――迷宮冒険録 第三十八話





「―――な…ッ」



突如として飛び込んできたその影は、
俺がどう足掻いても動かせなかったヒードランを軽々と跳ね飛ばし、


「アディスさんから離れろ……」


次の瞬間には、数メートルは離れた壁にヒードランを吹き飛ばしていた。


「ぐ、……何なんですの……貴女、その力は一体なんなんですのッ!?」


やっと身体の自由を取り戻したヒードランは、ヒスのように喚き散らした。
一体、何なんだその力は、―――それは、俺もずっと知りたいと思っていた。


「私、逃げないって誓ったじゃないですか。もっと頼ってくれてもいいんですよ」

「……それじゃ本末転倒じゃねぇか」

「あはは……そうですね、何言ってるんでしょうね私は」


俺は起き上がり、その後姿に言ってやる。
突然の乱入者は、俺の言葉に思わず苦笑いをしてから、
決してヒードランから目を逸らすことなく数歩下がって俺の隣に並んだ。


「でも、何時までも守られてるばっかりじゃダメだって思ってるんですよ、私」

「そうか。それじゃあ、初のツートップと洒落込むか、フライア!」

「はい!」



淡いが、確かな輝きを纏うフライアは、
俺の隣で力強く頷いた。



ミレーユは下がる。
この旅の中で、最初の俺とフライアのコンビネーションだった。







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      迷宮冒険録 〜二章〜
      『灼熱の紡ぎ手2』
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熱気の鬱陶しさはもう忘れた。
今は一分一秒も早く目の前の敵を倒して、クリアを外へ連れ出すのが最優先事項。
それ以外の全ての思考は滅却する。

敵を倒すために全神経を研ぎ澄ませ。
敵の行動、特技から最善の攻撃をシミュレート。

この敵に小技は通用しない。
小さなダメージはこの熱気で直ぐに回復されてしまう。

どうする?
必要なのは、大技を叩き込むこと。
フライアは水タイプ技が使えるが、『専門』ではない。
決定打に欠ける。

ならばどうする?
如何すれば決定的な一撃が与えられる?
フライアの攻撃を強化?
俺が咄嗟に奥義に目覚める? 在り得ない在り得ない、甘えを捨てろアディス。

冷酷に残酷に、最善手を突き詰めろ。
どんな手段でもいい、例えばあの鋼の身体を真っ二つにする方法は在るのか?



――違う!



冷静に冷酷に残酷に、それでいて柔軟に考えろ、固執するなアディス!
何もコイツを倒す事が全てじゃない。
今は逃げて、有利な状況下にコイツを誘い出して戦ってもいいはずだ。

どうやって足止めする?
出口への道はコイツが塞いでいる。
戦ってる間に入れ替わる事もあるだろうが、
クリアを抱えて逃げるにはヒードランは速すぎる。

フライアの黒い眼差しは?
あれで止められるのは一瞬だけだ。
アクアリングの防壁無しではミレーユはヒードランを絡み取れない。

そういえばクリアがアクアリングを凍結させる技を使っていたな。
フライアは全進化後の技が使える、劣化版とは言え出来ない事も無い。

ここを丸々全部水で埋め尽くして、丸ごと凍結させれば…?
フライアにそれが出来る?
ここを埋め尽くすほどの水を召喚する時間は?



……ピコーン。




俺様閃き。
エフェクトが古いが、気にしない。
電球が頭の上に出たっていいじゃないか。 

兎も角、一つだけ名案が浮かんだぜ。
さっきのフライアのあのサイコキネシスと、
俺流必殺技を組み合わせれば、あの硬い山の精もどきに強烈な一撃を与えられる!
 



安心しろ居候、お前に無駄な力は使わせないでこの場を凌いでやるぜ。

見てろ俺流ファンタスティック劇場!





………





ヒードランに向かって、俺とフライアは同時に走り出す。
再び攻守が逆転した事に気付いたヒードランは、
それでも余裕を見せ付けるかのように防御姿勢でその場に留まる。

ヒードランの間合いギリギリで二手に分かれ、挟み撃ちの形になると、
流石のヒードランも状況の不利を理解して跳躍し、天井に張り付いた。
まだ、攻撃は仕掛けない。
兎に角ヒードランの隙を作り、
その間にこの不親切なサウナ室から逃げ出す事が今回の勝利条件。



「ちょこまかと。攪乱作戦ってワケ?」

「解ってるじゃねぇか。その通りですが何か!?」


天井にくっついて動かないヒードランが叫ぶので、俺も同じくらいに叫び返す。
攪乱されていると解っている相手を攪乱するのは、難しい事じゃない。
どうせ攪乱なんて、仕掛ける側の作戦が成功すれば回避不能なのだから。


「知恵比べだぜ、このIQ5000の天才アディス様を敵に回したことを後悔しなッ!」

「ふん、ワタクシに頭脳戦だなんて。いい度胸ですわ!!」





「アディス君…IQ5000とか…ありえない……」

気絶しながらツッコミを入れるクリア。律儀なヤツめ。



――ヒードランが落ちてくる。
攪乱されるのが解ってるなら、それを防ぐために取るべき行動は一つ。

攪乱される前に、敵を倒しにかかる事。
再び攻守が逆転すれば、相手も攪乱を狙う暇など無くなるからだ。

だからこそ、そう出てくるのも計算通り。
俺からしてみれば、ヒードランは既に思考を誘導されている。
当人は気付かないだろうが、ここまでは俺の筋書き通りなのだ。


―――。


フライアへアイコンタクト。
ヒードランが攻めに回った場合、狙われるのは当然俺ではなくフライアだろう。
決して平均以下ではないが、フライアはそれほどすばしっこくは無い。
俺を先に狙うよりも、時間的に早くケリを付ける事が出来る。
厄介な特殊能力を持つほうを先に倒すメリットも大きい。

だからこそ、その通りにヒードランが動いてくれると、
ますますこの先への確信が持ててくる。
この先も、きっと思い通りに動いてくれる――その確信が!


「先ずはアンタよッ!!」


ヒードランがフライアへと飛び掛る!

フライアは既にそれを予測していたので、逃げる事はせずに受けの構えを取っていた。

だが、それは傍から見れば受けの姿勢であっただけで、
フライアにとっては精一杯の『攻撃』の姿勢なのだ!



「――サイコキネシスッ!」


念動力がヒードランに絡みつき、その動きを―――止めるには至らない!
フライアがエスパー技を使うことを知っていたヒードランは、
サイコキネシスの束縛力を計算して、それを上回る力で突撃していたのだ!

少しもその速度を落とす事無く、ヒードランがフライアに襲い掛かる!








その瞬間、ヒードランは突然進路を変えて、フライアの横を物凄い勢いで吹っ飛んでいった。





「ふふふ、見たか俺流スパークリングキック!」





フライアのサイコキネシスはヒードランを確かに捕えたが、別に束縛はしていない。
それはヒードランの油断を誘うための、布石。
それはヒードランをこうしてぶっ飛ばすための―――


サイコキネシスを破られたフリをして、
最初からそのエネルギーはヒードランの周囲で『待機』していたのだ。



そして、ヒードランが自身の攻撃の成功を確信したその瞬間、俺は真横からヒードランを思い切り蹴り飛ばし、
フライアのサイコキネシスもまた同じ方向から奴を襲う――不意打ち二重攻撃に、ヒードランの表情が歪む!

直進する物体の軌道を僅かに逸らすだけの事に、それほど大量のエネルギーは必要ない。
だからサイコキネシスで跳ね返すのではなく、横へ吹き飛ばす!
そして俺もまた、フライアへと襲い掛かる奴の横っ腹に蹴りを加える!

どんな頑強な奴でも、こんな一撃を貰えば確実に吹き飛ぶ―――そんな容赦のカケラも無い攻撃を叩き込む!


不意打ちに二度目は無い。
この一撃でヒードランを思い切りぶっ飛ばして、その隙にここを出ることが最重要だから――


「今だ! 走れっ!!」


ヒードランが壁に激突して、
そのまま岩の中へと突っ込んでいくのを見送る事無く、俺たちは即座に走り出した。


攪乱はちゃんと成功していた。
ヒードランは俺とフライアに意識を向けていたから、
既にミレーユがクリアを連れて逃げ出す事に成功していたのだ。

後を追って、俺とフライアが走る。
あの程度でヒードランが倒せるなら、クリアが最初にあっさり倒していただろう。
だから、兎に角走る。
ヒードランは必ず追いかけてくる――その時、今度こそ決着だ。
こんな暑苦しい場所じゃなくて、ちゃんと適した場所でなら俺たちもまともに戦える。



灼熱地帯を抜け、俺たちは寒さ厳しい洞窟の入り口付近へと駆け抜けていった。








…………









「……何をしている『女帝』」
「む…『紫電』…」


何とか壁から這い出したヒードランが最初に見つけたのは、
何時からそこに居たのか知れない一匹のゴーストタイプだった。

――『ロトム』と呼ばれる、人間の世界では電化製品を荒らす騒霊のポケモンである。

ヒードランは表情を真剣なものに変え、ロトムを見つめる。
少しの間の後、ロトムは洞窟の奥へと消えていった。
それだけのやり取りだったが、ヒードランは理解する。

「いよいよ、計画は次の段階へ進むのね」

アディスたちを追う事すら忘れ、
ヒードランもまた洞窟の奥へと消えていくのだった。






…………





「来ねぇじゃねぇかッ!! 何やってんだアイツ!!」
「お、落ち着きなよアディス…」
「コレが落ち着いていられるかー! 勝ってたね! このまま戦い続ければ俺は勝ってたさ!」

負けるのが怖くて逃げ出したかバカヤロウーーー!

有りっ丈の声を出して、俺は洞窟の外で叫んだ。
何時まで待っても出てこないヒードランに俺の怒りと不満は最高潮、
そろそろ戦いの緊張感すら忘れて寒さが身に染みてきやがった。

「ぅぅぅぅう…くそっ、もう行くぞ! あんな奴知るかッ」

「あ! 待ってよアディスーっ!」

ズカズカとまた山登りを開始する俺。
このやり場の無い怒りをとりあえず行動の原動力にでもしてないと、
どうにも腹の虫が収まらん。

いや、そりゃあ全員が無事に出れたし、勝利条件は満たしたが…


「これじゃまるで逃げたみたいじゃねぇか…」
「逃げたじゃない」
「逃げましたよ」
「逃げたねぇ」


口々に逃げた逃げたと連呼する仲間たち。
コノヤロウ、俺の心の傷にハバネロ塗りたくってナニが楽しいか。

……まぁ、逃げたってのは自覚してるさ。
あのまま戦ってたら、仮に勝ったとしても誰かが犠牲になってたかもしれない。
そんな結末は誰も望んじゃいない。
例え世界が歴史をそう決めていたとしても、俺は絶対に認めない。

今は退いて、正解。
次は必ず勝つ、だからこの勝負はお預けだ。


「一矢報いてやったし、きっと向こうも悔しがってるだろうな」
「そうですよアディスさん。でも、出来れば二度と会いたくは無いですけどね…」


そう言えばノリで次は勝つとか言ったが、多分こんな寒い山には二度と来ないだろう。
って事は、再戦はそもそも在り得ないのか?
…そう考えると、何だか物凄く惜しい事をしたような。


『喧嘩マニアめ。尤も、俺の知る限りではお前はここでは死なないから文句は言わないが』


死なないのかよ。
うわぁ、ますます惜しい事をした。
でもアレだ、もう今から戻るのが面倒くさい。


「冬場に山登りなんかするもんじゃないな…」


何時の間にか降り始めた雪を頬で感じて、俺はそう呟くのだった。







つづく


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