――迷宮冒険録 第二十四話






「…次は絶対にしくじれないぞ…」
「わぁってるよ…大丈夫、油断さえしなきゃ負けはしねぇ」



茂みの中に、サイドンとボスゴドラが潜んでいた。
そこは商業都市に程近い場所で、もうすぐアディスたちが通るところである。
何とか巨人の洞窟から帰還し(ヒント:あなぬけのたま)、
彼らはすぐに次の作戦の準備を整えていた。

『待ち伏せ作戦』――ネーミングセンスはさて置き、彼らにはもう後が無かった。
フライアを手に入れるために派遣されたため、任務をこなすまでは帰れないでいるのだ。
いや、それどころかあまりの成果の報告の遅さに、
とうとう彼らのボスに当たるポケモンから催促状が届く始末である。

ボスは――怖い。
正直、怒られたら3日は部屋から出たくないほどの恐怖心を植えつけられる。
前にも、自分たちと同じ任務を受けた中堅が居たが、
彼らがフライアに返り討ちに遭って帰ってきたときは……酷かった。
思い出すだけで、敬虔なクリスチャンになってしまいそうになる。

「アーメン…」
「やめろ、縁起でもない…」

ちなみにこの世界にも何故かキリスト教がある。
人間の世界とこの世界を往復できる偉くて凄いポケモンが、
手習い程度の教えをお土産として持って帰ってきたのが始まりらしい。
だからクリスマスだとか、人間の世界と共通のイベントは結構在る。


そう、今年はもう直ぐクリスマス。
生きてそのイベントを楽しむためにも、彼らに今回の失敗は許されなかった。

――しかし、彼らには一つの自信もあった。

今回は、何時もとは違う。
フライアを取り巻く状況が少しずつ変わっている様に、
彼らもまた『変化』を迎えていたのだ。
その『変化』とは、彼らの後ろに控えている一つの影――


「へへっ、それじゃあ首尾よく頼むぜ」
「報酬はタンマリ用意させてもらうからよ」

「……案ずるな。私は絶対にしくじらない」











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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『相容れぬ思い1』
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一方アディス一行は、森を抜けて山岳地帯の不思議のダンジョンの入り口に来ていた。
山沿いに歩いていたから、迷わずにここまで来れたのは必然だった。

「こんなところに出るのか。次にレジギガスに会いに行く時はここを通れば簡単だな」
「そうだね。たまには遊びにいこうよ」

ミレーユが頷いて言う。
尤も、暫くはそんな余裕は無い訳だが。


「こっからだと、ちっちゃいけど町も見えるな」
「うん。あれがバリンだよ。
 この山を下りなきゃだから、ここからだと急いでも半日かなぁ」

「ねぇクリアさん、あっちの山に見える建物は何なの?」
「……あれは――…砦みたいだね。
 昔、この辺りはよく領地を巡って争いが絶えなかったって言うから、それの遺産かも」


ミレーユが指差した方角には、確かに砦らしき建造物があった。
背後に山を抱え、多分その山を切り崩して建てたのだろう、立派な城砦だ。



それこそ、先日エイディの襲撃を受けたフォルクローレが潜む城砦なのだが、
アディスたちがそれを知る由はどこにも無い。


「まぁいいさ。さっさと下りて町に行こうぜ」


俺はさっさと大きな岩が転がる不安定な下り坂を下りていく。


「わっ、待ってくださいよアディスさんーっ」
「アディス、ちょ、早いってば」
「ふふふ、せっかちだねぇ」


時々転びそうになるミレーユとフライアを、
クリアが物凄い反射神経で支えてやりながら、一行は山道を下っていった。

そういえばフライアの機嫌は一晩寝たら治ったらしい。
ホントやれやれだ。


行きはよいよい帰りは怖いなんてどこかで聞いたが、
今回ほど足がスムーズに動く帰路は無かったと思う。
山道を下り始めてから、その軽快さが心地よくて、
知らず知らずにその速度を上げていたのだ。

だから予定よりも早くバリン行きの街道に着く事が出来た。
急いでも半日かかると言うクリアの意見を急がずして覆したのだから、
実はかなり生き急いでいたのかもしれない。
野宿はしないで済みそうだから別に構わないが。

とは言え、もう日も暮れてしまいそうな時間である。
冬の空が、赤みがかかるのを通り越してあっという間に暗くなるのは、
十数年も生きれば問答無用で知る事。
だから今見えている僅かばかりの明るさを惜しみながら、
早めに町へ向かうのだった。

街道は既に人…ポケモン通りは殆どなくなっている。
空がどんどん暗くなっていき、バリンの明かりが目立つようになってくると、
案外この景色も悪くないものだと感慨に耽りたくなる。

「って、おお。もう暗くなっちまったな」
「もう冬ですからねぇ…あぅぅぅ…ちょっと寒くなってきました…」

フライアが身震いする。
仕方ないので俺がまた羽織っていたマントを押し付けてやると、
フライアは笑顔でそれを着込んだ。


「……あの洞窟で少しばかり寒さに耐性がついたらしいな」

「アディス君は冒険家向きな体質してるよねぇ、その適応力とか」


マントが無くても特に寒いとは思わなかった事に俺が率直な感想を漏らすと、
クリアが後ろから呟いた。

オイ、『適応力』ってのは俺の特性なのか?
やめてくれ、クリアまで俺をリオルから遠ざける気か。
そいつはどちらかと言えばそこでマントを被っているイーブイの特性だ。

…しかも、クリアの背中(…首か?)には、ミレーユがしがみ付いている。



「何やってんだ、ミレーユ」
「ぅぅー…だって僕はアディスと違って触手で這ってるんだよ? ホント疲れるんだから…」
「クリアだって這ってるじゃねぇかッ!!」
「あいたっ」


――ズビシッ! とミレーユの頭にチョップツッコミを入れる俺。


「あははははっ、私はもう陸上生活に慣れちゃってるからね。でも、泳ぎはもっと凄いんだよぅ?」


クリアはニヤリと笑って尾ひれを振る。
この這う姿だけでも無駄に優雅で俺に劣等感を与えていると言うのに、
水辺に連れて行くともっと凄いのか。
決めた。絶対にコイツは水場に連れて行かない。

「あぅ、酷いなぁ」
「えぇい寄るな、お前が寄ると体感温度が下がるわ」










………











町へ入るためには、町を囲む壁を越えなければならない。
文字通り越えるとあのガーディが属している警備員たちに取り押さえられてしまうので、
一般解放されている門を潜るのが常識って奴だ。

ただし、俺の様な冒険家は少しばかり面倒な手続きが居るとか。
まぁ町の治安を守るためには仕方ないな、という訳で俺は文句は言わない事にする。


「手続きってどんなことするんですか?」
「難しい事じゃないよ。正式な冒険家なら、IDカードを見せればオシマイだし」
「俺はまだ正式じゃないから、IDは持ってないけどな」


そういえば、この事についてはまだ説明していなかったな。
冒険家も救助隊と同じような組織だって言うのは最初に言ったと思うが、
冒険家協会に申請することで正式に冒険家として認定される仕組みだ。
正式に認定されたときの特典は、

・IDカードの交付
・ランキングに登録
・冒険家情報ネットワークへの接続許可

って感じだ。
俺にとってはどれも魅力的なものではなかったから、今日まで登録しなかったのだ。
そもそも、冒険家協会の本部に申請に行かなければならないのだが、そこがまた遠い。
山越え谷越え、数々の試練を乗り越えてやっと辿り着ける場所だ。

それが一つのテストのようなもので、これを乗り越えて本部に辿り着き、
そこで初めて冒険家として認められると言う寸法だ。
イチイチテストをやらなくてもいい便利なシステムだとは思うが、
お陰で俺は多分まだ登録出来そうにない。
俺とクリアならまだしも、ミレーユとフライアはついて来れない。
ま、そのうちやるけどな。覚悟しとけコノヤロウ。


こういったガードの堅い都市に入るためにはIDカードが必須だが、
どうもクリアが居れば何とかなりそうな気がするので今はまだ必要ない。


何時か伝説の冒険家になるにはランキング登録は必須だが、
いくら成り上がる心算が在っても今はまだ初心者。
もう少し経験を積んでからでも遅くは無い。


情報ネットワークなんてのは便利だが、そんなのは自分の足で集めればいいだけの事だ。
巨人の洞窟だって、ネットワークじゃなくてガーディから聞けたわけだし、
割と行く先々の先住民が親切に教えてくれるはずだ。


そんなワケだから、俺はまだ正式な登録はしていない。
そのうち本部に近いところに行く機会が在ったと言う事で。


「で、クリア。それは何だ」

「偽造IDカード。
 種に属する者は、みんなドコにでも侵入できるように色々持ってるんだよ」


クリアが取り出したのは、一枚のカード。
冒険家協会のロゴが入ってるから、うん、あれは多分、偽造冒険家IDカードだ。

しかしよく出来ている。
偽造したと言うよりも、本部から不正に発行したって感じだな。


「そうかもね。種って、ホント色々やってるから。
 もしかしたら、本部にも種が居るかもしれないよ」


そりゃ納得だ。
って言うか、それを聞いたら今登録するのは寧ろ危険な気がしてきた。


「…そうだね、こっちの情報がどこから漏れるか解らないし…」





と、何時の間にか先頭を歩いていたクリアが不意に足を止める。
それに倣ってフライアが足を止め、怪訝な顔をする。
俺も同じように足を止め、そして周囲に何かの気配が無いか、探った。


「待ち伏せされてるね…」

「…みたいだな」


クリアが呟いた。
俺も頷いて言う。
俺が見つけられたのは、2匹。
門の手前の草むらで、俺たちを待ち伏せている。


「片方は俺が押さえる、もう片方は頼めるか?」
「解った。私たちに待ち伏せなんか無駄だって、解らせてあげなきゃだね」


3、2、1、アイコンタクトで3つ数え、俺が走り出す。
草むらから影が飛び出した。
大きい、―――しかし、既に全速力で助走している俺の前に立つには、あまりに小さい!



「っせぁぁぁぁぁあああッ!!!」

「――ぅおおッ!?」




――――ガィィィィーーーーーーンッッ!!!




俺流スパークリングキックが炸裂した!
助走による力を殺さぬように遠心力に乗せ、渾身の力で叩き込んだ回し蹴りである。
その威力は多分、この門を潜らなくてもバリンに入る事を可能にしてくれそうだ。

そしてそれの直撃を受けた巨体の持ち主の頭が、金属音と共に吹き飛んでいった。
…アレ? もしかしてヤっちゃった?



「いっ、いでぇぇぇぇぇぇ!! 盾越しだってのに…バケモノかてめぇ!!」


「うお! お前は何時ぞやのサイドン!!」


俺が吹っ飛ばしたのは頭ではなく、咄嗟に頭をガードした金属製の盾だった。
盾は中央付近がグニャリと歪んだ状態で、遠く離れた場所に刺さっている。
うーん、我ながらナイス破壊力。
…盾じゃなかったとしても、本当に飛ばしかねない威力だったな。


「しっかりするんだサイドン! 傷は浅いぞ!」
「あ、浅い…? 多分、コレ折れた…俺の左腕が粉砕骨折してる…」
「さ、サイドンーーーー!!」


力なくダレるサイドンの左腕。
…自分でやっといてなんだが、ご愁傷様。
そのそばに駆け寄って来たのは、コチラもお馴染みのボスゴドラだった。

あぁそうだ、一つだけ天に感謝しとけよ?
もしもお前らが飛び出してくるタイミングが逆だったら――――




「『みずのはどう』ッ!!」



「え――?」







―――ズギャァァアドババババァァーー!!


ガシャァァァン!! バキバキ! ズドォォオオオオオオン!!






「ぐぺびゃぁぁぁぁあああああーーーーーー!!!」




「ぼっ、ボスゴドラぁぁぁーーーーーーッ!?」





水タイプの技で4倍ダメージを受けるサイドンだったら、
多分本当に死んでいたと思う。いや、寧ろ、確実に。



マッハに近い速度のみずのはどうに巻き込まれて、
ボスゴドラは先ずバリンを囲む壁に叩きつけられた。
その後、荒れ狂う水流に抗う事も適わず、
近くに置いてあった廃材やら樽やら木箱と一緒に…えーっと、どこかで見たなアレ。


「あぁそうだ、村長が使ってた『全自動洗濯機』って奴だ!」


スクリュー回転しながら、砕けた材木と一緒に全身を打ちつけられたボスゴドラは、
白目を剥いて口とか鼻とか耳から水を流しながらその場に叩き落された。


「おぉぉおおおおい! し、しししっかりしろぉ!? 傷は浅いぞーー!?」

「…………」


ボスゴドラは応えない。
…あぁ、全治何ヶ月だろうな?
暫くこいつらの顔が見れなくなると思うと、…別に寂しかないが。


「勝負あり、だな」
「だね。どうする? まだやる?」

「おっ、鬼か貴様ァーー!! ボスゴドラが何をしたぁーーー!」


確かにちょっとやりすぎた気もするが、
そんな事を悪役に言われる筋合いは1ピコグラム未満も存在してない。
今度こそガーディに引き渡して、法の下でしっかり罰を受けてもらうのが、
俺からのせめてもの餞だな。


「ちっ、違う! 今回は俺たちはお前らとやりあう心算なんて無かったんだ!」

「そっちになくてもこっちはあるんだよ。
 とりあえずお前らが出てきたら倒すって言うのが、何ていうのかな、ルールみたいなもんだから」

「そっ、それが正義の味方のセリフかァーーーッ!!」


正義の味方って言われても。
つーかお前ら、それってつまりきっちり自分たちが悪役だって認識してるんじゃねぇか。
もうワケわかんねぇよこいつら。


「今回は俺たちに代わって、あるお方が来て下さったのだ!」

「あるお方ぁ? じゃあお前らを人質にしてそいつも倒す」
「アディス君、それはいくら何でもダメだと思うよ」
「チッ。命拾いしたな」

「……と、兎に角、その方に掛かればお前らなんか敵じゃないのだ!
 ざぁまぁーーみろ! わははははははーーーーーアベシッ!」

「目障り」
「アディス君……」


高笑いがムカついたので、鉄拳制裁で強制終了。
あるお方とか言ってる割に、どこにも居ないじゃねぇか。

振り返ってみる。
フライアとミレーユは、もう勝負が付いたと思っているらしく、緊張感が抜けているようだった。



―――と、その瞬間。



俺は確かに2匹しか感じられなかったのに、
その目で誰一人として動いていないのを見ていたのに、


俺は確かに、『聞いた』。



―――ザリッ…



その『足音』が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
そして、足音がハッキリと解るようになるに連れて、圧倒的な存在感が露になっていく。



―――ザリッ…




この気配はどこかで感じた事がある。
強くて、真っ直ぐで、

でも、そんな事が有り得ていいのかと、俺の頭が現実を直視させてくれなくて――







「アディスか。こんなところで会うとは……名前持ちはやはり、大変だな」




「フェル…エル……」







俺が知る限り、世界で最も強いキノガッサが、

誰にも悟られる事無く、そこに立っていた――――












つづく 
  
  


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