――迷宮冒険録 第三十三話




覚えている?

あなたの生まれた世界を。


覚えている?

あなたに待ち受けた運命を。


覚えている?

あなたの望む未来を。




運命の歯車から外れたのに

誰よりも自由の身になることが出来たのに

あなたは再びそこへ帰ろうとしている

試す側から

試される側へ戻ろうとしている




超界者よ

あなたがそれを望むなら

私はこの世界へあなたを導きましょう





道化よ踊れ




舞台はこちら




一際異質なこの世界




探し物は見つかるかしら?








道化よ踊れ






その命、燃え尽きるまで――












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      迷宮冒険録 〜二章〜
     『かくて物語は動き出す』
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『―――っ!!』


暗い精神の世界で、俺は全身が跳ね上がるかのような起き方をした。
眠っていたらしい。
こんな姿でも、一応退屈なときは眠って過ごす事も少なくない。
腹が減る事は無いが、『魂』に休息は必要だからだ。

削れ逝くだけのこの身も、休息でほんの僅かに回復できる。
干上がりそうな湖に、コップ一杯の水を足す程度の事だけれど、
それでも眠って『魂』を休めないと、いずれは砕けてしまうから。

――だが、夢を見るなど初めてのことだった。
言った通り、俺にとっての睡眠は『魂の休息』。
生き物が眠り、『脳』と『身体』を癒すのとは違う。
だから、俺は眠っても夢など見ないはずなのだ。

つまり、この夢は何者かの『干渉』。
誰かが、俺に何かを伝えようとしていた。
超界者――平行世界の旅人である俺だから解る。
それは多分、この世界に俺を導いてくれた、光の持ち主。


『解ってるさ。これが最後の世界。
 俺が俺としてでなく、ミカルゲとして朽ちるのか否かが試される世界』


様々な世界を旅して。
知ってしまった絶対の未来。

アディスはフライアを守れない事。
アディスに架せられた死の運命。
フライアに架せられた冷酷な運命。
少なくとも、今まで見てきた世界では必ず実現してしまう未来。


だが、自分と言う超存在が居れば回避できるのではないか。
今まで俺は、この力をアディスのためには使わなかった。
アディスにはアディスの運命があるから、
邪魔をしてはいけない――そんな生真面目な事は考えもしなかったが、
俺はアディスの中に居る間、ずっとミカルゲから開放される方法を模索していた。

この世界で初めて、俺はアディスに加担する。
俺がミカルゲから解放される可能性があるのは、この世界で最後。
だったら残された僅かな力を、アディスに少しでも長生きしてもらうために行使するのがいい。
アディスがどんな死に方をするのかは、大体わかっている。
だから、『その時』こそ、俺の力でアディスを守る。

それでも無論、無駄に力を使う心算など無い。
ただ、他の世界ではしなかったことをするだけの事だ。
少しでもアディスに長く生きてもらう、そのために口煩く文句を言い続けたり――
それだけの事で、アディスが未然に危機を防げるとは思ってはいないが、やれるだけの事はやったつもりだ。

―――その所為かどうかはわからない。
俺が文句を言い続けたから、そこに違和感を見出されたのだろうか?

この世界のアディスは、『俺の正体』に気付いた。

他のどのアディスも、『俺』と言う超存在には気付かなかったと言うのに――
なのに、コイツは気付いた。
そして、俺に協力するとまで言ってくれた。

俺とアディスの協力。
どんな世界でも起こり得なかった事が、この世界で起きている。

だから俺は言う。
ここは、狂っている、と。

そろそろ近い。
アディスの死が、足音を立てぬように近づいてくるが、
全てを見てきた俺にはバレバレだ。

死神が鎌を振り上げる、その時こそ勝負の時。
この世界は狂っているが、大まかなシナリオは一致している。


フライアと出会い、ミレーユを引き連れ旅に出る。


クリアと出会うこと、『種』と言う組織との邂逅は今までとは違った展開だが、
他の世界でも得体の知れない組織に狙われていた。
それが辻褄合わせとして『種』に代わったのなら、特に懸念する事はない。


他の世界では、追手に囲まれたアディスがフライアを逃がして一人で戦い、
最後に崖から転落して死を迎えるのが通例だ。

確か、ごく稀に冒険の途中で事故死なんてのもあったっけ。
気をつけてくれよ、頼むから。
でも、それでも転落死と言うのはキレイに一致している。
恐るべし世界の強制力。その辺は素直に感心する。



種に於いて、今のところフライアを追う全ての責任を持っているのが、
フリードと言う名のガブリアス。
コイツは、他の世界でもアディスと出会っていた。
ある時は敵、ある時は味方。
どちらに居るときもひと癖もふた癖もある忘れられない奴だった気がする。
この世界のコイツは、果たしてどっちになるんだろうな。

この柔軟で不確定な運命を背負うのは、奴が『名前持ち』だからだ。
特殊な運命を背負いやすいってのは、複数の重大な可能性を多く持っていると言う事。
コイツとアディスの関係で言えば、敵か味方かと言う対極の可能性。
それは他の名前持ちも同じで、あのブラッキーもそうだ。
ブラッキーの立場は、どの世界でも変わらずフォルクローレの大将だけどな。

だが、フリードとブラッキー以外は、今回が初めての登場だ。
他の世界でも居たのだろうが、こうして直接会うのは初めてだ。

これも何かの伏線なのだろうか?
それとも、他の…俺の知らない世界では、彼らはアディスと出会っていたのだろうか?

…もしこの世界で俺が解放されたら、 その時は彼らの過去を探ってみよう。
こうして同じ舞台に立ってみて初めて、俺は少しだけ役者に興味を持った。

道化の俺に役は無いが、彼らは立派な役者。
俺の様な引き立て役などと比べるのは、失礼極まりない。
この狂った世界、願わくば彼らの幸せも願ってやりたいところではあるが。


近い。
そろそろ、運命の時。







アディスだけは、絶対に死なせてなるものか――









……………










「役者は揃ったわ」

立てかけられた写真に、女性の声が問いかける。
声の主は、『種』の追う『クレセリア』その者だった。

そして、写真に映し出されているのは、今はもう居ない『ミュウ』―――


「皮肉なものね。世界が狂うことを、本当は望んでいたのに…」


この世界のミュウは、狂った世界によって消されてしまった。
他の世界のミュウは、この世界には干渉しない。
彼らはそれぞれが超界者で在るが、
個々の使命を全うするために敢えてお互いに関わりを持たないのだ。


だからこの世界に残されたクレセリアは、
たったひとりでミュウの遺志を継ぐ事となった。

ミュウとクレセリアは、同じくこの世界の監視役であったが、それだけの関係では無い。
ふたりは、最も対極に位置する役割を与えられていて、最も近しい間柄であったのだ。

『使命』は、彼らのさらに上に位置する創造主から与えられる。
アルセウスと呼ばれる全ての世界を統括する絶対意思。
彼が眠り、夢を見る、その夢の一つ一つが、これらいくつもの世界なのだ。

創造主は目覚めない。
最上級の世界には何も無いから、こうして眠り夢を見ることで、
悪く言えば退屈しのぎをしているのだろう。

本当は、その行為は最も高貴なものなのだけれども。
その概念を理解しかねる最下級の世界に生きる者達には、
天地が引っ繰り返っても到底理解出来ないだろう。
だから、退屈しのぎと言う言葉で妥協するとして。

創造主の意思は、故に超界者の頭にダイレクトで届く。
アディスの中に居る中途半端な超界者には届かないが、
他の者には確かに届くのだ。

あの日あの時、ホウオウの夢の中に現れた『それ』もまた、
創造主の意思が届いた何よりの証明。
ホウオウに『超界者』の資質が芽生えた何よりの証。

クレセリアの役目は、乱数になる可能性のある者に名を与え、ルナティックに『変える』事。
その点で、『種』は誤解をしている事になる。

ミュウ以外の種は今、クレセリアが世界を乱すためにルナティックを増産しているのだと思っている。
だが、実際は完全な乱数に成長する前にルナティックに変えて種に見張らせる事で、
この世界に狂いが生じるのを未然に防ぐ役割を担っているのだ。
だから、クレセリアは乱数になっていない『候補』に関わる。

一方のミュウは、既に乱数になっている者に関わる。
神の座に、或いはそれに準ずる立場に就かせる事で、
深層心理でこの世界の秩序を守らねばと言う意識を植えつけるのだ。

騙しているといえばその通りだ。
しかしこうでもしなければ、 世界にはあのホウオウの様な世界の破滅を狙う者が次々と現れるようになってしまう。

それだけ、この世界に居るポケモンの数は膨大だと言う事。
彼ら超界者にしても、創造主がどんな夢を見るのかなんて把握する事は出来ない。


それが神の気紛れだと言うのなら―――その気紛れは一つの世界を生み出した。

それがこの、『狂った世界』だ。
その世界では、過去に例を見ない最悪な出来事が次々と起こっている――いや、
本当に最悪な出来事とは、この世界を消さなければならない事だろう。
それをしないだけ、この世界はまだまだ平穏なのだ。

―――ただし、しないのではなく既に『出来ない』のだが。

抹消の奇跡は、ミュウとクレセリアが居て完成する。
ミュウが消えたこの世界で、それが発動する事は二度と無い。
だから、ある意味でこれは最悪に部類する出来事だ。
――『ミュウ』の喪失と言うのは。

即ち、『種』と『クレセリア』の繋がりは絶たれたと言う事。
『種』はあくまでミュウの組織であったから、クレセリアに関与する余地は無い。
一方のミュウにしてみれば、クレセリアの存在は乱数を未然に止める秘密兵器。
世界の裏で暗躍させるために、秘密裏にしておくのが望ましかった。
だから、種の構成員ですらそのことは知らない――今回は、それが完全に裏目に出た事になる。

この世界で『ミュウ』が消えたことを知るのは、クレセリアを除くとホウオウとの戦いに参加した者達だけ。
他の者達は、そもそもこの世界がミュウに監視されていた事自体気付いていない有様だ。

一応ミュウの後継として、『種』には3匹の乱数が導かれた。
『ユクシー』、『アグノム』、『エムリット』である。
彼らが正常に機能する限りは、問題無い筈だった。



クレセリアは知っている。

今、種には彼らが居ない事を。



一体どこに行ってしまったのか、世界中を飛び回って必死に探したが、
結局何の手がかりも無いまま無為に時が過ぎる始末だった。


ミュウの後継である3匹の乱数の消滅。

種は、ミュウの後継が失踪していることは知らない。

そして、それに乗じて『何者か』が『種』を乗っ取って、良いように操作している。


クレセリアは思う。


後継は、その『何者か』に消されたのだと。
その何者かの手がかりを掴まない限り、この世界は得体の知れない組織に操作され、
一体どのようになってしまうのかすら解らないまま手遅れになってしまう可能性がある。

ミュウが居ない以上、動けるのは自分だけ。
だから、動く。
その所為で『種』に目を付けられ、誤解で生じた理由で追われる事になっても。



ミュウの残した種を操るなど、ミュウに対する侮辱にも程がある。





「必ず……犯人は見つけ出して始末する。……この手で」













かくて――――









この狂った世界を舞台に、予測不能な運命が動き出す―――







台本を持たぬ役者たちと






一匹の道化を乗せて








物語は動き出す…










つづく


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