――迷宮冒険録 第三十話
人間界、シンオウ地方。
一人の少女と、そのパートナーのキュウコンは、
テンガン山を越えて旅を続けていた。
旅の目的は、ロケット団の残党の始末。
始末といっても、殺すのではない。
弱小な『ポケモン』に『変えて』しまう、ただそれだけのこと。
このキュウコンの高い妖力ならば、それは造作の無い事だった。
これまでも、何人かのロケット団の残党を始末してきた。
一番笑えたのは、ビッパに変えられたあの男の表情だったか。
思い出すだけで笑えてくる。カメラに残しておけばよかった。
……こうして人間界を久方ぶりに歩いていると、
発展した文明の如何に便利なものかが良く解る。
お金は野良トレーナーとのバトルで稼げるし、言う事なしだ。
「キューちゃんが手を抜いて負けたりしなければねぇ…」
後ろをついてくるキュウコンは、冷や汗ダラダラで顔を背ける。
この前ウッカリしてエリートトレーナー(♂)に敗北を喫したときは、
危うくそいつの彼女にさせられるところだった。
寸でのところでそのエリートトレーナーの本当の彼女とやらが現れて難を逃れたが、
正直二度と負けたくはない。負けられない。
「仕方ないだろう、人間界は妖力が薄いから、
出来ると思ったことがたまに出来なかったりするんだよ」
「それでも天才? 自己管理くらいちゃんとしてよね。ワタシに何かあったらどうするの」
「…面目ない。その時は、ユハビィに元の姿に戻ってもらって、一緒に戦おう」
「……キューちゃん、晩御飯抜き決定」
キュウコンは苦しい言い訳をするが、それを見過ごすほど少女は甘くない。
言葉の包丁を突きつけられたキュウコンは、さらに苦し紛れに打開策を提案して見るが、
結局それはまた自分の首を絞める事になるのだった。
「嘘! 嘘です! 次はパーフェクトで勝って見せますからッ!」
「知ーらなーい、今日は一人分食費が浮いたから久々に美味しいもの食べよっかなぁー♪」
「お、お待ち下さいぃぃーーーーっっ」
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迷宮冒険録 〜序章〜
『もう一つの救助録1』
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路地裏で、キュウコンがニンゲンの姿に化ける。
背の高い金色の長髪のイケメンだ。
コノヤロウ、いくら変身だからって美化しすぎだぞ。
何時もの事ながら、ワタシは内心不貞腐れつつレストランに入る。
キュウコンは人間と言うものを理解しているとかそれ以前に、
一目惚れとかそう言う色恋沙汰に全く以って疎すぎる。
いや、疎くはないが、常に自分には関係ないと言う意識を持っているのがいけない。
周囲の視線が痛い。
えぇそうですよーだ、どうせワタシみたいなお子様には、
この金髪美青年は不釣合いですよーだ。
外見比較。
ワタシのこの姿は生前のもののコピーだから、15歳。
全身、至るところが足りてない、お子様。ドチクショウ。
シンオウ地方は寒いから少し厚着して誤魔化して……そこ、まな板とか言うな。
対するキュウコンは、若作りだけど『オーラ』が違う。
多分、客観的に見たら30代だと言われるだろう。
だが、老けてるのではなく、貫禄があるからこそそう見られるのだ。
実際の年齢はそんなものなのかと聞いてみたが、
妖狐の寿命と人間のそれを比べるのはナンセンスだとか言われてはぐらかされた。
人間に変身したキュウコンは、ムカが来るくらいイケメンの若作りなオジサマ。
あぁ、そうか。
『あの小娘調子に乗りやがって…』とかの嫉妬の視線に混じって飛んで来る落胆の視線は、
『何だ、あのイケメンは子持ちか…』とか、『ロリコンか…』だな。
どちらにしても不愉快極まりない。もう少し遠慮して変身して欲しい。
そもそも、ポケモンを出したままではレストランには入れないので仕方ないのだが。
キュウコンは束縛を嫌うから絶対にモンスターボールには入ってくれないし――
終いにゃ事故で誰かにゲットされても知らないぞ。
「僕がそんなヘマをするとでも?」
えぇい、その外見でそんな喋り方をされるとますますムカつく。
次はもっとこう、お爺さん的なものに変身しなさい。
「あっははは、真っ平御免」
「……解っててその姿なのね」
ガックリと頭を垂れるワタシ。
この嫉妬の視線に晒されるワタシの身にもなって欲しい。
「いいじゃないか、優越感にでも浸っていれば」
「それはワタシのプライドが許さないの!」
…………
ピタリ、と足を止める。
ホーホーの鳴き声しか聞こえなくなった町の中を歩きまわり、
適当なタイミングで町から離れ、
人通りが少ないどころか、全く無いところまで来て、ピタリと。
こうするだけで、結構『釣れる』。
たまにただの変態とか、ゴロツキみたいな『ハズレ』も釣れるけど、
この方法が今までで一番効率よくロケット団の残党を狩ることが出来た。
だが、今回は『アタリ』では無かった。
『ハズレ』でも無かった。
今までで掛かった事のない獲物が、小柄な少女と言うエサに食いついてきた。
「誰…?」
「……」
「……」
オカッパ頭に、宇宙人みたいな服装の男が二人、無言でコチラを睨みながら現れる。
状況が状況で無かったら、思わず吹き出して笑ってしまいそうだ。
コントか何かの収録中?
いや、案外本物の宇宙人さん? まさかね。
「ワレワレは『ギンガ団』。おまえの持つポケモンを、頂きに来た」
「大人しく差し出せば乱暴はしない。さぁ、そのモンスターボールをよこせ」
「………」
ワタシの腰のベルトにくっついているモンスターボールは、空っぽだ。
キュウコンが入ってればいいのだけれど、どうしても入ってくれないので、
釣りのための『ダミー』程度にしか役に立っていない。
いや、役に立つかどうかは、持ち手が決めること。
ワタシはそれを、向こうの世界で身を以って知っている。
いざとなれば凄い強いポケモンの名前を叫びながら投げるだけで陽動になるし、
ワタシが本気で投げれば立派な凶器にもなるのだから。
「やだね。あんた達、ロケット団関係…?」
「……」
「……」
男たちは応えない。
少し目を見開いたところを見ると、全くの無関係と言うわけでは無さそうだった。
そしてそのカンは、的中する。
「ロケット団が生き残っていることを知っている……このガキ、何者だ」
「解らん。兎に角、コイツを生かしてほっとくのはギンガ団の活動に不利益が出る」
「消すか?」
「消すぞ」
ワタシが身構えるより早く、男は黒塗りの何かを投擲した!
ワタシはそれを身を捻って回避するが、既にもう一人がワタシの背後を取っている。
背後から男の腕が伸びるより早く、ワタシは身を屈めて男の脛を蹴り上げた。
――ガッ!!
「うぐっ!?」
男は弁慶の泣き所を蹴り上げられ、一瞬怯む。
その隙にワタシは、二人の男から距離を取れる方向へと駆け出した。
その方向は、黒塗りの何かが飛んでいった先で――――
―――カッ!
「グルルルァーーッ!!」
「うわっ!? グラエナ!?」
黒塗りの何かは、モンスターボールだったらしい。
ワタシの進路を塞ぐように現れたグラエナに思わず足を止めると、
追って来た男二人にあっという間に取り囲まれてしまった。
人間の身体ではコレが限界だっただろう。
ワタシは心を静め、深く深呼吸をする。
その間に男に両腕を取られたが、全く気にしない。
――ワタシは既に人ではない。
あの世界でその『才能』を開花させたワタシに、
いくら体格で勝るとは言えただの人間が敵うものか!
「ぁぁぁあああああああッ!!!」
――ギシッ、 メキメキメキ…ッ!!
「なッ!? ぐおおあーーーーっッ!?」
それは、人間が歪む音。
ワタシの腕を掴んでいた男の手を、決して曲がらない方向へ曲げてやった音。
――『波導』。
ヒトの身でそれを行使するのはまだ慣れていないから集中が必要だった。
だから、僅かばかり負ける可能性もあった。
あの時、もし腕を掴まれるのではなく背後から襲われていたら、
……その時は波導を使うまでも無く、
「!? き、貴様何をした! って、な、何だ貴様ァーー!? 何時からそこに居た!!」
ずっとワタシを見張ってくれていた、
キュウコン(人型)がこいつらをぶちのめしていただろう。
「さて、質問に答えてもらおうか」
キュウコンは、思わず尻餅をついた男の肩をグッと掴み、
常人ならば失神してしまうほどの気を放ちながら言い放った。
このギンガ団なる男たちは、多少は訓練されて居たんだろう。
目を白黒させてはひはひ言ってるのが精一杯だったみたいだが、
あれだけの気を当てられて意識を保っていられるのは『アタリ』だった。
「ギンガ団……ロケット団の残党を交えて、『アカギ』と言う男が率いている軍団だ」
「ふむふむ、それでぇー?」
「ひっ、や、やめてくれ! そいつをこっちに近づけるなぁ!!
喋るからそいつをどけてくれぇーー!!」
「あははは! 早く喋ってくれないと口の中に入れちゃうもんねー♪」
「ユハビィ、そんな趣味の悪いことはやめなさい」
「むぅ。つまんないの」
ワタシは木に縛り付けた男に何かを近づけて発言を促していた。
何かって何だって?
何時か役立つかもと思って瓶詰めにしてた、ゴクリンを絞った汁だよ。
いや、たまたま交通事故に巻き込まれたゴクリンから貰ったんだ。
車に踏み潰されてもピンピンしてるなんて、ゴクリンって凄い。
ちなみにこの汁、もの凄く臭いのだ。
ワタシは長めの木の枝にちょんと付けて、男の鼻先で振って遊んでいるわけだが、
これだけの距離を開けているにも関わらずニオイが飛んで来る。
瓶を空けた瞬間は、さながらシュールストレミングを髣髴とさせるニオイだった。
…もう一人の男は、失神してる。
ワタシが手を誤って男の鼻にそれを突っ込んでしまったら、
男は暫く声にならない絶叫と、幾度とない咳とクシャミの嵐の後に、
数分間ワケのわからない痙攣をしながらとうとう意識を失った。
そんな光景を真横で見ていたお仲間は、それはもう顔面蒼白で。
以後、あっさりと全ての質問に答えてくれるようになった。
素直なのはいい事だ。
でも退屈なので、この木の枝とギンガ団員は暫くワタシの玩具である。
「…下っ端の俺たちが知ってるのはそこまでだ…ボスの本当の狙いが何なのかも知らない!
だ、だから、もういい加減解放してくれっ!!」
「か弱…くは無かったが、突然少女に襲い掛かるような連中を、僕がみすみす見逃すとでも?」
ど、どうせワタシはか弱くないもん、このフェミニストめ。
と言いたかったが、言っても面白い反応が望めそうに無いので言わない。
アーティだったら、からかえばからかった分だけ面白い反応が返ってきたのに、
キュウコンは無駄に天才だからからかってもビクともしない。
まぁ、我侭はだいたい聞いてもらえるから別にいいけど。
「け、警察でも何でもいい! どこでもいいから俺をその悪魔から解放してくれぇーー!」
悪魔と言う称号を獲得したワタシ。
うぅむ、実はその称号はもう持っているのだけれど。
数ヶ月前に、ロケット団の残党だと思ってぶっ飛ばしてやった強盗団から、
畏敬の念と共にその称号を貰いました、残念ながら。
ま、当たり前か。
人間ならざる速度で、自分の倍は在ろうかと言う人間を跳ね飛ばし、
人間どころかポケモンまでぶっ飛ばしてしまう少女が居たら、
誰だって悪魔の子供だと言いたくなるさ。
「どうせなら『波導の勇者』って呼んでくれてもいいのに」
「ぶぎゃっ?! アギィィィ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!! 〜〜〜!」
用済みになった男の鼻に、木の枝をねじ込んでやる。
さっきの男と同じリアクションを律儀にこなし、そいつの意識も闇に落ちた。
「キューちゃん、やっちゃって」
「了解した」
キュウコンが空中に魔方陣を描くと、周囲に霧が立ち込める。
『マナ』を集めているとか言っていた。
『波導』が使えるワタシには、『マナ』の凄さなんてイマイチ解らないが、
こうして凝縮したマナはキュウコンの『妖術』を発動するエネルギーになるらしい。
キュウコンが魔方陣の中心を右手で貫くと、
そこから光が放たれて男たちへと吸い込まれていった。
――刹那、男たちの姿は霧に包まれ、あっという間にポケモンへと変わってしまった。
もう人の言葉を話すことも出来ないだろう。
これからは妙に喧しい弱小ポケモンとして、つつしまやかに暮らすといい。
「行こう、キューちゃん。なんか、少し大変な事になってるみたい…」
「あぁ。ギンガ団についてもっと情報を集めよう」
ワタシはキュウコンと共に、ギンガ団を追う旅を開始する――
つづく