――迷宮冒険録 第二十三話





アディス――未だ進化を見ぬリオル。
フライアと同行中。
稀に想定外の実力を発揮する模様、厄介。


ミレーユ――守護者ツボツボ一家の末裔。
アディスと同行中。
アディスと同調しているが、実力的には無視可能。


クリア――最強クラスのミロカロス。
アディスと同行中。
アディス一行の中では、最も警戒すべき存在。


フライア――我々の欲するイーブイ。
アディスと同行中。
その力に継承者の片鱗あり。警戒されたし。









「ご苦労だったな」

「恐縮です」


相変わらず薄暗い部屋の中で、ボス気取りのガブリアス――フリードがそう言うと、
秘書であるデリバードは冷静に頭を下げた。
デリバードが持ってきたのは、アディスたちのデータを纏めたものである。
彼らを監視するエリオたちの情報も加味した上で、彼女が作成したものだ。

秘書であるから、デリバードにとってそれらの仕事は苦ではない。


「あ、それからフリード様」
「何だ」


思い出したように、デリバードは告げた。


「そろそろフォルクローレが本腰を上げるそうです」


「そうか。…いよいよ、世界が引っ繰り返るんだな」


フリードはソファから立ち上がる事無く、何か思いつめた表情でそう呟くのだった。










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      迷宮冒険録 〜序章〜
     『最期の世界、最初の世界』
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「なぁ、………」

『…俺を呼んでるのか?』

「他に誰が居るんだよ」



山沿いに森を歩いていたから、夜が更けても寝床に困る事は無かった。
適当な岩陰に荷物を下ろし、残る道のりは明日へ預ける事にした。

俺はクリアと交替で見張りをする間、あまりに退屈だったので臆病な俺を呼んでいた。

そもそも、俺はコレを臆病な俺と呼んでいるが、
本当は『俺』とは別な存在である事に薄々感づいている。
コイツは俺は『俺』だとか言っているが、多分嘘だ。
何でそんな嘘をつくのかは解らないが、多分下らない理由だろうな、そうに違いない。

…俺はコイツと、ずっと一緒に居た。
コイツは臆病で消極的な意見をいつ何時も言っているが、
それは大抵、どこか経験則染みた、根拠がしっかりした意見だったりして、
俺は表向きはそれを蔑ろにしているけれど、その真意は解ってるつもりだ。

多分、俺は無知で反抗的な子供。
理不尽な事に、納得がいかない限り反抗し続ける、厄介者。
そして俺が臆病だと罵っているコイツは、
そういう世の中の理を知っている、ある意味オトナなんだ。

どうしてコイツは俺に助言するのか…
そもそも、何時から一緒に居るんだろうか?
思えば、物心付く頃にも、既に一緒に居た記憶がある。
あまりに当たり前な存在だったから、
誰しも心の中にこういう『もうひとり』を抱えているのだと思って疑わなかった。

まったく疑問に思わなかった。
それくらい、当たり前にコイツは居た。




でも、いい加減夢を見るのはやめよう。
怖いんだろう、自分の中に、自分じゃないモノが居るのが。

それでいい。当たり前だ。
自分の中に自分じゃないモノが居て、怖くないなんて思えるはずが無い。



だから認めなかった、これは臆病な俺だと断言して、その存在を。



そしてお前は、そんな俺の決意に付け込んで、『臆病な俺』に成り切った。



「そうだろう?」


『…参ったな。この世界が狂ってるのは知っていたが、これほどとは…』


「お前は、誰だ?」



そして、その時々口にする『狂った世界』って何の事なんだ?

俺はお前を恐れない。
怖いから認めないのは、もう卒業しよう。

ずっと一緒に居たんだ。
そりゃお前の理に適った正当な意見は時々癪に障るが、
それでも俺にとっては、お前も仲間なんだ。

何時か、夢の中で、俺に力を合わせようと言っただろう。
夢の中の事だったから暫く忘れていたが、もう思い出したぞ、
お前は確かに、俺に向かってそう言っていたんだ。


聞かせろ、俺と協力するなら、お前も表に出てきやがれ。




『出てきやがれ、と言われてもな。それが出来れば、俺はこんな場所には居ない』

「ならそのままでいい。お前の、本当の事を訊かせてくれ」

『……』

「付け加えるなら、ミレーユとかには黙っててやってもいい」

『それは良い案だな。俺の事を話しても、多分異常者扱いされるだけだ』



コノヤロウ、と心の中のさらに奥底でツッコミを入れる。
そうでもしないと、俺の考えている事は筒抜けだ、厄介すぎて鬱になりそうだ。


そんな事はさて置きコイツは、長くなる、とだけ前置きをして遅すぎる自己紹介を始めた。
俺は岩壁を背に空を見上げ、その話に聞き入った。



月が無い。

今日は新月だった。










………

……………











俺の名は、…………何だったかな。
在ったような気もするが、もう何千年もの間名乗っていないから、忘れてしまった。

アディスの察している通り、俺はリオルじゃない。
勿論、お前の精神異常が生み出した産物でも無いから安心しろ。
お前は割と正常だ。

俺は、『ミカルゲ』。

本当はもっと凄まじい力を持っていたのだが、
ある時人間界に行った折、『かなめ石』に封印されて『ミカルゲ』にされてしまった。


正確に語ろう。
『ミカルゲ』は、厳密にはポケモンとは違う。
肉体と魂を切り裂かれ、その魂のみを『かなめ石』に封じられた存在。

それが、『ミカルゲ』と言う『状態』なのだ。

俺もまた、その『ミカルゲ』と言う『状態』に囚われた魂。
ただし生前の力が強大過ぎたからこそ、ミカルゲで在りながら高い能力を発揮し、
『世界を旅する事』が可能だった。

だからミカルゲにされても、俺は再びポケモンの世界に逃げ帰る事が出来た。
そもそも何でミカルゲにされたのかは、……まぁ自業自得なんだ、ほっといてくれ。





ポケモンの世界に帰ってきた俺は、ミカルゲの状態でポケモンとして生きようとした。
しかし後になってみれば、それがいけなかったんだろう。

ミカルゲはポケモンじゃないから、俺は世界の意思に目を付けられた。
そして『ミュウ』が現れ、………。


俺は戦ったさ。
もとはポケモンだったのに、どうしてこうも酷い扱いを受けねばならないのかと。
そして戦い続け、敗れ、とうとう『かなめ石』を破壊された。

魂を繋ぐかなめ石が破壊された事で、俺の魂は霧散し始めた。
魂は肉の牢獄の中に居てその形を保つ事が出来る。
かなめ石に封印された時、俺の『身体』はどこかへ封印されてしまった。
それはいくつもの世界を旅するうちに、本当にどこへ行ってしまったのか解らなくて…
故に、魂を繋ぐ大切なかなめ石を失った俺は、消滅を待つ身となってしまったのだ。


このまま消える、消えてしまう――俺は本気で抗った。
こんな理不尽な死に方が、いや、そもそもポケモンとして生まれたのに、
ポケモンとして死ねないなんて、こんな理不尽な事があって堪るかと。


その時、俺は一筋の光に導かれた。
それは眩く穏かで、どちらかと言えば『闇』の象徴だった俺には少々堪えたが、
それでもその光は俺を一匹のポケモンの許へ導いてくれた。

彼は、偶然にも俺とほぼ同じ魂の形を持つ者。
俺は彼の肉体を借りて、そこで消滅と言う死より恐ろしい運命から逃れたのだ。


それが、アディスだった。


同じ器を持つ者の中でのみ、俺は生き延びる事が出来た。
悪い言い方をすれば、アディスは俺にとっての、『かなめ石の代わり』。


俺はアディスの中で生き続けた。
しかし、そこに誤算があった。
俺と違って、アディスは長生きが出来なかったのだ。

いくつもの世界で、冒険家を志し、強大な敵に挟まれて――
アディスが死んで俺の存在が危機に瀕する度に、俺は世界を巡って再びアディスに潜り込んだ。


俺が平行世界を渡り始めた時点で、全ての世界の俺は一つになった。
世界を渡るためには、膨大なエネルギーが必要になる。
生命の基盤を持たない俺の力は消耗品。
世界を渡るたび、俺の力は無くなっていく。
だから、俺は一つになった。
全ての世界から俺は消えて、『超界者』になったのだ。


その辺の概念は、『超界』の『理』を知る者にしか理解できないから割愛する。


世界を超えた所為で、他の世界では『俺』は居ないものとして歴史が刻まれている。
帳尻あわせに俺の『代理』は配備されただろうが、少なくとも俺と言う存在は他に居ない。
ここに居る、僅かな力を残した俺だけが、最後の俺なのだ。


俺は願う。
このミカルゲと言う束縛から解放されるその日を。
だから、アディス。
俺は全ての世界で頼みたくて、飲み込み続けたその言葉を敢えて口に出そう。






『――頼む…俺を、消滅から救ってくれ……』


「……ッ…」



時間が無いんだ。
もう世界を渡るだけの力は無い。
だから、この世界が最後の戦い。



だから、俺はこの残された力はもう惜しまない!
お前の悲劇の運命を打ち破るための力になってやる!

この狂った世界で!
お前は初めて俺を認めてくれた!







『だから……』





俺は死にたい

こんなワケの解らない存在として『消滅』したくない

俺は、生を受けた、正しい存在として生き、死んでいきたい…






『ミカルゲ』と言う悲しい運命を





『壊す…協力をして欲しい…』











…………












日が昇った
結局俺は一睡も出来なかったが、それは眠くないからではなく――


「オイ…クリア! てめぇ何時まで寝てやがんだッ!!」

「あひゃあっ!? ふええ!? す、すみません隊長――あれ? ……あれあれあれ?」

「…オイ、まだ寝ぼけてるのか? ナンなら俺の空手チョップで起こしてやろうか?」

「あ、ああ、あはははは! お、おはようアディス君…あれ? もしかして私――」


あぁ、察しのとおりだとも。
見張りの交替がしたくて夜中に何度も起こしたのに、
死んだように眠りこけやがって……お陰で俺が一晩中起きてるハメになったじゃねぇか。

…まぁ、あんな話の後でゆっくり寝れたかって言われるとあまり自信は無いが。



「さ、出発するぞ。一旦バリンに戻って、ガーディに洞窟の事を教えてやらんとな」

「そういえば、最初に約束してたっけ。…ほらほら、ふたりとも起きて」

「ぅぅー…あれ、もう朝…?」
「…まだ眠いですよぉ……ふぁぁぁぁぁぁ…」


俺は荷物をまとめ、持ち上げる。
それを見たクリアは、残りを起こすのが自分の仕事だと悟ったらしく、
ミレーユとフライアを優しく起こしていた。
まだ眠そうである。
仕方ないと言えば仕方ないが、出来ればもう少し逞しくなって欲しいものだと俺は嘆息した。





「ここが狂ってるんなら、お前にも先が解らないんだろ」
『あぁ』
「じゃあ、もしもの時は頼んだぜ。それでフライアが守れるなら、俺も意地は捨てる」





だから、その後でいいなら、俺はいくらでもお前を解放するために努力しよう。





俺は心の中でそう呟いて、まだ眠そうなツレを背に、再び商業都市を目指すのだった。







つづく 
  


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