――迷宮冒険録 第三十七話





寒い。

あぁ、寒い。

どうしてこんなに寒いんだろうなぁ。


「それは! 俺たちが! 北上しているからなのさっ!!」

「アディスさん、テンション高すぎです…」

「これがテンション上げずにやってられるか! 寒ぃーんだYO!!」


氷雪の霊峰まではまだまだ遠い。
どれくらい遠いかって、今丁度小さい山を一つ登ってる途中なんだが、
こんな感じの山があと7つか8つ在るくらいかなぁ。地図上で。


しかも山だけじゃなくて森や湖まであると来たもんだ。
クリア、エラルドの事はもう諦めよう。
彼ならきっと大丈夫さ、今頃仲間たちと逞しく生きてるさっ!

「アディス君………」

涙目上目遣いで俺を見つめるクリア。
き、きさまー! どこでそんな小癪な技を身に付けてきたー!

……負けた。
仕方ない、山登り頑張ろう。








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      迷宮冒険録 〜二章〜
      『灼熱の紡ぎ手1』
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「あっつぅぅぅううううッ!!?」


再び絶叫する俺。
いい加減にしろ的な視線は、幸い飛んでこなかった。

と言うのも、この山を登っている途中、
あまりの寒さに根負けしそうだった俺たちはたまたま見つけた洞窟で一旦寒さを凌ぐ事にしたのだが、
好奇心に負けて洞窟を奥へ奥へと進むうちにだんだん暖かくなっていったわけで、
おぉコレは素晴らしいと思ってさらに進んだところで…。

「な、なにコレっ!? もしかして溶岩?!」

突如開けた空間に出て、俺たちが立っている足場の遥か下には、
なんと大量のマグマがゴボゴボと気持ち悪い音を立てていたのだ。
洞窟の壁は赤く輝く溶岩の光に反射して真っ赤に染まり、
立ち込める熱気が陽炎を見せている。

「あぅ………」
「わっ、クリアさん!」
「ちょ、ちょっとタンマ……これ以上は私パス……」

後方で、クリアが壁に凭れ掛かっている。
そうか、魚類は乾くとダメなんだな。

「いや、そういう訳じゃないけど…まぁそれでもいいか…熱いのダメなんだよねぇ…」

この生物的に不可能な暑さは得意とかそれ以前の問題だと思う。
俺もこれ以上は進む気になれない。

「帰るか。寒さが恋しくなってきた」
「うん、これは…ちょっと貴重な体験だったね」
「クリアさんー、寝ちゃダメですぅーっ」
「ぅぅーーあづーい………」

フライアはクリアの背中を押しながらそそくさと退散する。
その後を俺とミレーユが追いかけ、今見た光景は思い出へと変える予定だった。





―――おほほほほほほほほ………





そんな、不吉な高笑いを聞いてしまうその瞬間までは。
いや、気のせいだ。あまりの暑さに耳がやられてしまったんだ、そうに決まってる。


「「「あの…」」」


俺以外の3人が同時に口を開いた。
こ、コノヤロウども…俺が折角気のせいという事で幕を降ろそうとしているのに…。




―――おーーっほほほほほほほほほ……




……。
あぁ、こりゃ帰ったら耳鼻科に行った方がいいな、うんそうしよう是非そうしよう。
今すぐどこかの町へ向かって耳を治療してもらった方が良いに決まってる。


「い、今の笑い声…何かな」


クリア、それは山の精だ。
お前は山の精の追い風を受けたんだよ、おめでとう。


「そんなケバい笑い方をする山の精嫌だよ…」


時代は変わるんだよミレーユ。
いつもいつでも山の精が純潔だと思うな。
きっと最近の山の精はブランドモノを買い漁るマダムなんだ。


「あ、あの…確実に、何かがこちらに近づいてきてますけど…」


フライア、だからそれは山の精だ。
日頃の行いが良い俺たちのために、山の精が直々に挨拶に来てくれるんだよ。
でも俺たちは先を急がなきゃいけないから、とりあえずさっさと耳鼻科へ行こう、な?




「おーーっほっほっほ! 久々の獲物ですわぁ! 逃がさないですわよぉーーっ!!」






「「「「山の精だーーーーーッ!!」」」」





山の精、壁をぶち抜いて登場。
最近の山の精は豪快ですな。


「や、山の精!? ワタクシ何時の間にそんな地位に!?」

「たった今だ。とりあえず俺たちは耳鼻科に行きたいから、そこをどいてくれ頼む」


目の前に現れた4足歩行の変な生き物、もとい山の精に交渉を持ちかける俺。
ああもう、何でこんな目に。


「よ、4人揃って耳鼻科って、そんなの聞いた事も見た事もございませんわ!」

「今見たし聞いたじゃねぇか、さっさとどいてくれホント頼むから」

「どけと言われてどくわけ無いですわ!
 久々に此処に帰ってきたその日に生贄が手に入るなんて、
 こんなラッキー逃して堪りますか!」

「い、生贄ぇ!? 如何しようアディス!
 このままじゃ僕たちきっとあのマグマに落とされちゃうよ!」


不吉な事を言う山の精に、思わずパニックに陥るミレーユ。
うん、このシチュエーションだったら、きっと磔にされてあのマグマに落とされるな。

―――冗談じゃねぇよ。


「てめぇ、山の精だからって調子に乗りやがって。こうなったら力ずくでもどいて貰うぞ!」

「だから山の精じゃないですわ!」


何ィ!? と言う事は山の精じゃ無いくせに山の精を騙ったのか!
おのれ許さん! お前の様な奴は山の精が許してもこの俺が許さんぞ!


「あ、アディス君、山の精ってそもそもなんなの…?」
「何だろうな。きっと凄く美形で全てがパーフェクトな妖精に違いない」
「その恋する乙女みたいな妄想は何…」
「えぇい、いいから手を貸せ! この山の精を冒涜する愚か者をぶっ飛ばす!」


俺は割と広い洞窟の通路の真ん中に立ち、両手でバシンと音を鳴らした。



「俺は世界最高峰の冒険家(予定)アディス様だッ!」

「フン、ワタクシは『ヒードラン』、『灼熱女帝のヒードラン』ですわッ!!」








…………









「……やるじゃない」

「そりゃどー…もっとぉッ!!」


――ビュワンッ!


岩をも削り取る蹴りを跳躍でかわすヒードラン。
しかしコイツが恐ろしいのは、その巨体で蜘蛛か何かのように洞窟を這い回る事だ。
正直見てて怖い。こんなのに追っかけられたら3秒で腰を抜かしそうだ。

何せ、今俺の蹴りをかわしたコイツは、
天井に逆さまに張り付いて壁伝いに走っているのだから。


「散れッ! うおおおおおおおおッ!!」


こうなっては、フライアが後方支援に徹している意味が無い。
天井伝いに自在に動き回る所為で、俺たちは巧く連携を取れずにいた。


「熱風ッ!」

「のわあ!?」


炎の風が吹きぬける。
熱に物理的な力を持たせると、多分こうなるんだろうなぁなんて思いつつ、
俺はその風を両手で防ぎながら後方へ跳躍した。

普通なら両手は無事では済まないだろう。
だが、こちらにはクリアが居る事を忘れてもらっては困る。

クリアのアクアリングを、今度は束縛ではなく防具として使って戦っているのだ。
奴の万能さには本当に感心するぜ。
ただし一度に撃てるアクアリングは2発らしいので、
前衛で戦う俺とミレーユだけが水の鎧を纏っていた。

無いよりはマシという事で、フライアとクリアは水を被っている。
『水遊び』なんてネタな技だと思っていたが、今日限りでその考えは撤回する事にしよう。

「厄介な水使いがいますわねぇ! 先に潰させていただきますわ!」
「だーかーら! それは俺を倒してからにしろっての! 無理だろうケドッ!」

――ガギィーーン!

「ミレーユ! 今だッ!」

「解ってる! やあああああああああッ!!」


空中でヒードランの足を捕まえた俺は、ミレーユに向かって叫ぶ。
ミレーユは俺の背後から飛び出して『毒突き』を放つ!
コレさえ当たれば、確実に勝てる―――


―――ガァァンッ!!


「…よし!」
「決まったぜ!」

「………」


前よりも少し逞しい音が洞窟に響く。
俺はヒードランから離れ、ミレーユと共に着地をキメる。
ヒードランも同じように着地をして、俺たちをにらみつけた。

無言。
自分が何をされたのか理解出来てないのだろう、そのうち解るさ。
ミレーユの『毒突き』は最強だからな。


「ふふ、はははは! 毒突き? ワタクシにそんなもの効かなくってよ!」

「な、何だってーーーーーッ!? それは一体如何言う事なんだキバヤシ!」
「キバヤシって誰!?」


ヒードランが狂ったように高笑いをしてそう叫ぶので、
俺は思わずMMRと化してミレーユに向かって叫ぶ。
だが、そこは的確なツッコミで綺麗に潰された。無念。

――さて置き、毒突きが効かないというのは、どうやら本当らしい。
事実、そろそろ回ってくるはずの毒の症状が、奴には見られない。

如何して? 何故?
考え、そして俺は在る事を思い出した。
そういえば、さっきからコイツを殴るたびに、妙に金属染みた音が出ていた。

…まさか、コイツは―――


「鋼タイプッ!?」

「ご明瞭、ワタクシは炎と鋼を兼ね備えた、美しき女帝。
 …さぁ、次はどんな攻撃をしてくるのかしら?」



鋼タイプは炎に弱い。
なのに、コイツは炎と鋼のタイプを持ち合わせている。

そんなポケモン、今まで聞いた事がない。
間違いなく、コイツは伝説級の強さを持っていると見ていい。


だとしたら、まだコイツは全然本気じゃ無いとでも?



「来ないなら、次はこちらから行きますわよ!」






…………







灼熱の風が、洞窟を支配する。
『熱風』を敢えて留まらせて、ヒードランは自分だけのフィールドを作り上げていた。
その中で立っていられたのは、俺とミレーユとフライアだけ。

クリアは、この灼熱地獄によって戦う前に倒されてしまっていた。


「時間が…無い。早く…コイツを倒さないと…ぜぇ…」


止め処なく流れていた汗が、何時の間にか流れなくなっていた。
出せるもんが全部出し尽くされたって感じだな、畜生。

あのマグマの部屋よりも高い温度を、
こんな広いとも言えない場所で作り出すなんて、
とうとうヒードランは本気で俺たちを狩る心算らしい。

こんな低温火傷出来そうな場所にずっと居たら間違いなく死ねる。
眼球のタンパク質が変性して失明する、冗談じゃないぞ。
これは時間との戦いでも在る訳だ、しかし水タイプのクリアが戦線離脱とは、正直キツイ。


「く……」
「ミレーユ、無理すんな。アクアリングが消えてるんじゃあお前も前に出ないほうがいい」


苦しそうな声を漏らすミレーユを気遣った心算だったが、それは無用の心配だった。


「い、嫌だ。僕は下がらない…」


ミレーユの目は、まだ強い輝きを秘めていたのだから。
一方でフライアは、楽勝と言う風には見えないが幾分かは平気そうだった。
多分、フライアの特殊能力のお陰だろう。
シャワーズとブースターの性質で、熱には耐性があるらしい。


「さて、準備は整いましたわ。さぁ行きますわよ!」

「来るぞッ!」



ヒードランが素早い動きで天井へと張り付く。
そして、そこから俺に向かって突進攻撃を仕掛けてきた!

「く――――の、ぐぁっぁあぁあああああああッ!!」

「アディス!!」
「アディスさんっ!」

「捕まえましたわ!」


俺はそれを避けるべく即座にバックステップを踏んだが、間一髪で間に合わない。
突進攻撃は落下式で、俺は地面とヒードランに挟まれて脱出不可能になってしまった。


「ぐ…コノヤロウ……どき、やがれ……!」

「嫌に決まってるでしょうに。このまま、焼け死になさい…っと、殺しちゃダメだった」


ヒードランは踏み潰している俺を見下して、口を大きく開いて見せた。

巨大な火球が、一瞬のうちに形成され、
その近くに居るだけで俺は苦痛を強いられる。




ニタリと笑うヒードラン。


灼熱女帝の本領が、そこに在った―――











つづく 
  


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