――迷宮冒険録 第三十五話





俺の名はアディス。新米冒険家だ。



趣味や特技は至って健全な必殺技開発。健全か? 健全だよな、割と。


守備範囲は同い年から俺よりやや年上までと、至ってノーマルな少年だ。
だからツレのクリアは(多分)守備範囲外だし、
男に興味は無いからミレーユにも家族以上の感情は持たない。

フライアは…まぁそれはいいとして、如何してこんな事を言うかというとだ。


「アディスぅ〜〜〜……」



メイドさんのカチューシャを付けているミレーユが激しく俺を睨んでいるが、
別にアレは俺の趣味でやったんじゃないぞ、罰ゲームみたいなもんだ、って事だ。

その辺、誤解しないで欲しい。



「そんな保身如何でもいいでしょーーーっ!?」




ミレーユのカチューシャがどうやら呪われていたそうで、
外せなくなって困っていますと言うお話。










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      迷宮冒険録 〜二章〜
     『呪いのカチューシャ2』
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「馬鹿言っちゃいけません、いいですか? この世に呪いなんて存在しないのです!
 絶対! 無限大! 間違いなし!」

「アディスさん、そのキャラは作品が違います…」


どこかの界の狭間に居る犬のモノマネをする俺に華麗にツッコむフライア。
なかなかツッコミが上達したじゃないか、それはさて置き。

自分で呪われてるとか言っちゃったわけだが、
よくよく考えたら呪いなんて在る訳ないじゃないか。
なんたってオバケや幽霊なんか居るわけ無いんだからな、はっはっは。

「ゴホン、兎に角ミレーユ。そのうち取れるから心配するな」
「ぅぅううぅぅぅうぅ……」

ミレーユの背中、と言うか殻をバシバシと叩いて笑う俺を、
ミレーユは最後まで不満げな表情でジト見していた。

…とは言え、確かに付けっぱなしと言うのも可哀想だ。
よく似合っているが、公私混同はいけないよな。
よし、決めた。次の目的地は、ずばり『解呪してくれる奴を探す』だ!

と、クリアがその表情から笑みを消して俺にだけ聴こえるように呟いた。

「エラルドは?」
「エラルドって解呪とか出来るか?」
「多分無理…」

クリアはガックリと肩を落とす。
心配するな。エラルドを探す過程に解呪師を探すだけだ。
目指す目的地は変わらんさ。

「…そっ、ならいいけど♪」

クリアのご機嫌回復。
何時から俺の役割はパーティのご機嫌取りに変わったんだ。

嫌だそんなシミュレーションゲームの主人公みたいな立ち位置。





…………





「『おいでませ山村ライラルへ』だってさ」


ミレーユが立て看板を読み上げる。

すっかり日も暮れてしまった頃、俺たちはそんな場所に辿り着いていた。
地図で確認してみると、
バリンを真っ直ぐ北上したところに『Rilal(ライラル)』と言う地名がある。
どうやら無事に北上していたらしい。



そこは長閑な村で、ゆっくりと休むには都合が良さそうではあったのだが、



『閉館』



この村唯一っぽい宿屋の扉にそんな張り紙があるのを見つけた俺たちは、
思わずその場に荷物を落とすのだった。


「…今日も野宿ですか…」


悲しい事を悲しい声で言うフライア。
やめろ! そんなこと言うな! 野宿は素晴らしいじゃないか色々と!
必死に自分を奮い立たせて、
野宿への覚悟を決めようとする俺の後ろでミレーユが溜息をつく。

その瞬間、折れかかっていた俺の心は鈍い音を立てて折れた。


「……決めた」


そう呟く俺を、ツレは不思議な顔で見つめている。
多分、俺が何を決めたのかを理解しかねているのだろう。

そのためと言うわけではないが、俺はさらに言葉を続ける。


「『冒険家があなたの家にやってきた』作戦で行こう」

「えぇとつまり、『今晩泊めて貰えませんか?』作戦だね…?」


クリアは一瞬で作戦を理解したらしく、確認するように訊ねてきた。
俺はコクリと頷いて、握り拳を作ってさらに続ける。


「そんな感じだ。大丈夫、ミレーユが迫真の演技をすればきっと巧く行く」


俺がバッと振り返りミレーユの方を見ると、
クリアとフライアも釣られて振り返った。
ミレーユは、『何故そこで自分が出てきますか』みたいな顔をしていたが、
直ぐに俺の真意を理解して逃げ出そうとする。

――が、俺は逃がさない。



「いいいいっ、いやだーーーー! 僕にそんな趣味はないーーーっ!!」
「趣味とか関係あるかッ! 俺たちの大切な安眠が懸かってるんだぞ!?」
「だったらフライアでもクリアでもいいじゃない! なんで僕なのさあーー!」
「それは…」


俺は振り返り、クリアとフライアの方を見る。
どうやら、女性陣は同じ事を考えていたようだ。


「満場一致で『そのほうが面白いから』だそうだ」


「いやぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー……」











割愛。








俺たちは村人の快諾を得て、閉館したはずの宿屋を貸してもらえることになった。
その間にどんな交渉があったかは、ご想像に任せるとして。

…ミレーユ、今度好きなもん奢ってやるからな。



ごく最近閉館したらしく、宿屋の中身はまだ生きていた。
露天風呂に入れるとは思わなかったぜ、
風呂上りには村人から譲り受けたモーモーミルクが美味い!



女湯に連れて行かれたミレーユの安否(と殻の中身)が気になるが、
今はそっとしておいてやるのが俺流の優しさだぜ。


「俺流デンプシースマッシュッ!!」


――カコォーーン!


「甘いよぉ! それッ!!」

「ぬおぅ!?」


――スパコォーーン!!



温泉の後はお約束の卓球大会。
何やってんだ俺たち。まぁ楽しいからいいか。
って言うかクリア強ぇぇぇぇーーーッ!


「私は何やらせても強いよぉー? んふふふふふっ」

「も、もう一回だ! 俺が勝つまで今夜は寝させないぜ!」

「大胆な事いうねぇ! いいよ、トコトン遊んであげる!」


再び卓球台に向かう俺とクリア。
マジで勝つまでやるからな。


――パカァーン


一方、未だにカチューシャ付けっぱなしのミレーユはと言うと、
窓の縁に座り込んで夜風に吹かれながらウトウトしていた。
…お疲れ。色々と。


――パコォーン


フライアは村人から貰ったコーヒーを飲んでいる。
似合わない…なんて似合わないんだ…、もはや可哀想だ。


――スパァーン



「むぅ、コーヒー美味しいじゃないですか」
「味覚ばっかりはオトナだねぇ」


――ぺポーン


「そこで何故俺を見るんだ、クリア」



――コスン



あ、やべぇシケた。



「何でかなぁ? あっはははは! 隙在りッ!」



――バギャァッ!!


クリアの放ったスマッシュが、俺のラケットを貫いていく。
ちょっと待て、『バギャァ』は卓球の音じゃ無いぞ…!
いや、効果音については『ぺポーン』の時点でツッコもうとは思っていたが。


無残に砕け散ったピンポン球と、
ドテッ腹に風穴開けられて向こう側からヒューヒューと風が抜けているラケット。

お、俺は、卓球をする心算で、『試合』と『死合』を間違えたのかも知れない…。


「まだやるぅ? んふふふ…」
「……い、いや、もう勘弁してください…」


突然敬語になる俺。よ、弱ぇー…。










そして、例によって消灯は俺の役目。
俺たちは宿屋を1件貸しきってるので、
大広間を襖で仕切って個別で眠りに付く事にした。
だから、電気は1箇所消せばそれで真っ暗と言う部屋である。


「おやすみなさい…」

「おやすみぃー」


フライアとクリアが口々に言うが、ミレーユは続かない。

ミレーユは何時の間にか卓球場で眠っていたので、
仕方なく俺がここまで負ぶって来てやったのだ。
だから、既に眠っているミレーユはお馴染みの挨拶には参加しない。

朝起きたら周りに誰もいなくて驚いたりするだろうか?
それはそれで面白そうだけどな。


「おう、オヤスミ」


俺は電気のスイッチがある場所に布団を陣取って、
電気を切ってから寝に入るのだった。



この時はまだ、俺は異変には気付きはしなかった。
だが、もし気付いていたとして、この時の俺に何が出来たと言うのか?

解らない。
ただ、この時俺が思っていた以上に、この呪いは深刻なものだったのは言うまでも無い。





………





ミレーユにカチューシャが乗っかって2日目の朝。
久々によく眠っていた俺は、フライアに起こされる。
よかった、クリアじゃなくて。
アイツだったらモーニングサービスと称してメロメロを仕掛けてくるに違いない。

メロメロは怖い。
何が怖いかって、自分が自分で無くなって身体の自由が皆無になってしまうのに、恐怖を感じるなと言う方がどうかしてる。


「クリアさんはミレーユさんを起こしに行ってますよ」

襖で区切っているから、殆ど個室のようなものである。
クリアの姿は、俺の居る場所からは見えない。

「ん、いいニオイだな。朝食はもう出来てるのか」
「はい、クリアさんが作ってくれましたよ、美味しかったです♪」

満面の笑みでそう感想を漏らすフライア。
何だ、じゃあ食べてないのは俺とミレーユだけか。
一体どんだけ寝てたんだ俺は。

時計を見てみる。
朝の7時。
早くも無ければ遅くもない、いい時間じゃないか。
普段から早起きな生活していたが、それを踏まえるとちょっと寝坊だな。
久々の暖かい布団の魔力、恐るべし。


「よっし、俺もメシにすっかな」


クリアの甲斐性には頭が下がるな。
ここは素直に感謝しておくとして、俺は食堂へと足を運ぶ。


――食堂。

うーん、しかしコレはもしかしてハムエッグ?
どこからそんな材料持ってきたのやら。
しかも、何だか妙に賑やかだし…。


「クリアさんがご馳走作るって、村人を集めたんですよ。
 その時に、色々と材料を分けてもらったんです」

「ギブアンドテイクって事でいいのかね、それ…」

「良いんじゃないですか? それに、クリアさんも自分で材料集めていたみたいですし」


何時の間に。
本当に頭が下がるな。





食堂には、数少ない村人が集まってクリアの手料理を貪っていた。
嫁に欲しいとか言ってるが、残念だったな。うちのホープは手放さないぜ。
って言うか爺さん、アンタとは年齢が釣り合わねぇよ。

「アディスさんの分ですよ」
「お、サンクス」

フライアが持ってきてくれたのは、俺の読み通りのハムエッグだった。
ブラボー、おおブラボー。ディ・モールト、グッド! 非常にべネ!

クリアの料理を村人以上の速度で貪る俺。
うん、何だろうなこの優越感は。
見たか、コレが我々の戦力だ! って感じか。

「それにしても、クリアさん遅いですねぇ」
「まさかミレーユでよからぬ事を?」
「よ、よよ!? な、何言ってるんですかアディスさん!!」

――ドベシッ!

「ゴふっ!? 〜〜〜ッ!! んぐぐあqwせdrftgyふじこlp…ッ…!」
「あっ、あわわわわわ! すすすみません! はい水っ!」
「ん、ん、………ぶはぁ……し、死ぬかと思った…何しやがるフライア…」
「あ、あう…ごごごめんなさい……」

冗談をどう間に受けたのかは知らないが(予想に難くないが)、
一瞬で赤面した挙句に俺の首の付け根を的確に攻撃したフライア。

威力が伴っていたら、気絶させられていたかもしれない…。
フライア、恐ろしい子。








ドタドタ…と言うか、バタバタと廊下を何かが這ってくる音が聞こえた。
多分クリアだろう、噂をすれば何とやらだ。
しかし、ミロカロスが木造建築の廊下を走る音って不気味だな。

なんて下らない事を考え始めるのと同時に、クリアが食堂へと入ってきた。

俺はとりあえず料理の礼でも言おうと思ったのだが、
クリアの表情を見て一瞬でそんな気は失せた。


「アディス君……ッ……ミレーユ君が………っ」


クリアは何とか言葉を選ぼうとして、
ただ一言、それだけを言い放って、ただその場に立ち尽くした―――







つづく 
  


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