――迷宮冒険録 第十二話


 


先ず、フライパンに油をひく。
量は適度に、と言ってもひとそれぞれだな。
俺はスプーン2杯程度が好きだが、今回は俺の男気が勝負の鍵だ。

俺は無造作に置いてあった料理用の油のキャップを外し、フライパンにドバっと開けた。
この豪勢な厨房に似合う大き目のフライパンの底に油が溜まって、照明を反射している。
それはまるで湖面の月のように揺らめき、そこはかとなく神秘的だった。

それから強火でフライパンの温度を一気に跳ね上げる。
そして最高潮に達する前に、予め切っておいた野菜をぶち込む。

炎の柱が上がる。これが鉄人の料理だ。
そして俺は次に用意しておいた肉を燃え盛るフライパンの中へ―――





ジリリリリリリリリリリリリリ





プシャアアーーーーーーーーッ!



ジュワッ







ドガァーーーーーーンッ!!!









………。


「…イテテ…な、何が起こったんだ…?」


燃え盛るフライパンに肉を入れて持ち上げたら、
けたたましいベルの次に水が降ってきて、………爆発、した?





「く…り、料理は爆発だーーーッ!」





「「「お前帰れーーーっ!!」」」












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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『鉄人アディス2』
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まぁそりゃあ油で燃え盛るフライパンに水をかけて、惨事を起こすのはよくある事だ。
今回はたまたまそれが俺だったと言うだけで、別段珍しいほどの事じゃない。
人間だったら一撃昇天だったかも知れないが、ポケモンをナメるなよ。


「あ、アディスさん、大丈夫ですか?」

「いや、ダメだ…何も喰ってないから腹が減って死にそうだ…」


火傷よりも空腹のほうが身に堪えると言うものだ。
俺はこの惨劇によって食事の会場から追い出されてしまったので、
結局何も喰う事が出来ず終いだった訳だが、だったら最初から俺に料理なんかやらすな。

ホテルの一室に退却し、フライアとミレーユは火傷の跡が目立つ俺を囲んでいる。


「でも引き受けたのはアディスじゃない」
「馬鹿、あの状況で断れるか? ある意味脅迫だぞ、アレは」


まるで死ぬ直前に遺言を残すような感じで俺に料理を押し付けたあのゴルダック料理長は、
今頃病院でギックリ腰の手当てを受けている頃だろうか?
今度会ったらとりあえず殴る。絶対に。


「ぁーーダメだ、マジで腹が……ミレーユってよく見たら美味そうだな」


腹が減っていると、とりあえず目に付くものが食べ物に見えてくる。
俺は手を伸ばし、ミレーユの触手を捕まえて引き寄せた。


「ほあああああっ!? ちょっ、離して! 助けてフライア!」

「これだけ沢山(触手が)あるんだ、1本くらいいいだろ」

「よくないっ、よくないよ! たっ、助けくぁwせdcrftgvyふじこlp;」


途中から意味不明な奇声を上げてフライアに助けを求めるミレーユ。
ふじこって誰だよ。
なんて俺が思っているうちに、フライアが俺のほうに何かを持って歩いてきた。

「大丈夫ですよアディスさん、ちゃんと料理持って来ましたから」

フライアが持っていたのは、プラスチック製の容器だった。
そういえばあの料理は頼めば持ち帰りも可能だったっけ。
このホテルに泊まっている客限定で。いいサービスだ。

「今回は命拾いしたなミレーユ」
「まだ保留なの!?」

俺はミレーユの触手を離すと、フライアの持ち帰ってきた料理に手を伸ばす。
うむ、このタコ刺しもいい味だしてるぜ。
それにこっちの昆布巻きもなかなか…


「フライア、お前の料理のチョイスセンスにはがっかりだ」

「ごっ、ごめんなさいごめんなさいっ、珍しかったから、その、つい…」


俺の感情の変化を読み取ったらしく、フライアは椅子の陰に隠れて釈明し始めた。
いや、そんなリアクションされると物凄く俺の立場が悪くなるのだが…

しかしなるほど、王家なんて良いトコにはこんな庶民的な食べ物はありませんか。
いや、庶民的とか言ったらタコ様に失礼か、とりあえず腹が減ってりゃ何でも美味い。
タコ様バンザイ。

「うっし、ちょっと足りないがまぁいいだろう。サンキューな、フライア」
「あ、は、はい!」

「(ほっ)」

「今ほっとしたミレーユ、俺は諦めてないからな」

「あっ、アディスぅ…」

冷や汗を浮かべて俺をジト見するミレーユ。
バーカ、冗談に決まってるだろ、半分。

「半分…」
「嫌か?」
「嫌に決まってるでしょ!?」






…………





そうこうするうちに夜を迎え、明日の旅に備えて寝る事になった。
というか、俺がしたんだがな。
こいつらほっといたら何時までも寝やしねぇ…

「消灯!」
「おやすみなさい」
「おやすみぃ…」

この時には、俺の消灯コールが定着し始めていた。
尤も屋根の下で寝れる間だけの話だし、悪い事じゃないから別にいいか。


ホテルの電気を全て消すと、真っ暗でちょっと怖いな。なんか出そうだ。
俺はお化けの類は嫌いなんだよ。



zzz。



そして、翌朝…?
いや、朝かどうかはカーテンを開けてみないと解らないな。
真っ暗でよく解らん。



「……ん、ん〜〜…」



妙に寝苦しい。
腹の上に何かが乗っている。
誰だこのヤロウ、ミレーユか?
フライアだったら多少は喜んでも良いようなシチュエーションではあるが…

なんて馬鹿を考えているうちに、俺の身体は目覚めてしまう。
目が開き、視界が鮮明になっていく。
脳ミソも次第に働き出し、見えているのが何なのかを分析し始めた。

まだ眠いのに、誰だお前は。
赤い、赤くて、触手?
ミレーユ?
いや、ミレーユは赤くない。ヤツは黄色い。
確かに殻は赤いが、触手まで赤かった覚えは無い。

じゃあ、何だ、この、張り付くような、感覚は……




「そう、ワシこそがタコ様じゃ」



「のおおおわあああああああああああ亜qwせdrftgyふじこlp;@!?!?!」



ち、ちちちチクショウ! 俺も思わず奇声上げちまった! ふじこって誰だッ!
じゃなくて誰だコイツ! タコ様!? タコ様って言った!?
そりゃ確かに外見は、そう、タコさ、タコ様さ! オクタンだ! ポケモンの!


「おおお、おオクタン…さん? お、おはようございます…?」
「うむ、挨拶はキチンと出来るようじゃな」


頭が冷静さを取り戻していく。
そうだ、落ち着け俺、クールになるんだ。
そもそもこんなところにタコが、オクタンがいる訳無いだろう、これは夢だ。
夢だ、夢だとも、そうだ夢だったんだ、
俺はきっとまだフェルエルにぶっ飛ばされて気を失っているんだ。


「うんー…アディスぅ…朝から五月蝿いよ…………って」

「ほっほ、スマンスマン、ツレを起こしてしまったか」

「…qあwせdrftgyふじこlp;@!」


再び奇声を上げて卒倒するミレーユ。使えないガーディアンだ。
だがミレーユが居て、起きて…つまり夢では無さそうだ…。

と、次はフライアの方からもぞもぞと声が聞こえてくる。


「んん…アディスさん……ダメ…こんなところで…………すぅ…」


寝言だった。
つーかどんな夢見てるの!? お前の中での俺のイメージって大丈夫!?
ちょ、怖いよコレ、ちょっと!
今すぐ叩き起こして誤解を解いておきたい!
フライアにじゃなくて読者に!

あぁでも今はそれどころじゃなくて、もう!


「ん…ミレーユさんも…喧嘩は…ダメですぅ………すぅ……」


………どうやら俺の勘違いだったようだ。

俺とミレーユの些細なふざけあいの仲裁をしてる夢でも見てるんだろう、
アイツらしいと言えばアイツらしいな。
まぁいいだろ、どうせフライアだってこの現実を見たら奇声を上げて卒倒するに違いない。
全国のフライアファンがイメージを崩さずに済んだだけマシとしておこう。
いるかどうかはさて置き。


「……で、何者だお前」

「ワシはタコ様、お前のタコ刺しの食べっぷりに惚れ込んでやってきたのじゃ」

「お願いします帰って下さい」


時計を見ると、時刻は三時半。まだ眠い。
朝と言えば朝だが、この世界の夜行性じゃないポケモンが起きる時間では、断じて無い。


「そうはいかん、ワシはお前さんに伝説のタコ料理をお教えするために、
 遠路はるばるやってきたのじゃ。それまでは帰れん」

「教えてくれなくていいです帰ってくださいマジで」

「ぐぬぬぬぬ……おぬし、ワシをナメておるな?」

「いいから帰れタコ、大体タコのクセにタコ料理とか言うな! 共食いじゃねーか!」

「グハァッ! 言いおった! ワシがヒッソリと気にしている事を言いおったーーッ!」


えぇい、心から喧しい…誰かデスノートでコイツを裁いてくれ。
じゃなきゃ今すぐ俺が捌いてやる、包丁をよこせ。


「ふふ、やる気になったようじゃな。今この場で、お前にタコ料理の真髄を見せてやろう。
 ホオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


う、うるせぇー…なんだコイツ、何なのコイツ?
ちょ、誰か俺がどうしてこうなってるのか教えてくれないか?
いやホント、マジで頼む。どっかでフラグ立てちゃったとか、…なぁ。
……アレか? タコ様バンザイとか言った所為か?
だったら反省するから、もう二度といわないから俺をこの状況から解放してくれ。
頼むよ、ホント、頼むから……


『よぉ、アディス。面白いことになってるな』


語りかけてきたのは、俺の中の『臆病者の俺』だった。
こないだからすっかり見かけなかったが、まだ居たのか。
十字架に架けられて絶命した悪魔君が復活するときに帰ってきたのか?
帰ってこなくても良かったのに。

だいたい如何いうことだ、如何して俺がこんな目に遭わなきゃならん。


『くくくく…俺はお前だろう。お前が知らない事なんか俺だって知らねぇよ。
 俺が知ってるのはお前が知ってる事と、お前が忘れている事だけだ。
 ついでに付け加えるなら臆病なのはお互い様だ、俺はお前なんだからな』


…助かる術は?


『タコ料理でも習得して 満足して貰えば良いんじゃねぇのか?』


臆病な俺は、しかし割と冷静な回答を出した。
やっちまった以上はしょうがない。
発生したイベントは、どうやっても回避できないのだ。
セーブとかロードとかがあるゲームじゃない。
このイベントはクリアしなければならない。

クリア条件は?
そんなもの、このタコがさっき言っただろう。


「わぁーったよ…」

「む?」



脳内会話終了。
臆病な俺と話すのは嫌だが、このとき以上にヤツを頼もしく思った事は無かったかもな。
……ガッデム。


「やってやるよ! タコ料理の真髄とやらをマスターしてやるぜ!」

「その意気だ! ホアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



タコがついて来いとばかりに飛び出していくので、俺も後を追う。
着いた先は、先日俺が爆発事故を起こした厨房。
きれいに片付いてはいるが、天井はまだ黒く焦げていた。


「それでは始めるぞ! 先ずはタコの捌き方の基本からじゃ!
 ホアタタタタタタッ! アタッ! アタッ! ホゥワチャァッ!」


「く、悔しいが…コイツ無駄にすげぇッ」



驚くべき速度でタコ料理を一品仕上げるタコ様。
同胞を躊躇い無く捌くその様に、俺は修羅を見た。
そう、ヤツは料理に一切の妥協をしない、云わば料理の修羅!
修羅シェフ! 言い難ッ!

「こりゃ、タコ刺しか」
「うむ。食べ比べてみるがいい――このレストランのそれとな」

仕方ない。
丁度ロクに夕飯を食べてないから、こんな時間でも腹が減っている。
とりあえず喰ってやるとしよう、どれどれ…



「はむ…む、こ、これはぁぁぁぁーーーーーーーッ!!」



ピシャアァァァァアアアアアアンッ!!



俺がタコを噛み締めた瞬間に突然雷が落ちて、きれいに並べられた食器群を吹き飛ばした。
ガスボンベが次々と爆発し、厨房が一気に炎に包まれる。
その炎の中で、タコ様は演舞の様なものを踊っていた。
タコ様の踊りは、周囲の炎に合わせて美しく――いや違う!
よく見ろ、アレは―――


「あああああーーーッ! ほ、炎がッ!
 ――炎がタコ様の踊りに合わせて猛っていると言うのかァーーーーーーッ!!!」


タコ様が右側の触腕を振り上げると、炎が竜と化して空へと舞い上がる。
天井を突き破り、竜は天へと登っていき、俺はその光景に目を奪われた。

何て幻想的な光景なんだ、やや明るみを帯びているとは言え、
夜のように暗いこの空の中で燃え上がり舞い踊る竜!
と、それに目を奪われていた俺の手をタコ様が掴んだ。
そして次の瞬間――



「――とっ、飛んでる! 空を飛んでいるッ!!」



俺は空を飛んだ。
翼無き者の永遠の憧れ、飛翔。
俺は今、その夢を叶えているのだ。
タコ様が俺の手を離す。落ちる?
いや、今なら飛べる。
俺は導かれたのだ。
そう、俺の手は既に翼だったのだから。

竜が俺の前で、俺を歓迎してくれた。
この広大な空と言うフィールドで、俺はなんて小さかったんだろう。
世界はあまりに広い。
俺はこの世界をもっと知りたい――それを思い知らされた!




「―――はッ!!」

「…気が付いたか。やはり、刺激が強すぎたか?」

「な、何だ今の…幻覚? それにしては妙にリアルだった…」



何時の間にか、俺は厨房に戻ってきていた。
いや、最初からここに居た。
全ては俺が見た幻覚だったのだ。
正確には、見せられたと言うべきだろう――このタコ刺しによって。


「旨い……旨すぎる……何なんだ…何なんだよ…
 この目から溢れてくる熱いものは何なんだよタコ様ァーーーッ!!!」


俺は叫んだ。
身体の中から熱くなってくる。
このタコを噛み締めた瞬間に口の中を支配した旨みが、
一瞬にして俺の全身を支配して幻覚を見せたとでも言うのか?
信じられない、何なんだこの料理は、旨い、旨すぎるッ!


「手が止まらねぇよぉ! 俺の中で炎の竜が猛ってるッ!
 旨い旨い旨い旨いッ! クソッ! 言葉が足りないッ!
 今すぐ世界中の全てのウマイを超える新たな言葉を創生しろッ!
 これは義務だ! この世界に課せられた宿命だァーーーーッ!!!」


「少年。ワシの力を受け取れ――そして、究極のタコ料理を創るのじゃ!」


タコ様が俺の肩を掴んでそう言い放つ。
俺は溢れる涙を拭くのも忘れ、ひたすら頷いた。
悪かった、俺が間違っていた。アンタはすげぇよ、本当にそう思う。
俺は凄いと思ったヤツには敬意を絶対に忘れない、あの時は帰れなんて言って悪かった。


「これで、やっと、成仏できる―――――」


タコ様が光に変わり、そして俺の手のひらに吸い込まれていく。
成仏?
え?

…今、なんて?


「た、タコ様……?」







え?







幽霊?













そこは薄暗い厨房だった。
気付かなかった。さっきまでは眩しいとすら思っていたのに、
俺は今までこんな暗い場所でタコ様と一緒に居たのか。


周囲を見回しても、不気味な静寂と暗黒が広がるだけ。


タコ様?
そういえば最初から妙な気はしてた…
突然俺の上に現れたり…



「は、はははは…」



えっと、俺、言ったよな。
こーゆーのは、苦手だって、言わなかったっけ?





「ゆっ、夢だーーーッ! これは悪い夢だァーーーーッ!! わはははははははははッ!」





俺が気を失うまでには、そう時間は掛からなかった。



数時間後、俺は夜中につまみ食いに来たのかと言う疑いをかけられ
再び食事会場から追い出されるのだが、それはまた別の話と言う事で。









つづく


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