――迷宮冒険録 第十話


 




迷いの森はダンジョンだから、不用意な行動には危険が付き物なんです。
と、俺はフライアから教わっていたような気がする。

…猛省する。


「しっかり掴まってろフライアッ!」
「ひっひゃああああああっ! だっ、だいっ、大丈夫ですかららっわあああ!」

「アディス! 急いで! もうそこまで来てるよ!」


「飛び込めぇーーーーーーーーッ!!!」











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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『進撃!迷いの森2』
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振り返る。
何も無い。空間は消失した。

随分この森を歩かされたことで、だいたい規則性ってモノが掴めて来た。
どうも、この森はステージごとに分かれているらしい。
あまり大きくないのが幸いで、兎に角走って逃げれば次のステージに進み、
空間の捻れが生じて前のステージからは切り離されるのだ。
これが不思議のダンジョンってものなのかはまだよく解らんが、
普通じゃないってのはハッキリと理解した。

「ぜぃっ、ぜぃっ……き、切り抜けたな…」
「もう! アディスの所為だよ!? 寝てる相手を起こすなんて!」
「そうですよアディスさん! いくら私でも、寝ている相手の感情なんて解りません!」
「いや、スマン。ホント反省してる…」

逃げ切るや否や、もの凄い剣幕で怒られる俺。
それもそうだ、何せさっきのは俺の好奇心が招いた失態だったからな。

そもそもこんな森の中で『ハガネール』が眠っていたら、ちょっと興味をひかれるだろ?
だってキノコばっかりの森の中にハガネールだぜ?
そんなオーパーツみたいな光景を見たら、絶対野生じゃなくて冒険家かと思うじゃん。
もし冒険家なら一緒に外まで行こうかなって思っただけなんだってば。

「もう、兎に角アディスは僕から離れないで! いいね!?」
「ぬおおお…そ、それだけはお許しくだせぇ…」
「ダメですよアディスさん。ちゃんと一緒に居てください」

ぬぅ…すっかりお子様扱いだ。

「そういやフライア、足は平気か?」
「えぇ、ちょっと捻っただけです。すぐ治っちゃいますよ」
「そうか。……いやいやいや、治らないだろ!?」

フライアがトンでも発言をするのは慣れている。
仮にも王家の生き残りだし、エスパーだし。
だが、それに紛れておかしなことを言うのは聞き逃さないようにしないとな。

それともエスパーって怪我の治りとか早いのか?

「そんなこと無いと思うけど…」

ミレーユは同じく疑問に思っているらしいが、
フライアは大丈夫だと言って飛び跳ねてみせる。
本当に大丈夫らしい。
多分フライアが特別治癒力の高い個体なんだろうな。
だったら俺がとやかく言う必要も無いか。

「………」
「んお? どうしたミレーユ」
「ね、ねぇ…あれ…何かな…」

ミレーユが何かを指差して怯えている。
情けないヤツだな、まぁお化けだったら俺も遠慮なく逃亡させていただくが。
俺もミレーユの指差すほうを見た。
そして、何かの尻尾を見つけた。

尻尾の先から、視点をスライドして、その本体を一目…

フライアも同じように、怯えた様子で俺の後ろに隠れている。
えぇと、この巨体は、…何?



「グルルルル……」



えぇと、何だコレ…どっかで見たような…
あぁ、思い出した…



「ぼ、ボーマンダッ! ドラゴンポケモン!
 おこらせると てが つけられない!
 すべての ものを ツメできりさき ほのおで もやして はかいする!」

「かっ、解説してる場合じゃないよーーッ!?」

「グルルルアァァッ!!」

「きゃあああああっ!!」
「逃げろォーーーーッ!!」


ボーマンダが突進してくるのと、俺たちが走り出すのは同時。
しかしボーマンダの圧倒的なスピードに、あっという間に回り込まれてしまった。


「グルルル…」

「ひぃっ、ああ、アディスさん…な、なんだか、物凄く…怒ってらっしゃいます…っ」
「お、おお、多分、それは俺にも解る…!」
「じゃなくてどうするのさアディス! このままじゃヤバイよ!」


ヤバイのはこの森に入る事そのものだから今更うろたえるな。
何とかしてコイツを倒さないと、生きて帰れはしない。
ハガネールみたいな鈍重なヤツならいざ知らず、こんな素早いヤツは振り切れない。

どうすればいい、考えろ俺。
これは頭脳戦だ。あんな恐ろしい相手に肉弾戦で勝てるか。


「ミレーユ、アイツの攻撃止められるか?」
「ぅぅ…こ、怖いけど…頑張ってみる…でも、せいぜい2発くらいだと思ってね…」


2発か。
少ないなと文句は言わない。

「からみつくでアイツの目を封じろ。その隙に俺が倒す。からみつく隙は、俺が作る」
「わ、わかったよ」
「あの、私は…」
「フライアは下がってろ。最悪の場合を考えて、何時でも逃げられるようにしておけ」

フライアが口を紡ぐ。
不満が在るらしいが、仕方ない。
いくらエスパーでも、コイツは止められない。

「散れッ!」


「グルァァーーッ!!」



ボーマンダが飛んでくる。
狙いは俺じゃなくフライア――だが、読んでいた。
即座に俺はフライアとの間に割って入り、ボーマンダの顔面に拳を叩き込む。


――ビュンッ!


拳が空を切った。
俺の攻撃を見切って、空へと飛翔したのだ。
ただ闇雲に高速で移動してるわけじゃない、
ヤツの動体視力はあの高速移動に見合ったレベルだ。
本当に分が悪い。

敵前逃亡なんかしないのは俺にとって美徳だが、
死なないと解ってる時だけにしたいんだよ。
俺が死んだら、フライアがまた独りになるからな。…ミレーユが居るか。

空からボーマンダの突進――今度の狙いは俺だ。
いい具合に目標を定めてくれたようだ。


「だが、俺流プラトニック目潰しッ!」


バラバラァッ!


俺は地面から土を沢山掴み取り、ボーマンダに向かって投げつけた。
勿論ダメもとだ、こんなんで目潰しが出来るくらいなら、
誰もボーマンダが恐ろしい敵だとは思わない。


「グルルルアアアッ!!」


「うおっ、やべ!」「アディス!」



バサバサ――ドゴォオーーーンッ!!


かぜおこし――並大抵の威力じゃない。
突如吹き荒れた嵐の様な風に身動きが取れなくなった俺の前にミレーユが割って入った。
そして、次の瞬間に轟音――…


「ぐ……ゲホッ…」

「ミレーユッ!」

「ご、ごめん…2発も、…無理かも」


ボーマンダのドラゴンダイブがミレーユを吹き飛ばした。
凄まじい威力だった。
俺の目の前に割って入ったはずのミレーユが、
一瞬のうちに俺の遥か後方で呻き声を上げていたのだから。

ボーマンダは着陸する。
そして真っ直ぐ俺の方を――いや、その後方に潜んでいるフライアを見ている。

…軟らかい肉の方がお好みですか、悪うござんしたね、筋肉ばっかりで。


「グルルァァァーーーッ!!」

「フライアに手ぇ出すんじゃねぇえええーーーッ!!」


再びのシャドークロー。
この黒いオーラの爪で、ヤツの首を切りつけて一撃で終わらせる。
すれ違いざまが、勝負の瞬間だ!



ボーマンダが直進、俺も直進。
ぶつかる?
いや、ボーマンダは僅かに軌道をずらしている。
狙いはやはりフライアか。
俺はその僅かなズレの隙間に潜り込むように姿勢を低くして、
ボーマンダの首に狙いを定めた。


生きるか死ぬか。


これが戦いだ、よく覚えておけ、アディス。




自分の黒い爪が真っ直ぐボーマンダに伸びる。

青い体が俺の前を通過する。


首には――当たらなかった!


だが身体には届く!





「アディスさんッ! 伏せてぇえーーーーッ!!!」





――?





「グルルァァアアアーーッ!!」









……ッ!!








「…ゲホッッ……ぐ……ッ?」


…あれ?

何だこれ、どうして俺は、木に叩きつけられているんだ…?



ボーマンダが真っ直ぐ俺のほうに歩いてくる。
あぁ、そうか、そう言う事か。


お前は、最初から俺を狙っていたのか………



『アイアンテール』。

それが俺を倒した技だな。
あのすれ違いはフライアを狙ったんじゃなくて、
俺の攻撃をギリギリでかわしつつアイアンテールを当てるための――…





「うわああああああああああああああああああああああッ!!!」





フライアが叫んだ。
くそ、俺はまた無力なのか……また、守れないのか…


「グルル…グルルアァァッ!?」
「……?」


ボーマンダが妙な声を上げる。
俺は消えかかった意識を振り絞って、顔を上げた。
ボーマンダに何かが巻き付いている。
何だアレは…ミレーユの触手じゃない…緑色の…


「アディスさんから離れてよっ! この…怪獣!」

「フライア…てめぇ、さっさと逃げ――」


逃げ…いや、待て。


なんだ、なんだソレは。
フライア、おまえは今何をしている?


何なんだその『ツルの鞭』は!
おまえはエーフィ寄りのイーブイじゃなかったのか!?


「グルルアっ! ガァァァァアアアッ!」

「に…逃げろフライア! 俺に構うなッ!」


ボーマンダが炎を吹き、ツルを焼き払って空へと飛翔する。
逃げるのではない。
完全にフライアを標的にしたのだ。


「……アディスさんも同じ事を言う…私は逃げたのに、何も変わらなかったじゃないっ!
 逃げて逃げて、辛い事があっても何とかやってきて…
 でも何も変わらなかった! ずっと追われ続けた!
 そんな事なら、私も一緒に戦ったのに! …だから私はもう逃げないっ!
 私は仲間を見捨てて逃げたりなんか、二度としないっ!!」


フライアが叫ぶ。
次の瞬間、ボーマンダの炎の渦が直撃した。

――いや、炎が掻き消えた。
フライアが『バブル光線』で炎の渦を消火したのだ。

わけがわからない、どうしてフライアはああも多彩に技を使えるんだ?
イーブイだから?
いや、それだけでは説明が付かない。
そもそも、エーフィ寄りという解釈をしたが、
イーブイの時点でエーフィの技を使えること自体が不自然だったのだ。


「私は―――逃げないっ!!」


『10万ボルト』――威力は本家に劣るが、紛れも無く強烈な電気攻撃。
ボーマンダは身を翻してそれを回避し、
再び旋回するとフライアに向かって突撃を開始した。


ドラゴンダイブだ!
ミレーユであれほどのダメージを受けたんだ、フライアが喰らったら――




「よっ、避けろォーーーーッ!!!」



フライアは動かない。

ダメだ、当たる、こんなところで終わってしまう――…



…しかし、心配は杞憂に終わった。
ボーマンダの動きがピタリと止まったのだ、それも空中で。


『黒い眼差し』――相手の逃亡を防ぐ技だが、
微弱ながら行動を止める事も出来る、村長からそう聞いた覚えがある。
行動を止めるほどの黒い眼差しは、実力の高さではなく才能で使うのだとも。
これもフライアが使ったというのか?
草タイプから悪タイプまで、いったいコイツはいくつの技を使うんだ?


動きが止められ、一瞬困惑したボーマンダに隙が生まれた。



「許さない…これでも喰ら―――うっ…ゲホゲホっ……くぅ…ッ」


フライアがボーマンダに向かって、今度は『冷凍ビーム』を撃とうとした。
俺の頭は、その光景を全く理解できていない。
何故、どうしてただのイーブイがあれだけの事を――

しかし、フライアにはもうこれ以上追撃する余力が残っていなかった。
突然咳き込み、その場に跪く。
息を切らし、完全にボーマンダから目を逸らして下を見ていた。
ボーマンダも、直ぐに黒い眼差しから抜けて動き出そうとしている。

ダメだ、ここで俺が、何とかしないと――

そう直感し、俺が動き出そうとした瞬間、影が俺の横をすり抜けて飛び出していった。


――ガシィ!!


「グルアア!?」



影は触手を伸ばし、ボーマンダが抵抗するよりもずっと早く、その身体を絡め取った。
その影は、ミレーユだった。
ドラゴンダイブで受けた傷が生々しいが、そんな事には構わずミレーユは叫ぶ。


「アディスッ! 君がやるんだッ!!」

「っ!!」

「グルルアアアァッ!?」



そうだ。最初に決めた作戦が、今頃になって成功したのだ。
ミレーユはボーマンダの頭に絡みつき、その視界と、さらに翼までも押さえ込んでいる。
並のツボツボにこんな真似が出来るか? いや、出来るはずが無い。

やるじゃないかミレーユ、やっぱりお前はすげぇよ。




「俺も…寝てる場合じゃ…ねぇなッ!!」




立ち上がった。
もう立てないと思ったが、それは違う。

心で負けなければ、何度でも立ち上がれるんだ。
この根性論は、村長が俺に教えてくれたんだったな。


熱くなれ、ここでやらなきゃ男じゃねー、熱くなるんだ。
もっと、もっと強く、拳に力を込めて…

アイツに一番効果的な攻撃を考えろ。
おまえなら出来るだろう、アディス。



閃け


お前の中に刻まれた記憶を呼び起こせ


誰にでも宿っている闘争本能を蘇らせろ





お前は特別だ、アディス


無から有を作り出せる、お前は選ばれし者だ






「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」



「グルルルラアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッ!!」











俺の拳はボーマンダを捕え、そして俺の意識はそこで途絶えた。








………








眩しい。
瞼の上から光が差し込んでいる。

それに、何だか五月蝿い。


「アディス、起きてよアディスっ」
「アディスさんっ、しっかりして下さいっ」

「ん、んん………」


光?
この迷いの森で、光…?


「出口かッ!」

「うわあ!?」「きゃあっ!」


俺が飛び起きると、顔を覗きこんでいたらしいふたりが飛びのいて尻餅をついた。
どうやら気絶していたらしい。ボーマンダを倒した辺りの記憶が滅茶苦茶だ。

一体どうなったんだ?
俺はボーマンダを倒したのか?


「そうですよっ、アディスさんはボーマンダを倒したんです!」
「凄かったよ、あの冷凍パンチ! 使えるなら最初に使ってよね、もう…」
「あぁ、アレか…咄嗟に、閃いた」
「ぇえ?! は、ははは…やっぱり凄いや、アディスは」


事実だから仕方が無い。
あの冷凍パンチ――そうだ、俺はあの時冷凍パンチでボーマンダを倒したんだ。
アレはあの時に閃いた、無我夢中で気が付いたら使っていた。
…シャドークローの時と同じだ。

…いや、それよりも、言っておきたい事があった気がする。
何だったかな、…くそ、記憶が曖昧だ。

俺がボーっとしてるのを、不安げな表情でフライアが見つめている。
…そうだ、お前だ。お前に言いたい事があったんだ。

「フライア」
「は、はい、なんですか?」




―――



『……アディスさんも同じ事を言う…私は逃げたのに、何も変わらなかったじゃないっ!
 逃げて逃げて、辛い事があっても何とかやってきて…
 でも何も変わらなかった! ずっと追われ続けた!
 そんな事なら、私も一緒に戦ったのに! …だから私はもう逃げないっ!
 私は仲間を見捨てて逃げたりなんか、二度としないっ!!』



―――




「…心意気は買う。そこまで言える奴はなかなか居ない。でもな…」

「………」




忘れるな。
今のお前があるのは、あのとき逃がしてくれた仲間が居るからだ。
今回は勝てた。
だからこの事はもういい。

だけどもし本当に勝てないような相手と遭遇したら、迷わず逃げろ。



「…ごめんなさい、アディスさん…」

「…解ればいい」

「解りません」

「そうか。………なにぬ?」


俺は再び顔を上げる。
そこに、真剣な表情で俺を見るフライアの姿があった。
ミレーユは…場の居心地が良くないのか、俺の横でただ座っている。

フライアは続けた。
それは、俺にとって最も言われて痛い言葉だった。


「アディスさんは、また私を独りにするんですか?
 約束はちゃんと守って下さい、私は…アディスさんやミレーユさんを失う事は…
 仲間を失う事だけは、もうこれ以上は耐えられないんです。
 私は弱いから。我慢できないんです。
 私を逃がしてくれた皆には悪いけれど……もう決めましたから」

「っ……」


そうだった。
コイツがこれ以上独りで戦うのが無理だと思ったから、俺は手を貸したんだろう。
一時的とは言え地獄の日々から救い出しておいて、また俺は地獄に突き落とすのか?

馬鹿だ俺は。
何時もの俺はどこへ消えたんだ。

おい、何時まで死んでいる。
目覚めろ悪魔君、俺は俺様至上主義。
そのカリスマでコイツを安心させてやる事が必要だった、そうじゃないのか?


「悪かった。もう逃げろとは言わない。
 俺は全力でお前を守る。だからお前も全力で生き残れ、コレでいいな?」

「はい、約束です!」


何時の間にか、フライアはちゃんと笑うようになったな。
初めて会った時は、事在る毎に怯えてみたり謝ってみたり…
心身ともに限界だってのが痛いほどよく解る有様だったのに。


「おらっ、ボケッとするなよミレーユ。
 お前も入ってるんだぞ、ちゃんと俺たちを守れよガーディアン!」

「え? あ、うん! 頑張るよ!」


バツの悪そうな顔で呆けていたミレーユの頭をデコピンして、言い放つ。
ミレーユは最初、勢いで頑張ると言ってしまったようだったが、
直ぐに真面目な表情になったので俺も安心して頷いた。

あの時フライアの見せた奇跡の力――それについては、また折を見て聞くとしよう。
間違い無いんだ。
フライアを狙って追手が来るのは、絶対にあの力の所為だ。
あの力を悪用する術にどんなものがあるのか、俺には解らない。
解らないが、それでも俺は最初の誓いは忘れない。

絶対にコイツを守ってみせる。
俺ひとりの力で不可能でも、俺たちが一丸となればいいだけの事だ。



ボーマンダだって倒せたんだ。

3人で力を合わせよう。

きっと超えられない壁は『無い』。






そう断言してやることが、俺に出来る配慮だよな、フライア?














そして、ついに――












「ここが…北の大地……ッ」






俺たちは、迷いの森を突破した――








つづく


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