――迷宮冒険録 第一話


 






村はずれの墓地に、一匹のポケモンが立っている。
彼の前の墓標は、かつて彼の村の村長であり、唯一と言っていい彼の理解者だった。


「爺さん、アンタの言う事はよくわからん…」


つい先週まで一緒に笑っていた事が信じられないほど、突然の別れだった。


「でもな」


墓標に手を合わせながら、そのポケモンは独り言を続ける。


「――努力するよ。俺が進化するために足りないモノ…見つけてみせる」


一輪のコスモスが供え物の上に乱雑に置かれる。
それはそのポケモンがその辺に咲いていたものを適当に持ってきたもので、
礼節も何もあったものではない。
しかしそれでも、少なくとも彼以上に村長の冥福を祈っている者はいないだろう。



若い【リオル】は踵を返し、足早にその場を去っていった。




冒険家としての旅立ちだった。











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      迷宮冒険録 〜序章〜
       『新米冒険家1』
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――リオルの自宅。

彼はルカリオの進化前のポケモンであり、【アディス】と言う名を名乗っている。
両親はいない。彼はいつの間にかこの世界に生を受けていた。

その理由は割愛する。
真に迫る解答は、後々解る事だから今は必要ない。
ただ、救助隊の名の下にあの事件に立ち向かった彼らの多くもまた、そうなのだ。

そんなわけでアディスという名のリオルは自宅にて旅立ちの準備をしていた。
目的は無論、この世界の未知を目指す冒険家の旅――



「よっ…と」

小さく纏めた荷物を詰めた袋を担ぐ。
荷物は最小限の方が良い、我ながらよく纏めたものだ。
…村長のアドバイスが無ければもう少し大掛かりな荷物になっていただろうと思うと、
もはや笑いすらこみ上げてくるが。






『あの乱暴者が旅立つらしいな』


『やっと村から出てってくれるのかぃ、嬉しい限りだよ』


『村長さんも、何だってあんな子を…』






聞き耳立てなくとも聞こえてくる罵詈雑言にも慣れたもので、
もはや怒って突っかかる気にもならなくなっていた。
それでも乱暴者だの言われるのは、きっと遠慮や手加減と言う言葉を知らないからだろう。

もう少し大人しければ、悪ガキ程度で済んだのに――なんて後悔する気も更々無いが。


「おーし、んじゃあ行ってくらぁ。手始めに幻のポケモン"マナフィ"でも捕まえて戻るよ」


家から離れた墓地に向かってそう言い、俺は足早に村を飛び出した。
マナフィを捕まえるなどと言いながら、下調べも何も無い。
確かに伝説や幻には興味がある――が、本当はただ単にこの村から飛び出したかったのかもしれない。

もう俺を縛るものは無い。
何もかも自分でやらなくちゃならない代わりに、俺は自由を手に入れた。





「俺は――自由だーーーーーーーーッ!!!」


「それ、なんて犬○ヒロシですか」
「おおミレーユ、久しぶりだな」


ガッツポーズを決めて天に咆哮する俺に向かってツッコミを入れたのは、
ミレーユと言う名前の【ツボツボ】だった。
気の弱さはこの村の中でもトップクラスで、かつ俺の数少ない友達だ。
いや、親友だ。何なら家族と言っても良い。

「あ、あはは、それは光栄だよ。と言うか…『久しぶりだな』って、昨日も会ったじゃない」
「細かい事を気にしたら立派な漢(おとこ)にはなれんぞ!そんなんだからメスに見られるんだ」
「し、仕方ないよ…僕はそういうの苦手なんだから…」

俺がミレーユの頭を乱暴に撫で回すと、殻の中から数本の触手をウネウネさせてミレーユは俯いた。
そういえばコイツの殻の中ってどうなっているんだろう、機会があったら覗いてみたい。

「まぁいい、俺は今日から【冒険家】として旅立つんだ。じゃあな」
「もう行っちゃうんだね…あ、あのさ」
「ん、何だ」
「良かったら、その、僕も―――」



「ミレーーーユーーーーッ!何してんだーーー!」



「あっ、す、すみませんーーっ、直ぐ戻りますーー!!」
「……」


ミレーユが何か言いかけたところに、遠くから乱暴な声が響く。
相変わらずその気弱さに漬け込まれているのか、何度言い聞かせたらわかるんだかコイツは。
それはそれとして、さっきの言いかけた言葉が解らないほど、コイツとの付き合いは短くない。

「その、それじゃあ、僕はこれで」
「…オイ」

だからとりあえず、コイツの背中を押してやる事にした。
乱暴者の俺だが、一応の放任主義者だからな。
自分で頑張ろうとする奴なら徹底的に応援してやるが、
頑張らん奴は知らん、自分で何とかしやがれ。


「俺と冒険したかったら、何時でも追いかけて来いよ。先ずは真っ直ぐ北上してみる心算だからな」

「…う、うん!!」


器用に触手を這わせ、ミレーユは走っていった。
声の主は横柄な牧場主の【ケンタロス】だ。
村の中では、俺に並んで不評の男で、勿論俺も好きな奴ではない。
牛のクセに、牧場を経営しているところとかが特にな。








………








快晴の空の下、俺は北上を続けた――というと、随分歩いたように聞こえるが実際はそうではない。
未だ俺の後ろには小さくなった村が見えているし、ミレーユと別れてからそんなに経っていないのだ。
では何をしているかというと、俺は北上を続ける上である事実にぶつかったのである。


「…この森を抜けるのか…」


どこの世界にもそんな森はあるようで、
例外なく俺の前に立ち並ぶ木々の向こうからも怪しい気配が漂ってくる。

通称迷いの森、一度入ったら出て来れないとかは流石に眉唾物の話だが、
少なくともここで道に迷う奴は後を絶たないらしい。
俺の村があまり発展しないのはこの森が広がっている所為で、
北にある大きなポケモンたちの町や救助隊本部などとは完全に隔離された状態にあるからだ。

尤も自然災害もなくなった今となっては、救助隊よりも【冒険家】の方がトレンドだけどな。

1年前の事件を発端としたのか、世界中で続々と未知の建造物が発見され始めた。
そしてそれに感化されたのか、この世界の未知に対する欲求は沸騰したのである。
もともとキュウコンの書物で潜在的な欲求は芽生えていたらしいから、それが温床になったのかもな。


そうするうちに発足した『未知を求める専門家』を、ポケモンたちは敬意を込めて【冒険家】と呼ぶ。


救助隊本部に対抗してか【冒険家機関】と言うものが組織され、
救助隊から冒険家に転向する者も多いとか。
まぁそれによって救助隊が廃れたかと言えばそうではなく、
冒険に熱中して遭難したポケモンを助けたりと、未だその活躍は目立っている。

ある意味、救助隊がその活動の意義を失わずに済んでいる理由の一端を担っていると言うわけだ。
ちょっと大袈裟か?


「なんて逃避してもしかたねー!行くぞ俺!」







………






5分後、俺は森の中で右往左往していた。
まぁ仕方ないよな、
適当に走ってて樹海を抜けられるなら毎年のように遭難者なんか出ないっつーの。
それも適当に走り回ればワケの解らん道に来て、なんだか昼間なのに薄暗く…

「や、待て待て…ここは一体ナンなんだ?」

そこで漸く、俺は森の異変に気付いたのだった。

「………」

耳を澄ませ、周囲を観察する。
森全体が一つの生き物のようにざわめき、うねり、奇妙な雰囲気を醸し出しているのが解った。
まるで森に入って直ぐの場所とは違う――異世界にでも迷い込んだような気分だ。

「……異世界…」

そういえばこういう樹海やら不思議なエネルギーの集う場所は、大抵【門】が開かれる。
【門】とは異界をつなぐゲートで、人間の世界とこのポケモンの世界がリンクしている。
まさかとは思うが、冒険家として旅立ったその日に人間界行きなんて、真っ平御免だぞ。
人間なんてポケモンを道具のように使う非道な奴らだ、俺は絶対に認めない。
人間とポケモンは敵対する――それが俺の持論だ。
上っ面でどんなに仲良くしても、絶対にいつかバラバラになるんだ。

…っと、また少し脱線したな。
冷静になって、先ずはこの森を抜けないと…


「って、抜けようと思って抜けられたら、それこそ遭難者なんか出ないよな」


思考を停止してその場にへたり込んだ。
先ずは状況整理だ。
来た道を思い出して、その通りに帰るしかない。
これでも少しばかり記憶力には自信があるし、鼻も利く。


「っしゃ!行くかっ!!」


バンと足を叩いて、俺は立ち上がった。
バッグの中にある最小限の荷物では、この森では1日も持たないだろう。
自給自足をする心算だったとは言え、場所が場所だから仕方が無い。
ついでに言えばコンパスやら何やらを最初から持ってこなかったのは、論外だったかもしれない。

「えぇい!俺は地図を見ながらってのは嫌いだ!風の吹くまま――」

言いかけて、口をへの字に曲げる。
そうそう、その風の吹くまま来た所為で、今こんな事になっているんだった。
是非猛省しよう、俺は失敗を受け入れられないほど愚かでも無い。
それなりに学習能力ってもんがあるんだ。


「……確か、この道を…この匂いは…」


バキバキと木の枝を踏み折りつつ、森を進む。
大丈夫だ、多分いける。このまま行けば村には帰れる、流石だぜ俺―――




…なんて言うのもあっという間に、再び樹海が俺を取り囲んだ。
進めば進むほど知らない場所に出る。
戻れば戻るほど、新しい発見がある、悪い意味で。

右も左も、どこへ行っても知らない場所に出る。


どこだ?
ここか?
そこは?
こっちか?
違う違う違う、どうなってる、状況を整理しろ、

来た道を戻るだけじゃないか、こうしてマークをつけて行けばいい、


1本、2本、よし戻ろう、少しずつここの地理を記憶するんだ


……確かこの木を曲がって、その木に――









無かった。





マークが無くなっていたとか、そんな生易しいものではない。





そこに木が無かった、と言うものでもない。






俺のさっきまで居たはずの『空間』が消失しているのだ。






「オイオイ…悪い夢か?なんじゃこりゃ…」



進めば進むほど未知、戻れば戻るだけ未知、記憶した地理情報は一切役に立たない。
この森は、狂っている。

なるほど、遭難者が出るはずだ、だったら――



「前進あるのみ、だな!」



どうせ行かなきゃならんのだから、兎に角前進あるのみだ。
進んで進んで、この森のキャパシティを越えればきっと突破できる、そう信じよう。

こんな幻惑だかナンだか解らんものに、俺は屈しない!















そして――







ついに前方から、光が差した。





「やった!帰ってきたぞ!俺、すげぇーーー!!」




見知らぬ大地が、感じ慣れぬ風が、匂いが俺を包む。
…はて、ここは一体どこでしょうか。



木陰にたたずんでいる【キノココ】が居たので、とりあえず訊いてみる。


「なぁアンタ、ここは一体どこだ?」

「ん?…へぇ、久々の【部外者】か…ここに辿り着くなんて、イイ勘をしているね」

「………あ?」


キノココは奇妙な笑みを浮かべ、着いて来いと言わんばかりに、俺の前を歩き始めた。
ここは俺の知らない土地。
俺は【部外者】、それも随分久しぶりらしい。
……抜けたと思ったのは正しかったが、どうやら俺は――



「…ま、まさかの秘境ッ!?」



冒険家としての出だしは、好調なようだった。







つづく




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