――迷宮冒険録 第二十二話





クリアは夢を見ていた。
もうすっかり馴染んだ仲間たちが、巨大なポケモンと一緒にお茶を飲んでいる。
そこには、もともと同じ場所に住んでいながらも、
誤解のために長らく互いを知らずにいたポケモンたちが、笑いあっている。

この平和で穏かな光景は、一体何の夢?



「よぉ、目ぇ覚めたみたいだな、クリア」

「あ、アディス君!? こ、これって一体――」



夢ではなかった。


そこには巨大なポケモンと、氷タイプの――この洞窟の住人たちが、
なんと言うかお粗末なお茶会をしていたのだ。


「……なにコレ」

「ナンだろうな。とりあえずお前も飲むか?」










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      迷宮冒険録 〜序章〜
     『巨人さんこんにちわ4』
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この巨人なポケモンこそ、噂に名高く、
そして長らく目撃されていなかった怪物――『レジギガス』である。
まず、この今の状態の説明をしてやろう。

ほんの少し前、ここにやって来た俺たちはコイツ――レジギガスと遭遇した。
そして俺が思わず菓子折りを差し出してこの場を丸く治めようとしたら、
なんとレジギガスの奴はお茶を用意してくれたのだ。

菓子折りは、万が一のために用意しておいた。
役に立ってよかった。

そんで、双方全く以ってお互いの事を知らないながら、今に至る。
ミレーユとフライアはすっかり『大きなお友達』が出来たという感じではしゃいでいるし、
これはこれで、ある意味最善の形かもな。

それから、そこらに居る氷タイプの、この洞窟の住人たちはと言うと、
折角だから誤解を解いておこうと言うことで俺が無理矢理連れてきたのだ。
特にお礼は出なかったから骨折り損な気もするが、
それはこのお茶の旨さに免じて許してやろう。
恐れ慄かれていたレジギガスが、実は争いを好まない性格だったなんて、滑稽なものだ。
すっかりこの洞窟の住人たちも安心した様子で巨人を囲んでいる。

うーん、それにしてもお茶が旨い。
一体どれだけ修練を積んだんだ?

「1000ネン…ト、チョット」
「そうかそうか、そりゃ旨いわけだ」

1000年もお茶淹れをやってりゃ、旨くならない方がおかしいな。
と言う事はこの巨人も、味覚は俺たちとなんら変わらないと言うわけだ。
少しだけ親近感が沸いた。

沸いたついでに聞いてみたのだが、どうやらコイツは寒いのが苦手らしい。
それで洞窟の奥に引き篭もっていたのだとか。
その間の食料をどうしていたのかと聞いてみたところ、
この洞窟は実はトンネル状になっていて、この奥は外に通じているのだと言う。

しかしその外と言うのも未開の森で、
そこで茶葉を集めたりしても誰にも目撃されなかったんだとか。
森の中で茶葉を集めるレジギガス…想像するだけでもはやコントだな。


「は、はははは…じゃあ私はやっぱり勘違いしてたワケだ」
「そーいうこった。ま、アイツもやりすぎたって反省してるから、大目に見てやれよ」


――やりすぎたと言うか、本当に死ぬかと思ったのだけれど。
あと、私がたった一撃で倒されたのは知れ渡っているのだろうか。
そんな不安が過ぎる、クリアであった…。








…………








「では、これからは我々共に力を合わせてこの洞窟で暮らすとしよう」
「ソウシヨウ、ナカヨク、イチバン」

「一件落着、だね。アディス?」
「むむむむ…」


無事に和平条約(?)を結び終えて、再びお茶会を満喫する彼らを眺め、
俺はひとり難しい顔をしていた。
ミレーユはそんな俺を怪訝な様子で見ているのだが、理由は言うまでもあるまいて。

「せっかくこの洞窟の未知を暴いたのに…これじゃ洞窟の情報は売れそうに無いな…」
「あ、アディスが何か立派なこと言ってる…」
「おう、待てミレーユ。俺にだってそれなりに人情ってモンが在るんだぞコノヤロウ」

何故売れそうに無いか、つまり彼らの平穏な暮らしを邪魔するのは良くないだろうって事だ。
折角平和に暮らせると言うのに、この情報を公にして野次馬を集めたら彼らも迷惑するだろう。
だからそれは断じて出来ないし、したくない。
故に、冒険家としての本当の意味で、今回は骨折り損だったと言わざるを得ない。


「お前、巨人の洞窟のランク見たか?」
「ランクってナンだっけ」
「……」

ランクってのは、この世界に点在する『既知なる未知』の難易度を順位化したものだ。
そのランクが高い未知の情報ほど、高い報酬を得る事が出来るのである。
好奇心だけでは難しい冒険家家業に人気が集まるのは、所謂この賞金が目当てって事だ。
知的好奇心を満たしつつ金がもらえるなんて、嬉しい奴にはたまらない条件だろう?

で、この巨人の洞窟に潜む怪物の伝説はランク『S』。
かなりのハイレベルな難易度で、噂だけが一人歩きして誰も調べに行かないと言う、
もはや存在すら幻レベルになっている状態だ。
だから「ここに居る怪物はレジギガスだったー!」なんて情報を売れば、
そりゃもう何百万ポケ入るのやら…あぁ考えてたらヨダレが出てきたぜ…。


でも、売れないんだよっと。
ここは永遠に謎にしておいていい場所なんだよっと。


「ぁぁぁぁぁぁ……まぁ、伝説の冒険家になるんだ。一度や二度の失敗が何だ!」
「あっはは、そうだね。次頑張ろう!」


ミレーユだけが同意してくれた。
フライアとクリアは、何故かここの住民にモテモテだ。
クリアの方は、ちょっと意味合いが違うような気もするが。
軽く瀕死だったくせに、もう元気になってるあたり、女って怖いと心から思うよ。




「アディスさーん、そんなところに居ないでこっちに来てくださいよー」

「あはは、お姫様がお呼びだよ?」
「ったく、面倒くせぇなぁ」


フライアは確かに黙っていれば、並のイーブイよりも可愛いとは思うけど、
些かこのモテっぷりは異常だと思うぞ。
…あぁそうか、こんな辺鄙な洞窟じゃあフライアみたいな本格的なお嬢様は来ないのか。
合点納得だ。


「オラオラ、散った散った。俺のフライアに手ぇ出すんじゃねぇ」
「ぅぅぇええええええ!? ああああ、あああアディスさん!? な、何を!?」

「ぇー? おにーちゃん彼氏なのー? なんだぁー」
「ぶーぶー」

「ちょ、ち、ちが、違いますってば! アディスさん! 何言ってるんですかっ!」


ん、何か間違った事でも言ったか?
……あ。
言ったかも。真顔でこっ恥ずかしい事を。

いや、俺のニュアンスとしては、チームメイトと言うか旅仲間と言うか保護対象と言うか、
まぁそういう意味の心算で言ったんだが。
やべぇ、今になって事の重大さに気付いた。
すまん、忘れてくれ。

「…冗談だ、吃驚したか!」
「あははは! だよねぇー、おにーちゃんみたいな乱暴そうなのには似合わないもんねー」
「てっ、ちょ! 何で!? 俺ここに来てから割と大人しくしてた筈なのに!?」

い、何時の間にか乱暴なイメージがガキどもに定着してやがる。
恐るべし子供のカン、と言うか後ろのほうで笑いを堪えてるミレーユ、
お前今度メイド服決定。

「くっ、ガキの相手は疲れるな」
「…そうですね!」

……そそくさと立ち去るフライア。
…あぁ、やっぱり怒ってらっしゃる? また面倒な事に…。
まぁ、俺の経験則に基づいたデータに寄れば、
フライアの不機嫌は時間経過で収まるから別にいいか。


「アディス君は、…わかってないなぁ」


何時の間にか、クリアが俺の背後でニヤニヤしていた。


「悪かったなコノヤロウ。お前もメイド服決定だ」
「あはは、可愛いのでよろしく」


いいのかよ。
何なんだこのパーティメンバーは。
今更ながら人選に不安を感じてきた。
なぁ、俺は一体どこで道を踏み違えたんだ?






「レンアイ、ムズカシイ」

「……何か、お前に言われると悲しくなるな」

「ウウウ…ショック…デス」




…すまん、今のは軽率だったかも知れない。
忘れてくれレジギガス。








………









「ねぇアディス、これからどうするの?」

「ん。この先の森を突っ切って行ける所まで行きたいところではあるが…」



レジギガスと別れ、洞窟の奥を進む俺たち。
このまま行くと、未開の森に出る。
そこからこの山の岩沿いに迂回すれば商業都市方面に戻れると言うので、
寒い洞窟を逆戻りするよりはマシだろうと、こっちに来たのだ。

俺は言いかけて、クリアの顔を見た。
クリアがちょっと何か言いたげであるのは、
未開を突っ切るよりもエラルドを探しに行きたいという思いの現れだろう。

パーティメンバーの意見を尊重してやるのもリーダーの仕事だから、
渋々では在るが商業都市方面に戻る事を約束した。



「さすがアディス君――」
「ご褒美は要らんぞ」
「あぅ」

時々不意打ちのようにクリアが近づいて来るのにもすっかり慣れたもので、
俺は振り返ることなく手を後ろに突き出してクリアの頭を押さえ込んだ。
後ろにも目がついてるんじゃないかとかミレーユが呟いていたが、案外付いてるかも知れないな。


未だに不機嫌なフライアは、ミレーユの後ろにピッタリくっついている。
やれやれ。






………






舞台は再び巨人の洞窟の内部。
アディスたちですら通らなかった未開区域に、2つの影が在った。



「おぉぉぉぉおぉぉお〜〜い……ここはどこだよぉぉぉ〜〜…」
「俺が…知るわけ無いだろ……」
「くそがーーッ! あの野郎どこ行きやがったッ!」
「落ち着けボスゴドラ…下手に歩き回って、また迷ったら俺たちも危ないぞ」



サイドンとボスゴドラである。
何でここに居るのかという野暮な質問は、今更答える必要も無いだろう。
フライアを狙っているのだから、その後をコッソリつけているのは道理なのだ。

ただし、クリアが鬼ごっこ紛いな事をした所為で、
彼らは今すっかり道に迷ってしまっているのだが。



「くっ、も、もしかして今回の俺らの出番ってコレだけ!?」

「…かもな」



「や、やな感じィ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」






どこぞで聞いたようなセリフを叫びつつ、
ボスゴドラは出口とアディスたちを探してさらに未開に踏み込んでいくのだった…。

何と言うか、哀れ。








つづく 
  


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