――迷宮冒険録 第三十四話





「ん〜〜……」


「お、やっと起きやがったか」



落ちた意識が、朝の日差しと共に現実へと連れ出される。
ぼやけた視界に最初に映り込んだのは、
どこか逞しさを感じさせる何時もの微笑だった。



「……念のため訊くが、俺が誰だか覚えてるよな?」

「忘れるわけ無いじゃないですか、アディスさんっ」










**********************
      迷宮冒険録 〜二章〜
     『呪いのカチューシャ1』
**********************












診察を受けさせながら、俺は最後に起床したフライアに事の経緯を伝えた。
医師が俺の事を邪魔そうに見ていたが、そんな視線で俺がとめられると思うなよ。
俺を止めたかったら以下略。


「じゃあ、フェルエルさんに勝ったんですか!?」

「おう、俺を誰だと思っている!」
「世界最強の冒険家様(予定)、でしょ?」


俺の代わりに説明してくれるミレーユ。
ぐ、一字一句俺が言おうとした事と同じ事を先に言いやがって。



「その通り。ついでにフェルエルだけじゃなくてその後に来た種の連中もノしてやったぜ」

「そうなんだよ、あとで聞いて私もビックリしたんだから」



お茶を持ってクリアが戻ってくる。
どこから持ってきたんだと訊いたら、事も無げに医務室とか応えやがった。
それ、軽く窃盗だと思うぞ。


「ちゃんと許可取ったってば」
「ん、ならいいか。うん、……悪くないな」


こうしてクリアの淹れたお茶を飲むと、
昨日の1万5千ポケのお茶の凄さが身に染みて解る。

すまんクリア。
このお茶は確かに美味いんだが、
昨日飲んだ高級茶の所為で暫くお世辞しか言えそうに無いぜ。


「むむ。そのお茶は是非とも飲んでみたいね」

「冒険でひと稼ぎしたら飲ませてやるよ」

「やりぃっ、約束だよ?」


昨日の残りのオボンパイと一緒にお茶を飲むのはオツなものだ。
クリアは例の高級茶に興味があるらしく、
俺に奢ってもらうと言う約束を取り付けてすっかり満足そうだった。

よく考えたら俺よりクリアの方が金持ってるような。
……もしかして俺、カモられた?



俺の懸念をよそに、医師はフライアの検査を終えていた。


「うん、まぁ大丈夫でしょ。最近物騒になってきたから、注意しないとダメですよ」
「ありがとうございます」
「よし、診察料はいくらだ?」
「それなら、前にこの部屋に居たデリバードが全額払っていかれましたよ」
「………ほう」


やってくれるじゃないか、敵の治療費まで持ってくれるとは。
貸しを作るのはあまり気分のいいものではないが、
なんにせよコレで心置きなく出発できるな。


「アバヨ種のお二人さん」

「ぐ……覚えてやがれ…」
「………」

「お大事にね。エリオ、ラセッタ」


ぞろぞろと病室を後にする俺たち。
最後にクリアがそう言い残して、扉を閉めた。
次の目的地は特に決めてないから、
エラルドとやらを探しに救助隊本部のある方角を目指すとしよう。


「勿論、案内するのはお前の役目だぞ」
「私だってあんまり行った事は無いから、ちゃんと案内できるか解らないよ」
「アディスさん、あれ…」


病院の階段を下りて出口を目指しながらの会話に割り込んで、
フライアが指差した先には、あまり出くわしたくない顔があった。


「む。アディスか」
「げ、フェルエル…」


キノガッサのフェルエルは、一階のロビーでオレンジュースを飲んでいた。
なんて似合わない光景だろう。なんだよオレンジュースって。お前こそ緑茶を飲め。

「ふふ、好物なものでな」

フェルエルは残ったオレンジュースを一気飲みし、
空き缶を数メートルは離れたゴミ箱に投げ入れる。
器用なやつめ。そこで外さないところが、全てに於いてパーフェクト超人のコイツらしい。

「大丈夫ですよアディスさん、今は戦う気は無いみたいです」
「あぁ、そうみたいだな」

フライアがそう言うなら間違いないだろう。
フェルエルは俺の前にツカツカ歩いてくると、1枚の紙を突きつけてきた。

そこには、『解雇状』と書かれていた。


「任務をしくじったから仕事が無くなってしまった。責任取れアディス」
「知るかそんなもん」


即答バンザイ。
ジョークにしては質が悪いぞフェルエル。

「ふふふ」
「ははは」

「…ねぇ、このふたりってどういう関係なの…?」
「僕だって知らないよ…確か、前に一度戦って負けたとか言ってたけど…」
「因縁の関係なんですかね…」

黒く笑いあう俺たちの背後で、ツレの3匹はヒソヒソと会話をするのだった。








………








「私は一度故郷に帰る。また道場で一からやり直しだ」

「まだ強くなるってのか? 勘弁してくれよマジで」

「フン、私に言わせれば、如何見ても発展途上のお前が羨ましいぞ」



それは、俺がリオルだからか。
俺はまだ『波導』なんか使えないが、進化すれば今よりずっと強くなれる。
羨ましい、か。それはそうだろうな。
俺も、その日が待ち遠しくて仕方ない。




バリンの町の外で、俺たちはフェルエルを見送る。
アイツは故郷に帰るというから、迷いの森に入っていくのだろう。
ここでお別れだ。


「………」


フェルエルは振り返りもせず、ただ右手を上げて別れの挨拶とした。
アイツらしいと言えば、アイツらしいな。


「さて、俺たちも行くぞ」
「ガーディさんに挨拶しなくていいんですか?」
「大丈夫だろ。な、クリア?」
「うん、大丈夫だよ」
「そう言うもんなのかなぁ」
「そう言うもんなんだよ」

どう言うもんかは、言ってる俺にも良く解らんが。
まぁクリアが良いって言ってるんだし、多分良いんだろう。
ミレーユは最後まで首をかしげていたから、
俺はその頭にメイドのカチューシャを乗せてやる。

「な、何するんだよアディス!」
「くはははははっ!! にっ、似合う! 何だそれお前!?」
「ぷっ、あははははっ! 何やってるんですかアディスさん! あはははははっ!」
「可愛いよ〜ミレーユ君、じゃなくてミレーユちゃん? ふふっ」
「ひ、酷いよみんな〜っ!!」

どこで用意したのかって?
前に約束したっきり忘れてたから、昨日の臨時収入でちょっと。

「おい、それ外すなよ。見た目と裏腹に、
 『こんらん』を防げる(らしい)ありがたいカチューシャなんだからな」

「う、ううぅぅぅうぅぅうぅっ!! (らしい)って何さぁぁぁっ!」

外すに外せなくなるミレーユ。
う〜ん、男だって解ってるけど、アリだなぁコレ。

と、そんなミレーユはさて置き、
俺はバッグから取り出したリボンをフライアにつけてやった。
俺の神業スピードに、一瞬何をされたのか解っていないフライアのために、
それを察したクリアが手鏡を取り出してフライアに見せる。

つーか手鏡なんか持ってたのかこいつ。
道理で何時も無駄に美しいわけだ、納得だぜ。…ナンデヤネン。


「わっ、アディスさん、これって…」


フライアの両耳の横っちょに蝶の様に広がるリボンが風に靡くと、
僅かながら癒される感じの空気が流れてくる。
自然回復効果を持つリボンらしく、多分フライアに似合うだろうと用意したものだ。
ミレーユのカチューシャと一緒にな。

「ひ、酷い…酷いよアディス…」
「お前もリボンが良かったのか? いや、お前がそこまで言うなら俺も止めはしないが…」
「う、うわあああああああんっ!!」

大時化の海のように荒れ狂うミレーユ。
大丈夫、そのうち慣れてくるさ。多分。
で、次は…

「勿論私にもあるんだよねぇ? んふふふふっ」
「何でそんなに嬉しそうなんだクリア…在るには在るが」
「わぁ、何かな! 何かな!」

何でこんなにテンション高いんだこいつは。
お前がテンション上げて俺に突っかかってくると決まってフライアが不機嫌になるだろうが。

恐る恐るフライアの方へ目をやって見る。

「〜♪」

クリアから借りた手鏡の前でリボンをヒラヒラさせて小躍りしていた。セーフ!

俺は手早くバッグからスカーフを取り出した。
このスカーフは何だったかな、確か毒を防いでくれるありがたいスカーフだ。
桃色の子供っぽいそれをクリアに巻きつけてやる。
これで少しは美しさが曇るかと思ったが、
コノヤロウ、どんなアクセサリーも着こなしやがる。

…負けた。
完全に俺の負けだ。
ちくしょう、おれは、おれはぁー!


「ありがとう、アディス君♪」
「奥義影分身! その手は喰わんぞぉーッ!!」
「むぅ…素早くなったねぇアディス君…」

またご褒美のキスが飛んで来そうだったので、俺は影分身を使って回避する。
あぁ…また新しい技覚えちゃったよ。
なんなの? 俺って一体なんなの?



『……俺の分は在るのか?』



あるわけねぇだろ。









…………









バリンを離れ、さらに北を目指す。
ずーっと、果てしない距離を北上すると、そこに氷雪の霊峰があるらしい。
そこを経由して、どこぞの集落に居るはずのエラルドを探しに行くのだ。
今のところ旅のアテも無いし、こういう時は叶う望みから叶えるのが効率いいな。


「追手は来てるか?」
「ん……今は、誰も近くには居ないみたいです」
「そうか。じゃあこの辺で一旦休むか」


街道を逸れ、俺たちは木々の立ちこめる場所に腰を下ろした。
フライアの特技で周囲の安全を確認し、木の実を広げる。

街道は『氷雪の霊峰』には繋がっていない。
あのまま整備された道を通っても、
王家サイオルゲートの城があるデカイ町に着くだけだ。
周囲の様子からして、サイオルゲート家だけは無事らしいな。


4大王家のうち、ヴァンスとリヴィングストンが滅ぼされたのは、もう知っている。
先日俺が高級なお茶を飲んでいる間、
病室に残されたクリアがブラッキーのツレであるピジョットに訊いたらしい。


まさか隣の病室で敵の軍勢が眠っているとは思わなかったけどな。
でも、もっと驚いたのは、それをたったひとりでやってのけた、アイツだ。


エイディ=ヴァンス。

底知れない闇を抱えるカラカラ。
正直、二度と会いたくないが、多分またどこかで出会うことになるだろう。



『アレは今回初めて現れた存在。
 どんな役割を持つのか全く解らない駒だ。油断するなよアディス』


解ってる。
次に会う時までには、アイツに殺されないくらいの実力はつけておくさ。



「…って言うか」

「な、何?」


ジロリ、とミレーユの方を見る俺。
ミレーユは突然の視線攻撃に、たじろぐより他に出来る事がなかったようだ。

こっちとしてはお前がつけてるカチューシャの所為でさっぱり緊張感が持てない。
自分で付けといて何だが、それは持ってるだけでも効果あるし、外しとけ。

我ながら自分勝手だとは思うが、一応外していいと許可が下りた事にミレーユは安堵し、
触手を自分の頭に伸ばしてカチューシャを外そうとする。


「全くもう………アレ、……?」

「何やってんだよ、自分の頭に手が届いてないのか?」

「ん、いや、そうじゃなくて……え?」


ミレーユの顔が、僅かばかり翳る。
徐々に、その手つきに落ち着きが無くなっていく。

おい、何やってんだよ、貸してみろ。


「フンッ!!」

「いいいいっ! 痛い! 痛い痛いっ!! やめてアディスっ!!」

「……アレ?」

「ど、どうかしたんですかアディスさん…」

「…取れねぇ…」



小さく、俺はそう呟いた。
『え?』って言う顔が、俺のほうに向けられている。
ミレーユはもう顔面蒼白だった。
もともと黄色いけど。



「…取れねぇ。呪われてるわ、コレ」



しょうがない、似合ってるから一生そのままだミレーユ。







「「「ぇぇぇえぇええええええええええっ!?」」」













つづく 
  


第三十三話へ戻る     第三十五話へ進む


冒険録トップへ inserted by FC2 system