならば軽いものだった。
気絶したクリアは、ピクリとも動かず、地面の上に無防備な姿を晒す。



「解っちゃいねぇ…てめぇは何にも。
 間違ってようが正しかろうが、種に逆らったらこの世界ではやってけねぇんだよ…」




フローゼルは腰に差した剣を抜き、



「…じゃあな」



横たわるクリアへと、振り下ろした――――









つづく 
  



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