それから地底遺跡は―――


ユハビィがポロックの4つ目を食べて、

逃げたホウオウを追って異空間に消えてから、

結局何も起こらなかった。




ホウオウは戻ってこないし、ユハビィも、帰って来ない。




信じて、待って、もう何時間こうしていたのだろうか。


でも、何時間もこうしていたようで、時間の感覚なんてとうに無くて。



ホウオウと言う脅威がまだ生きているのなら、
もう今頃は世界が滅ぼされていたに違いない。



それほどの長い時間を、アーティは怪我の手当ても忘れて、


全ての始まりが眠る地の虚空を、ただ見つめていた。



ユハビィは、帰って来ない。
キュウコンも、ホウオウも、




何もかもが、閉じた異空間の中に、消えた―――







アーティを除く全員が、諦め、帰り支度を始めた。
ただ無言で、居た堪れない思いに駆られながら――それらを振り払うように。



「何だよ…コレ……」



ずっと押し黙っていたアーティが、やっと言葉を発した。
それは、アーティの悲痛な叫びだった。



「覚悟していたはずなのに………
 この戦いは誰が死んでもおかしくないって、覚悟していたはずなのに――」




一番消えそうになかったアイツが、消えたなんて―――




「何やってんだよッ!早く戻って来いよユハビィぃぃいいいいいいいいいいッ!!」





残響するアーティの叫びに、誰もが俯いて、己の無力を噛み締める。
アーティは膝をついて、両手を握り締めて荒れ果てた地面を叩いた。


「くそッ…畜生ッ…なんで…如何して!!」


あのポロックの4つ目を食べるのは、自分のはずだったのに。
例えユハビィでないとホウオウを止められなかったとしても、
あまりに無力過ぎた自分が憎くて堪らなかった。


「オイラは…こんな未来望んじゃいなかったッ!!
 オイラの所為だ…オイラが無理矢理救助隊に誘ったから…ッ」


もう何も望まない!理想を誰かに押し付けたりしない!
何も要らない、この命だって望むのならくれてやるから――だから!




 ……返せ……返してくれ………




「ユハビィを返せばかやろおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」






――全ての始まりが眠る地




終わりから始まりを紡いだ者は全て、かの地にて永久の眠りを得る











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迷宮救助録 #00
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「………マスター……」


サーナイトが周囲を見回して、そう呟いた。
ユハビィが消えたショックもあるだろうから、どこかに隠れているのだろうか?
ホウオウとの戦いの中で、ずっと姿の見えなかった主を探して、
サーナイトはフラフラと瓦礫の山を歩いた。

そして、そこで押し黙っているディアルガに訪ねた。

「…Dを見ませんでした?」
「…D?いや、見ていないが」
「そう…ですか」

サーナイトはペコリと頭を下げて、全ての始まりが眠る地を見渡した。

しかし、そこにゲンガーの姿は無かった。
疑惑がサーナイトの中に過ぎる。

どうせ何処かに隠れているのだろうという確信の足元から、不安が忍び寄ってくる。


「…マスター……わ、悪ふざけはやめて出てきてくださいよ……」



サーナイトは震える声で、
ゲンガーに向けてテレパシーを送った。


だが、サーナイトは後悔した。


その所為でテレパシーがゲンガーに届いていない事が、解ってしまったから。


ゲンガーがこの世界に居ないという事に、気付かされてしまったから―――







…………









「………」


真っ白――なんだと思う。
何も無い宇宙の果ての様な場所で、ワタシはただ遠くを見つめていた。

寄り添うように眠るキュウコンに触れながら、ただ、何も考えず前を。

このまま何も考えずに居たら、
きっと自分もこの何も無い空間の一部になるのだろう。
そしてそれが、本当の意味での『死』と言うものに相違ない。

畏れも焦りも何も無い。
それを受け入れるように――ワタシは前だけを見続けた。


「……何してんだよ、こんな処で」

「――っ!?」


その所為だろう、そこに現れた黒い影に心臓が跳ね上がるほど驚いたのは。
その影が、不敵な笑みを浮かべてワタシを見ている事に、全く気付かなかった。


…誰、だっけ。


消えそうになっていた記憶の糸を手繰り寄せ、
それがあのゲンガーである事を思い出した。
――すると影はゲンガーの形になって、
ワタシの前で不敵な笑みを浮かべていた。


「忘れんなよ。此処は記憶が全ての世界。自分を忘れたら、消滅するだけだ」

「ゲンガー…!何で此処に…?!」

「五月蝿いのが喚くだろうな…あのバカをよろしく頼むぜ」

「ちょ、ちょっと!何処行くのさ!」


ゲンガーはフイっと視線を外して、何処かへ歩いていく。
ワタシは――忘れかかっていた自分と言う存在を思い出し、
眠っているキュウコンを抱えてその後を追いかけた。

…アレ?

キュウコンを抱える自分の腕を見て、ワタシは気付いた。
何時の間にか、ニンゲンの身体に戻っている。

思い出した。自分は、人間だったんだと。
だから今、ニンゲンなんだ。



ゲンガーは何処へ行く心算だろう。
追いかけて追いかけて、そればかりに意識が集中していたから、


「あ、アレ……?」


ゲンガーを既に見失っている事や、
周囲の景色が一変している事に、漸く気が付いた。



青い空


点々と浮かぶ、白い雲


心地よい風が鼻腔を擽り、


流れるように草花が踊っている




「此処は…」




そこは、始まりの場所



全ての――と言うわけではないが、
ポケモンとなったユハビィにとっては、全てが始まった場所。




「忘れんな。お前には帰る場所がある事を」


「ゲンガー!?」




その声に振り返ると、そこにホウオウを担いだゲンガーが立っていた。



「帰る場所がある限り、世界に不要な駒は存在しない」

「…………」

「此処で眠れ。全ての始まりの地で眠り、新たな始まりを紡げ」



ゲンガーの声が遠くなっていく。
ゲンガーの姿が、霞んでいく。

このまま消えてしまいそうな気がして、ユハビィは叫んだ。


「ゲンガー!あなただって帰る場所はある!」

「俺はこのバカを地獄まで連れて行く仕事がある、此処でお別れだ」

「ゲンガーッ!」


呼び止めを全く無視して、――それどころか、
最初から話など噛み合っていなかったような気がするが――
ワタシの叫びは、ゲンガーの消えた霧の中へと無為に吸い込まれていった。

ホウオウの魂は、地獄へと連れて行かれるのだ――ゲンガーの手で。
それは、ミュウから託された最後の仕事なのだろうか?

その答えは出ないけれど、今はただ――眠い。

忘れていたのは、疲労とそこから来る睡魔もだったらしい。
でも、眠ったら消えてしまう?

…いや、ゲンガーは眠れと言っていた。
だから、此処で眠る事には、きっと何か特別な意味が在るんだ。






地底遺跡最深層、死と生を繋ぐ奇跡の眠る地――全ての始まりが眠る地

この場所だからこそ、二つの魂は新たな始まりを紡ぐ





それが神の主からの、最期の謝罪と誠意――










…………

………………








風が気持ちいい。


ここはどこだろう…


…誰かが呼んでる。



「おまえ……ユハビィなんだろ…?なぁ、起きろよ…」

「…ん、ん〜っ、…、……?」



眼をこすり周囲を見回すと、そこは全く見覚えの無い場所。
確かに昨日は…あれ?
昨日はどこで寝たんだっけ、そもそも昨日って何時だ?



――なんて。
見覚えは、ちゃんとある。
忘れるものか、この景色だけは何が在っても――ワタシはちゃんと覚えている。


そう、目の前で泣きそうな顔してこっちを見てるこのワニも、よく覚えてる。
随分心配をかけてしまったみたいだ、起こされた時は何て言うんだっけ?



「……おはよう、アーティ」


「ばっかやろ………心配……したんだぞ……ッ……!」




泣きそうな顔を逸らして、アーティは幾度と無く『良かった』と呟いた。
ワタシは足元で眠っているキュウコンに気付き、あぁ、還って来たのだと理解する。


――どうやら、世界はワタシを楽に退場させてはくれないみたいだ。



「ワタシは、運命に踊らされていたの?」
「…打ち破ったのだと、思いたいね」



ワタシの呟きに、キュウコンはボソリと返事をした。
なんだ、寝たふりをしていただけか。



「打ち破った、か。カッコいいねぇ」
「そう――……だな」




性懲りもなく、ワタシは此処に居る。





そう、きっと、まだやり残した事があるだろうって…そう言う事なんだろう。




世界よ


ワタシが此処に居る事を赦してくれた事には感謝する


その恩義に報いるために、


ワタシは、ワタシとあなたの共通の願いを叶えるため、剣を取ろう




「ふぅ………良い天気…」




空を見上げると、何だかとても良い気分になれた。
あぁ、生きている、ワタシは此処に居る。
本当なら死んでいて、もう此処には居ないはずだと散々言われたけど――

それでもワタシは此処に居る事を、他の世界のワタシに叫んでやりたくなった。




聞け。

運命に踊らされ、死と言う苦渋に潰えた数多のワタシたちよ。

ワタシは死を超え運命を超え世界を超えて、今も此処に居る。

だからお前たちも、己が運命に絶望する事無く、最後まで足掻き続けて見せろ。





(ワタシも…途中で諦めるのは、もうやめにするから)





数多の世界の一つが変わる事が出来て、




他に変われぬ道理など無いのだから―――








……

……………







数日後、深夜。
ポケモンズの基地の前で、ワタシとアーティ、キュウコンが密会している。
そう、ワタシが人間界に帰る――その日だからだ。
アーティにだけは一応別れを告げたくて、だからこんな時間に呼び出した。


「ごめん…」

「気にすんなよ、何時でも帰って来い。
 …待ってんのは苦手だから、不在にしてるかも知れないけどな」

「うん、じゃあ…行くね」

「…油断するなよ、絶対無事でいろ」


アーティだけに見送られ、ワタシはキュウコンの背中に乗る。
ここに他の皆は居ない。
アーティとワタシと、人間界へ戻るための付き添いであるキュウコンだけだ。

キュウコンの役目は時々はこのポケモンの世界と連絡を取り合って、
戦いが終わったらまた戻ってくる約束としての同伴であるのだが。



「さて、行こうかユハビィ。何度か行ったと言っても、
 此処と人間界の移動は結構難しいんだよ」

「うん」

「………」


無言でアーティが立ち尽くしている。
大丈夫、また帰ってくるから――そう言おうとしたが、
アーティの表情は決して曇っていなかったので、ワタシも決意の表情で頷いた。







「「「ユハビィーーーッ!!」」」



「「っ!?」」




さぁ行こうと言うところで呼び止められ、
思わず吃驚したのはアーティも同じだったようだ。
その聞きなれた喧しい叫びに、足を止める必要も無かったのだが――


「…キューちゃん?」
「………どうやら、筒抜けだったみたいだな」


キュウコンが足を止めて振り返るので、
釣られて視線を同じ方向に向けるとそこには…


「水臭いぞコンチクショウッ!ゴールドランクFLBを忘れんなよ!」

「……何かあったら何時でも連絡しろ、
 救助隊として人間界まで助けに行ってやるからな」

「………頑張れ」


一番前に立っていたのは、FLBだ。
リザードンは明るく振舞っているが、
感情を殺しきれていないのがその赤くなった目でわかった。
フーディンは相変わらずクールだったが、
バンギラスはワタシと目を合わせようとはしない。
最後まで個性的な救助隊だ。
修行の成果とやらは、帰ってきた時にでもじっくり見せてもらうとしよう。


「雑……ユハビィっ!必ず帰ってきなさいよ!そしてあたしと勝負なさいッ!」
「ふむ…何の勝負かはさて置き、無茶はしないようにな」
「ゴゴ……また、会おう…」


その横に、トップアイドルが並んでいる。
多分アーティを賭けた勝負だろうけど、別にそれは不戦敗でいい。
アーティもワタシもそういう関係じゃない、
だからピカチュウには頑張って欲しいものだ。
セバスとミルフィーユも、いい加減その事を教えてあげたらいいのに――
まぁ、気持ちは解らなくはないけれども。
って言うかアイツ、今雑草って言いかけたな。


「キュウコン、気をつけるんじゃぞ」
「そうですよ、いい加減ひとりで背負うのはナシですからね」
「ふふ、まぁキュウコンなら大丈夫だろうさ」

「…ルカリオ、やっぱり貴方が…」


ホウオウの座を継いだデンリュウと、その隣にネイティオとルカリオが居る。

キュウコンがルカリオを見てそう呟いたとき、ワタシは理解した。
内密に人間界に出る予定だったのにこうなったのは、ルカリオの仕業だったんだと。


「だからひとりで背負うのはナシだと言ったろう、ふふふ」
「………やれやれ、それを言われると痛いな」


ルカリオの言葉に、キュウコンは苦笑するしかなかった。

今更だが、ルカリオとキュウコンの身体はルギアが用意してくれたものだ。
今この場には居ないようだが、多分ルギアも今日のこの事を知っているんだろう。

ルカリオの後ろから、サンダーが歩いてきた。


「ルギア様から伝言だ。『無事に帰って来い、世界はお前を何時でも歓迎する』と」

「あはは、直接言いに来れば良いのに」

「あの方は疲れて眠っている、無理を言うな」


苦笑しながらサンダーはそう言って、またルカリオの後ろに下がっていった。
これで、一通り別れの――訂正、見送りの挨拶は済んだのだろう。
呼び止めるものはもう居なかったので、
ワタシは大きく頷いてからもう一度みんなの顔を見渡した。





――さよなら、また戻る日まで――





ワタシの呟きは、誰かに届いただろうか?
ただ、そう呟いた後の静寂は、皆の表情は、
ワタシの意を解してくれた決意を表していた。





「行こうキューちゃん!」
「ああ」





踵を返し、ワタシはキュウコンの背に飛び乗って走り出す。

振り返らない。
また戻ってくる、必ず帰ってくる、

もう一度――いや、遠くない未来、何度でも会うだから――











「波導は我らと共に在り」














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