――迷宮冒険録 第二十九話





「ふぅー……」

「あら、ガーディさん。お疲れ様です」




クリア他がいる病室に入ってきたのは、疲れた様子のガーディだった。
彼は今回の街の外での騒ぎを揉み消すために色々と手を回してくれていたらしく、
それらがひと段落ついてからここへやって来たのだ。


「関わるなって言っておきながら、結局頼っちゃったね…」
「いいですよそんなのは。寧ろ自分に出来る事があったので嬉しいくらいです」


ガーディがチラと部屋を見回す。
眠っているミレーユ、フライア、エリオ、ラセッタ。
ボスゴドラとサイドンは、今頃警備隊の方の病院でこってり絞られている頃だからここには居ない。


――と、ガーディの目が、部屋の一角に留まる。
そこには、デリバードの置物とピジョットの置物が置かれていた。
綺麗に彩色されていて、まるで本物と寸分違わぬオーラの様なものをかもし出している。
きっと稀代の名匠が作り上げたに違いない、素晴らしいオブジェクトだ。



「あれ、欲しいので持って帰ってもいいですか?」



何時もの3割増しくらいの笑顔でガーディがそう言うと、
クリアも同じくらいの笑顔でそれに応じるのだった。









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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『相容れぬ思い6』
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「俺は通りすがりのナイスガイです」
「私も通りすがりのキャリアレディです」

「そうですか、解りました」


置物のフリをしていたリィフとピジョットが口々にそう言うので、
ガーディは調書の様なものにそれを書いて、バッグにしまい込んだ。
どうやら、それでオシマイらしい。


「警備隊だけで如何にかなる問題じゃなさそうですしねぇ。
 下手に横槍を入れたら、かえって面倒な事になるでしょう」

「ガーディさん…」

「いいんですよ、それより早く解決するといいですね。
 自分なら何時でも頼ってくださって結構ですから」

「はい…!」









…………







「フライアは絶対に渡さない。それを踏まえた上で、条件をどうぞ」

「………」
「………」


傍から見ると、ひとりの女を取り合う愚かな男どもの集会に見えるだろうか?
まぁ、実に単純な事実だけ述べれば、そんな感じなのだが。

ブラッキーもフリードも、先手を打たれた事に苦虫を噛み潰したような顔をする。
ふん、いいザマだ。


「じゃあ、俺の条件を提示する。ブラッキー、いいか?」

「好きにしろ。それと、勘違いしているようだから言っておくが、
 私は条件を出しに来たわけではない。たまたまここに居合わせてしまっただけだ」
「あんなワイン奢らせといて何を言う」
「飲み物を奢る奢らないは話に関係ないと最初に言ったはずだ」
「…うぐぅ……」


どうもこのブラッキーはハルクと言う名前らしいが、
それで呼ばれる事を非常に嫌っているらしい。
フリードも、最初の一回そう呼んだだけで、後はずっとブラッキーと呼んでいる。
何か事情がありそうだが、面倒なので訊かない事にする。

まだ死にたくないし。


「アディス。フライアは渡さないというなら、それで構わん。
 フライアと一緒に、お前らも来ないか?」

「……」

「クリアの裏切りは不問にすると約束しよう、フライアとお前らを引き離す事もしない。
 力を貸して欲しい、『種』が求めているのはそれだけなんだ。
 幸いお前らは全員名前持ち。ネイティブだが、実力の高さも評価する。
 『種』はお前らを歓迎しよう、だから、『協力』して欲しい」

「クレセリアを捕まえるために?」

「そうだ」


フリードの提案は、やはりと言うか当然と言うべき内容だった。
協力して欲しいから、端的に言って仲間になってくださいお願いしますって事だ。
しかも、クリアの脱走の件は不問にするとまで言ってくれている。
それなら、悪い条件ではない―――普通はそう思うよな。


「ブラッキー。お前は何か話すことは在るのか?」
「…フライアを渡せ、くらいしか言う事は無いな」
「………ストレートだな」
「変化球が欲しかったならくれてやってもいいが、多分お前の頭じゃ打ち返せないだろう」


あぁ、そうだな。
多分お前の変化球は俺のIQじゃかすりもしねぇだろうよ。ケッ。
後は俺が聞きたい事を聞いて、この集会はさっさと無かった事にして帰るに限る。
向こうには仲間が控えてるから大丈夫だとは思うが、
ここで俺を足止めする作戦とかだった日にゃあ死んでも死に切れん。


「ブラッキー。お前、フライアを手に入れてどうする心算だ」

「………」


押し黙るブラッキー。
手に入れてどうする、の辺りで表情に陰りが出た気がするが、まぁいいだろう。
どうせ渡す心算なんてこれっぽっちも無いしな。



「私は、フライアを手に入れたら……」



ブラッキーはそこで言葉を区切り、少し間を置く。
何をもったいぶっているのかと思ったが、
次のセリフが聞こえた時、俺はブラッキーの首を掴んで殴りかかっていた。



ガタンッ! とテーブルの上のものが跳ね上がる。
幸い高価なワインは零れなかったが、店の中の連中が思わずコチラを振り返っていた。
だがそんな事は気にせず、俺は無表情なブラッキーの首を締め上げる。

…にも関わらず、ブラッキーはそこに自分の手を潜り込ませ、
絞め殺されること『だけ』は巧みに回避していた。


「今……何つった………」

「………」

「応えろッ!!」



―――ドガァッ!!



俺はブラッキーを殴りつける。



『私は、フライアを手に入れたら…………殺す』



そんな事を言われて平静で居られるほど、俺はオトナじゃないからだ。



「どう言う事だ…なんでフライアを殺す必要があるッ!!
 リヴィングストンの生き残りだからか!? フォルクローレにとって邪魔だからかッ!!」

「…………放せ」

「てめぇふざけてんじゃ―――」

「『私が』放せと言っている」

「――――ッ!!?」


もう一発ぶち込んでやろうとした時、今度はブラッキーが反撃に転じた。
それは、『言葉』。
放せと言う命令。
ただそれだけなのに、その言葉に宿る強い意思が、俺の手を自然と突き放す。

殺気?
恐怖?
違う、どれも違う。

ブラッキーは席を立ち、テーブルの上に大金を叩きつけて去っていった。
律儀にも15万ポケ、在ったと思う。


「何なんだよ……もうワケわかんねぇよ………」


残された俺は椅子に凭れ掛かり、ただそう呟くしか出来なかった。








……………








「決裂っすか」

「来てたのか…」

「わざわざ病院に戻るのは、酷ってもんでしょ」


ピジョットが背中をこちらに向けるので、ブラッキーはそこへ飛び乗った。
わざわざ迎えに来ていたらしい、
話し合いが長引いたらずっとここで待つ心算だったのだろうか?


「ボスが素直じゃないのは知ってるから、長引かないのは誰だって解りますよ」
「………はぁ」


ブラッキーは溜息をつき、ピジョットの背で寝転がる。
それからピジョットは翼を広げ、夜の空へと飛び上がった。


「俺はね、あの冒険家たちは信じてもいいって思うんですよ」
「………信じるには、力が足りな過ぎる」
「意地悪いっすねぇ。ボスがもっと素直なら……って、ちょ! いたたっ!
 すんません! もう言いませんって! 羽根毟らないで!」


ブラッキーは寝転がりながら、後ろ足で起用にピジョットの羽毛を毟る。
背中が若干禿げ上がる前に、ピジョットはバタバタと喚いてそれを止めさせた。


「疲れた。今日はアジトに帰るぞ」
「へいへーい……ぉーイテテ……」








…………








次に店から出てきたのは、ガブリアスのフリードだった。
そして、それをデリバードのリィフが出迎える。
どうやらピジョットと一緒になって待っていたらしい。
お互い自分の上司の事はよく解っているようで、
話し合いが長引かないのを知ってこうして待っていたという訳だ。


「決裂ですか」

「くっく。多少は成果があったぞ?」

「…? 何ですか、成果って」


フリードはニヤリと笑って、暗い空を見上げる。
そこには街灯の光と星の光が混ざり合い、幻想的な雰囲気が広がっていた。



「『『クレセリア』なんか、俺たちが余裕で捕まえて見せるぜ!』だってよ」

「……はぁ…」

「お、おーぃ…、何だその溜息…」

「ちょっと呆れて先が思いやられただけです。今日はこのまま帰りますよ」

「ぁあーん! そんな冷たいこと言わないでぇーちょっとだけ遊んでいこうぜぇー?」



ダメな大人の典型の様なガブリアスを背に、
リィフは外へ通じる検問へスタスタと歩いていくのだった。









「いーーっくし!」

『風邪か? 俺にとっても大事な器なんだから、風邪如きで死ぬんじゃねえぞ?』

「風邪で死ぬかバカヤロウ。寒いだけだ」


一人で残るのも気まずいので、とりあえず奴らが店を出てから少し間を空けて、
すぐに俺も店を出ることにした。
勘定は俺の役目。金はあいつらが必要な分だけ置いていったから、後は俺の手腕だな。



『酒場で値切るのは、多分お前くらいのもんだろうな…』

「世の中には多分ファミレスで値切る奴も居るさ。兎に角この臨時収入は貴重だぜ」


1万ポケほど、俺の懐は暖かくなっていた。
孤島を買い取ってもいいが、冒険に必要なアイテムを揃えるのが建設的だろう。




夜風も厳しいというのに、流石は発展した町だけあってそこらはまだポケモンでいっぱいだった。
思い思いに、この冬の夜を満喫しているらしい。
そんなトコ歩いたって、そこらへんのおでん屋とかが喜ぶだけだろうに。

さっきの店と病院はほんの数十メートルしか離れていないので、
肌寒さを感じた俺は逃げ込むように病院へと入った。



【本日の営業は終了しました】



そんな看板が出ているが、入り口が完全にシャットアウトされているわけではなく、
面会なんかは夜中だろうがお構い無しで可能だ。
病院の規模に対して、そういうところはルーズと言うか、オープンな感じだな。


お陰で寒さしのぎのために院内でダベっている連中も居るくらいだ。
別にそれが当たり前の光景なのだから文句は無いが。





「あ、おかえりアディス君。ピジョットさんとリィフ様なら、もう帰ったよ」


律儀に敵と元上司に敬称を忘れないクリアの呑気さに若干呆れつつ、
俺は適当に返事を返して椅子へ腰掛ける。


「ん…他に誰か来てたか?」


テーブルの上に、出るときは無かったお見舞いの品があるのを見つけ、俺はそう聞いた。
それはクリアが暇を見て買いに行ったものらしいが、質問自体は的外れでもなかったらしい。
って言うか、敵が目の前に居るんだからフライアを残してここを出るのはまずいだろ。

「ガーディさんが来てたんだよ。だからその間にちょっとね」
「なるほど。…お、オボンパイじゃないか、これ好きなんだよな」
「あ〜! それあくまでお見舞いの品なんだからね!?」
「いいじゃねぇか。俺だって微妙に怪我人だ、うぅぅ古傷が疼くぜ…」

俺はわざとらしい演技をしながら、ミレーユが眠っているベッドの下のほうに座り直す。
勿論、好物のオボンパイを頬張りながら。

クリアは最初は不満そうにしていたが、
俺が余りに美味そうに食べるのを見て我慢できなくなったらしい。
何時の間にかフライアのベッドの下のほうに腰掛けて、オボンパイを食べていた。

食べる姿もまた上品なこって。
チクショウ、俺は、俺はーー!
生まれてきてごめんなさいうわああああああー!



「…で、そんなワケだからこれからも冒険頑張るぞーと言うこった」
「ふーん……そっか」

素っ気無さも僅かに感じられたが、クリアは満足そうにそう応えた。
俺が交渉決裂させる事は、お見通しだったらしい。
お見通しと言うよりは、そうすると信じていたように思える。
そんな事を信じられても、困るのだが。


「いいじゃない。私は良かったって思うよ、その判断」
「そうか?」
「そうだよ」
「そうか」
「うんうん、だから元気出して、ね?」
「うっせ、俺は何時でも元気だっつーの!」
「あははははっ」


これも、お見通しだったというわけだ。
顔には出してない心算だったが、流石はクリアだぜ。ちくしょうめ。

正直、堪えてた。

ブラッキーの事もあるけど、
フリードが本当に悪い奴には思えなくて
フライアを守る事は絶対に正しいんだって思っていたのに
そのはずなのに



狂っているのか?



何が正しくて、何が正しくないのかワカラナイ。



おかしくなりそうな頭を抱えて、俺は膝の上に両肘を付いて俯く。
こうしていると少しは楽になれそうだったが、別に何も変わらなかった。
寧ろここから元の体勢に起き上がるのが億劫だ。



「考えてわからないなら、無理に考えなくていいよ」

「……クリア…」

「アディス君がやるべき事は最初から決まっていたじゃない。
 それを貫くためなら、他の厄介ごとは全部私が引き受けてあげる……
 それが巻き込んじゃった私に出来る事だから、ね?」

「………だな」


そうだ、俺のやる事は変わらない。
納得いかない事に反発して、自分の意思を貫けばいい。
フライアは守る、それは絶対に正しいって、あれほど繰り返したじゃないか。

そして、それを助けてくれるお前らが居るって事も。

サンキュー、クリア。
後でジュースでも奢ってやるぜ。
臨時収入も入ったしな。


「ん〜〜……むにゃむにゃ…」


「え? 今の、寝言だった?」


俺が答えを見つけて顔を上げた時、既にクリアはそこで寝息を立てていた。


何つーか、お約束のパターンだな、コレ。


チクショウコノヤロウ、お前の寝言で俺は励まされたのか。
寝言でまで俺に劣等感を与えてくれるのかお前は。


ついでにその寝顔がチクショウ、俺は、俺はーーー!



生まれてきてごめんなさいーーー!




『先が思いやられる…』



「奇遇だな俺もそんな気がしてる」









つづく


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