――迷宮冒険録 第三十六話





ミレーユが、何だって?


俺はクリアの言った事が理解できなくて、だから殆ど聞こえていなかった。
だって、そんな事ってあって良いのかよ?


「クリア、嘘だろ?」
「……」
「嘘だって言えよ、なぁ、オイ―――」


頭の中が真っ白になるのが解った。
俺は、取り返しの付かない事をしてしまったんだと、理解した。

俺が悪ふざけをしてあんなモノを付けたりしなければ、


「っ、クリアさん、しっかりしてください!」
「ぅぅっ、ぅぅぁぁぁ……」

「お、オイ、如何した? 一体何があったってんだ!?」






ミレーユが、死んだ―――?







「うおおおおおおおああああああああああああアアアアアアアアアアアッッ!!」




「あ、アディスさん……?」




―――違う!


落ち着け、アディス。まだ間に合う。
これは、決して初めての事じゃない!

「…っ!?」

『ここから少し離れた処に、解呪師の居る村がある。
 そいつを今すぐ連れてくれば、まだ間に合う!』



―――!



「アディスさ…どこ行くんですか!? アディスさぁぁーーーーんッ!!」





俺はそれ以上何も考えず、ライラルを飛び出した。







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      迷宮冒険録 〜二章〜
     『呪いのカチューシャ3』
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『ねぇ父さん、母さん、僕も行くよ!』



……これは、夢……?




『ダメだ。お前は家に残りなさい』

『どうして! 僕だって戦えるよ! もう守護者なんだよ!?』




違う…昔の…記憶だ……




『守護者を軽々しく名乗るんじゃないッ!!』

『っ!?』




父さん、…僕は……




『お前は守護者の何たるかをまだ理解していない。そんな奴を戦場へ連れて行けるものか!』

『……う、うぅうう……うわあああああッ!! 父さんの馬鹿っ!!
 馬鹿馬鹿馬鹿っ!! うああっぁぁああああぁぁぁっ!!』




馬鹿だったのは、僕のほうなのに…



まだ謝ってないんだよ?



如何して、如何して帰ってきてくれなかったの……?






謝りたいよ……お願いだから、





誰か…もう一度、あの時へ僕を連れて行って…







……






(ここは何処だろう)



暗くて、冷たくて、不安が掻き立てられる…。



(これは、悪夢…?)



それとも、走馬灯?

わからないが、考える気力すら徐々に消えていくのがわかる。

……あぁ、一体、何がどうなって、いるのだろう……




…………







守護者一族の末裔、ミレーユ。
皆は、僕の事をそう呼ぶ。

僕の一族は、数年前の戦で皆死んでしまった。
何のための争いだったのか、子供だった僕には解らないけれど、
その争いは、僕の一族だけじゃなくて、アディスの大切な者をも奪っていった。


僕はまだ、一族の誰にも『守護者』として認められていないのに。

僕は、独りになってしまった。

誰が僕を認めてくれるのかが解らなくて、ずっと不安だったんだ。



アディスは、僕の両親を庇うような事をよく言っていた。
昔の僕は、あの時僕を置き去りにした両親を憎んでいたから、
多分、戦いに身を投じていたアディスにとって、それは許せなかったんだと思う。

今の僕はもう両親を憎んではいない。
だから、アディスがたまに話してくれる両親の…一族の武勇伝は、
僕にとって掛け替えのない宝物。



最後の最期、敵の軍勢の用いた大量破壊攻撃を一族総出で防いで散っていった。
その攻撃を凌いでいる間に、こちらの工作員が敵の本拠地を襲撃、制圧し、
そして戦いは終わった、僕が知っているのは、それくらいのことだけど。


あの村のツボツボ一族が、どこの種族のガーディアンよりも勇敢だった事は、
それだけで十分理解できる。
その末裔である事を誇りに思える。


反面、だからこそ僕は守護者を名乗るのが辛い。


僕はまだ、一族の誰にも認められていないのだ。


解ってる。
認めて欲しくても、もう認めてくれるひとは誰も居ない。

だから、僕は自分の意思で守護者になると決めた。
それを認めてくれるアディスを、フライアを、そしてクリアを絶対に守っていくと。


決めたのに。
僕は、本当に守れているのだろうか?


アディスは、僕なんかよりずっと強くて、
フライアも他のイーブイには無い特殊な力が宿っていて、
クリアは言うまでも無く、多分僕たちの中では、実力は一番高い。


僕が守る余地が在る?
なんて訊いたら、きっとアディスは笑うだろう。
『この4人が連携すれば、誰にだって勝てる。ひとりでも欠けたら、ダメなんだ』と。

驕りじゃなくて、アディスなら絶対にそう言うに決まってる。
でも、でも……

フェルエルとの戦いの時、皆を守ったのは誰?
一番最初に倒されてしまったのが、一番守るべき者だったのに、僕は一体何をしてた?


フェルエルの底知れない強さに、ただ動転していただけじゃないか。




こんなはずじゃ無かったのに。













力が欲しい……戦う力が。









うぅん、本当は、持ってる。






でも、それは、捨て去るべき力。





その力の所為で、僕は結局、誰にも認められはしなかったのだから。










…………











「ん……あれ……?」


「み、ミレーユ…?」


一体、何を考えていたんだっけ。
突然思考が引き裂かれて、次の瞬間には、…あぁそうか、夢を、見ていたんだろう。

何時もこんな感じだったっけ。
夢を見ていたはずなんだけど、何の夢だったか思い出せない。
それに、よく似た感覚。

「って、ど、如何したのみんな…?」
「ぅぅぅ…うわあああああああん! ミレーユさんっ、ううぅああああっ!!」
「わぁあっ?! ちょ、ちょっとフライア!?」

周囲の反応が理解できない。
まるで死人が蘇ったみたいじゃない。
クリアさんも、泣いてる?



スタスタ、ぺチンっ!


「いたっ!?」

「ったく、心配かけさせやがってよ……」

「あ、アディス…悪いけど、事情の説明をして欲しいんだけど…」

「あ? ……………。…やなこった」

「え?」


アディスの表情が一瞬で強張り、次の瞬間には顔を背けてどこかへ行ってしまう。
フライアはしがみ付いたまま離れないし、多分今は何を言ってもダメだろう。
肝心のクリアは……


「クリアさん…これ、どういうドッキリですか…?」

「ドッキリって……ミレーユ君…
 あれだけ心配させておいて、そういう事言っちゃうわけぇ?」

「いや、あの、全然わけが解らないんだけど…」


周囲には、おおーとか奇跡じゃーとか言ってるお年寄りが沢山居るし、
何か良く見たら周りに数珠とか水晶とか蝋燭が落ちてるし……。


アレ?
僕、昨日何処で寝ていたんだっけ?
何でこんな、何か死体でも乗せるような台の上で、蝋燭に囲まれているの…?


あ、あと今気付いたけど、取れなかったカチューシャも破れて落ちてる。



「ミレーユさん、死んじゃってたんですよぉ…ぐすっ、もう、ダメだって…うぅ…」



………え?

全身の血が凍りつくような事を、フライアが泣きながら言う。


「ぐすっ…それで、その…呪いの所為だって…ぐすっ……みんなで……」



『呪いのカチューシャ』。
そういえば、アディスが呪われてるとか言ってたけど、
まさか僕はその呪いで本当に死んでいたと?

じゃあ、あぁ、思い出した。
さっきの夢。
あれ、夢じゃなくて、あの…俗に言う、走馬灯…?

もしかしてもう少しあっちに居たら、一族の皆が川の向こうで僕を迎えてくれてた…?




考えれば考えるほど血の気が引いていくのが解った。

だって、だってあの時の感情は今はもう思い出せる。



多分、一族のみんなが僕を呼んでいたら、
多分、僕は喜び勇んで川を泳いで渡ったかも知れないんだから。


あっっっぶねぇーーーーっ!?
ギリギリセーフ! みんなありがとう! いやマジで!




時計の針は午後4時を回っていた。
半日以上眠っていたようだ。
それとも、死後硬直でも始まっていたのだろうか?
体の節々が痛い。
だけど、その痛みが生を実感させてくれる。


「アディス君がね、ここから数十キロも離れた村に居るって言う噂の解呪師を
 ほんの数時間で連れてきたんだよ? あの時のアディス君は凄かったんだから」

「アディスが…?」


クリアがやや涙目で微笑んで言う。
あの時のアディスには、不可能を可能にする奇跡の力が宿っていたんじゃないかって。


と、


――スパァーーン!


突然戻ってきたアディスが、クリアの頭をスリッパで引っぱたいた。


「お前なんか結局気が動転してぶっ倒れてただけじゃねぇか。肝心な時に」
「うぁう……そ、それはほら、ビックリしちゃって…あはは」


釣られて僕も笑った。


アディスには不可能を可能にする奇跡の力は無いだろうけど。
でも、仲間を守ろうとする時のアディスは、きっと何だってやってしまうんだ。


(その力は、きっと誰もが持ってる)


仲間のために、本当の『本気』になった時、
それは奇跡じゃなくて、必然の力へと変わるんだ。




そう、僕の中の、あんな力よりも、それはずっと強くて、逞しいはずなんだ――







…………






後日談である。
僕に付けられたあのカチューシャは、かなりの曰くつきのシロモノだったらしいのだが、
何かの手違いで店先に並んでしまい、それをたまたまアディスが買っていったらしい。



――どこぞのメイドマニアの男がコレクションのために衣装を集めていたのだが、
ある日そんな自分に嫌気が差して、メイド衣装を身に纏ったまま自害したとか。

そして、それ以後その衣装には男の呪いがかけられ、
それを身につけると最期、激しい自己嫌悪や疎外感に苛まされながら死に至る…とか。



あぁ、その通りでした。恐るべしメイドマニアの呪い。



ちなみに、カチューシャ以外の衣装にも、当然の如く呪いがかけられているそうだ。
もしかしたら、あの店のショーウィンドウに飾ってあるアレも……





なんてね。






アレ?
迷宮冒険録って、こんなシメで良かったっけ?






つづく 
  


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