――迷宮冒険録 第十一話


 

迷いの森を抜け、3つの影は北の大地へと降り立った。
そこは彼らにとって、全てが未知の世界だ。
果たしてどんな出来事が待ち受けているのだろうか?

不安だってもちろんある。
しかし、それ以上の好奇心が、彼らの背中を押している。

だからきっと大丈夫。
彼らは、この新しい大地でも、巧くやっていけるよ。






「…町だ! 町があるよ、アディス!」

「やっ、やったぞおおお! 水が飲めるーーーッ!!」












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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『鉄人アディス1』
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広大な草原の中に、簡素な壁で囲まれた空間がある。
周囲から見れば、それが町である事は一目瞭然だ。
少なくとも、城砦には見えない。

先頭をリオルが走り抜ける。
彼の名はアディス、新米冒険家だ。

そしてその後ろにイーブイが続く。
彼女の名はフライア、少しばかりワケありの、元王女様だ。

一番後ろから追いかけているのは、ツボツボ。
彼女――いや、彼の名はミレーユ。
パッと見では解らないが、一応立派なオスのツボツボだ。


「彼らは迷いの森を抜け、新たな大地の見知らぬ町へ、水を求めて走っているのだ!」

「アディスさん、さっきから何ぶつぶつ言ってるんですか?」

「何だろうな。読者にでも聞いてくれ」

「アディス、読者って誰…」


そんなやり取りはさて置き、俺たちはやっと町へと辿り着いた。
一気に走り抜けてきたお陰でかなり息も上がったが、それはこの際気にしない。
町に入っていきなり活気の溢れる商店街が視界に飛び込み、
もうそれだけでワクワクしてくるんだからな。

とりあえず水道があったので3人で喉を潤してから、改めてこの町を見渡してみる。


「ふへー…こりゃまたたいそうな……おーい、おっちゃーん」


後ろで息を切らせながらも目を輝かせているツレは置いといて、
俺は目の前で八百屋を経営していたおっちゃんに話しかけた。
おっちゃんの種族?
そんなもん気にしなくて良いんだよ、脇役なんだから。


「そうは行かないな、ちゃんと紹介してくれよ」
「ちっ、紹介するからちょっと負けてくれよ」
「ふふん、そうは問屋が何とやらだぜ、ボウズ」
「ははは、おっちゃんやり手だな」
「ふふふ、伊達にボウズの倍以上は生きてないさ」


仕方ないので紹介する。
突然、何の前触れも無く意気投合することに成功したこの八百屋のおっちゃんは、
ナイスミドルなブーピッグだ。
その隣に置いてあるカモネギのオブジェが、
店の雰囲気をいっそう……と、まぁそれはどうでもいいか。

ちなみにカモネギのオブジェには、
『ワールドナイスミドルグランプリ殿堂』とか書いてあった。
全く以って意味が解らない。なんだその大会は。

きっとどこかの総帥や局長が参加しているに違いない。
揃いも揃ってダンディズムか、コノヤロウ。


「なぁおっちゃん、俺ら今日泊まれる宿を探してるんだ、何か知らないか?」


遠回しに、一日泊めてくれと頼んでみる。
常識的なフラグの立て方だ。


「ふふふ、その手には乗らんぞボウズ。悪いが宿屋なら、隣にあるぜ?」

「ちぇっ、ツレないな。まぁ無理は言わんけど。…コレ、幾らだ?」


俺は一瞬だけ口をへの字に曲げながらもニヤリと笑い、
店の商品の中から手早くオレンの実を確保した。
それを見たブーピッグもまたニヤリとし、オレンの実の値札を手早く片付ける。

「お目が高い。タイムサービスで1個35ポケだ」
「サンキュー、アンタ良いヤツだな」

下げられた値札には、1個90ポケと書いてあったのが見えた。
それだけでも安いと言えば安いが、さらに負けてくれたのには感服だ。

「冒険、頑張れよボウズ」
「ボウズじゃねぇ、アディスだ。覚えときな、何ならサインでも置いていこうか?」
「はっは! そりゃ光栄だ、期待する意味も兼ねて貰っておこう!」
「だからもう5ポケ負けてくれないか?」
「はっは! それは無理」

チッ、この手には乗らんか。
まぁ35ポケってのは実にありがたい。
何せ迷いの森で集めた金を数えても、
35ポケのオレンの実が3個買うだけで底を突くからほど金欠だからだ。

3個も買えれば人数分だ、ありがたく購入させ頂こう。
いずれ俺がビッグになったら、この店はプッシュしてやるからな。


「そもそも、冒険に金は要らないなんて言ったの、誰だっけ?」


ジト目で見つめてくるツレは、とりあえず無視しておく。
うぅ…せ、背中が痛い。視線で殺される…。
兎に角、俺の巧みな話術(?)で値切ったオレンの実で、この場は誤魔化そう。

しかし金は底を突いた…残り3ポケで何が出来ようものか。
何も出来なくても、一応捨てずに持っておくが。

俺はフライアとミレーユにオレンの実を一つずつ投げてやり、
とりあえず腰を落ち着けられる場所を探して商店街を歩いた。
その手に3ポケをジャラジャラ言わせながら、兎に角直進。

随分沢山の店がある。
こんなに狭い場所にこれほど沢山のポケモンが居ると言う事に驚く俺は、
やはり田舎者なのだろう。
そして同じように驚いているミレーユもまた、田舎者。
つーかあまりオーバーリアクションしないでくれ、俺が恥ずかしいから。

ついでにフライアもまた驚いていたが、ミレーユとは違う驚きのようだった。
多分、王家の要人だから滅多にこんな場所に来る事なんて無かったんだろうな。




――ドン!


「きゃっ」

「アイテッ」



俺が振り返ってフライアを見ていた所為で、
ウッカリ前から歩いてきた誰かにぶつかってしまった。
つーか別に俺が見て無くても、相手のほうが避けると思うんだが。
さてはお前も余所見してたな?


「どうだ、図星だろう!」

「う……確かに、私も余所見してたわ。ごめんなさい…」


そこに居たのは、やたら無駄に美しいミロカロスだった。
蛇の様な体のクセに、器用に上体を起こして歩くその姿ですらまた美しい。
…何か悔しい。


「うん? 私の顔に何かついてるかな」

「ん、あぁ、何でもない。ちょっと劣等感を感じてただけだ」


素直に本当の事を言う。
どうせジョークにしか取られないんだから、何を言っても安心だ。
だから俺は割と、本気でそう思っていることをさっと口に出すことが多かったりする。
どうせ誰も本気にはしないからこそ、なんだけどな。


「ごめんなさい、ほらアディスもちゃんと謝ってってば」
「うぉっ、こら止めろミレーユ! これはお互い様と言う事でもう解決――」
「ダメですよアディスさん、こう言うのはちゃんと謝るべきなんです!」


ミレーユが触手で俺に絡みつき、無理矢理頭を下げさせようとする。
俺も必死で抵抗するが、それにフライアまで加わられては些か分が悪い。

あっさり地面に倒された俺は、
何だか土下座よりも酷い体勢でミロカロスの顔を見上げるハメになった。


「何だか、賑やかだねぇ、君たち」

「なぁ、…こんなこと見ず知らずのアンタに頼むのもアレだが、 上の2匹をどけてくれないか?」


俺の上に陣取って何としてでも謝罪させようと躍起になっているツレを指差し、
どかしてもらえないかとミロカロスに頼んでみたが、
結局こいつらが俺を解放したのは俺がちゃんと頭を下げて謝った後だった。

このミロカロス、きっとSだ。
チクショウ、何で俺がこんな目に。







………







「うっわぁ…凄いよアディス! 大きいベッドだ! こんなの初めて見たよ僕!」

「宮殿の生活を思い出します……でも、部屋はこの3倍はありましたけれど…」


各々、対照的な感想を洩らすふたりを、俺は椅子にドカッと腰掛けて眺めていた。
先ず状況説明だな。
俺たちはあの後、 クリアと名乗ったミロカロスの好意でここの宿のタダ券を譲り受けたのだ。
さすが俺の主人公補正とでも言うべきか、実に幸運が都合よく舞い込んだ。

「ねぇアディス、夕飯の食事券も貰ってるんだし、そろそろ行かない?」
「ん、そうだな。腹が減ってはいい夢も見れないからな」
「戦はしないんですね」
「おう、俺は平和主義者だからな」

嘘だ、とツレの心の声が聞こえたが、気にしない事にする。



何せホテルだ、その規模と言ったら、この建物だけで俺の村よりも凄い。
どこかで見たなと思って適当にその辺のヤツを捕まえて聞いてみたら、
何でもオープン直後にいきなり三ツ星を獲得したほどの良ホテルだそうで。
そういえば何かの雑誌で見たような気もする。
そうだ、村長がどこからか持ってきた旅行ガイドだ。


「うっわぁ、アディス! これ美味しい!」

「えぇいイチイチはしゃぐな。フライアを見習え」


子供のように豪華な料理に感嘆の声を上げるミレーユの頭に軽くデコピンをして、
ここ食事専用の会場に来てからずっと大人しいフライアの方を指差そうと――


「……フライア?」


…居ない。


「…フライアァーーーーッ!!」
「あわわっ、アディス! 落ち着いて! みんな見てるよ!」
「えぇい離せ! 離さんかー! 余はご立腹じゃー!」
「でっ、殿中ーーっ! 殿中でござるぞーーっ!」


消えたフライアを探そうと暴れる俺を、ミレーユが触手で食い止める。
だが俺は止まらない。
さっきはフライアと2対1だったから止められたが、今度はそうはいかないぜ。


「アディスさん、私ならここに居ますけど?」

「ぅおうっ!」
「うわわっ!」


ドテッ


居た。
それも直ぐ後ろに。
フライアの声で振り返り、やっとそこに――……アレ?


「フライア、ど、どこだ?」

「ここですってば」


目を凝らす。特に声のした方を重点的に。
俺の目が節穴で無ければ、 フライアが居るべき場所には食器の山積みになったテーブルがあるだけなのだが…

「ここですよぅ」

「ふ、フライア、何だコレは…」

やっとフライアがその姿を現した。
それも食器の影から。
えぇと、そのテーブルにはフライアしか居なくて、食器が山積みで、えぇと…



「お客さん…もう勘弁してください……」

「「料理長! 料理長が泣いた! 気にしないで下さい! 我々も頑張ったじゃないですか!」」

「うぅ、お前ら…ダイスキだバカヤロウーーーッ!」

「「料理長ぅーーーッ!!」」







「フライア、どういうことだ」
「はい? 久々におなかいっぱい食べただけですよ?」


お前の胃袋は宇宙なのか。
腹の中に空間でも司る神が居るんじゃないだろうな。


「アディス、どうせバイキングなんだしいいじゃない?」
「おう、そうだな。では作戦を説明するぞ。『喰い尽くせ』、以上だ!」




「止まれぇーー!」

「っ!?」


俺もフライアに続いて料理を食べようと手を伸ばす――が、謎の男によって阻止された。
コック帽をかぶっているゴルダックだ。
って言うか、さっき泣いてた料理長じゃないですか。

料理長は両手を広げて俺と料理の間に立ち、涙目で訴えてきた。


「いかせん! これ以上我々の魂の結晶を蹂躙させはせんぞぉーー!」

「貴様………」


そのゴルダックの言葉に、俺の魂は震え上がった。
恐怖ではない。これは、憤りだ!


「自分が何を言ってるのか解っているのかァーッ! このバカチンがああッ!」


――バキィッ!!


「ぶへぇーーっ」
「「料理長ーーーっ!?」」


俺は殴った。力の限り。
だがコレは暴力じゃない、…愛の鞭だッ!


「貴様は料理人の誇りを忘れたかッ! 料理に喜怒哀楽の全ては必要ない!
 喜と楽! 料理人が楽しんで作った料理をお客様が喜び!
 お客様が楽しんで食べる様を料理人が喜ぶッ! まさにギブアンドテイク!
 この関係こそ全ての至上目的! 料理人にとっての最高のご褒美!
 なのに貴様はこれ以上食わせないだと!? 恥を知れぇーーーーッ!!」


「ああああああああああああーーーーッ!! じ、自分間違ってましたぁーーーッ!!」

「「料理長ぉーーーーッ!!」」


俺の言葉による第二のパンチによって、さらに吹っ飛んでいく料理長を、 その部下たちが追いかける。
そして部下の肩を借りて立ち上がった料理長が、震えながら言葉を洩らした。


「そうだ…ふふ、忘れていた…何時の間にか私にとって料理は…
 こなすべきノルマになっていたんだ…ありがとう、好きなだけ食べてくれ!
 そしてそのお客様の喜びを、楽しみをパワーに変えてさらに料理をつくろう!
 行くぞヤロウども! 戦場は厨房じゃァーーーッ!!」

「「料理長ゥーーーーッ!! 我々もこの包丁砕けても戦います!」」
「「WOOOOOOOOOOOOOOOッ!!!」」


ふ、一件落着。
さすが俺、さぁて料理を食べますか。
って、ミレーユのヤツはもう喰ってるじゃねぇか…俺を差し置いてこのヤロウめ。
今度メイド服でも着せて外歩かせてやる。


「ぐわぁぁぁ〜〜〜〜っ」

「今度は何だ!?」


厨房へと駆け出した料理人たちの群れから、悲鳴が聞こえた。
出来ればもう関わり合いたく無かったが、流石に直後なので無視するにも気が引けた。

駆け寄ってみると、そこにはさっき熱い魂を取り戻した料理長が倒れていた。


「ぐ……む、無念じゃ…」

「「料理長、しっかりしてください料理長!」」

「くく…こんな時に持病のギックリ腰に倒れるとはな… 神様もイジワルな事をする…これからという時に……ゴフッ」


いやいやいやいや、そこは吐血するところじゃ無いだろうが。
つーかギックリ腰で吐血なんかするか。


「し、少年はいるか…」
「何だ料理長」


俺を呼ぶな、これ以上関わらせるな。
しかしもう手遅れかもしれない。
悪い方向に転ばないように、せいぜい祈るだけだ。




「頼む…私の代わりに、包丁を振るってくれ…!  おまえなら、おまえなら出来る!
 あれだけの熱意を持って食事に臨む男は久々に見た…やってくれ!」




……………。







      アレ? 何、この展開わ…








つづく


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