――迷宮冒険録 第二十一話




「う〜…そのミロカロスなら、見たかもだな〜」

「本当か!? どこだ! 教えろ! 今すぐ!」
「うう〜!? い、痛いんだな、放すんだな〜!」


何だかトロくさいオニゴーリを捕まえて、俺はクリアの居所を問い詰める。
首筋(…がどこかは想像に任せるとして)を掴みガクガクと揺らすと、
やがて観念したのか、オニゴーリは重い口を開いた。

「アディス、このひと普通に教えてくれたと思うけど…そんな無理しなくても」
「む、そうなのか」
「そうなんだな〜…隠す心算なんて最初から無いんだな〜…」
「何か、哀れです…」

哀れとか言うな。
不憫と言え、不憫と。

「不憫で済まされても困るんだな。…じゃなくて、そのミロカロスは〜…」
「ミロカロスは…?」

ゴクリ…と、一同唾を飲む。
そして、オニゴーリは爆弾発言をかましやがった。


「この先の未開区域に入っていったんだな〜、勇敢だったんだな〜」




そーかそーか、勇敢だったか。
それでこそ世界一の冒険家パーティの一員だな。

…っていうか…




「「…何で止めないのッ!?」」


「ウッカリなんだな〜。テへ☆」




ミレーユと俺のツッコミがハモるのは、必然だったかもな。




って言うか「テへ☆」じゃねぇよ。









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      迷宮冒険録 〜序章〜
     『巨人さんこんにちわ3』
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「むぅー…」

洞窟の深層、未開区域で呻くのは他でもないクリアだった。
周囲にはすっかり野性ポケモンの影もなく、得体の知れない空気に包まれている。
しかし、不思議な事に意外と温暖な気候が快適さを演出してくれて、不安感は無かった。
温暖といっても、さっきまでの寒さから比べての話だから、実際は普通の温度なのだろう。

「…っていうか、いい加減戻った方がいいかもだねぇ」

時々壁に印をつけて来ているので、戻ろうと思えば何時でも戻れる。
だからこそ、独りでも行ける所までは行ってみようと思ったのだ。
簡単に言えば知的好奇心を擽られた、と言うことである。
アディスほどではないが、クリアもそれなりに冒険家らしい性格をしていた。

ちなみに、目印はアディスが使っていた不可解な記号である。
この印をアディスが見れば、きっと自分の残したものだと気付いてくれるだろう。
冷静さを取り戻しているからこそ、細かい行動に配慮を忘れなかった。


「よし、戻ろう」




―――……




クリアは立ち止まり、来た道を戻り始めた。
目の前には、目印が残っている。
ここは不思議のダンジョンじゃない、ただの巨大な洞窟だ。

そして、直ぐに立ち止まった。



「…え?」



突然聞こえてきたそれはあまりに得体が知れなくて、
クリアが忘れていた恐怖感を思い出させるのには十分だったかもしれない。



クリアが聞いたのは、『音』である。


『声』とも、『空気の流れ』とも、兎に角得体の知れない不気味な『音』。



それは、この立ち止まった場所よりも先の空間から、微かに聞こえてくる。
周囲に野性ポケモンの姿が見えなくなってから、もう随分歩いたと思う。
だからここに居るのは、多分自分だけであるはず。

若しくはゴーストタイプのポケモンが隠れ潜んでいるのかも?
なんて思ったが、それでも気配は感じられなかった。
ゴーストタイプとは言え、完全な幽霊ではない。
『幽霊の様な性質を持った生き物』が、『ゴーストタイプ』なのだ。

だから気配を感じないはずは無い。
よほど訓練された暗殺者ならば気配は消せよう、しかし、
それならばこんな得体の知れない『音』など出しはしないはずだ。

だからこそ、恐怖感を覚えるのだ。

もし気配の存在しない何かが居るのなら、
それは、この洞窟の中に居る、未知の怪物か―――





   「…ダレ…」




「――っ!!」




クリアは再び振り返り、その先へと続く道を凝視した。
狭い場所ではない。所々に水晶もあるから、それなりに視界はある。
だから、どこから『それ』が現れても、直ぐに攻撃できる。

アクアリングで動きを止めて、逃げよう――それ以外にありえない。
クリアは即座に作戦を打ち出した。
最善手であった。

得体の知れない怪物が居るなら、下手に戦うよりも一旦動きを止めて逃げた方がいい。
どんなに強い敵でも、自分のアクアリングなら数秒は止められる。

――クリアにはその自信が在った!



「ソコニ、イルノハ、ダレ…?」



「やぁぁあああああああッ!!!」



「ウッ!?」




気配もなく、それはそこに『居た』。
気付かなかっただけで、その巨大な腕が動き出すまで、
『それ』は完全に洞窟に溶け込んでいたのだ。
だから腕が動き始めた時点で『それ』がそこに居るのだと判断したクリアの反応力は、
並のポケモンを凌駕するレベルにあったと言えるだろう。

音も無く暗闇で動き出したその腕に気付けたのが、そもそも凄いことだったのだ。

今なら解る。
アレは、『呼吸』の『音』だ。





動き出した何かに向けて、アクアリングが放たれる。
だが、クリアの想定は、少し視野が狭かったと言わざるを得ない。


そこに居た『何か』の、そのあまりの大きさをまるで度外視していたのだ。

――仕方ないと言えば、仕方ないだろう。
しかし、ここが巨人の洞窟と銘打たれているのなら、それは思考に入れておくべきだった。

だが、クリアはそれを怠った。
アクアリングは大きさが足りず、その巨大な掌にぶつかって弾け飛んだのだ。






「…マタ、タタカイ…? モウ…イヤナノニ…――」



「え? ―――っ!?」




―――ギュオッ!!    ズドオオォォォーーーーーーーオオンッ!!




「うっ、げほっ! ぁ……っ」





突如、その巨大な掌は『飛んできた』。
そういう風にしか、クリアには見えなかったと言うのが正確。
『それ』の何もかもが予想外すぎて、クリアは掌をかわす事が出来なかった。
いや、解っていても出来ただろうか?
それは、あまりに速過ぎる攻撃だった。


その掌はクリアの首を掴み、いや、掴んではいない。
クリアの首を、多分親指と人差し指の間に『引っ掛けて』、
そのまま対面の壁に叩き付けたのだ、クリアごと――。




「ぅ……く………」




何という、重く早い一撃だろうか。
もはや痛みが痛みとして認識できない。
目の前に居る巨大な何かがこちらを見ている。

壁と巨大な掌に挟まれた状態から解放されたクリアは、そのまま地面に崩れ落ちた。
身体が動かない。
マヒ状態になったのだろうか? それとももう瀕死なのか、それすら解らない。

と、そこに居た巨大な怪物は、再び口を開いた。





「ドウシテ、タタカウ………ヘイワニ、クラセレバ、ソレデイイノニ…」


「………ぇ……?」




クリアは一瞬、幻聴でも聞こえたのかと思った。
そして次の瞬間には全てを理解し、笑いすら込み上げてきたのだった。
と言うか、もう笑うしかなかった。




「は、はは……えほっげほっ………なんだ……じゃあ、全部…私の…勘違い…?」





そして、クリアの意識はそこで一旦途絶えてしまう――。










………









クリアが壁に衝突した轟音は、同じ道を辿るアディスたちにも当然聞こえていた。
丁度、クリアの残した目印をミレーユが発見した時のことである。


「こんな不可解な目印を描けるのは、アディスだけじゃない」
「いや、似てるが微妙に違う。だから、俺の目印を見知った奴が真似て描いたんだろう」
「…と言う事は…?」
「この先にクリアが居るって事だッ!」

言うが早いか、俺はその道を駆け出した。
途中水晶につま先をぶつけて痛い目を見たが、今は気にならない。

あの『音』の後、何も聞こえてこないのだ。
最悪の事態が、脳裏を過ぎる。
頼む、頼むから無事でいてくれ、こんな形で仲間を失って堪るかッ!


『近いぞ、止まれ』

――うるせぇ! 止めるなッ!


臆病な意見を切り捨てる。
俺は真っ直ぐその道を直進、直進、そして――





「――クリアッ!!」




開けた空間に辿り着く。
他に比べ、輝く水晶の数が多く、照明代わりになっている。

暗い道を抜けてきたから、逆に眩しいくらいだ。
目が慣れてくるに従って、次はこの場の状況を理解するために脳が働く。
壁、岩、ここは開けているだけで、洞窟と何も変わりは無い。

そしてその中央に――!!



「な、何だこりゃあ!?」


「……コンニチワ。オキャクサン、メズラシイ」





巨大なポケモン、多分、『レジギガス』と思われる巨人が、鎮座していた――――










つづく



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