――迷宮冒険録 第二十五話






「名前持ち…数奇な運命を辿る者…なるほど」

「フェルエル……」
「なっ、何!? アディス君…知り合いなの…!?」
「…ちょっと、色々あってな…」


クリアが慌てたように言う。
もしかしたらクリアも知り合いかと思ったが、
フェルエルの様子を見る限りそれは無さそうだった。


「この巡り合わせも、ただの偶然で片付けられるものでは無さそうだな」

「ッ! みんな下がれッ! アイツは……強いッ!!」



フェルエルが走り出すのと、俺が強いと叫ぶのは同時――










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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『相容れぬ思い2』
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なるほど、だから『門の外』で待ち伏せていたわけだ。
『奴ら』にすれば、町の中で暴れようが目的さえ達すればそれで問題ない。
にも関わらずこうして外で待ち伏せたのは、フェルエルがそれを認めなかったからだろう。
フェルエルがどうして奴らに加担しているのかは知らない。
だが、一つだけ確かな事は、
フェルエルは俺が初めて出会ったときから何も代わっていないと言う事だ!

真っ直ぐで、そして――いや訂正。
これは少々、ぬかったとしか言えないかも知れない。


「はぁぁぁぁあああッ!!」

「うぉあああッ!?」



―――ドガァッ!!



「アディス君!」
「アディスッ!?」



フェルエルは確実に、前より強くなっている。
前は手を抜いていたのか、修行して強くなったのかは知らないけれど。

俺の成長率よりも高い次元で、フェルエルは過去を凌駕していた。




「うっ、ゲホッ…このヤロウ…前は手ぇ抜いてたな…?」
「私は何も抜いた覚えは無いぞ。手も、そして鍛錬もな」


なるほど、理解完了。
俺一人でどうにかしようとする事がそもそもの間違いだった訳だ。

今の俺は独りじゃない。
孤高の強さを求めるお前に対抗する、連携ってモノを見せてやるよ!




「やっぱ手ぇ貸せ、正直無理だ」

「そう言うと思ったよ。変な意地張ってフライアを守れなかったら本末転倒だからね」
「わ、私だって…頑張りますよ」



吹っ飛ばされたついでに地面を擦りながら方向転換し、
俺は一旦下げたミレーユたちと合流する。
何となくフェルエルとタイマンしたかったから手を出さないように言ったが、
もう十分満足したし現状を理解できた。


「悪いなフェルエル。こっちも『本気』で行かせてもらうぜ」

「ふ、構わないさ。戦いの『スタイル』は十人十色、『連携』も一つの『力』なれば――」


フェルエルが再び走り出す。
獲物を定めてから走ると言うよりは、走りながら獲物を定めているように見えた。
なるほど、その判断力と反応力は言うまでも無く鍛錬の賜物。

俺が全力で走ってやっと出せるスピードを、
スタートダッシュで出せるフェルエルの身体能力にも嫉妬するぜ。


「見せてみろ! お前の成長をッ!!」

「――『黒い眼差し』!」

「……ッぐぅ!?」



フェルエルの拳が俺を捉えるその瞬間、フライアの黒い眼差しがフェルエルの動きを止めた。
相変わらず、強烈な眼差しだ。
もはや一つのオリジナル技として認定してやっても良いくらいに、有効な技である。

だが、勿論長くは持たない。
この黒い眼差しは瞬間的な束縛力を発揮するだけであって、
決して無敵の捕縛技ではないのだ。

だからその瞬間を逃さぬよう、ミレーユが既に俺の背後から飛び出していた。
一度に10匹以上を捕まえられる触手を、このフェルエルひとりを捕えるためだけに放つ!
フェルエルが黒い眼差しから抜け出した時には、既にミレーユが彼女の両足を捕まえていた!

そして、さらに追い討ちをかけるのは、クリア――


「アクアリングッ!」


―――バシュゥゥッ!!


「……ッ……これは……!!」



3連続の捕獲コンボ。
本来なら一度に沢山の敵を相手に出来るはずの連携を、
たったひとりのためだけに使った贅沢なコンビネーションだ。




「勝負あったなフェルエル。俺たちの勝ちだ」

「………」





俺はフェルエルに向かって拳を突き出し、言い放った。
このまま俺は攻撃を加える事も出来る。
だが、だから俺の勝ちかと言えばそうではない。
ここでもしフェルエルが負けを認めなければ、
俺は容赦なくこの間覚えた『冷凍パンチ』を撃つだろう。


この戦い、勝つとはつまりそういう事なのだ。
どちらかが負けを認めない限り、或いは倒れない限り、この勝負に決着は存在しない。
それを、俺もフェルエルも解っている。



「ふ、ふふふははは…」

「ナンだよ。負けがスガスガしくて笑いたくなったか?」

「違うさ。私は負けてない」

「そうかよ。でも、これで終わりだ―――ッ!!」



『冷凍パンチ』が放たれる。
フライアが目を背けた。
ミレーユは、そこまでする必要は無いんじゃというような顔を浮かべている。
クリアは、何時もの通り悟ったような顔でその光景を見つめている。






―――ビュンッ!!






「…………え?」


だから、一番表情の変化が大きかったのは、クリアだった。
そこに捕まえていたはずのフェルエルに、
冷凍パンチが直撃して、この戦いは終わる――誰もがそれを疑わなかったから、
誰もが驚いたから、でも…


理解可能な次元でなければ、どんな出来事が起きても驚く事は出来ない。
その点で言って、本当に驚く事が出来たのは、クリアだけだったのだろう。
何が起きたのか解らなくて、目を見開いただけのミレーユや俺には、



「先ずはひとり。さて、次は………そこのミロカロス、おまえだ」



その声に瞬時に振り返ったとき、その視界の中で、
如何してフライアが倒れているのかが、
その隣に、如何してフェルエルが立っているのかが、




「言っただろう。私は負けてない、とな」




その言葉すら耳に届かないほど、全てが理解不可能だった―――











………

……………












「勝負あったな」
「……」


アディスたちとフェルエルの戦いを見守る影が存在した。
計3つ。
他でもない、『種』の者だった。


「リィフ様、本当に大丈夫なのですか」


リィフと呼ばれたのは、デリバードだった。
そう、種の組織でもかなり高い地位に立っているガブリアス――フリードの秘書である。
そして、そんな彼女を『様』まで付けて呼んだのは、
クリアの同僚であるエリオだった。
その隣に、ラセッタも立っている。
彼としては、『勝負あったな』のセリフに誰も反応してくれなかった事が不満だった。

「大丈夫です。エムリット様もそう言っていましたから」
「私には、彼らが味方だとは到底…」
「貴方もクリアと同じ道を辿りたいと言うのですか?」
「……ッ……それは……」

エリオが言葉を失う。
リィフは虐めが過ぎたと軽く笑い、エリオの頭を撫でた。
エリオは子供ではないから、リィフのそう言う所は好きではなかった。


「兎に角、これでフライアは確実に我々の手中に納まる。
 あのサイドンたちは、我らの味方なのですから」

「だからフェルエルを嗾けたと?」

「金さえ積めばどんな汚い仕事も請けてくれるから、利用したまでの事。
 所詮ネイティブはルナティックの狂った運命を打ち消す事は出来ない」


フェルエルを雇ったのは『種』――彼らである。
そして、『種』と上層部で繋がりを持っているサイドンたちの『組織』と連携し、
今回の作戦に踏み切ったのだ。

目的は勿論、フライアの確保。
彼女の持つ『進化の奇跡』の力を手に入れること。

イーブイだからと言う理由で、進化後の技が使えるはずが無い。
だがしかし、現にあのイーブイはその常識を覆している。
…その秘密こそが種の目的であり、4大王家の持つ秘宝『進化の輝石』によるもの。

――フライアは、『輝石』の力を継承し、追手から逃げているのだ。


奇跡の力は必ず役に立つ。
『クレセリア』と言う乱数を捕まえるために、
きっと有益な成果を齎してくれるに違いない。

だからこそ、『種』にはフライアが必要であり――
フォルクローレに奪われる前に、何としても手に入れたいのだ。


ルナティックに架せられた、狂った運命の歯車。
それを打ち破れるのはネイティブでも、まして名無しなどでもない。
ミュウでさえ捕えきれなかったと言われる、クレセリアと言う神秘の乱数だ。
それを、『種』は確信している。


「必ずあのイーブイを生け捕りにするのよ。フェルエル、貴女ならそれが可能なはず」



大いなる野望を秘めた視線が、アディスたちに向けられていた。
それを誰が知ったとして、そこで一体何が出来たと言うのだろうか――?







…………










「うぁっ……」

フェルエルのマッハパンチがクリアを捉える。
クリアほどの動体視力があれば、レジギガスの時の様な不意打ちに近いものでない限り避けられる。
それにも関わらずクリアがフェルエルの攻撃を避けられなかったのは、
フェルエルの持つ『特性』が原因だった。


「くぅ…ッ…」


全身が痺れて、無理に動かそうとすると意思に反して突然力が抜けてしまう。
クリアは『マヒ』状態にさせられていた。

フェルエルの持つ、『触れたものに毒の胞子を与える特性』が、
クリアをマヒ状態にしたのだ。
幸いだったのは、『状態異常のときに防御力が上昇する特性』を持つクリアだからこそ、
かなり長時間、そんな状態でも戦い続ける事が出来たのだ。

いや、ある意味では不幸だったか。
結局最後まで、この最強のキノガッサの相手をさせられたのだから。




――『気合いパンチ』




フェルエルの持つ至高の必殺技。

物理的に在り得ていいのだろうか?
水タイプがどこから大量の水を召喚するだとか、
そんな魔法じみた事を物理原則で説明する気には到底なれない。
この世界ではそんな事はニュートンのリンゴ以上に当たり前だから、誰も気にしない。

しかし、それでも物理的な攻撃はしっかりと物理原則に則って破壊力が決定されるのだ。
初速、攻撃速度、命中角度、拳の硬度、被攻撃者の状態、速度、重力、空気抵抗etc...

数式に則って決定された威力に基づいて、やっと現実に視認可能な状態を顕現するのだ。



だったら何故?



この世界で最も高い防御力を持つ――多分ダイヤモンドよりも硬い――ツボツボが、
フェルエルの拳の一撃で吹き飛ばされて、



大地に2メートル以上めり込んで、文字通り『沈められて』しまう事が在り得る!?




そんな破壊力の鉄の拳に、
自分の氷の盾を何枚重ねたら防ぐ事が出来る?



考えるだけ無駄だ。




あの拳を止めるのは不可能だ。
既にフェルエルとの距離が詰まり過ぎている。

あの拳を止めるには最強の金属オリハルコンが要る!
ナパーム弾の爆撃に耐えるパルシェンの殻が要る!
あの威力でも、一応はヒビ一つ入らなかったツボツボの殻が要るッ!!
それがダメならどんな衝撃も吸収するハイパージェルを1トン持ってくるべきだッ!



「終わりだ」


「…かッ……は……」




フェルエルの手刀が、クリアの意識を刈り取った。






「今回も、私の勝ちのようだな。アディス」













つづく 
    
  


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