『少しばかり季節を巻き戻すと、その時私は人間の世界に居た。乱世の時代だった。
いや、私の感覚では少しなのだが、
このポケモンの世界で今を生きるものたちは大半が生まれていない。
私はポケモンの中で、かなりの長寿種だ』
唐突にこんな事を書き出すのは些かどうかと私も思うが、
このメモは残しておかなければならない。
これから私がやる事は、失敗すれば命を落とす危険な任務。
敵対すべきでない敵に味方のフリをして潜入し、
敵対していない知られざる敵に接触すると言う筆舌に尽くし難い任務だ。
詳しい事情は割愛させていただく事をお許し願う代わりに、いくつかヒントを記すとしよう。
『私は世界の意思を知っている』
『そして世界の願いを聞いている』
『この世界が危険に晒されている事を知っている』
『その元凶が何者なのかを知っている』
これだけヒントがあれば、今は十分である。
そしてこのメモがあなたの手に渡るタイミングに関しても、私は熟考した。
そしてその通りのタイミングで、あなたはこのメモを手にしているだろう。
何故なら手にしていなかった場合は私が生還し、このメモを焼き払っているのだから。
私が生還できなかった場合は、あなたはこのメモを手に取るどころでは無いだろう。
もっと大きな危機が目前に迫り、何とかしてそれに立ち向かうために努力しているだろう。
『重要なのは、この物語はまだ始まっていないと言う事だ
あの人間があなたに代わり一つの旅を収束させた、そこからやっと始まるのだ。
この世界に紛れ込んだ乱数の代わりに誰よりも束縛されない位置を掴んだ我々には、
彼らの戦いを援助する義務がある』
戦争で傷つき、岩陰に逃げ隠れた事から始まった私の旅のように。
同じく世界の意思に見せられたイワークのように。
あなたの存在は無意味じゃない
突然の裏切りに挫けないで、彼らの旅を見守っていて欲しい。
世界の意思が蒔いた種として、それが私の役目だから。
迷宮救助録Ex #3
暗い、深い森の奥に、一軒の小屋がある。
その前でイワークが欠伸をしているところに、カイリューがやってきた。
日は落ちている。寧ろ、もうすぐ明ける頃だ。
この会合は誰にも悟られない事が必須条件だったため、
夜中に執り行われるのが定例だった。
カイリューは一服するから待っててくれと言ってイワークを待たせていたため、
不満げな表情で待ち惚けているイワークに頭を下げた。
「ゴゴ…遅い」
「ふむ、申し訳ない。ついにこの日が来たかと思うと、少しばかり緊張してな」
「……気持ち、解る」
死ぬかもしれない。
この会合では、今後の各々の作戦が与えられた。
カイリューとイワークに与えられた任務は、己の立場を省みない危険なものだった。
そもそも彼らの任務に失敗が許されないのは当たり前だが、
彼らの理想としては自分たちが生還する事も任務の一つである。
サーナイトの陣営に潜入し、デンリュウと敵対する……
何て恐ろしい任務だろう。
仲間内で決めたとは言え、これほどの緊張感は久しぶりに味わう。
そういえばあの戦乱の日々も、こんな感覚だったかとカイリューは苦笑した。
如何してこんな任務が必要になったのかは、
『種』と言う組織に属するポケモンにしか解らない。
「ふむ?他の『種』は?」
「ゴゴ、持ち場に帰った…皆忙しい…」
「そうか。エラルドには最後に伝えておきたい事があったのだがな」
「ビビ……ナラ、今言エ。ドウセ帰リ道は途中マデ同ジダ」
物陰からコイルが姿を現した。
それは紛れも無く、同姓同名のソックリさんなんかでは断じてない、エラルド本人だった。
彼もまた、『種』だった。
世界の意思に導かれ、こうして会合に身を連ねている。
それもこれも、あのニンゲンだったイレギュラーに名前を与えられた所為だ。
たかが名前と思うかもしれないが、これはこの世界では重大な問題だった。
もともと与えられた立場と言うのは、この世界で定められた絶対のルール。
その立場に改変を加える事ができるのは、
この世界の掟に縛られないイレギュラー――乱数と呼ばれる存在のみであり、
そうして改変を加えられた者の前には世界の意思が現れる。
この世界の秩序を守るために、『種』の一員と言う任務を負わせるのだ。
乱数に関わらず、強大な力によって世界に干渉を与えてしまうポケモンも居る。
そういったポケモンには、相応の立場を与えその力を自粛するように――或いは、
その力で逆に秩序を守ることを強要するのだ。
それだけの大仕事をこなす世界の意思には頭が下がる。
突然『種』にされてしまったポケモンには堪ったものではないが。
「エラルドの担当は我々の町だったな」
「アア」
「エラルド、お前の電気タイプとしての力を、お嬢の役に立てて欲しい」
「アイツノ担当ハ…アアソウカ、オ前ラガ生キテ帰レル補償ハ無イト言ウ事ダナ」
エラルドは一瞬考え、納得したように頷いた。
ポケモンズやトップアイドルなどを含め、
あの町の救助隊を監視するのがカイリューとイワークに与えられた『種』の任務だった。
簡単な事ではない。
その中には、軽く数えただけで3人以上の乱数が存在する。
ユハビィ、ゲンガー、そして………
「…この世界で我々を助けてくれたのは世界の意思じゃない。お嬢なんだ」
「…………」
「だから、もしもの時は、お前の力を借りたい…」
「…断ル、ト言ッタラ?」
「…頼む、断らないでくれ」
「………」
カイリューがしつこく食い下がる。
『種』の中で、カイリューはエラルドの先輩に当たる。
エラルドがエラルドになったのは、カイリューがセバスになるよりも後だったからだ。
何時の間にか、口癖の『ふむ…』を忘れるほど、カイリューは必死になっていた。
やがてエラルドは間を空けてから、快諾の返事を返した。
「ヤレヤレ…先輩ノ頼ミダカラナ」
「…感謝する」
「ゴゴ…俺も、感謝」
さて、また仕事だ。
都合よく誰かの前に現れたり、都合よく消えたり。
『種』の仕事は面倒だ。
だが、幸いにして仕事の内容は世界意思が常に指示してくれる。
正確に言えば世界意思の代行者か。
あの3匹は、個々の指揮官としての力は弱いが、3人寄れば何とやら、
相乗効果とでも言うのだろうか?
実に的確な指示を与えてくれる。
「ふむ…お嬢の所為と言えば、そうなんだろうな…」
「ゴゴ…でも、怨んでない」
「ふむ。お陰で今まで、職権乱用でお嬢に恩返しが出来たのだ」
「………」
最後の最後で、恩を仇で返すことになるのが辛いけれど――
「さぁ行くぞミルフィ!世界の明日のために!」
「ゴゴ…必ず、生きて帰る…ッ」
それが『種』に与えられた、宿命だから…
迷宮救助録
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