――迷宮冒険録 第四十五話
バリンの街中を、凍傷で赤くなってしまった足を引き摺りながら、
一匹のサンドパンが携帯電話の様なものを片手に歩いていた。
「ぁー、こちらウィリア。…本部ー? 聞こえてますー?」
『……聞こえてるよ、クリアを始末できたのか?』
「……いや、……ありゃあ俺には対処不能だ。
出来れば今すぐ援軍かなんか送ってもらえるとありがたいんだが」
電話越しに、応答していた男が溜息をつく。
その溜息に申し訳なさを感じながら、ウィリアと言う名のサンドパンは続ける。
「あと一つだけ助言だ。
出来れば弱点を突く電気タイプより、氷と水に耐性のある精鋭を揃えてくれ」
『お前の経験談か?』
「俺の経験談だ」
男は再び溜息をつき、電話を切る前に付け加えた。
『ボスが荒れてる。今は帰ってこない方がいいよ』
「おー、サンクス。これだから失敗の可能性が高い任務は嫌なんだ」
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迷宮冒険録 〜二章〜
『キセキ2』
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クリアは単身、再びあの惨劇の地を目指して走っていた。
ガーディは居ない。
彼は警備隊に巧く誤魔化して、町に残してきた。
律儀にも種と関わるなと言う約束をもう一度守ってくれたらしい。
「ここから全力で行くと――ダメダメ、今は時間が無い!」
頭の中で地図を広げる。
記憶力には自信があった。
もう一度山を越えるより、川を泳いでいった方が断然速いのだ!
その目的の場所に到達するまで、時間にして前回の旅の5分の1!
川は山の地下へと入る。
だが、クリアの直感が、川の支流までこのまま行ける事を告げる。
「この川を一気に抜けて――次は…」
再び、頭の中に地図を開く。
より研ぎ澄ました記憶の中で、必要な経路が手に取るように把握できる。
目指すのは、あの惨劇の地の少し手前で分岐する道の先――
――【廃鉱の地下道】。
王家サイオルゲートの領地の、ギリギリ外に位置する場所にその入り口はある。
だからどんな獣道を突っ切っても、警備員や兵隊の邪魔は入らない。
もしかしたら奇襲兵と誤解されるかも知れない。
少しは気をつけていこう。
水の中を魚雷の如く直進しているから、そういえばバッグがずぶ濡れだ。
まぁ、今は濡れて困るようなものは多分入ってない。
濡れたバッグは乾かせばいいし、
確か救助隊のバッグと似た仕様のコレは防水だったはずだ。
中に入ってるものも、そんなに濡れたりはしないだろう。
ウッカリどこかに引っ掛けて中身を零さないように気をつけるだけだ。
この中には、フライアの残したペンダントが入っている。
何時も大事にしていたから、大切なものなのだろう。
それが、如何して此処に在るのか?
それはクリアにも解らなかった。
フライアは連れ去られたとき、実にさりげなく、このペンダントを落としていった。
何かのメッセージだったのかは解らない。
どちらにしてもやる事は変わらないから、後で返せば問題ないだろう――
クリアはそう考えていた。
蘇った天才が、確実に廃鉱へと近づいていく――…
………
時は少し遡る。
クリアが放心状態で、山道を歩いていた頃だろうか。
一つの影が、サイオルゲート領の近郊に姿を現した。
その影は周囲をくまなく観察し、そして、
そこに口を開けている地下道の入り口へと消えていった。
「見張りは無しか。ヌルいね…もしかして、あのフリードとか言うのに騙された?」
それは、ミレーユだった。
どこでゲリラ戦でもする心算だったのか、
全身を葉っぱが覆い、自然の迷彩服を着込んでいる。
が、地下道では役に立たないので、ミレーユはそれをさっさと脱ぎ捨てた。
「道が入り組んでいると厄介だな…ちゃんと構造を把握していかないと…」
慎重に歩を進めるのは、
敵の出現を恐れるからでは無かった。
それを、次の瞬間が証明してくれた。
「オイ、貴様何者―――ガッ! ……………」
曲がり角に差し掛かったとき、突如現れた『コドラ』は、
最初のセリフを最後まで言い切る事無く地面に崩れ落ちる。
その背後に、ミレーユが立っていた。
「…やっぱり、この中はそれなりに兵隊が揃ってるみたいだね」
ミレーユが白目を剥いて気絶しているコドラを引っ繰り返す。
すると、コドラの腹部に奇妙な紋様が描かれていた。
よく解らないが、軍隊的な印象を受ける。
そして、コドラが装備していた肩当に、
小さな星が一つだけ描かれたプレートがはめ込まれていた。
あぁ、つまりアレか、ただの凡兵って事だろう。
ついでにその肩当を引っぺがすと、中から傷薬と地図が出てきた。
なるほど、新米兵士だけあって真面目な事だ。
多分この地図を見ながらこの辺りの見回りでもしていたに違いない。
「……」
壁に設置されたランタンの傍で、地図を凝視する。
入り口と現在地は確認できた。
ご丁寧に、さっきのコドラのものであろうメモ書きまで記されており、
そこそこ地図としての性能は優秀であった。
「ふぅん、牢獄まで完備してるんだ、この廃鉱」
普通、廃鉱にそんなものはない。
ここ『廃鉱の地下道』は、鉱山で掘り出したものやら何やらを運ぶための通路だった。
だから所々滑車が通るためのレールがあるし、あまり小奇麗な場所とは呼べない。
それを差し引いても、そういえば最初からここは綺麗だった気がする。
つまり、昔は地下道だったのを、
今は何者かが改装して秘密基地か何かにしていると考えた方が妥当だ。
だが、疑問が残る。
いくら外とは言え、このすぐ近くはサイオルゲート領だ。
そんな場所で、こんな大掛かりな改装をしたら、
戦争が起きても可笑しくないほどの騒ぎになる。
まさか、サイオルゲートが公認で?
とすれば、今敵に回している組織は、サイオルゲートと繋がっている?
…………。
「…やめだ。僕には関係ない」
思考停止。
ミレーユは再び歩を進める。
「フライアを助け出して連れまわして、
襲ってくるや奴らを皆殺しにすれば、それで終わりだ」
ミレーユの策は、『守る』と言う形の『強行』。
フライアがこちらの手にあれば、敵は必ず襲ってくる。
その敵を片っ端から消してしまえば、やがて壊滅させる事が出来る。
アディスは、甘かった。
フライアを守るために、そこまで出来なかった。
僕は違う、僕はアディスの遺志を継いで、でも、もっと上の存在になる。
「アディス…君の代わりに、僕が必ずあいつらを消してあげるよ…みんなまとめて…」
…………
「ったく、何やってんだぁコドラの奴」
「トイレじゃねーの?」
「んなワケあっかよ、アイツ今見回り行ってるんだぜ? そろそろ交替の時間だっつーのに…」
見回りと違って、一箇所に留まる見張りは退屈なものだった。
何せ、この地下道には、敵なんて攻め入っては来ない。
形式上、軍隊である彼らは、一応見張りや見回りに人員を割いてはいたが、
それも結局は大して意味のあるものではなかった。
そう、どちらの意味に於いても、意味など無かったのだ。
――あのツボツボの前には。
ガチャリ。
ドアが開くその音に、さっき文句を言っていたエビワラーが喚きながら振り返る。
「おせぇーよ! 一体どこで油売って―――」
それが、そのエビワラーのその日最後の言葉。
「……え?」
エビワラーの身体がグニャリと曲がる。
その名にかけているのか、エビ反りに。
そして、次の瞬間、エビワラーは物凄い速度でその部屋の壁に叩きつけられ、失神した。
丁度同じ部屋に居て、彼の愚痴を聞き流していたカポエラーは、その光景が理解できない。
何故なら、理解するよりも早く、ミレーユの触手の手刀が彼の脊椎に叩き込まれていたから。
まるで首を刈り取らんばかりの威力の手刀を受けたカポエラーが、
即座に立ち上がって緊急事態を叫ぶ事など、出来るわけが無かった。
「ここも制圧、っと。これで全部かな」
地図に記されていた、『見張り』のポイントは、これで全てが壊滅した。
たった一匹のツボツボの奇襲によってである。
どこの見張りも一撃の下に、瞬きの時間ほどで壊滅させられたから、
この地下道に襲撃者が忍び込んでいることを知る者は居ない。
知っている者が居たとして、それで且つ今動けるものは誰も居ない。
ミレーユの足は、牢獄と記された場所へと向かっていった。
道中、見回りの兵隊を何匹も沈めながら―――…
つづく
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