――迷宮冒険録 第三十一話
「まったく…僕が付いてないとダメだなキミは」
「………すぅ…」
ここのところ毎晩のように『狩り』に励んでいた疲れから、
ユハビィはキュウコンの背に乗っかって寝息を立てていた。
キュウコンも無駄に力を消費しないために元の姿に戻っていたので、
4足歩行なのは都合が良かった。
しかし、なんて軽い。
正直無理をさせ過ぎたと、キュウコンは自己嫌悪に陥る。
…と。
背中のユハビィが落ちないように気を配っていたからか、
キュウコンは人間の視点でこの光景が如何見えるのかをスッカリ度外視してしまっていた。
「そこのキュウコン! その子を放すんだッ!」
金髪の特徴的な髪型の少年――まだまだ新米臭さの抜けないようなトレーナーが、
モンスターボールを構えてこちらを睨みつけていた。
なるほど、差し詰め彼からすれば、
キュウコンが人攫いの真っ最中に見えるわけか。
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迷宮冒険録 〜序章〜
『もう一つの救助録2』
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「………」
うっかり事情を説明しそうになって、キュウコンは口を噤む。
普通、ポケモンは喋ったりしない。
ただ、そうやって押し黙ったのが原因か、
目の前のトレーナーは強硬姿勢も已む無しと言った様子でジリジリと間合いを詰めてくる。
仕方ないな。
どうせこんな新米トレーナーの一匹や二匹、
ちょっと脅かせばすぐ逃げていくだろう――キュウコンはそう考えた。
「グルルアァッ!!」
火の粉を飛ばして威嚇する。
金髪のトレーナーはバッと飛び退いて、直ぐにまたキュウコンをにらみつけた。
「い、いきなり攻撃してきやがった…、くっそう、何だってんだよー!」
少年はモンスターボールを投げる。
中から、『ポッチャマ』と言うペンギンのようなポケモンが飛び出した。
シンオウ地方には、なかなか珍しいポケモンが居るようだ。
炎タイプの敵には水タイプをぶつける。
初歩的な判断は出来るらしい。
だが、それはタイプ相性に頼るしか出来ない新米の甘さだ。
そんな甘さを許すほど、キュウコンのユハビィを守る決意は軽くない!
―――『ブラストバーン』ッ!
灼熱の炎の塊が、ポッチャマの足元に直撃、そして大爆発を引き起こす。
その爆風に飛ばされたポッチャマは一瞬で戦闘不能になり、
しかし巧い具合にトレーナーにキャッチされた。
いや、その方向に飛ぶように爆風は調節したが。
「な、ななな! 何だってんだよーー!?
野生ポケモンに負けるなんて、これじゃ全然ダメダメじゃねぇかーーー!」
「ぐるるるる…」
低い唸り声で威嚇する。
トレーナーはそれに驚いて、一瞬逃げ出そうとした。
しかし、逃げなかった。
「こ、ここで逃げるもんか! 女の子のピンチを見過ごしたら男が廃るぜ!」
「………」
声が震えている。
明らかに無理をしているのがバレバレだ。
やれやれ、面倒な相手に捉まったものだ。
どうしたものかとキュウコンが悩んでいると、その時間がさらに別の厄介者を引き寄せる。
「ライバルじゃない、何やってんのこんなところで」
「ゲッ、ヒカリ!? い、いや、今はお前と戦っている場合じゃない!
命拾いしたな! はっはっは!!」
ライバルと呼ばれた少年は、思いっきり上ずった声でそう答える。
後からやって来たトンでもないミニスカートの少女は、ヒカリと言うらしい。
彼女はこちらには目もくれずに、ふーんとか言いながらお菓子を食べていた。
む、アレってもしかしてシンオウ限定の甘い棒!?
後でユハビィに買ってもらおう。
なんてキュウコンが下らない事を考えていると、
ヒカリはこちらに気付いた様子で『あー!』とか大声を上げていた。
ユハビィより喧しいかも知れない。また面倒な事になった。
「あれってキュウコン?! うわ、どうしよう! ゲットしていい!?」
「や、やめとけって! お前なんかじゃどうせ如何にもならないって!」
「五月蝿いなぁ! やってみなくちゃ解んないでしょ!? 大丈夫大丈夫!」
って言うか、あのヒカリとやらは、
僕の背中で眠るユハビィが見えてないのだろうか。
とりあえず『ブラストバーン』。
――ズドガァァァーーン!!
「わきゃあーーー!」
「何だってんだよー!!」
あからさまにゲットする気満々で突っ込んできたので、
キュウコンはブラストバーンで牽制する。
ヒカリは思いっきりひっくり返ってから、走り出したのと同じ位置に戻された。
しかし不思議とスカートの中は見えなかった。
これが、世に言う世界の修正力なる見えざる力なのか。
ついでに爆風に巻き込まれたライバルとやらは、
哀れにもさっきより遠くまで吹っ飛んでいた。
勿論威力は調整したから、怪我はしてないだろう。
「あ、あはははは、やるじゃないあのキュウコン!」
「ま、まだ諦めてないのか…?」
「当たり前よ! あの子をゲットすれば、きっとコンテストで優勝の嵐だわ!」
ヒカリの目が燃えている。その目にユハビィは映っていない。
つくづく面倒な奴らに目を付けられてしまったとキュウコンは溜息をついた。
もうこれ以上は面倒臭過ぎるから、さっさと気絶してもらう事にしよう。
キュウコンはユハビィを降ろし、
周囲のマナを集め始める。
目の前のアレらは悪人ではないのは解ってるから、
せいぜい夢でも見ていたことにしてもらおう。
霧が周囲を包む。
ヒカリとライバルは、一変した空気に動揺を隠せずに居た。
「眠れ。お前たちは何も見ていない、ここで在った事は全て夢…さぁ、眠れ――」
「ムクホーク! 『霧払い』だッ!!」
「ホオオォォォォーーーック!!」
「ッ!?」
―――バサバサバサバサッ!!
不意に響いた男の声、そしてポケモンの鳴き声、
次の瞬間には、突風が吹き荒れて折角集めた霧が散ってしまっている。
予想外だった。
『霧払い』と言う技は知っているが、
まさか自分の妖術の霧までかき消されるとは思わなかった。
あのムクホーク、かなり育てられている!
キュウコンがそう確信した次の瞬間、鋭い爪が眼前に迫っていた。
「マニューラ! 切り裂く攻撃!」
「くっ!?」
――ビュンッ!
首を捻って爪をかわす。
自慢の毛が少し持っていかれた。おのれ。
キュウコンは跳躍し、空中から敵の姿を探したが見つからない。
――声の主はどこに?
その時、突然『上』からムクホークが襲撃してきた!
「インファイトだムクホーク! このまま叩き落してやれ!」
「ホオックッ! ホオオァアアーーーッ!!」
「――チッ!」
上空から物凄い勢いで迫るムクホーク。
もし、ムクホークだけだったら、
このままローストチキンにでも何でもしてやることが出来ただろう。
だが、それはしない。出来ない。
その背中に、僅かに『波導』を感じさせるトレーナーが乗っていたから――
だから、キュウコンは『アイアンテール』で迎え撃つ!
『インファイト』は格闘タイプ技、どう考えても不利な状況――だが!
「タイプ相性くらいで僕が怯むものかッ!!」
キュウコンは吼えた。
キュウコンの尾が、ムクホークのインファイトにぶつかる。
あっさり押し負ける! しかしキュウコンの尾は全部で9本!
その全てがアイアンテールを放っていたとしたら?
単純計算で、威力は通常の9倍に昇華するッ!!
「堕ちろぉぉおおおおおおおッ!!」
「ホッ!? ホオオオォォオオックッ!!」
――――ズギャァァアアアアアアアンッ!!!
ムクホークは地面に叩きつけられ、盛大に土煙を巻き上げる。
ポケモンは丈夫だからアレくらいは問題ないだろう、戦闘不能は免れられないだろうが。
キュウコンはキレイに着地した。
その背中に、ムクホークの背に乗っていたトレーナーを乗せて。
「……おまえ、俺を助けたのか…?」
「僕の気紛れだ。気にするな」
キュウコンは喋るのに躊躇しなかった。
この突然現れたトレーナーは、僅かに『波導』を持っている。
ユハビィの様な戦闘向けの強力なものではないが、澄んだ美しい輝きはまるで、
あの伝説の救助隊『ルカリオ』のそれとよく似ていて。
「ちょっとした誤解があるみたいなんだ。
秘密に出来るなら、事情の説明くらいはさせてくれないか?」
「……ぷっ、喋れるんだ、流石は妖狐だね」
そのトレーナーは帽子を取って、苦笑いしながらそう言った。
厄介で喧しい男女がこちらに駆け寄ってくるまで、そう時間は掛からなかった。
…………
目が覚めたときに、3人の子供に顔を覗きこまれていたときは流石にビックリした。
ワタシは思わず飛び退いて、キュウコンの姿を探したが、
キュウコンはその子供たちの後ろで甘い棒に夢中になっている。
コノヤロウ、また晩御飯抜き決定。
「えぇと、コウキ、ヒカリ、それとライバルね。キューちゃん、如何いうこと?」
「かくかくしかじか。まぁ色々あったんだ」
「ふーん、色々あったんだ。キューちゃん、歯ぁ食いしばれ」
「い、いや、実は……」
波導をチラつかせながら握り拳を見せ付けると、キュウコンはあっさり口を割る。
素直でよろしい。後でハナマルを上げましょう。
……説明割愛。
「つまり、人攫いに間違えられた、と。なるほど、それは仕方ないね」
「……何か対策を立てないと、毎回そうやって間違えられたら堪らないぞ」
「そうだねぇ。そん時は……」
人型にでもなってればいいじゃない、と言いかけて、その光景を想像して思考停止。
ダメだコイツ、どっち道人攫いにしか見えない。イケメンのくせに。
「ユハビィがちゃんと宿屋で寝てくれればいいんだよ」
「む…そうだね…」
キュウコンが核心を突く。
仰るとおりで。
「それにしてもトレーナーの指示無しでコウキに勝っちゃうなんてねぇ…」
「うーん、僕もまだまだだなぁ」
ヒカリがキュウコンの顎を撫でながらそんな事を言っている。
まぁ正直、キュウコンはワタシの指示が無い方が自由に戦えるから強い。
不審がられないように、敢えてワタシが慣れないトレーナーの真似事なんかしてるのだ。
……どうせもともとトレーナーじゃ無かったんだから、慣れないのは仕方ない。
「コウキはもう6つもジムを制覇してるんだよ? それなのにねぇ…」
「実力的にはチャンピオンクラスなのに……ムカつくぜチクショー!」
「あ、あはははは……」
ライバルがぶつくさと文句を言っている。
このコウキとか言うトレーナー、物凄く強いらしい。
それを相手に負けなかったキュウコンはやはり天才か。
って言うか、顎を撫でられて何大人しくしてるんだキュウコン。
キュウコンはコウキの実力とライバルの文句を聞いて、
ちょっとした質問をぶつけた。
「何でリーグ戦に出ないんだ?」
「え? いやぁ、ははは…ちょっと色々あってね…」
キュウコンの表情が真剣になる。
コウキの心の中を見透かすように、もう一度厳かに問いかけた。
人間相手に、魂への問い掛けをするなんて、
どうやらキュウコンには良からぬ物が見えているようだった。
「何故、リーグ戦に出ない…」
「う、そ、それは……」
コウキの言葉がそこで止まる。
よほど大事を隠しているのは間違いなかった。
と、そこへヒカリが割って入る。
「別に隠さなくたっていいじゃん、悪い事はしてないんだし」
「う、うん……実は、『ギンガ団』を追っててね…」
「「――ッ!!」」
コウキの口から出た、その名前には聞き覚えがある。
訂正、聞き覚えなんてものじゃない。
今まさにワタシたちが手がかりを求めている組織の名前が、
彼の口から出てきたのだ。
それも、
「大事な約束があって……ギンガ団を止めようとしているんだよ……」
彼もまた同じようにその組織を追っているという―――
つづく