――迷宮冒険録 第十三話





アディス、お前は馬鹿だな。
大人しく俺の言う事に従っていれば良いのに…
あの女に関わる必要は無い。
重要なのは……


――……?――


守護者のガキだってそうだ。
あぁしてケンタロスに預けておけば、危険な目に遭わせる事も無かった。
多少の不幸など、あの守護者の背負うものの重みに比べたら軽いものだ。


――…何の…何の話をしているんだ…――


…お前は俺だ、だから俺は『俺』のために忠告しているんだ。
昔の事を忘れろとは言わない、だがあの女にそれを重ねるのはやめろ。
あの守護者にそれを重ねるのはやめろ。
安い同情で己の器を見失うな。


――お前は、俺だろう…? 何の話をしているんだ…?――


………。
やはり、お前は俺なのだな。
いいさ、解っていた。俺はどうやったって、あの事件は忘れられないんだ。
そして同じ悲しみを背負うフライアを見逃せないんだ。
罪滅ぼしと言うなら、それも構わないだろう…仕方が無い。
俺も、お前に不幸を背負わせるのは辛いからな…。
お前が俺を嫌っても、俺はいつも『俺』のことを考えている。

覚醒させよう、『俺』の力と、俺の力をリンクさせる。
嫌がるだろうが、もしも万が一、お前の大切なものを守れないときは――俺を呼べ。
俺は全力でお前と、お前の仲間に仇なす敵を抹殺しよう。


――……ワケが、解らない…一体…何を…――


もう気付いているのだろう。
俺と『俺』は協力しなければならない。
もう意地を張るのはよそう、お互いに。
そうしなければ、守れないんだ。
俺は……やっとその事に気付いた。


――じゃあ、やっぱりあの時の…閃きは…――


…アレは俺の記憶からきっかけを与えてやったに過ぎない。使ったのはお前自身だ。
俺は『俺』の意思に問わず独断で力を行使できるが、敢えてそれはしないと約束する。

だから俺は何も気にしなくて良い。
ただし、一つだけ約束してもらう。

お前の意思が介入不可能な事態に陥ったときは、
俺の好きなようにやらせてもらうからな。


――ま、待て……くそ……コレは…夢?――







………。






抗えぬ…俺の力は、もうこんなにも小さくなってしまった…




世界よ。
俺は既にお前の掌で踊らされているのか?
仮にそうだとしよう、だが俺は認めない。





アディスがフライアを守れないのが定められた歴史だとしても、俺が絶対にその運命を覆す。

この世界は、既に狂っているのだ。
在り得ない事など無い。何が起こっても、もはや不思議ではない。
たとえお前の強制力が途轍もなく強大でも、今度ばかりはそうはいかない。







種を蒔いたのがミュウだけだと思ったか?







あれで全てが決着して、世界は修正されたと思っているのか?







だとすれば、甘い。
何て甘い。ミュウよ、貴様はこの世界の異質に気付いていなかったようだな。

ホウオウの暴走も、『この世界』ならば説明が付くのだ。
全ての、元凶は―――



いや、それは俺には関係ない事か


俺は俺の目的を果たすだけだ
長い長い旅の果てに辿り着いたこの世界で…




此度こそ我が封印を消し去ってくれよう―――









**********************
      迷宮冒険録 〜序章〜
      『修羅を彷く孤独1』
**********************














「ねぇアディス、ここって…」
「見ての通り、図書館だな。俺もこんなにデカイのは初めて見る」
「うちの書架と同じ大きさですね…」

ほう…、書架、…ねぇ。
フライア、俺は少しリヴィングストン家を侮っていたかも知れない。
今度是非お前の家について訊かせてくれ。思い出すのが嫌でなければ。

なんて事はさて置き、俺たち一行はホテルをチェックアウトし、この町の図書館へとやってきた。
今更ながら説明しておこう、この町の名は『商業都市バリン』。
町に入って直ぐに目に付いた店の多さも、なるほど商業都市というなら納得だ。
それにしては八百屋だの、妙に質素な店もあったような気もするが気にしない。

あちこちから旅人や商人が流入し、貿易によって発展したこの町では、
当然ながら入ってくる情報量も伊達じゃない。
つまり世界中の未知なる情報は、最終的に全てここの図書館に納められるという寸法だ。


「手分けしたいが、フライアは絶対に俺から離れるな。いいな?」
「あ、はい、解りました」
「僕はどうしようか。町の人の話でも訊いて来る?
 図書館での調べごとなら、ふたりで十分だよね」
「あぁ、そうだな。そうしてくれ」


ミレーユは何に気を遣った心算なのか、足早に俺とフライアを残して去っていった。
とりあえず正午にまた此処で落ち合うという約束をして。


「さて、と。先ずは世界地図だな」


木造建築の壮大な雰囲気をまとう部屋の床は一面立派はマットで足触りが良く、
さらにあちこちに規則的に並べられた本棚がまた美しさすら感じさせる。
よく手入れが行き届いているのか、本棚には埃ひとつ無い訳だが、
案の定窓のレールの隙間にはクモの巣の様な埃が溜まっていた。
それがまた何だか親近感を感じさせる。
やっぱり完璧より、少しくらい欠点があったほうが生き物らしいよな。


「アディスさん、とりあえず、ち、地図の本…持ってきま…きゃんっ!」

「え? …ってぬおおおおおああああッ!??」


――ドサドサッ! ドスン! ガタァァーーンッ!!



図書館内を見て感想を頭の中で並べていた俺はフライアの声に振り返り、
次の瞬間に大量の分厚い鈍器…もとい本の下敷きになった。

派手な音と共に大量の本が崩れ落ち、周囲のポケモンたちも驚いて振り返っている。
ちょっと目を離した隙にそんなにも沢山の本を抱えてくるなんて、この頑張り屋さんめ。


「お客様、館内ではお静かにお願いしますよ」


そして警備員さんに怒られた。
当たり前か。


「ぐ…わ、悪ぃ……フライア…てめぇ何してやがる……」
「あわわわわっ、ごごごごめんなさいごめんなさいっ」


…フライアの致命的な欠点だな、天然属性。
少しくらい欠点があるのは構わないとさっきも言ったが、
最近この欠点だけは早急に治すべきじゃないかと思い始めた。
頭下げるのはいいから早く俺を救出してくれ。


あと、そんな面白いものを見るような目で見ないでくれ、警備員のガーディさん。
俺はギャグでやってるんじゃないんだ、今ちょっとした危機なんだ。

…ん?
ガーディ?
コイツ…どこかで…。


「…ガーディ!?」


「あはは、またお会いしましたね。腐れ縁ですかね?」



パッと明るくなって笑うそのガーディは、紛れもないあのガーディだった。









………








正午。
俺はミレーユと合流し、このガーディの家に行くことになった。
午後は非番なんだそうだ。


「ははぁ、なるほど。冒険をしていたんですか」
「色々あってな。まさかまた会うとは思わなかったよ」


最初は他愛の無い雑談だったが、
次第に話は俺とガーディの共通する趣味の話にスライドしていき、
その間フライアとミレーユはただ隣でお茶を啜るだけになっていた。

そもそも何でこの話題になったのかは、俺も覚えてないが。


「そう、あのシーンだよ! あの時のリザティの名演が…鳥肌立ったぜ!」
「良かったですよねぇ、今まで冴えないキャラだと思っていたのに突然…」

「あの、アディス…何の話…?」

「何だ、お前あの映画見てないのか? 『炎の竜(ファイヤードラゴン)爆裂パンチ列伝』」
「そうですよー、都会じゃ今話題騒然の映画ですよ? 続編も決まりましたしね」
「なぬ!? それは初耳だッ! またナマーズ監督か!?」
「もちのろんです。そして主役はまたディーンさんとリザティさんとギラースさんですよ」
「うおおおおおおおおおッ! 燃えて来たァーーーッ!
 ビバ北の大地! 迷いの森を越えてきて良かったッ!」

「さ、さっぱり話が見えないです…」


『炎の竜爆裂パンチ列伝』とは、ごく最近公開された映画である。
全くの無名役者と監督によるただの意欲作かと思いきや、
その完成度と熱いストーリーに俳優たちの名演も相俟って、
あっという間に世界中で話題の映画にノシ上がったのだ。

まぁ、その内容は実際に見てもらったほうが早い。
だから敢えて俺の口では言うまい。
まさかもう続編が決まっていたとは…くぅっ、旅の途中でも絶対に見に行くぜ!

ちなみにコレを見たのは村長の家でだ。
村長は何時もどこからか流行りモノを家に持ち込んでいたから、
俺もよく遊びに行っては映画を観たり本を読んだり。いい思い出だ。

それにしても、何で村長の家には映写機とか在ったんだろうな。













「うーん、ここからだと…この巨人の洞窟なんて近くて良いんじゃないですかねぇ」


話は冒険の事に回帰する。
ここからはフライアもミレーユも真剣だった。
俺は最初から真剣だったけどな。

ガーディは地図を指差して、町から離れた場所を示す。
随分遠いな。まぁ町の直ぐ近くに未知なんか在る訳無いか。

…そう考えると、この『巨人の洞窟』も妙に近いように感じるが。


「えぇ、何でもここには恐ろしい怪物が居るとかで、
 なかなか調べに行く冒険家は居ないんです」

「ぇえー!? そんな恐ろしい場所を僕たちに奨めるの!?」
「面白そうだな。行くぞミレーユ」
「ちょっ、アディス! やめようよー…」


恐ろしい怪物と聞いて震え上がったミレーユの首に腕を回し、
俺は高らかに特攻宣言を出した。
フライアは別段驚いた様子も無く、微笑ましい光景でも見ているような顔をしていた。


「念のため言うがフライア、お前も来るんだぞ?」

「はい、…え? …ぇぇぇえええええええっ!? わわっ、私も行くんですかぁ!?」

「当たり前だろうがっ! お前が来ないで俺は誰を守るんだッ!」


この天然イーブイめ。
自分だけ蚊帳の外に置きやがって。
言っておくがお前はもう運命共同体なんだからな、その辺自覚しとけよ。

「「あぅぅぅぅぅぅぅ………」」

揃って悲しい声を上げるフライアとミレーユ。
くそ、何なんだコイツら。冒険を何だと思ってるんだ。


俺は冷たくなったお茶を啜りながら、不満を出来るだけ誤魔化したくて窓の外を見た。
フライアにはバレているだろうが、まぁそれはいいだろう。
ガーディの家の窓は、ガーディが単身で暮らしているとは思えないほど綺麗に掃除されていた。

「あはは、すいません。マメなもので」
「いや、謝ることじゃねぇよ。立派なもんさ」

ここから見える景色は、大自然の絶景とは程遠い町の喧騒。
だが、コイツの職業を考えればコレはある意味絶景だろうな、
何かあっても直ぐ解りそうだ。


なんて考えながらボンヤリ窓の外を見ていた俺の鼓膜を、突然ガラスが割れる音が震わせた。


―――ガシャアアアアンッ!!


「きゃーーーっ」

「うわあああっ」


次いで聞こえてきたのは、悲鳴やら絶叫やら。
割れたのはここじゃなくて、どこか近所のガラスのようだ。
喧嘩か?


「っ、一大事みたいですね。ちょっと行ってきます!」
「俺も行く! フライア、ミレーユ! お前らも来いッ」

「ぇえ!? ち、ちょっとアディス!」
「わわっ、ま、待ってくださいーっ」


何となく嫌な感じがしたので、俺もガーディの後を追って家を飛び出した。
現場は割と近くだった。まぁそうでなければガラスの割れる音なんか聞こえないか。

何やらポケモンだかりが出来ていたので、
それを掻き分けてガーディが進むその後ろから俺も追いかける。






……







「ちっ、チクショー! 何なんだテメェーー! オイボスゴドラ! しっかりしろぉ!?」
「うぅうぅ……は、鼻が潰れ……」


「………」



うわぁ……
何でこいつらがここに居るんだよ…サイドンとボスゴドラ……
まだフライア狙ってたのか、使い走りも大変だな。

しかしこの状況は何だろう。
鼻を押さえて苦悶の表情を浮かべているボスゴドラと、それを支えるサイドン。
クソ、野次馬が多くてよく見えない…あいつ等の前に居るのは誰だ…?


「喧嘩はそこまでです! 路上でのバトルは法律で罰せられますよ!?」


ガーディが一足先に野次馬を越えて、彼らの仲裁に入った。
俺もその後ろに続いて、そしてボスゴドラを倒したヤツを視界に捉える。



「…アレは…カラカラ?」



そこに居たのは、歪な頭蓋骨を被る1匹のカラカラだった。
小さいながら、その圧倒的な覇気は正直俺でも脅威を感じる。


「あぁぁお巡りさん! 聞いてくださいよ!
 ちょっとぶつかっただけなのにコイツ突然――――って、テメェはぁぁぁあああッ!?」

「あぁ何ですか、いつぞやのボスゴドラとサイドンじゃないですか。
 丁度良いです、このまま連れ帰って、しっかり取調べでも受けてもらいましょうか?」

「く、た、退却だボスゴドラーーー! 覚えてろぉーーーーっ!!」


サイドンが逃げ出し、ボスゴドラも後を追って野次馬を掻き分けて走り去る。
今回ばかりは法律と言う盾が効いたのか、或いはあのカラカラが何かした所為なのか…
兎に角、またしてもあいつ等は逃げ出した。
所詮脇役な悪役の末路なんてそんなものさ、…まだ末路ってワケじゃ無さそうだけど。
嫌な腐れ縁に引っかかったかも知れない……

そして野次馬から拍手喝さいが巻き起こり、何だかちょっとした集会になってしまった。

そうこうする内にミレーユとフライアが俺の後ろにやってきて、不思議そうな顔をする。
残念だったな、喧嘩ならもう終わったぞ。

ガーディはカラカラの方へ向かって歩いていき、色々と聞こうとしていた。

「君、怪我は無いかい?」
「…別に。僕に近寄るな」
「一応事情を聞いておきたいんだけど、いいかな」
「話す事は無い。失せろ」

あらまぁ、こりゃ随分突っ撥ねたカラカラだこって。
ガーディがあまりに不憫だから、ちょっと助け舟を出してやるか。


「おいおい、心配してもらってるんだから少しは社交辞令でも返せっての」


突如俺が割り込んできたので、ガーディは目を丸くした。
カラカラはと言うと、また新しいのが来た程度にしか思っていないようだった。


「……君、誰」
「俺か? ふふふ、知りたいか、そうかそうか。
 俺の名はアディス! 世界を股にかける冒険家様(予定)だッ!!」


ビシィッ!っとポーズをキメて言い放つ俺を、眉一つ動かさず見つめるカラカラ。
いや、そんな目で見られても困るんだが。何? 俺なんかカンに障るような事した?


「ふぅん…『君も』名前持ち、か……」

「――ッ!?」


気配が変わった。
コレはフライアじゃなくても解る。
この肌に突き刺さってくるような冷たい風は―――殺気だ!

ニヤリと笑うカラカラが、その手に持った骨棍棒を振り上げる。
何だかよく解らないが、このままじゃマズイ、いったん距離を―――



「アディスさんっ! 逃げてぇぇーーーッ!!」







「……………ッ」




動けなかった。
フライアがそう叫んだのは確かに聞こえたのに、
俺はその場から一歩も動く事が出来なかった。


カラカラは骨棍棒を下ろす。
何時の間にか野次馬も黙り込んでいた。
ガーディも、ミレーユもフライアも一歩も動けてはいない。



「…ここじゃ、法律で罰せられるんだっけ。命拾いしたね、アディス」


「て、めぇ……何者だ…ッ」




俺は気力を振り絞ってそのカラカラを睨みつけて言った。
だが、声にすら力が入らない。

ほんの少し殺気をぶつけられただけで、俺は完全に神経が麻痺していた。



「僕?」



カラカラは俺の方へ歩いてくる。
そしてすれ違う。俺は振り返ることが出来ない。
眼球を動かす事すら出来ない。

カラカラは俺の背後で立ち止まって、極めて冷徹な口調で名乗った。





「僕はエイディ。エイディ=ヴァンスだ」






ヴァンス? 家名持ち?
それも、確かヴァンスって言ったら4大王家の――





「またね、アディス」





俺が再び動けるようになったのは、
エイディと名乗ったそいつが立ち去ってから随分後だった。











つづく 
  
 


第十二話へ戻る       第十四話へ進む

冒険録トップへ inserted by FC2 system