――迷宮冒険録 第九話


 大きな欠伸一つ。
寝坊癖が酷いと言われていながら、一番に起きてしまった事に俺は誇らしさを感じていた。
まだ日も昇っていない早朝4時。
太陽の気配は直ぐそこまで来ているが、まだ顔を覗かせはしない。

日の出を待って山岳地帯を眺めるのをやめ、俺は部屋の中を見回した。
フライアはベッドで布団を被って丸くなり、
ミレーユは殻の中から頭を少し出して眠っている。
ツボツボが頭を出して眠るのは、それだけ俺の家の中が安心できる証拠だ。
今はまだ無防備な寝姿を晒すこいつらが後でどんな顔をするだろうか?
それを想像して、俺はひとり悦に入った。

余りに静か過ぎて、心地よかった。
フライアもミレーユも、本当によく眠っている。

考えてみれば当たり前か。
フライアにしたってミレーユにしたって、
こうしてちゃんとした布団で寝るのは久しぶりだろう。
そのために俺は寝る前に硬い床の上に陣取り、
こいつらにマットとベッドを押し付けたのだから。

お陰で体の節々が痛いが、こいつらの寝顔を見ていればそれだけで和らぐ。
ミレーユは俺の幼馴染で、年の頃も同じだったと思う。
フライアは一体いくつなんだろう、その寝顔は余りに幼かった。




日が昇る。待ちくたびれたぜ。





「おらぁーーー!起きろお前ら!出発するぞぉーーー!!」





思いっきり叫び、二人を起こす。
突然の事態に、フライアとミレーユは目を丸くするのだった。









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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『進撃!迷いの森1』
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前日に用意しておいたパンをかじりつつ、俺、フライア、ミレーユは迷いの森を目指す。
迷いの森を突破すると提案した時のミレーユの反応は、フライアと同じだった。

一つ違うのは、ミレーユが俺に本気かどうかを聞いた後、自信を込めて頷いてくれた事だ。


「俺が戦う、ミレーユが守る。フライアの役目はわかってるな?」

「はい、私が襲ってくる野生ポケモンの気配を伝えればいいんですよね」


割と各々の特技を活かした良い戦法だったと思う。
フライアは感情の昂りを察知する事に秀でているため、
森の中に潜む凶暴な野生の気配を逸早く感じ取り、アディスに伝える事が出来るのだ。

偶然遭遇した野性ポケモンに敵意があるかどうかと言う、些細なところでも役に立つ。
戦わないで済むなら、ただ森を通るだけだ、その方が良い。

ミレーユは乱戦になった時に役に立つ。
いくら俺でも、3匹以上を同時に相手には出来ない。
その時にミレーユが自慢の防御力と触手で足止めしてくれれば、随分助かる。
ミレーユが一度に捉えられる敵の数は、その大きさにも依るが凡そ10匹。
平均的なツボツボに比べて、触手の強さに関してミレーユは秀でていた。

つまり俺とミレーユが居れば、一度に12匹までなら戦えるのだ。
しかもフライアだって、決して戦えないワケじゃない。
場合によってはサイコキネシスで降り掛かる火の粉を払うくらいは出来るはずだ。


「コレでダメだったら、修行するか」
「気長な作戦だね」
「…頑張りましょう、きっと抜けられますよ」


フライアは前向きだった。
当たり前か。この旅はフライアが兎に角遠くへ逃げるためのものでもある。
修行なんかで足止めは出来ないな。


「絶対突破するぞ!」
「「おー!」」


森へ足を踏み入れる。
ここから入るのは2度目だ、だが懐かしさは微塵も感じない。
入るたびに形が変わると言うのに、懐かしさなんてどう感じろと言うんだ?
少なくとも俺にはここを懐かしむほど豊富な冒険経験はまだ無いな。

森の中で数歩歩き回ると、直ぐに景色が一変した。
どうやらもう不思議のダンジョンに入ったらしい、
振り返ってみると、そこにはもう森の入り口がなかった。







………






「うわぁー…あいつら、迷いの森に入っちゃったよ…ボスー、どうしますぅー?」
「………」


アディスたちが森に入るのを、遥か上空から見下ろす者が居た。
ボスと呼ばれた彼は【ピジョット】の上でその光景を見下ろしていた。
ピジョットの問い掛けには答えず、ただただ無言で。

それは、イーブイの進化系【ブラッキー】だった。


「……一度本部へ通達する。戻るぞ」
「りょ〜か〜い」


風切り羽を巧みに動かし、ピジョットは旋回して森から離れていく。
ブラッキーは無言のまま、真っ直ぐ前だけを見つめていた。







………









迷いの森の中は非常に静かだった。
野生のポケモンも気配を潜め、獲物を狙っているらしい。
フライアがそんな気配を察知しては教えてくれるので、迂回したり走り抜けたり…

「大丈夫か? この辺で少し休んでもいいぞ?」
「そうだよ、無理は禁物だからね」
「私なら大丈夫ですよ、早くこんなトコ抜けちゃいましょう?」

気遣いは無用だと言うので随分長い事休まずに進んできたが、
口で言うほどフライアは疲労を隠せてはいない。

途中何度か野生に襲われた。
それだけで、何時襲われてもいいように常に神経をすり減らしているのだ。
戦い慣れしてる俺や、ある意味達観の境地に達しているミレーユとは違って、
フライアには相当キツいはずだ。

「襲われた時は襲われた時。アディスが何とかするから、フライアは楽にしてていいよ?」
「おうそうだとも。…ミレーユ、後で何かおごれ」
「お生憎様。この旅に金は要らないと言ったのはアディスじゃない」
「チッ」

思わず舌打ち。
ミレーユも随分逞しくなったもんだ。
フライアが居るからか?
普段のミレーユはこんなキャラじゃなかったような気がするが。

「ひやっ!!」

「うおっ! 何だ、脅かすなミレーユ」

見ると、ミレーユがキノコに躓いて転んでいた。
何やってんだ全く。逞しくなったかと思ったがやっぱり何時ものミレーユだった。

「だ、大丈夫ですか?」
「平気平気………っ!?」
「どうした?」

ミレーユが眉をひそめる。
それを見たフライアが周囲に気を張り巡らせる。
俺には何が何だか解らない次元で、このふたりは敵の接近を感じたらしい。




クケケッケケケケケケッ




「オイ、趣味の悪い笑い方は止めろミレーユ」
「僕じゃないよ」
「…フライア?」
「まさか。私はあんな声は出せませんってば……」




奇怪な笑い声が聞こえてくる。
俺は、そりゃ解ってるが、一応確認のためにミレーユとフライアに訊いてみた。
…訊かなきゃ良かった。
いや、ほら…
ここだけの話な、俺…



クケケケケケケケケ……



「でっ……出たァーーーーーーーーッ!!!」

「アディス!? ちょっとどこ行くの!?」
「アディスさん! 下手に動かない方が――きゃっ」
「フライア!?」


突如、目の前の大木から、黒い腕がニュウっと伸びてきて、俺を掴もうとしたものだから、
思わず俺はその場から一目散に走り出して、それでミレーユの声が聞こえた直後に、
………

「フライアッ!!」

フライアの声で、俺は何とか正気に戻る事が出来た。


「フライア!どこだ!」


来た道を戻る。
経験上、この程度の距離なら空間は消失しない。


「アディス! あれ!」

「クケケケケケケッケ! このイーブイは貰っていくぞ!じゃあな!」
「ぅぁっ……」

「ゴーストッ!」


俺が戻り、ミレーユと合流する。
そこにはフライアを捕まえたゴーストの姿があった。
ゴースト/毒タイプのポケモンだ。格闘技もノーマル技も毒技も効かない。
つまり、俺とミレーユに出来る事は殆ど無い。

だが、このままフライアを連れて行かれるわけにはいかない!



「俺は自分が幽霊嫌いな事を知っている…」
「ケケ!?」
「これを喰らえ!秘伝の魔除けの御札(通販:48000ポケ)だッ!!」
「アディス! それ騙されてるよ! 早く返品してーーッ!」


魔除けの御札(通販:48000ポケ)を投げつける。
御札はヒラリと宙を舞い、そのまま地面に落ちる――かと思われた。



しかし、御札は俺の意思に呼応するかのように、再びフワリと宙へ舞い戻り――






――ビュンッ!  バシィ!




「クケッ!? ギッ、ギャアアアアアアアアアアアッ!!  こっ、こんな札デ、で、アガアアアッ!」


「嘘ぉ!? 効いてるッ!?」
「48000ポケの攻撃力は伊達じゃねぇ! ヤツが実体化した! 今がチャンスだ!」


御札がゴーストに張り付いている間、強烈な力がヤツを押さえ込んでいた。
その隙にフライアが呪縛から抜け出し、ミレーユが救出する。
俺はフライアとすれ違うようにゴーストに向かって走り出し、拳を握り締めた。


「俺流エキセントリックパーーーンチッ!!」



「ナメるなァーーーッ!!」




――スカッ!




「ぅおおう!」
「死ねッ! ナイトヘッドッ!!」

「アディス! 危ない!」



ズガァッ!!



ゴーストは死力を振り絞って御札を引き剥がし、再びガス化する。
俺のパンチは見事に空を切り、勢い余った俺は体勢を崩して倒れそうになった。
その隙を突いてゴーストはナイトヘッドで俺を攻撃したが、
それはミレーユが間に割り込んで阻止してくれた。


「がっ……」
「ミレーユ!?」
「く…ゲホゲホッ…ナイトヘッドは…防御力に関係なく…ダメージを与えるんだった……」

「ケケケケケ! お前らはそこで無力を噛み締めてな!」


ゴーストは再びフライアの方へ腕を伸ばす。
チクショウ、まだだ、こんなところで、こんな簡単に負けて堪るか!



「ゥぅぅううううおおおおおおおおおおッ!!!」


「ハッ! お前の攻撃は当たらないって言ってるだろぅッ!? 学習しないヤツ――」






―――ザシュゥゥッ!!





「……だな…?」




無我夢中だった。
だから俺には、何が起きたのか解らない。
解ったのは、確かに俺の攻撃がゴーストの身体を引き裂いたって事だけだ。
感触的に言えば、効果は抜群だ!ってトコだ。

だからゴーストにも何が起きたのかは解らなかっただろう。
いや、わかるまでに時間が掛かったと言うべきか。
ヤツは散り際に、何が起きたのかを理解して答えを告げたから。


「し…シャドー…クロー……使え…いフリを…油断…誘っ………」


ドシュウウ……



消滅するゴースト。死んだのか?
いや、どこかで聞いた話だが、 ゴーストタイプのポケモンは倒れると大気中に霧散するらしい。
回復した頃にまた元に戻るらしいから、罪悪感に苛まされる必要は無さそうだ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


ゴーストは、俺の出した技をシャドークローとか言っていた。
ゴーストタイプの技だったっけ。
無我夢中の間にそんな技を出したのか、俺は。流石だな。


「大丈夫か、フライア…」
「…はいっ、今のアディスさん、凄かったですよ」


満面の笑顔で言われると、何となく顔を逸らしたくなる。
何なんだろうね。








「ぅぅ……アディス…早くオレンの実…」



取り残されたミレーユは、ひとり体力ギリギリの状態で呻くのだった。










つづく


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