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迷宮学園録のその後
Eパート

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シーン12/回想1



 時を少し遡り、フェルエルがコンテナ内に連れ込まれた直後のこと。
 彼女はコンテナの中の冷たい空気と、周囲に無造作に置かれている木箱やら何やらのインテリアをキョロキョロと見回しながら、前を歩く覆面の男に問うた。

「ここが、今日から文化祭が終わるまで私に居て欲しい場所、か?」
「殺風景で済まないね。全てが終わるまでは、出来る限りのことはしてあげるよ。」
「そんなことはどうだっていい。二人に会わせろ。」
「自分で聞いたくせに……。」

 あっさりと前言を撤回するフェルエルに、覆面男は溜息をついた。そして、フェルエルにその場に留まるよう指示を出し、自分はコンテナの隅―――真っ黒なカーテンで仕切られた空間に侵入していく。
 他の覆面男たちはと言うと、彼らにも事情があるらしく、一旦戻るとか言って何処かに消えてしまっていた。多分、“戻る”と言うのは、“学校へ”だろう。彼ら自身も、集団で長時間居なくなっていると不都合があるらしい。
 結果一人取り残されたフェルエルは案の定その命令に背き、自らもその仕切られた空間へと足を向けた。

「……ったく、どう……ンだよ……。」

 カーテンに近寄ると、中から数人の男達の声が聞こえてくる。何か、不測の事態になっているらしい。フェルエルは意を決し、その隙間から中を覗き込むと―――。

「フルフルッ!!」

 中では覆面の男達が4〜5人向かい合って立っていて、その中心でフルフルがマットの上に横たわっているのが見え、フェルエルは思わず、自分が叫ぶのを止める事が出来なかった。
 その瞬間、全員の視線がフェルエルに集まる。覆面越しの無言の圧力が直接的なものへと変わるのにそう時間は掛からず、フェルエルは四人がかりで取り押えられ、その場から連れ出された。
 ……いつのまに意識を失っていたのだろうか。気が付くとフェルエルは、長いテーブルの下座に座っていた。上座に、覆面の男が座っている。テーブルの中央には、巨大なガスコンロで熱せられている鉄板が置いてあった。

「……こ、これは……。」

 両手両足は椅子に固定され、椅子そのものも床に固定されていたため、フェルエルはそこから微動だに出来ない。そんな状態の彼女に手を出すわけでも無く、覆面男は対面に座って、ジッとこちらを窺っていた。

「漸く目覚めたか。」
「貴様……これは何の心算だ。手を出さない約束はどうした。」
「出してないだろう。そう期待するな。」
「誰が期待するか! これを解け!」
「あぁもう、いいから少し黙って言う事を聞けって。お前には大事な“演出”をして貰わないと困るんだよ。」
「……演……出……?」
「そうだ。黒木全火が、本気で俺と戦う気になってくれるように―――な。」







…………






シーン13/回想2



「ゲームをしようじゃないか。」
「ゲームだと?」

 覆面男は、軽い口調でそう言った。悪意も邪気も感じなかったが、覆面越しでは何を考えているのかはまるで解らなかった。
 フェルエルはそうする間に再び手足を椅子に固定しているロープを解こうとしたが、30秒くらい粘ってみてから、結局諦めた。

「そう。ゲームだ。これを見ろ。」

 覆面男は、テーブルの真ん中に手を伸ばす。その手には分厚い手袋がされていて、熱対策は万全に見えた。テーブルの真ん中にはまるで肉を焼くための鉄板が今も熱されており、よく見るとその鉄板と大きなガスコンロの間に、数本の鉄の棒が挟まっている。覆面男はその棒を手袋を嵌めた手で掴み取り、フェルエルに突きつけた。先端は真っ赤に輝き、型に入れて打てば刀にでもなりそうな状態だ。何より驚くべきはあのガスコンロの火力だが、そこにツッコミを入れる空気ではなかったのでフェルエルは沈黙した。

「……その棒と、ゲームに何の関係がある。」

 先日、世界史の授業の時に教諭から聞いた豆知識が、フェルエルの脳裏を過ぎった。確か、熱した鉄を押し付ける拷問があったっんだっけ? あぁ、違う違う、目を焼くんだ。熱した鉄の棒を文字通り“眼前”に近付けて―――。

「あぁ。ゲームってのは実に簡単なものだ。」

 覆面男は鉄の棒を持って席を立ち、動けないフェルエルの方へと迫る。

「君は料理が得意だったんだよな。だから―――。」
「……ッ…!!」
「こうして肉を焼くゲームだッ!!」
「やっ、やめ―――――」

 ドジュウウッ!! と言う凄まじい音と共に立ち上る白煙。その中に、覆面男の高笑いとフェルエルの絶叫が木霊した。

「くっくっく! あーーーッはッハッハハハハハッ!!!」
「ひぃぃいいいいいッ!! 止めろ、止めてえぇぇええぇえええッ!! 焼け焦げるぅぅぅぅうううッ!!

「ダメだ。俺が満足するまでこの宴は続くッ! どうだフェルエル! 料理人の貴様にはさぞ悔しかろうッ! はーーっはっはっはっはっは!」
「あぁぁぁ……!」

 そして、覆面男は溶けた肉のこびり付いた棒を乱暴に投げ捨てた。残されたのは無残に焼け焦げた肉の塊。フェルエルは俯いたまま、動かなくなっていた。

「……どうだ。見事なウェルダンだろう。」
「み……、ミディアムが良かった……、なんて勿体無い事を……。」
「くくく! 流石は料理人。この肉の価値を、一目見ただけで見抜いていたようだな。」
「あぁ……。あの見事な霜降り。脂身の色艶。忘れたくても忘れない……、あれはまさしく、高級松○牛様ではないか……ッ!! それを……それを貴様は、何の下味も―――いやそれ以前に何の下準備もせずに、いきなりあの鉄の棒で焼き焦がしたのだぞッ!! 一体何を考えている! それでも人間か貴様ぁぁああッ!!」

 吼えるフェルエル。鉄板の上では、焦げた肉の周辺で僅かに残った肉汁がかすかに躍っていた。

「フフフ。こんな焦げついたモノ、もはや喰えたものではない―――そう思っているのだろう。」
「当たり前だ……。そんなモノ、もはや食い物ではない……。」
「……だから貴様は料理人としてまだまだ未熟なのだ。」
「何……ッ!?」
「動けぬだろう、逃げられぬだろう。覚悟しろ、今からコレを食わせてやる……。」
「ばっ、馬鹿な、やめろ……ッ!!」

 覆面男はテーブルに置かれたナイフとフォークを取り出して、焦げ付いた肉の解体作業に取り掛かる。最高級だった肉の塊のサイズは今にしてみればそれほど大きなものではなく、覆面男が器用に切り分けると、一口サイズのステーキが15個程度転がるばかりとなった。そのうちの一つが、フォークに突き刺された状態で、フェルエルの口元へと運ばれていく。

「やめろっ! 来るな、嫌だぁぁぁあああっ!!」
「料理人が食わず嫌いを―――するな!」
「むがっ、もぐもご……んっ、げほっごほがはっ!! はぁ、はぁ……! こ、こんな焦げ付いた肉が、美味しいはずが……ん?」

 無理矢理口の中に突っ込まれた肉を、渋々咀嚼するフェルエル。次の瞬間、彼女は全身に稲妻が走るのを感じた。

「う、……美味い……馬鹿なッ!?」
「くくく。どうした料理人。粗末なリアクションだな?」
「こ、この風味は……ま、まさか……ああぁあああなんということだ! 私の目は節穴か!? 何の下準備もしてないだって馬鹿馬鹿しい! この風味は調味料を綿密に計算して配合してこそ出せるもの! これを解読すれば私の料理も一段階高みに上ることが出来る! ふふふふ……、……え? そ、そんな……解析不能だと!? 馬鹿なっ!? 味のサンプルが少ない! 頼む、もっとその肉を食わせてくれっ!」
「やれやれ。仕方ないヤツだな。手だけ解いてやるから勝手に食えよ。」

 覆面男はそう言ってフェルエルの両手を解放する。フェルエルは、まるで飢えた獣のように残りの肉片に飛びついた。一つ、また一つと口の中に放り込んでいくその姿は、とてもじゃないが普段の彼女からは想像のつかないものだった。
 ……だが、これは所詮、ゲームであった。フェルエルはそれを、完全に失念する。
 これはあくまでも、黒木全火を本気にさせるための―――“演出”なのだ。

「んぐッ……。」

 順調に肉を貪っていたフェルエルが、突然口を手で抑えて苦しみ出す。覆面男はそれを横目に、笑っていた。

「アタリを引いたみたいだな。ご愁傷様。」
「んんん、んぐっ、げほッ!! ごっほ、ごほげほっ!!」

 大きく咳き込んだフェルエルの口から、真っ赤な液体が噴出する。それは口を抑えた手の指の隙間からごぽごぽと溢れ出し、あっという間にその場を惨劇に彩っていく。
 ……綿密に計算された調味料の仕込まれた肉の塊。それは即ち、調味料以外の何かを仕込んでおくことも十分に可能だったと言うことを、フェルエルはもっと早く気付くべきだったのかも知れない。

「……既に、調査済みだよ。笛木。君は―――辛いモノが大の苦手だそうだね。」
「うごぇぇぇっ、み、……っ、水……! ごほっ、がはぁっ!」
「…………。」

 ……明らかに入れたタバスコの量よりも吐き出している赤色の量が多い気がして、覆面男が内心焦っていたことは、誰も知らない。





…………




シーン14/解決





「フルフルっ、しっかりして……!」
「ん……うぅ、……り、シャ……?」

 フルフルが小さな呻き声と共に、リシャーダの名を口にする。それを聞いて、リシャーダはフルフルを抱き締めた。

「大丈夫……じゃないよね……、ごめん、私がもっと早く駆けつけてれば……。」

 泣きながら謝罪を繰り返すリシャーダの頭に、フルフルの手が優しく触れた。

「……大丈夫……。ちょっと、健康になっただけ……。」
「うん……、そう……、解ったから、無理しない――――え?」

 ピタリ、とリシャーダの動きが止まった。それを囲む一堂も、思わず硬直する。

「れ、連中に何かされたんじゃなかったの……?」

 こくん、と頷いてからフルフルは言った。

「足ツボマッサージ、とか……。あと針治療とか……。色々された。」
「……それで?」
「胃腸が、悪いみたい。」
「……治ったの?」
「うん。すっかり。」
「…………そいつは―――良かった……。」

 リシャーダはフルフルを抱く腕の力を抜き、そのまま全身を脱力させ―――倒れた。

「りりり、リシャーダーー!?」
「大変だゼンカ! 矢射田が倒れた!!」
「しっかりしろリシャーダ、傷は浅いぞーーー!!」

 そんなやり取りを見て、フェルエルが笑いながら言う。その格好は、未だ血に塗れたように真っ赤に染まっていた。

「はっはっは、何はともあれ皆無事でよかったな。」
「お前が一番紛らわしいんだよッ!! ホントに死んでるかと思ったぞくそったれ!!」
「殺すわけ無いだろ、フィクションやファンタジーじゃあ無いんだから……。」

 ケラケラと笑うフェルエルに全力で突っ込む俺。ここまでのシリアスを全て台無しにする怒涛の展開に、俺は半ば逆ギレ状態であった。そしてさり気無く悪気は無かったみたいな主張をする覆面男―――もとい3年の番長が俺の背後にいたが、もう無視。

「オイ、起きろサンダー!」
「へげぁっ! ひぃぃいいい! もう足ツボは嫌だあぁぁぁぁぁあああ!! ……アレ?」
「安心しろ! 次は関節技だッ!」
「ぎゃあああああああッ!? ぜっ、全火!? 何故ここに! そして何故腕拉ぎ十字固めを!? うぎゃあああああマジ決まってるマジ決まってる!! らめぇぇぇぇえええ! 折れちゃうぅぅぅぅううううッ!!」

 フルフルを守れなかった不甲斐無いサンダーに気が済むまでお仕置きをしていると、突然セラが怒声を上げて全員が振り返った。
 セラは俺が殴り倒した覆面軍団の一人の胸倉を掴み、凶暴な顔で吼えていた。

「答えろッ! 黒幕は誰だッ!」
「ひっ、ひぃぃいいい! か、勘弁してくれよ白河! 俺たちは頼まれただけなんだって……!」
「……三度は言わねぇぞ……、誰に頼まれたのかを言えよ、それ以外の余計な一言でも言おうものならその首刎ね飛ばしてやる……ッ!」

 犬歯を剥いて唸るセラ。覆面男は完全にビビって腰を抜かし、されるがままになっていた。あまりにも酷い有様だったので、俺は二人の間に割って入って仲裁する。

「オイ馬鹿よせセラ。刎ね飛ばすのはNGだ。」
「何処までならOKだよ?」
「暴力から離れろ。」
「…………。」

 露骨に物足りなさそうな顔を浮かべるセラ。まるで、玩具を取り上げられた子犬のような表情であったが、その中身が子犬どころか地獄の番犬も尻尾を巻いて逃げ出す程の狂犬なので、玩具―――もといこの覆面男は永久に取り上げておく。

「さて、一体誰に頼まれたんだって?」
「あ、あぁ……それは、今あんたらの後ろでコソコソと逃げようとしているアイツだよ……。」
「ドッキンコ!」

 奇怪な声を聞いて振り返ると、そこには泥棒ポーズで硬直する一人の覆面男の姿があった。セラがズカズカと近付いて行って、問答無用でその覆面を剥ぎ取る。
 中から出てきたのは―――文化祭のための準備中にサボっていたのでセラが教室で注意をした、あの男子生徒であった。

「お前……誰だっけ。」
「十文字だよ! 十文字幸作!」
「あぁ、エックスか。」
「エックスって言うなーッ!」
「ほう、生意気を言うな。」
「すみませんでしたーッ!」

 セラは十文字―――エックスの首を掴むと、前後にガクンガクンと揺らして遊び始めた。このまま行くと首の骨が折れるまで止まらないので、適当なところでまた割って入って手を離させる。

「ったく、まさか同じ学年のヤツがこんな壮大な事を仕掛けてくるとはな……。」

 俺はエックスの目をジッと睨みつけて言った。するとエックスは少しだけ怯んだものの、すぐに強気になって―――と言うか開き直って、切り返してきた。

「もっ、元はと言えばあの体育祭から全てが狂い始めたんだ……! 俺の計画はいつだって完璧だった! 俺の計画通りにやってれば、確実に2−Fは優勝していた……なのに、……あんな滅茶苦茶な方法で勝ちに来るなんて、常識的に考えて有り得ないだろッ!?」
「そりゃまぁ……アレについては俺もどうかと思うし、同情はするが……。」
「俺は考えたよ。それから、2−Bについて調査を始めたんだ。一体、あのザ・地味ーズとさえ呼ばれていた2−Bに一体何が起こったのかを……。そして、気付いたんだ。あのクラスの改革―――その影にはいつも、黒木全火! お前を中心としたメンバーがいた事にッ!」
「……つまり、俺たちを分断すれば、文化祭では勝てる―――と?」
「そうさ。これが俺の作戦なんだ、お前たちのクラスに負けやしない……。問題があるとすれば、うちのクラスにはお前らのトコみたいなスタイルの良い女生徒がいないってところか。片っ端からひんぬーで、色仕掛けじゃあ全然勝てる気がしねえぜッ! 特にイニシャルSSなんてもう男勝りって言うか実は男なんじゃねって状態で毎日ひでぇんだぜ!? 全くどいつもこいつも本当に女かよってヤツばっかりだ! もっとこう女らしさってのを磨いてくれないとこちらとしても日々の学生生活が苦しくてたまんねぇぜだがそれでもいいさ! きっと需要はあるそうだろうそういうものなのさ! だから今度こそ負けない! そのハズだったのにまたしても貴様らは……ッ!!」

 ガシィ! ……と、エックスの肩を何者かが乱暴に捕まえた。いや、何者かなんて暈して言う事も無いか。それは、同じクラスの白河せせらぎ(イニシャルSS)その人であった。

「だ・れ・が・男だって……?」
「……い、いや、今の時代、軟弱な男なんかより、強い女の方がさぞや理想的なんじゃないかなー……なんて……。」
「………あぁ。軟弱だもんな、お前。…… 鍛 え な お し て や る よ …!」
「たっ、タンマ! タンマタンマタンマっちょっ、あっタンマッ、……あぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」






 ……こうして、文化祭前の俺たちを襲った事件は解決した。





 そう、思っていたんだ。
 この時は、まだ……。







…………








シーン15/真相





 文化祭の後。
 教室の飾りつけは、やっている間こそ楽しいが、こうして終わってからの片付けとなるとどこか切ない思いを感じさせるものだ。
 リシャーダが俺に話し掛けて来たのは、飾りを一つ外すたびに、あぁ、終わったんだなぁ、なんて事を実感しているところだった。
 ―――終わったら、屋上に来て欲しい。
 俺はその時のリシャーダの表情から、何か大切な話があるのだろうと言う事を察し、さっさと片付けを済ませて屋上へと足を運んだ。リシャーダは、既に屋上で待っていた。遅れてフェルエルもやってきたが、リシャーダはそれでも、“話”を始めようとはしなかった。まるで、誰かを待っているかのように。

「おお、もう集まってたのか。いやー、遅れて悪かったぜ!」

 どれくらいの時間を沈黙で過ごしたのだろうか。唐突に響き渡ったその声にハッとして振り返ると、屋上の入り口の扉をガタンと閉めるサンダーの姿があった。リシャーダは、やっと声を上げる。

「…………先日―――2−Fが、うちにちょっかいを出してきたわよね。」

 その声は静かに、しかし強い存在感を感じさせていて、これから始まる話が決して雑談などではない事を暗に告げていた。
 俺とフェルエル、そしてサンダーさえも空気が張り詰めている事に気付き、目を細める。

「出来過ぎている……そう感じなかった? ゼンカ。」
「…………いや、俺には解らない。リシャが何を言いたいのか……。」

 屋上の広いスペースをゆっくり歩きながら、リシャーダは語り始めた。

「どうにも腑に落ちないのよ。普通、拉致監禁なんて、そんな簡単に出来るものなの? いくら同じ学校の生徒同士だからって言っても、これは立派に犯罪よ。結局通報はしてないから事件にはなってないけど……これは、当たり前だけど、決して軽い事じゃない。」

 空はすっかり暗くなり、星が瞬き出していた。肌寒さを感じたのは、本当にこの冷たい風の所為だったのろうか。

「軽い事じゃないのに……あまりにもお粗末だった。調べれば解る携帯電話の通話記録、覆面で顔を隠しているのにうちの学校の制服を着たままの連中、何もかもが不完全でお粗末……まるで、最初から失敗しても良いと思っていたかのように。」
「ちょ、ちょっと待てよ……、それって連中の狙いがほかにあったってことかよ!?」

 サンダーが声を荒げた。彼は、フルフルと共に拉致監禁された被害者だ。そう喚きたくなる感情は理解に難くない。
 だが、リシャーダがサンダーに向けた視線は同情でも哀れみでも無く―――ただ、冷たかった。

「もういいでしょう、サンダー。」
「……な、なにがだよ……。」
「今日の文化祭の間に私、十文字を問い詰めたの。少し手間取ったけど、ちゃんと白状してくれたわ。今回の事件の立案者―――三田健吾の名をね。」
「「―――ッ!!?」」

 その驚くべき真実が、俺とフェルエルの視線をサンダーへと向けさせる。サンダーは唖然とした表情で硬直して言葉を失っていたが、すぐに反論した。

「ばっ、馬鹿だな! なんで俺が……、大体、……有り得ないだろ……!? そんな……なぁ、ゼンカ、フェルエル、お前たちは俺を疑ったりしないよなぁ……!?」

 サンダーが助け舟を求めて俺やフェルエルに目を合わせてくるが、こちらはリシャーダの言葉を理解するのに精一杯で、とてもサンダーの潔白を証明する材料など持ち合わせてはいなかった。
 強いて言えば、彼もまた被害者だったのだ。拉致監禁されて、結果的に足ツボマッサージとか言うアホみたいな話だったが、責め苦を受けた身なのだ。

「……だったら、上着を脱いで見せてみなさいよ。針治療の痕。残ってるんでしょ? フルフルだって、今日見せて貰ったけど、残ってたわ。やった本人に聞いたら明後日には消えてるって話だけど。今なら残ってるはずよね、“本当にフルフルと一緒に監禁されていたなら”。」
「……ッ…!」

 サンダーが再び言葉を失う。追撃を掛けたのは、フェルエルだった。リシャーダの言葉を聞き、彼女もまたこれまでの不審点に気付いたようだった。

「そう言えば、電話で呼び出された時……。フルフルの声は聞こえたけど、お前の声は聞こえなかった……。サンダー、……嘘なら嘘だと言ってくれ、お前が真犯人だったなんて、信じたくない……!」
「う、……うゥ……ッ…!」

 フェルエルは、同じクラスの仲間を疑う事が何より苦しいのだろう。悲痛な表情で、サンダーへと詰め寄り、もし間違っていたなら謝るから、今すぐ指摘してくれと叫んだ。
 でも、サンダーは……フェルエルの言葉にさえ反論できずに、後退した。
 一歩、また一歩と下がって、彼は屋上の柵に背中をぶつける。

「うっ、……く……!」

 そして、もう逃げ場が無くなったところで、俺たちは予想外の声を聞いた。
 狼狽して呻くばかりだったサンダーの声が、徐々に別の何かに彩られていく。

「うぅ……、うぅぅぅうフフフ……ウフワハハハハハハ……ッ、ハァッハハハハッ、アーーッはッはッはハハハハハハッッ!!」
「さ、……!」
「サンダー……!?」

 嘲笑。それとも歓喜?
 サンダーは天を仰ぐほど仰け反り、高く笑い続けた。やがてその笑い声も収まり、サンダーはポツリと呟いた。

「俺は……羨ましかったんだ、お前が……。……黒木全火。」
「……え……?」

 柵に寄り掛かり、夜空を見上げ―――サンダーは自らが“真犯人”であった事を認める。

「俺とお前は、“同じ”だと思っていた。ちょっとだけ不良で、不器用で、地味で目立たないヤツだと思っていた……。でもある日を境にお前は変わって―――俺も、変わらなきゃって思えたんだ……。」

 黒木全火が、異世界で命を懸けた戦いに臨んだ事を知る者は居ない。しかしその日を境に黒木全火が大きく変わったことは、誰もが知る事実だった。そして、そんな彼の周りに多くの仲間が集い、いつも賑やかにしているのはこの学校の名物と言っても過言ではない。
 ……ただ、サンダーもまた変わったことを、一体何人の人間が知っているのだろうか。“黒木全火がサンダーを変えた”と言う結果だけが先行して、サンダー自身の努力は誰にも認められることは無かったのだ。
 ゼンカを中心にして集まる仲間たち。そんな、名も与えられない位置づけにされ―――サンダーは思った。どうして、ゼンカばかりが認められて、自分は認められないのかと。
 馬鹿みたいにはしゃいでみたりしたが、結局何をしても全火には敵わなかったのだ。

「お前が、鈴村深夜に負けてくれれば、完璧だったんだ……。その後俺が、打ち合わせ通りに鈴村深夜を倒して、英雄になれるはずだったんだ……。」
「そんな……。」
「……馬鹿野郎……! そんな事のために……!」
「あぁ。俺は馬鹿だよ、どうしようもない大馬鹿野郎さ。でもな……。」

 突然、サンダーが背にしていた柵に飛び乗った。背後には何もない暗闇が広がっているだけで、転落すれば命の保障は無いだろう。慌てて取り押さえようと走り出すが、その時にはもう、サンダーの身体は後ろに傾き始めていた。

「今更だけど……感謝してるぜ、全火。やっぱり、お前が勝ってくれて、良かった。俺、馬鹿だから……こんだけ派手に転ばねぇと、何が正しくて何が間違っていたのか、解ンねぇんだわ……。」

 ゆっくりと倒れていくサンダーに、走りながらリシャーダが叫ぶ。

「馬鹿ッ!! だからアンタは馬鹿だって言ってんのよッ!! アンタの努力は、ちゃんと認められてる! 他の誰が認めなくても私がちゃんと解ってるって―――なんでこんな大事な事には何度転ばされても気付けないのよッ!!」
「……ッ…、沙里……奈―――――」

 あぁ……そういえば。沙里奈が暴力を振るう時って、決まって自分が馬鹿をやろうとしている時だったっけ……。全火に負けないように、無理にでも目立とうとしてる時に、沙里奈はいつも顔面を辞書でぶん殴って止めてくれたっけ……。こんな、事に今更気付くなんて……、俺って、本当に―――――。

「サンダァァァァぁぁあああああああああああ!!!」

 リシャーダは、必死に手を伸ばした。その手だけでは届かなかったけど、サンダーが手を伸ばせば、十分に間に合う距離であった。しかしサンダーは、最期に優しく笑ってみせて―――そのまま闇の中に消えた。
 ドスン、と言う情けない音が聞こえてきて……直ぐに、階下から誰かの悲鳴が聞こえてきた。

「馬鹿……馬鹿よ、……私、なんて馬鹿だったの……。」

 リシャーダは、ついさっきまでサンダーが立っていた柵に覆い被さり、何時までも嗚咽を零していた。
 誰かが通報したのだろう。遠くから、救急車がこちらに向かってくるのが見えた。

 サンダーは、二度と俺たちの前に、その姿を晒すことは無かった。








…………









シーン16/真相2






「俺が死んだぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
「オイ、五月蝿いぞサンダー。少し静かにしたらどうだ。」

 いかにも手作り風の冊子を抱えて喚くサンダーに、周囲の客が一斉に口に人差し指を当てて注意する。
 ここは、文芸部の展示品が並んでいる教室で、今サンダーが手にしているのは、同じクラスのフルフルが書いた短編小説であった。登場人物はまさにこの学校に実在する人物で、しかも内容も所々が真実だ。

「驚いたな、フルフルにこんな才能があったなんて。」

 俺―――こと黒木全火は、冊子を閉じて言った。フルフルは隣で、それほどでも……と頬を赤らめて応えた。サンダーは未だに自分が殺されたことに納得がいかないようで、何度も同じページを読み返していた。やがて音読まで始めようとしたが、そこはリシャーダが辞書でぶん殴って阻止した。
 いつも持ち歩いてるんだ、その辞書……。

「これを書くために、わざわざ鈴村さんに演舞を見せてもらったからね……。」

 3年の鈴村。作中通りの人物で、そんなに悪いヤツじゃないのは確かだが、それより驚きなのはこの一本を仕上げるためにそいつに頼みに行ったと言うフルフルの行動力だった。

「それにしてもこのフェルエルが真っ赤になってるシーンって、アレだろ? 体育祭の後の打ち上げでやったロシアンルーレットで見事に当たりを引いた時の引用だろ?」
「うん。そこだけじゃないよ。他にもね……。」

 ―――文化祭の日。俺たち仲良しグループはいつものように普段とは違う校内を練り歩き、楽しい思い出を作ったのであった。
 あの日、異世界での戦いを経験したからこそ、俺は今日と言う日にこんな楽しい思いが出来るのかも知れない。そうでなければ、きっと文化祭なんて下らなくてつまらなくて、サボっていたに違いない。
 何事も、心構えなのだ。最初から楽しむ心算で臨まなきゃ、本当に楽しい思いなんて出来やしないのだから。

 とまぁ、そんな風に何となくいい事を言ったような気になったところで、俺の日常の紹介はこの辺にしておこうと思う。それじゃあ、なんか随分長く付き合わせちまったみたいだけど、勘弁な。
 また何処かで会える日を、楽しみにしているぜ。











迷宮学園録のその後

―Mysticschool of Nextworld―















…………






シーンオマケ/フルフル




 時々、自殺したくなるくらい辛辣な言葉を浴びせてくる。かと思えば素直で可愛いヤツだったりと、軽く多重人格障害を患ってるんじゃないかと真剣に考えたくなる不思議な少女、古谷霧絵。
 一度、どれが本当のお前なんだと問い掛けたら、「全部。」と応えてくれた辺り自覚はあるのかも知れなかった。
 今回の話で何処からがフルフルによる創作だったのかには敢えて言及しないが、一つだけ注意しておきたい部分があるので、呼び出してみた。

「よう、フルフル。」
「あの、どうかしたのですか……? 私、何か拙いことをしましたか……?」
「あぁ、した。かなり。」
「うぅー、も、申し訳ありませんっ、ごめんなさいごめんなさいっ、ぶたないでぇーっ!」
「ぶつかぁぁぁっ! お前の中では俺はどんな暴力キャラだよ!? 止めて読者に変なイメージ与えちゃうから!」
「全火は……いえ、失礼しました。全火様は私が至らないところがあるといつも懲罰と称して私に……。」
「ちょっと黙ってぇぇぇえええお願いだからぁぁぁぁああああっ! 俺への評価がどんどん堕ちてゆくぅぅぅぅぅううううッ!!」

 訂正。“素直で可愛いヤツ”な状態でも、根っこの部分はどす黒くてトンでもない女でした。

「……じゃなくて、お前あの小説の中にも、俺が“異世界で戦ってきた”なんて書きやがっただろ。」
「え? あぁ、書きましたねぇ。サンダーが罪を自供した直後辺りに。」
「書くなよ! 異世界なんて行ってないんだから!」
「別にフィクションなんですから、そんなに怒らなくても……。まさか、本当に異世界に行っていたのですか……?」
「ぇ、ぇえ!? い、行ってねぇよ! 断じて行ってねぇって! だいたい俺は毎日サボらず学校に来てたじゃねぇか!」
「……怪しい。いやでもこうやってわざわざ強調してくると言う事は、異世界に行ったと言う事を事実として広めて欲しいと考えているの……? だとしたら、本当は行ってないってこと……?」

 深読みし過ぎて逆に俺の狙い通りになるフルフル。
 説明しよう。実は俺が一日を境に変化したことについて、今日までに色々な噂が流れたのだ。その中に“異世界に行って魔法バトルをして命を懸けて来た”と言うストライクなものがあり、それ何処のRPGだよなんて皆笑い飛ばしていたが、完全にアタっていた俺は表情に出さないために必死だった。
 そんな必死な俺をからかうためか、フルフルはいつも俺の豹変に関して、“異世界”の噂を持ち出してくる。どうせ誰も信じないとは言え、事実を暴かれ続けるのは精神衛生上非常によろしくない。

「……まぁ、いいです。解りました。今回は私が悪かったです。反省します。どんな罰も受けますので、どうぞ何でも命令してください。」
「解った。二度と異世界だの妙な噂は流すなよ、命令だ。」
「その命令には従えません。」
「この卑怯者!」

 用が無いなら、もう帰りますよ―――と言って溜息をつくフルフル。よく見たら素直で可愛い方ではなくて、いつもの辛辣な言葉を浴びせてくれるフルフルだった。素人ではパッと見解らないだろうが、慣れてくると大体解るようになってくるものだ。表情の締まり方が違う。
 フルフルは去り際に、一言呟いた。





「ミリエに会ったら、宜しくね。」




「……え?」






 悪戯な笑みを浮かべて、フルフルは駆けていく。






「ちょっ、それ、どういう――――」













 真相には、まだ至らない。




















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