――迷宮冒険録 第七十四話





何時から、人間の世界はこれほどマナの満ち溢れる場所になったのか。
シンオウ地方はもともと神の降り立つ地であったが、
それでも向こうに比べると微々たるモノだった。

だと言うのに――これは、異常事態だ。



「これでもマナが濃いって言えるのか。人間界ってのは、ホント廃れた処だな」

『仕方のない事だ。誰が知る事でも無いが、ここは『世界の裏側』だからな』

「裏側?」



世界の姿は、コインに似ている。
表面に広がる壮大なる宇宙、
それと全く同じだがマナの希薄な宇宙が裏面にも広がっている。
そして、表がポケモン世界、裏が人間世界だ。
そしてゲートは、コインに空いた穴だと思えば良い。
だからそれと同様に、宇宙の果てからも裏世界へと渡る事は可能だ。

尤も、裏世界に渡るよりも宇宙の果てに行く事の方が難しいが。


「ふーん、ワケ解らんな」

『超界者の概念よりはまだ解りやすいと思うぞ。
 平行世界だの時軸理論は、常人のIQでは1億年かかっても理解出来ないだろうさ』


それは多分、常人の脳ミソがそれを理解するためには作られていないからだろう。
例えば、難解な数式や物理理論を一瞬で解ける頭脳があるからと言って、
そいつがその理論を野球の試合中に発揮してスター選手には決してなれないように。

生き物には、可能なことと不可能なことは、必ず存在しているのだ。
そして、大部分の生命がそれを不可能としていること――それが、超界者理論。

例えば、『1+1=5』。

この数式が正しい事を証明できる人間が居ないように。
『生き物』には理解出来ないのだから、仕方ない。
『生き物』を超え、『常識』や『運命』の枷からも解き放たれた者のみが、
超界者として新たな『思考』を手にする事が出来るのだ。


「俺には無縁だな」

『ああ、無縁だ。才能はあるが、性格が向いてない』

「何だよ才能あるのか、惜しいなコノヤロウ」






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      迷宮冒険録 〜四章〜
       『創造主降臨1』
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中途半端な人間メイクだったが、街中をふらついても誰にも気付かれなかった。
ニンゲンと言うのは、つくづくアホらしい。
詐欺とか毎日のようにあるんだろうなぁ。
などと考えながら、テンガン山をバックに俺は歩き続けた。

目的地は、現在ではミステリースポットと化している幻の湖、隠れ泉。
居候が俺と共に他の世界へ逃げたあの時、
その世界のミュウが示してくれたヒント、それが隠れ泉と言う言葉だった。
居候はその言葉に覚えがあり、だから迷う事無くその場所を目指している。

ミュウに寄れば、そこに、コイツの身体が――
身体に換わる何かが、あるのだと言う。


「本当にあるのか?」

『さぁな。気配は感じるんだが、俺の身体に近くて、しかし異質な……』

「アテにならねーな」

『ならねーよ。だが、何かがあるのは間違いない』

「チェッ、面倒臭いなぁ」


うげっと舌を出して露骨に嫌な顔をしてから、俺はまた歩く。
しかし、背後に見えるテンガン山は、その姿を消す事は無かった。
もう随分離れた気がしたが、それでもあの山はそこに聳えている。
高いだけでなく、圧倒的な存在感――まさに、神の降り立つ山だ。




――と。




『……、止まれアディス』

「ん?」


人気のない獣道の途中、不意に居候が俺を止めた。
俺は立ち止まったその場所から、眼を凝らして前を見る。

誰か、倒れている。
恐る恐る数歩を踏み出し、俺は倒れている人間を発見した。
その人間の隣には、酷い怪我を負ったキュウコンの姿もある。

全く、だらしのないトレーナーだ、パートナーを何だと思ってやがる。
そう思ってそいつを叩き起こそうと近寄った瞬間――


『待てッ! そいつは人間じゃないッ!』

「ッ!?」


居候が、俺の頭の中から直接行動に制限をかけてきた。
俺は金縛りにあったかのように動きを止め、ただそこに倒れている人間を見つめる。

一体何だと言うのか――そう思ったが、
直後、俺もこの人間から何か『異質』を感じ取った。

人間の形をしているが、これは、違う。
その薄緑色の髪の少女の傍へ、
居候の警戒しろと言う言葉を聞きながら、一歩、また一歩と踏み込んでいく。

そして――


「………オイ、起きろ。死んでるのか?」

「…………、………ん……」


僅かに動いた。

俺はそいつを抱え起こし、傍にあった木に寄りかからせる。
幸い目立った外傷は無さそうだったが、
それが逆にもっと深刻なダメージを負っている可能性を示唆する。

「居候。コイツ、どうだ?」
『脳震盪だろう、それよりあのキュウコンだ』
「あ、ああ」

少女をそこへ置いたまま、俺はすぐにキュウコンを抱えた。
キュウコンは、まるで何かが突き刺さっていたかのような傷をいくつも持っており、
そこから血を流して自らを赤く染めていた。
まだ息はある。が、放っておけば確実に死んでしまう。
ニンゲンがのたれ死ぬのは一向に構わないが、死に瀕した同胞を見過ごす事は出来ない。
俺は焦りを覚えながら、居候に問い掛ける。

「……どうすりゃいい」
『ポケモンセンターだ。この世界にはそういう施設がある』
「……俺に人間の世話になれって言うのか?」
『お前にそいつらが救えるのかッ!』
「っ…………、解った……場所は」
『此処からならばトバリシティが近い。あのデカイ塔が見えるところだ』

居候が俺の頭を無理矢理動かすと、俺の視界に電波塔のようなものが飛び込んだ。
あれが、トバリシティらしい。デカイ町だ。

「ってどうやって運べばいいんだよ!?」
『そいつはモンスターボールは持ってないのか?』
「………」

倒れていたニンゲンモドキのポケットやら色々と物色してみる。
しかし、このニンゲンモドキ、ボールは愚か道具すら何も持っちゃいなかった。


「だー! しょうがねぇ、お前はそこで少し待ってろ!」


俺は気を失っているニンゲンモドキに向かってそう言い放つと、
持ち合わせていた包帯で無理矢理止血したキュウコンを担いで走り出す。


「あぁもう何で俺がこんな目にッ!」


――瀕死の重傷のキュウコンを背負い、出来るだけ慎重にかつ迅速に、
俺はトバリシティのポケモンセンターへと疾駆した。






…………
……




飲み干した『ミックスオレ』なる飲み物の缶をゴミ箱に投げる。
だが、缶はゴミ箱のヘリにぶつかってあらぬ方向へ跳ねてしまう。
もう一度拾いに行くのも面倒なので、俺は宙を舞う缶に向かって1ポケ硬貨を投げた。
硬貨は缶に命中し、吹き飛ばし――今度こそゴミ箱の中へとねじ込んだ。
その後、硬貨は壁にぶつかってからコロコロと転がり、俺の足元へ戻ってくる。
それを拾い上げ、俺は悦に入った。

「ふ、完璧」
『完璧ってのは最初の1回で入れてから言うんだ。今のはスペアだな』
「すぺあ?」
『人間界のボーリングと言う娯楽の用語だ』
「ふーん」

1ポケを笑うものは1ポケに泣く。
俺は硬貨をマントのポケットにねじ込んで、大きく欠伸をした。
う、いかんいかん、あまり仰け反ると人間じゃないことがバレる。突起とかで。

「……人間は気付かないよ、『お約束』だから」
「そういうお前は気付いてるのか」
「これでも医者だからね。それじゃお気をつけて?」
「……あぁ」

不意に俺の目の前に現れたラッキーはそんな事を言ってから、
また医療器具を乗せた台車を押し歩いていった。

何でそんなラッキーが居るかと言えば、それはここが世に言うポケセンだからだ。
中のニオイは向こうにもある病院とか診療所と同じ。
嗅ぎ慣れてないと、不安を煽る薬品の香りがする。
因みに、今の会話はニンゲンには伝わらないポケモン語だから心配は要らない。


さて、そろそろ頃合だろうか?
俺は立ち上がってグッと伸びをしてから、テケテケと歩き出した。
向かう先は、何ていうのかな。受付?
あと、スタッフルームにも行かなければ。


「あ、フリードさんですか」
「あぁ、俺がフリードだ」
「少々お待ち下さい」

すまんフリード。
何となく偽名を使いたくて、お前の名前借りたぞ。

受付に居た赤毛の女は奥へと歩いていく。
その姿が見えなくなってから数十秒ほど待つと、その女は
包帯グルグル巻きのキュウコンを乗せた移動用のベッドと共に戻ってきた。

目は覚めているらしい。
キュウコンは俺の方をちらりと見てから、その身体を起こしてベッドから飛び降りた。
赤毛の女は、もう大丈夫だが無理は禁物だと言ってその場を去る。
見送ってから、周囲に人の少ない場所へ移動し、俺はキュウコンに訪ねた。


「気分はどうだい」
「……死に損なった気分なら、味わい飽きているところだ……」
「んな悪態がつけりゃ十分だ。ついでに、俺の正体にも気付いてるみたいだな」
「そういう君も気づいているな、僕らの事を」
「アンタの相棒なら、医務室で預かって貰ってるぜ」
「そうか……引取りに行こう」

この会話も、先ほどのラッキー同様ポケモン世界の言語だから人に聴かれても困らない。
尤も、俺の見る限りこのキュウコンはヒトの言葉を喋れるようだがな。

キュウコンは瀕死の重傷を負っているにも関わらず例の子供が心配のようで、
足早に医務室へと向かおうとするところで立ち止まり、俺に向かって言った。

「医務室ってどっちだ?」




………
…………






「大丈夫か?」
「んー……まだ頭がガンガンする……」

例のヒト為らざるモノは、頭に左手を沿え、気だるげにそう答えた。
名をユハビィと言うらしい、チコリータがワケ在ってこの姿なんだそうだ。
とりあえず聞いておく事だけは聞いておくとしよう。

「何があった」

俺はキュウコンとユハビィ、両方に対してそう訊ねた。
ふたりは暫し顔を見合わせた後、仕方なさ気に口を開いた。

「どの道、隠し通せる事じゃないしね……」
「……何?」

ユハビィはそう言って、後の言葉をキュウコンに任せたらしい。
キュウコンが引き継いで、事の次第を教えてくれた。

『ホウオウ』のこと。
『アカギ』のこと。
この世界に呼び出された『ディアルガ』『パルキア』のこと。
そして、それらからアカギが作り出した『天界の笛』と、
それによって呼び出された『アルセウス』の意識体のこと。

ホウオウとアカギは、そのアルセウスと融合して、真の神になったと言うこと。


「油断はしなかった。ただ、いくら残留思念の塊と化したとは言え、
 僕らの力ではホウオウの暴走を食い止めることが出来なかった……」


最後に、アルセウスに挑み、
こちらに援護に来ていたルギア、フリーザーともども返り討ちに遭ったことを告げ、
キュウコンは事情の説明を終えた。
少しばかり理解に苦しむところもあったが、
とりあえず目の前のこいつらが敵じゃない事と、
今シンオウ地方にそんなバケモノが居るって事は十分理解できた。


「アレは、まさしく神の力だ……もう誰にも止められはしない」


諦めたようにキュウコンは呟いた。
ユハビィも、それを否定しようとはしない。
なるほど、それだけの力を見せ付けられたわけだ。
よく死なずに済んだものだな。


「あぁ、ギリギリのところでテレポートに成功したんだ。
 元々僕の技じゃないから出すまで時間が掛かったけど……間に合ってよかったよ」

「そうか……」


キュウコンは重症だったが、暫くリハビリでもすりゃあ元に戻るだろう。
ユハビィと言う妙な女も外傷は無かったみたいだから、
此処でもう一度精密検査でも受けてから帰ればいい。


「よし、じゃあ元気でやれよ」

「何処に行くの?」

「そうさな……野暮用を片付けて、ついでにそのアホをブッ飛ばすか」

「「ッ!?」」


俺は片手をヒラヒラと振りながら、そのまま連中に背を向けて歩き出した。
連中は無茶だとかやめろとか言ってるが、そんなバケモノ放っておけるわけないだろう。
俺の冒険家生活の支障になる奴は片っ端からぶちのめしてやるぜ。


――それが、出来るんだろう?


『隠れ泉に、俺の身体があればな』


「十分だ。行こうぜ、隠れ泉とやらに」






マントを羽織い直し、背後でギャーギャー喚くアホどもも無視して俺は一路、
シンオウ地方第四の湖、隠れ泉へと歩を進めるのだった。








つづく 
  


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