――迷宮冒険録 第二十話







「さっみぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」


「うひゃああっ!?」
「ちょっ、アディス! 脅かさないでよ!」



洞窟の中の冷え込みに、俺は思わずそう叫んでいた。
こうでもしないと、本当に我慢してられん。
この中では、俺が一番寒さに弱いんだよ、多分。


「私も、あまり得意じゃないなぁ」
「えぇい黙れ水タイプ」

「でも、本当に寒いですね、ここ…」
「うん…ほら見て、あの泉…凍ってるよ」


ミレーユが指差した先には、氷の張った池があった。
洞窟の中だから湧き水が凍ったのだろう。

だんだん外の光も届かなくなってきたので、俺は寒さ凌ぎも兼ねて松明に火をつけた。
用意がいいだろ? なんたって冒険家だからな。

それにしても、本当に寒い。
高い山の上にある洞窟だから冷え込みが厳しいのかどうかは、
専門家じゃない俺にはよく解らないがな。


「ここは不思議のダンジョンじゃないみたいだね」
「あぁ、目印つけていけるからありがたいな」


俺は時々壁に印を付けながら、さらに洞窟の奥を目指すのだった。










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      迷宮冒険録 〜序章〜
     『巨人さんこんにちわ2』
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洞窟の中には、そこらじゅうに在る氷柱や氷の塊に似合うポケモンが数多く居た。
どれも野生のポケモンだが凶暴さは皆無で、各々がその時間を楽しんでいるようだった。


「なんか、平和なところだね」
「そうだねぇ。何だか、見てるこっちも暖かくなる気分だよ」

「へーへーそーですかぃ。こちとら寒くて死にそうだっつーに」
「あ、アディスさん…大丈夫ですか…?」


ミレーユとクリアは、この平和な光景にすっかり和みまくっている。
俺はその後ろで寒くて死にそうになっているというのに、呑気な奴らだ。
って、寒さ如きでガタガタ言える辺り、俺もまだまだ呑気なのかもな。


ウリムーに、イノムー。アレは親子だろうか。
あっちに居るのはマニューラか、なかなかレアなポケモンも居るみたいだな。
お、ユキワラシも居るじゃねぇか。
氷柱の影からこっちを覗いてら。可愛いやつめ。



「って、何だこのポケモン観光ツアーはッ!!」


「うひゃぁ!?」
「ちょっ! アディス! 今度は何!?」


絶叫再び。
今度は周囲の野生ポケモンたちまでリアクションしてくれた。
驚かせて悪かったな。


「くっそぅ、毛布だ! 毛布をよこせ!」

「はい、毛布」
「でかしたミレーユ。フライア、ちょっとコレ持ってろ。……よしオヤスミ」
「ぇええ!? 寝るの!?」
「あっ、アディスさんっ! これ重いですっ」
「エスパーで何とかしろ」
「無理ですぅーっ」


松明をフライアに押し付け、ミレーユが出した毛布を被り、寝に入る俺。
フライアが文句を言っているが、
四足歩行のイーブイに松明を持たせるのは少し酷だったみたいだな。悪い悪い。

それにしても、外が寒いだけに毛布の中は天国だな…


「ってアホかァーーーーッ!!!」


「きゃああっ!?」
「ちょっ! もういい加減にしてよアディスーっ!」
「…賑やかだねぇ」



絶叫三度。
よし、叫んだらちょっと落ち着いた。
松明を奪い返した俺は毛布をミレーユに押し付け、再び洞窟を潜っていくのだった。


「な、何キレイに纏めようとしてるのさアディス…」

「ナンだろうな、寒くて頭が回らねぇや」






………






どれくらい潜っただろうか。
時々降り道があったが登る道は無く、この洞窟の道は山を下っているらしい。
寒さは厳しさを増すばかりで、いよいよ俺だけじゃなくミレーユも音を上げ始めた。

「ど、どこまで続くのかな…この洞窟…」
「よし、フライア、クリア。後は任せた」
「アディスさん…守ってくれるんじゃ無かったんですか…」
「そうだった。じゃあクリア、後は任せた」

フライアが呆れたようにそういうので、ジョークの心算で俺は言葉を返した。
そう、軽いジョークだ。軽いジョークの心算だったんだ。

「うん、じゃあちょっと行って先を見てくるね」
「あぁ、頼んだ。………え?」
「ちょ、ちょっと!? クリアさん! 待ってってば!」
「あわわわわ……追いかけましょうよアディスさんっ」
「お、おお、そうだ! 待てクリア! リーダーは俺だぞッ!」

笑顔でどんどん突き進んでいくクリア。
速い速い、待てってばコノヤロウ。
何だあの速度、蛇が地面を這うってレベルじゃねーぞ、しかも無駄に優雅だ。
こんな時にまで劣等感を感じさせやがって、後でお仕置きだ。


「こっちですよ〜」
「待てコラーッ! ニコガクナメんじゃねぇーーッ!」
「ちょ!? アディス! ニコガクって何っ!?」
「あわわわっ、はっ、速いですーっ!」


何時の間にか降り道。
松明を持ちながらだと歩き難い、凍った地面やゴツゴツした岩が散乱する道を、
クリアは鬼ごっこでも楽しむかのようにスイスイ降りていく。
俺はその後を追い、ミレーユとフライアは手を繋いで何とかついて来ていた。

もしかしたら、これはクリアの策にまんまと乗せられたかも知れないな。
途中からそんな事を思い始めていたものの、
しかし寒さも紛れるのでしばしこの鬼ごっこ紛いな探索を続ける事にした。




―――思えば、直ぐにでも引き止めるべきだったのかも知れない。
この松明を投げ捨てて全力疾走すれば、きっと追いつく事が出来た。





「……アレ?」


「ど、どうしたのアディス…?」
「あ、アディスさん?」


俺は立ち止まって、松明で薄暗い洞窟の壁を照らした。
入り口の巨大さに比べたら随分狭い道ではあるが、
決して一本道だと過信して進めるほどには狭くない。


あぁ、遠回しに言うなってか。
そうだよ、その通りだよ。



「オイ、クリアどこ行った?」

「「え゛?」」








………








「あれれ、アディス君たち、追いかけてこなくなっちゃった…」



暗い洞窟の深層で、クリアは呟いた。
周囲には怪しく輝く水晶があり、さらに氷タイプの野性ポケモンも居るため不安感は無い。
…無いのだが、非常に気まずい状況に、クリアは内心如何したものかと首を傾げた。


「ちょっとイジワルが過ぎたかなぁ…」


水晶に尾で触れてみる。
確か、この水晶は『マナ』と言う大気中のエネルギーを蓄えて発光している。
種に居た頃に、そう聞いた覚えがある。
『マナ』は『波導』の残留物質で、波導よりも劣るエネルギーだが、
エスパータイプの技の殆どはこの『マナ』を凝縮して放たれる――らしい。
だからエスパータイプと言うのは、『マナ』を扱うエキスパートとでも言えばいいだろう。

…思考が脱線したが、兎に角今はこの状況を整理して打開する策を講じる必要があった。

――そもそも、こうでもしなければ彼らは寒さに負けて動けなかっただろう、
だからこの判断は間違ってないはずなのだ、けれども…。

クリアは暫く自分の判断を自己採点しながら、結局来た道を戻る事にした。

大丈夫、後ろに居るのは解っているのだから、戻ればいいだけだ。
ここは不思議のダンジョンじゃない、それはもう解っている事――


「――?」


クリアは最初、自分が悪い夢でも見ているのかと思った。
だが、それは紛れも無い現実としてそこにある。
鬼ごっこ紛いな強行に、自分も少しはしゃぎすぎたかも知れないと後悔しても後の祭り。



「あ、あははは…うそ……どうしよう、どの道から来たんだっけ…」



マナで輝く水晶の微かな光が、そこに無数の道を照らし出していた――








………






アディスたちは、多分クリアが通ったと思われる道を直進していた。
結論から言うと、その道はクリアの居る場所には繋がっていない。
ここ、巨人の洞窟の深部は、アリの巣状になっていて未だ未知の多い場所なのだ。

巨大な怪物の噂も相俟って、冒険家としては食指が動かないワケが無い。
今はそれどころじゃないのが非常に残念だ。


「なぁ、クリア…ミロカロスを見なかったか?」

「さてねぇ。ここに住んでいる者の全員が、この洞窟の全てを知っている訳じゃないし…」


適当に捕まえたイノムーはそんな事を言っている。
ということは、この道は間違っているのだろうか?


「クリアを追っかけてる間にも目印はつけて来たから、俺たちは迷わないで済むんだが…」


あの馬鹿は、頭が回るんだか回らないんだか…肝心な時に役に立たない奴だな。
俺は率直にそう思った。

仕方ない、一旦戻ろう。
俺は振り返り、来た道を逆戻りし始める。
ミレーユとフライアは、疲れも忘れて不安げな表情を浮かべている。
そらそうだろうよ、なんたってここには――




『気をつけなされ。ここには、レジギガス様が居る…』




このセリフは、イノムーの前に捕まえた、老年のマニューラのものだ。
レジギガスとか言う巨大なポケモンが、この洞窟のどこかに居るらしい。
この洞窟に暮らす氷タイプのポケモンたちは、
外から来た者にそれを伝えるためにここに居を構えていたのだが、
この数百年間、レジギガスが一度も現れないために、
今ではその風習を忘れ平和に暮らすようになったのだという。

特に入り口付近に暮らす若い世代は、その役目自体知らないらしい。

レジギガスはもう居ないのだろうか?
そう考えるのは安直な気もするが、つまりこの洞窟は今、一つの平和な集落なのだ。
そしてその平和を守るためにここに住むポケモンたちがとった行動こそ、
洞窟の中を無闇に探索しない事だと。

未開に踏み込まなくても、ここで生活する事は出来る。
もしかしたらレジギガスの居る場所はこの洞窟の未開区域で、
ちょうど自分たちがその外に住んでいるのなら、
下手に踏み込む必要は無いだろう――そういう判断をしたのだ。

旅人もこの洞窟の巨大なバケモノの噂を知っているし、
何より氷タイプが群生する極寒の空間のお陰で、誰も踏み込んだりはしない。
危ういが、ここは確かな均衡状態を保っていた。


「…クリアの奴、未開に踏み込んでねぇだろうな…」
「あわわわ…だ、だとしたら危ないんじゃ…」


ついでにそのマニューラ曰く、この洞窟が寒いのは自分たちが原因だそうだ。
大昔に彼らの祖先である氷ポケモンの群れがここに辿り着き、
それからずっと暮らすようになって――…それから寒くなったのだと言う。
その頃は度々レジギガスが現れたと言うのだが、
なにぶん時代が古すぎるため、正確な情報は残ってないらしい。

つまり、レジギガスがどんな性格なのかは定かでは無いと言うことだ。

ここに伝わる2種類の御伽話には、
最後に魔王レジギガスを洞窟の奥に封じ込めた終わり方と、
守護神レジギガスがここの守り神として崇められるようになったと言う、
対極のエンドが存在している。
果たしてどちらが正しいのか、或いはどちらも正しくないのか。
今となっては、謎だけが残されているのだ。
レジギガスは、それほど長い間その姿を見せていないというのだから。


「下手に未開に踏み込んでレジギガスを暴れさせてみろ、この洞窟はどうなる」
「た、大変な事になっちゃうよ…」
「だろう。…くそっ、パンドラの箱かよ、ここの『未知』は」







少しずつ、事の次第を把握するにつれて、俺は一つの嫌な予感に襲われていた。





「早いとこクリアと合流しないと…やべーぞ、ここ」















つづく



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