――迷宮冒険録 第七十六話
アルセウスは、夢を見ていた。
かつて彼が生きていた世界の夢を。
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かつて――彼が生きていた世界は、ある日突然、終わりを告げた。
ホウオウ以上に無限に生き続けられる彼は、
『生きる喜び』や『別れの悲しみ』を誰よりも沢山経験し、理解し、
だからこそ誰よりも優しくなることが出来て――
彼が望めば、そこに草木が生い茂る。
それは、彼を慕う草ポケモンが集うから。
彼が望めば、どんな辛い傷も、必ず癒された。
彼の周りには、必ず救いがあったから。
でも、終わりはやってきた。
『世界』とは、不意に始まり、唐突に終わるもの。
『始まり』よりも後に生まれ、『終わり』より先に死んでいく――
そんなモノたちには解らずとも、世界の『終わり』は例外なく訪れる。
初めは、アルセウスもまた、『終わり』が理解出来ないモノの一つだった。
だから、突如として訪れた『終わり』に、
彼は嘆き悲しみ、そして、『神』を憎んだ。
――何故『終わる』、何のために『終わり』が在る!
だけど、その訴えに意味が無い事を悟った時、彼は、眠りについた。
――何故、私だけが終われない……返してくれ、私の世界を、返してくれ――
彼は、夢を見た。
そこに、彼の望むものがあった。
――私は、『神』になろう。
彼は、さらに望んだ。
――私は、『終わり』の無い世界を創ろう。
世界を夢見て、彼は頂点から見守る事にした。
でも
彼は再び、嘆き悲しんだ。
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迷宮冒険録 〜四章〜
『創造主降臨3』
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ある日、彼の夢見る世界が、『終わった』。
なんて事は無い。
風に吹かれて飛んでいくシャボン玉が突然消えるように。
プツリと、世界は消失した。
彼の夢見る世界――いくつもの戦いや歴史を刻みながら進んでいた星が、
宇宙の終わりに伴って存在ごと消失してしまったのである。
彼は一つ目の障害に気付いた。
『宇宙を終わらせるからいけない』と。
そしてそれを胸に刻み、もう一度、彼は夢を見た。
再び、世界は消失した。
宇宙は終わらなかったが、星としての寿命が尽きたのだ。
彼は、さらに夢を見た。
何度も何度も、創造と喪失を繰り返し、
自らの心が磨耗するのを肌で感じながら、只管に夢を見続けた。
作っては消え、学習し、作っては、消える。
その永久に続くかと思われた世界と夢見る者のいたちごっこは、
意外にも、夢見る者の手によって断ち切られた。
彼は気が付いた――いや、気が付いてしまったのだ。
『夢』だから終わるのだ。
私と言う存在が終わらない――終われないモノであるように、
『夢』を『私』と同じモノに変えてしまえば、
それらは永久に私と共に存在し続ける事が出来るのだ、と。
その手段を探すため、彼はもう一度だけ夢を見て、
そして、夢の中に創造したモノを、夢の外へ顕現させる方法を、手に入れた。
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第一のステップとして、世界は無数の分裂を開始した。
同じ歴史、同じ運命をなぞる、
『平行世界』だの『パラレルワールド』だの呼ばれるモノである。
それぞれの世界には定められた歴史があり、
多少の誤差を生じながらも常に同じ結末を辿るように、
さらに『終わり』と『始まり』をリンクさせて、
無数に存在する世界は、永久機関となる事に成功した。
そして、彼は『待った』。
ループに気付くものが現れることを。
そして、『待つ』だけに留まらず、時には世界に干渉し、
少しずつ、少しずつ世界の『中身』を成長させていった。
ある日、彼の目論見は成功した。
『超界者』と呼ばれる、世界の中から飛び出すモノが現れ始めたのだ。
それは、彼自身のイメージを最も強く引き継いだ――全てのポケモンの始祖、『ミュウ』であった。
ミュウは、世界の統治者となった。
超界者と言う存在になったミュウはその力を全ての平行世界に分散し、
アルセウスに代わって直接的に世界を管理する存在となったのだ。
そこまでが第一段階。アルセウスの目論見は大成功を収めたと言っていい。
そして、ここからが第二のステップだ。
彼の最終目的は超界者をさらに成長させ、夢の外へと誘おうというものである。
わざと世界を狂わせ、歴史は歪み、
超界者たちは、その世界に目を付け、
或いは、歪んだその世界からより多くの超界者が生まれ――
ホウオウは、アルセウスの計画の第二段階に、もう少しで届きそうだった。
夢の外へ出て行きたいという願いは、
まさにアルセウスの願いと同じで、本当にあと少しだったのだ。
だが、願いは果たされなかった。
それどころか、事態は一つの最悪の方向へと進み始めていた。
夢の外へ出られないのならば、と、ホウオウが取った手段は――
「がッ――……!」
「ユハビィッ!!」
「弱いな、弱すぎる。くくく……どんな力も虫けらの様に踏み躙れる……
これがアルセウスの力ッ!! 何と言うパワーッ! これぞ絶対帝王の私に相応しいッ!」
アルセウスを、この世界に呼び出すことだった。
ホウオウの作戦が本当に成功したかは解らない。
呼び出されたそれが、本当にアルセウスなのか如何なのかは解らないからだ。
ただ、ホウオウが呼び出したソレがアルセウス本体では無かったとしても、
彼が、一つの世界に収まるにはあまりに強大な力を再び手に入れたことには、違いなかった。
「……ダメだ……継承状態でも、勝てる気がしない……」
「く……」
ユハビィは、諦めた。
キュウコンも、諦めるなと、言えなかった。
あのホウオウだったモノには、例えポロックの暴走の力が在っても勝てないだろう。
そう思えて仕方が無かったから――ただ一つ良かったのは、
20秒が限度と言うところを、1分は持ち堪えられたことだ。
ホウオウ自身、あの力をまだ制御し切れていない節がある。
当たれば砕け散って死ぬほどの攻撃は尽く外れたし、
第4の泉はそのお陰で壊滅状態、瓦礫の下を逃げ回る事で時間を稼ぐ事も出来た。
後は、祈るのみだ。
「ホウオウ……」
「?」
「その力で、あなたは何がしたいの……?」
「ふん、何を今更。破壊と創生、神にしか出来ない事をし、我は神となるのだ」
ホウオウの言葉には、嘘偽り、躊躇いなど一切無かった。
純粋なまでの悪意が、神への執着だけがそこに存在していた。
破壊と創生――この世界を壊し、新たな世界を構築する、それこそが神の所業であり、
それを成し得てこそ自分は真なる神になるのだと、ホウオウは言った。
「朽ち果てるがいい。安心しろ、所詮貴様も『この私』の夢に過ぎない存在。
死などに恐れを抱く必要は無いのだ――」
「………ホウオウ」
「ユハビィ………」
ホウオウは――いや、ホウオウとアカギだったモノは、前足を突き出し、
そこに宇宙誕生を想起させるほどのエネルギーを凝縮し、ビッグバンの如く撃ち放った。
「あなたの」
「貴様の」
―――負けだ
つづく
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