――迷宮冒険録 第七十五話





「―――で」

俺は隠れ泉への道を抜け、送りの泉と言う場所へとやってきた。
この先の洞穴は戻りの洞窟とか言う名前で、何か黄泉だの地獄だの、
色々な伝承が語り継がれる由緒あるミステリースポットだそうだ。
入るたび内部構造が変わるあたり、
恐らく不思議のダンジョンパワーが働いてるに違いない。

いや、それよりもだ。
俺はさっきから出来るだけ見えないフリをし続けていたんだが、それもそろそろ限界が近い。
ずっと俺の後ろをひたひたついて来てる奴らが居るんだが、
お、俺の、俺の後ろには一体誰が居るんだよぉ! と思わず発祥してしてしまいそうな状態だ。

意を決してくるりと振り返り、俺は連中を指差して言い放った。


「何でついて来てるんだよ」

「だってほら、主人公だし」
「パートナーだし」


意味深長、ワケの解らん事をのたまう女――ユハビィと、
それの金魚の糞化しているキュウコンは平然と、さも当然の如く、俺の後をつけるのをやめない。


だいたい、主人公は俺だ!


……あれ? 俺も何言ってるんだろう。
まぁいいか、多分本当の事だし。


俺はユハビィたちに再び背を向け、テケテケと歩き出した。
奴らはまた同じように一定の距離を取りながらピッタリついてくる。何か不快だ。
仕方ない。ふと思った事を居候にでも尋ねて気分を紛らわせよう。


「居候、一つ訊いておきたい事が在るんだが、いいか?」
『何だ?』
「どうして俺だけ先に戻ってきたんだ? クレセリアは此処に来れば解ると言っていたが…」
『あぁ……お前は『観』られない限り解らないが、俺の存在は世界に入るだけで感知されるからな』
「……それは」
『人間界に入る分には、俺の存在はヤツには感づかれない。
 だからあのニンゲンの小僧が居たのは都合が良かった――それだけさ』

古い思い出を語り終えたように、居候は言葉を切って再び無言になった。
『ヤツ』とは、ナイトメアの事だろう。俺たちが今一番倒すべき敵だ。
ナイトメアは、居候の作り出した全ての神器をそろえ、最強の存在となってしまった。
だから、それを食い止める事が、この世界の存続に必要なことなのだ。





骨肉の剣、苦肉の仮面、進化の輝石――


なぁ、お前は、何のためにあんなアイテムを作り出したんだ?




……その問いに、居候は答えなかった。







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      迷宮冒険録 〜四章〜
       『創造主降臨2』
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「奴を倒さなきゃ世界は終わりだよ。此処は不本意だけど協力しなきゃ」
「不本意って何だ。お前みたいなお子様にナニが出来る」
「ほう、お子様とな。ふふふふふ、ワタシこう見えて結構強いよ?」

結構強くてボロクソだったじゃねーか、と言うと面倒なので言わない。
もう勝手にしてくれ、そのバケモノなんかよりよほど厄介な相手と俺は戦わなきゃいけないんだからな。

ナイトメアとか言う、誰かさんの力でいい気になっているアホとかな。

因みにユハビィののたまう『奴』とは、……何だっけ。
なんかアカギの中に取り入ったホウオウの亡霊と、それが召喚したアルセウスが合体したモノ、だっけ。
壮大すぎてよく解らんが、ナイトメアほどの脅威は感じないね、何となく。


「で、実際如何なんだキュウコン」

「何がだい?」

「その――…なんだっけ。ナントカって言うヤツには勝てそうか?」

「ふふふ。簡潔に言おう。無理だ」


見事に簡潔に述べてくれたキュウコン。話題も完結だ。誰が駄洒落を言えと言った。
あっちのアホ女よりは話が出来ると思って聞いてみたが、
こいつがコレじゃあ夢も希望もへったくれもありゃあしないな。


「OK、帰れ今すぐ。邪魔だ」

「だから主人公が『ハイそうですか』って引き下がれるわけないじゃん!」

「誰が主人公だ! お前は脇役! 俺の引き立て役!」

「何だよ! ワタシの方が巧く波導を使いこなす自信あるもん!」

「お前なんかの波導はタカが知れてるね! 死にたくなかったらお家に帰りな!」

「ぅぅぅ〜〜〜〜〜っ!!」
「やめないかユハビィ。アディス、君もあまりユハビィを刺激しないでくれ」

「ちっ、兎に角俺の邪魔だけはするなよ」

「アンタなんか死にそうになったって助けてあげないから!」
「ユハビィ! いい加減にしないか!」
「………」


キュウコンの抑止を受け、何とか引き下がる気になったらしいユハビィは、
無言のまま俺の後ろをテクテクと歩いていた。
この口論をやめる気にはなったのだろうが、帰る心算は無さそうだ。
何でそんなに勇敢なんだこいつら。面倒なのと関わっちまったな。

『だが、敵ではない。それで十分だろう』

「――ふん」

居候はそう言うが、敵じゃないヤツが味方とは限らない。
俺はあからさまな不機嫌オーラを浮かべながら、第4の湖が見渡せる場所に立ち止まった。

見た目はカルデラ湖のようだが、此処が火山と言うには規模が小さすぎる。
小高い丘の天辺を刳り貫いてそこに水を溜めたような湖には、
数匹の水ポケモンが誰の邪魔も受けずに優雅に泳ぎ回っていた。

そして、湖を囲む丘の、その壁面の1箇所に不思議な穴が空いているのが見えた。
俺はそこを目指して、湖面に近い足場まで、刳り貫かれた岩壁を降りていく。

足手まとい候補生も、俺に習ってちゃんとついて来ていた。


「悪いけど、この洞窟には俺一人で入らせてくれ」

「……この中にはアイツは居ないっぽいね、じゃあ勝手にすればいいよ」


ユハビィはその不可思議な穴の奥を覗き込み、
そう言ってから俺に道を譲るように2歩ほど後退した。


そう、こいつらの目的は例の敵と戦うことだから、これ以上は俺に付きまとう必要は無いわけだ。
非常に助かる。何故なら、此処に一人で入りたいってのは居候の頼みだからな。


先ず一歩、洞窟に踏み込む。最初の部屋は不思議のダンジョンではないようだ。
外にはまだ連中の気配も感じる。
俺は外の奴らに独り言が聞こえないところまで歩き、居候に問いかけた。


「何で一人で入りたいんだ?」
『あまり、他人に見せられたものではないだろう』
「それは、お前の正体についてか?」
『それもあるな。だがアディス、もしも此処で俺の仮の身体を取り戻せたら―――』











「アディス! 早く行ってッ!!」





「ッ!?」




居候の言葉を断ち切り、ユハビィの叫びが洞窟の中に木霊した。
次の瞬間、未だかつて感じた事の無い程強烈な悪意を纏った力のうねりが、
この洞窟の中にまで流れ込んできた。

―――なんだ、この途轍もない力は!

力の奔流が洞窟の中を駆け抜ける。
凄まじく巨大な力――これは、殆ど『暴走』と言っても過言ではない。
途方もない力の持ち主が、それをコントロール出来ていないような――


『……まさか…いや、そんなはずは……!』


居候は、その力の感触を知っていた。
俺は、この力の正体が何なのかを訊ねる。


『アルセウス………本物だ、かつて――いや、今は先を急ぐべきだ。俺の身体無しでは、奴には敵わない!』
「……? あ、ああ、解った」


居候は何かを言いかけて止め、身体探しを催促する。
俺はその言葉に従い、洞窟の奥へと駆け出した。

その時、少しだけ振り返り、俺の視界の端に入った洞窟の入り口――
その入り口から、僅かに見える外の景色の中に――









「――さぁ、今度こそ殺してやるぞユハビィッ!!」








見たことなど無いはずなのに


どこかで、俺はそれを知っているような――


そんな姿のポケモンの体の一部が、見えた。






『あいつらでは1分持たないだろう、死なせたくないなら急げ!』

「――チッ、なんだって俺が……くそったれ!」


死ぬな、誰も、死なないでくれ――俺はもう、目の前で誰かを死なせたくないんだ、だから――


「此処にお前の身体が無かったら、俺はこの世界を恨むぞコノヤロウッ!!」




……………
……






「ユハビィ」
「うん、解ってる。仕方ないよ……ワタシだって死にたくなかったけど――」

――けど

「『彼』が、最後の鍵なんでしょ?」
「ああ」




キュウコンは妖術で結界を作り出す。
だが、『アルセウス』の姿をしたそれの放つオーラは、
その結界などまるで意に介さずふたりに詰め寄った。


「波導弾ッ!!」


ユハビィが波導を凝縮したエネルギー波を打ち出した――それも、
そのバケモノのオーラによってかあらぬ方向へ吹き飛び――



――ドォォン……ズゴゴゴゴゴゴ……ッ!




『戻りの洞窟』の入り口はユハビィの放った波導弾で崩れ、完全に岩の中にその姿を隠した。


「……何秒、持ち堪えられるかなぁ……」
「10、いや20秒……せいぜい、それが限度だろう」


「ふん、その洞窟の奥に何を隠したか知らんが……」


ホウオウ――アルセウスは、その背中から生える翼のような何かを広げ、
そこに膨大なエネルギーを集中しながら言い放った。


「まとめて消し飛ばしてくれるッ!!」



「行くよキューちゃん!」
「あぁ―――行くぞッ!」







――第4の泉に、光が降り注いだ。










つづく  


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